112 / 255
12章 とまどい
1
しおりを挟む
お昼休み。
わたしはデイヴィス家別棟の噴水のあるお庭の隅に座り込んでいた。
あーあ。
お兄様のところへ魔法の練習に行くのは止められちゃったし、庭で練習しているとアロン様が邪魔しに来るし。
全然捗らない。
もう、ルーク様が魔物討伐に行くまで、何年もないのに。
だいたい、魔物が育つまで30年と言われている。
けれど、30年後に討伐に行っては遅いのだ。
30年、熟し切ってから討伐に行けば返り討ちに合うとのことで、討伐はそれよりも早く行くのが通例だ。
魔物よりも早く英雄を育て、勝率を上げる。
魔の中でただ一つの中心である魔物を守るために、魔獣が魔の森を囲んでいる。
それらは光の結界によって人間界に出てこないようにはなっているが、綻びから抜け出すものも出てくるから、討伐は早い方がいい。
現に、ジーナが死んだ時は、綻びから1匹の魔獣が出てきたのだろうし。
そして、魔物が育つまでに30年とは言われているが、必ず30年かかる訳じゃないからだ。
早いこともあれば、遅いこともある。
だから、ルーク様は早く光と連携して、光の剣を自分の力にする必要がある。
一番早いのは、ローゼリア様と心を通わせて、ローゼリア様から光の祝福を受けられるようにすることなのだけど……。
「それはそれで、妬けちゃうなぁ……」
ため息のような声で噴水を見ながら呟く。
すると、わたしの上から声が降ってきた。
「何が焼けるんだ?」
「アロン様!」
アロン様は木の影から出てきて、わたしの隣に腰を降ろした。
「アロン様、何しにいらしたんですか?」
「ここはオレの家でもあるんだ。いても不思議じゃないだろう」
「そりゃ、アロン様のおうちですけど、こっちは別棟ですし……」
前世での記憶からも、アロン様が別棟に遊びに来ていた記憶はない。
「わたしに魔法を教える話なら、ルーク様がお断りになったと聞いていますよ」
わたしがそう言うと、アロン様は不貞腐れた顔をした。
「そうなんだ。何故か兄上からニーナに魔法を教えるなと言われた。一体、何がいけないと言うんだ? 訳を説明しろ」
「そんなの、わたしに聞いてもわかる訳ないじゃないですか……。なんでルーク様に直接お聞きにならないんですか」
「うっ、あ、兄上はお忙しいんだ。オレなんかが時間を取らせることはできないだろう」
アロン様はつんと横を向く。
「アロン様だって、今はお勉強でお忙しいと聞きましたよ」
なんでこんなところに居るんだという意味を込めて聞いてみる。
「オレは、あくまで“勉強”だ。今はやってもやらなくても支障はない」
「えー? お勉強ですよ? やらないとダメじゃないんですか?」
前世でも今世でも、学校に通っている時はものすごく勉強したよ?
「オレがやっている勉強は、無駄なものが多い。兄上が亡くなったらオレが当主になる。そのための勉強が多い。だが、オレは兄上は討伐に成功されて、お戻りになると信じているから、今の勉強はやらなくてもいいと思っている」
アロン様は少し切なそうな顔をした。
「アロン様、ルーク様がお好きなんですね」
だから、死んでほしくないから、そんなこと言うんだ。
わたしが言うと、アロン様は顔を真っ赤にして慌てだした。
「なっ、なにを言っているんだ! 弟として兄上を慕うのは当然のことではないか!」
「照れてる~」
「おまえっ! 使用人ごときがこのオレにそんな口をきくのか!」
権力を持ち出したアロン様に、わたしは嫌味ったらしく頭を下げた。
「申し訳ございません。では、使用人のわたくしはアロン様の御前から姿を消したいと存じます」
「いや、待て待て。極端な女だな。おまえは」
立ち去ろうとするわたしのエプロンを、アロン様は掴む。
「オレは、本館では腫れ物なんだよ。父上や母上はオレを嫡男のように扱うが、兄上を蔑ろにしている訳でもない。兄上が本館に戻れば、兄上が嫡男なんだ。だから、使用人もオレにどう接していいかわからずに、戸惑っている様子が見られる。まあ、蔑ろにされている訳ではないが、どう扱ったらいいか困るよな」
そして、自嘲気味な笑みを浮かべる。
「だから、おまえのように接する使用人は、珍しいんだ。尊大な口をきいて悪かった」
寂しそうに笑うアロン様を前に、わたしはそこを立ち去ることができなかった。
わたしはデイヴィス家別棟の噴水のあるお庭の隅に座り込んでいた。
あーあ。
お兄様のところへ魔法の練習に行くのは止められちゃったし、庭で練習しているとアロン様が邪魔しに来るし。
全然捗らない。
もう、ルーク様が魔物討伐に行くまで、何年もないのに。
だいたい、魔物が育つまで30年と言われている。
けれど、30年後に討伐に行っては遅いのだ。
30年、熟し切ってから討伐に行けば返り討ちに合うとのことで、討伐はそれよりも早く行くのが通例だ。
魔物よりも早く英雄を育て、勝率を上げる。
魔の中でただ一つの中心である魔物を守るために、魔獣が魔の森を囲んでいる。
それらは光の結界によって人間界に出てこないようにはなっているが、綻びから抜け出すものも出てくるから、討伐は早い方がいい。
現に、ジーナが死んだ時は、綻びから1匹の魔獣が出てきたのだろうし。
そして、魔物が育つまでに30年とは言われているが、必ず30年かかる訳じゃないからだ。
早いこともあれば、遅いこともある。
だから、ルーク様は早く光と連携して、光の剣を自分の力にする必要がある。
一番早いのは、ローゼリア様と心を通わせて、ローゼリア様から光の祝福を受けられるようにすることなのだけど……。
「それはそれで、妬けちゃうなぁ……」
ため息のような声で噴水を見ながら呟く。
すると、わたしの上から声が降ってきた。
「何が焼けるんだ?」
「アロン様!」
アロン様は木の影から出てきて、わたしの隣に腰を降ろした。
「アロン様、何しにいらしたんですか?」
「ここはオレの家でもあるんだ。いても不思議じゃないだろう」
「そりゃ、アロン様のおうちですけど、こっちは別棟ですし……」
前世での記憶からも、アロン様が別棟に遊びに来ていた記憶はない。
「わたしに魔法を教える話なら、ルーク様がお断りになったと聞いていますよ」
わたしがそう言うと、アロン様は不貞腐れた顔をした。
「そうなんだ。何故か兄上からニーナに魔法を教えるなと言われた。一体、何がいけないと言うんだ? 訳を説明しろ」
「そんなの、わたしに聞いてもわかる訳ないじゃないですか……。なんでルーク様に直接お聞きにならないんですか」
「うっ、あ、兄上はお忙しいんだ。オレなんかが時間を取らせることはできないだろう」
アロン様はつんと横を向く。
「アロン様だって、今はお勉強でお忙しいと聞きましたよ」
なんでこんなところに居るんだという意味を込めて聞いてみる。
「オレは、あくまで“勉強”だ。今はやってもやらなくても支障はない」
「えー? お勉強ですよ? やらないとダメじゃないんですか?」
前世でも今世でも、学校に通っている時はものすごく勉強したよ?
「オレがやっている勉強は、無駄なものが多い。兄上が亡くなったらオレが当主になる。そのための勉強が多い。だが、オレは兄上は討伐に成功されて、お戻りになると信じているから、今の勉強はやらなくてもいいと思っている」
アロン様は少し切なそうな顔をした。
「アロン様、ルーク様がお好きなんですね」
だから、死んでほしくないから、そんなこと言うんだ。
わたしが言うと、アロン様は顔を真っ赤にして慌てだした。
「なっ、なにを言っているんだ! 弟として兄上を慕うのは当然のことではないか!」
「照れてる~」
「おまえっ! 使用人ごときがこのオレにそんな口をきくのか!」
権力を持ち出したアロン様に、わたしは嫌味ったらしく頭を下げた。
「申し訳ございません。では、使用人のわたくしはアロン様の御前から姿を消したいと存じます」
「いや、待て待て。極端な女だな。おまえは」
立ち去ろうとするわたしのエプロンを、アロン様は掴む。
「オレは、本館では腫れ物なんだよ。父上や母上はオレを嫡男のように扱うが、兄上を蔑ろにしている訳でもない。兄上が本館に戻れば、兄上が嫡男なんだ。だから、使用人もオレにどう接していいかわからずに、戸惑っている様子が見られる。まあ、蔑ろにされている訳ではないが、どう扱ったらいいか困るよな」
そして、自嘲気味な笑みを浮かべる。
「だから、おまえのように接する使用人は、珍しいんだ。尊大な口をきいて悪かった」
寂しそうに笑うアロン様を前に、わたしはそこを立ち去ることができなかった。
14
お気に入りに追加
268
あなたにおすすめの小説

私も処刑されたことですし、どうか皆さま地獄へ落ちてくださいね。
火野村志紀
恋愛
あなた方が訪れるその時をお待ちしております。
王宮医官長のエステルは、流行り病の特効薬を第四王子に服用させた。すると王子は高熱で苦しみ出し、エステルを含めた王宮医官たちは罪人として投獄されてしまう。
そしてエステルの婚約者であり大臣の息子のブノワは、エステルを口汚く罵り婚約破棄をすると、王女ナデージュとの婚約を果たす。ブノワにとって、優秀すぎるエステルは以前から邪魔な存在だったのだ。
エステルは貴族や平民からも悪女、魔女と罵られながら処刑された。
それがこの国の終わりの始まりだった。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

親切なミザリー
みるみる
恋愛
第一王子アポロの婚約者ミザリーは、「親切なミザリー」としてまわりから慕われていました。
ところが、子爵家令嬢のアリスと偶然出会ってしまったアポロはアリスを好きになってしまい、ミザリーを蔑ろにするようになりました。アポロだけでなく、アポロのまわりの友人達もアリスを慕うようになりました。
ミザリーはアリスに嫉妬し、様々な嫌がらせをアリスにする様になりました。
こうしてミザリーは、いつしか親切なミザリーから悪女ミザリーへと変貌したのでした。
‥ですが、ミザリーの突然の死後、何故か再びミザリーの評価は上がり、「親切なミザリー」として人々に慕われるようになり、ミザリーが死後海に投げ落とされたという崖の上には沢山の花が、毎日絶やされる事なく人々により捧げられ続けるのでした。
※不定期更新です。

愛など初めからありませんが。
ましろ
恋愛
お金で売られるように嫁がされた。
お相手はバツイチ子持ちの伯爵32歳。
「君は子供の面倒だけ見てくれればいい」
「要するに貴方様は幸せ家族の演技をしろと仰るのですよね?ですが、子供達にその様な演技力はありますでしょうか?」
「……何を言っている?」
仕事一筋の鈍感不器用夫に嫁いだミッシェルの未来はいかに?
✻基本ゆるふわ設定。箸休め程度に楽しんでいただけると幸いです。

雪解けの白い結婚 〜触れることもないし触れないでほしい……からの純愛!?〜
川奈あさ
恋愛
セレンは前世で夫と友人から酷い裏切りを受けたレスられ・不倫サレ妻だった。
前世の深い傷は、転生先の心にも残ったまま。
恋人も友人も一人もいないけれど、大好きな魔法具の開発をしながらそれなりに楽しい仕事人生を送っていたセレンは、祖父のために結婚相手を探すことになる。
だけど凍り付いた表情は、舞踏会で恐れられるだけで……。
そんな時に出会った壁の花仲間かつ高嶺の花でもあるレインに契約結婚を持ちかけられる。
「私は貴女に触れることもないし、私にも触れないでほしい」
レインの条件はひとつ、触らないこと、触ることを求めないこと。
実はレインは女性に触れられると、身体にひどいアレルギー症状が出てしまうのだった。
女性アレルギーのスノープリンス侯爵 × 誰かを愛することが怖いブリザード令嬢。
過去に深い傷を抱えて、人を愛することが怖い。
二人がゆっくり夫婦になっていくお話です。
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。
【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。
氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。
私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。
「でも、白い結婚だったのよね……」
奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。
全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。
一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。
断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります
真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」
婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。
そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。
脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。
王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる