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12章 とまどい
いらだち
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オレは部屋から出て行くニーナを見送った後、ブランデーを飲み干した。
ニーナが気を利かせてつまみも用意してくれたが、固形物を口に入れる気にはならなかった。
アルコールを摂取すると、頭がぼーっとする。
考えたくないことは考えられなくなるから楽だ。
酒に逃げるなど、オレらしくもないが。
何故だか、許せないと思ったんだ。
ニーナが一番に義兄上を頼ったことが。
義兄上とニーナは一回りも歳が離れている。
二人がどうこうなるとは考えずらいが、貴族の結婚の中では一回りくらいの歳の差など、あってないようなものだ。
ああ、オレは何を考えているんだろうな。
きっと、まだ幼いニーナを妹のように考えてしまっているのかもしれないな。
そうだな。
妹を嫁に出すような気分なんだきっと。
オレは立ち上がり、机までフラフラと歩いて行く。
大事にしまってあったハンカチを、引き出しから出してみる。
これは、ジーナが初めて刺繍をしてプレゼントしてくれたハンカチだ。
薄いブルーの生地に、オレのイニシャルが刺繍されている。
「ははっ。不恰好なイニシャルだな、ジーナ」
天国のジーナに語りかける。
「でも、本当に嬉しかったんだ。ジーナからもらったジーナの刺繍」
オレはジーナが本当に好きだった。
だから、ニーナに思うそれは、妹に対してのそれと同じだ。きっと。
オレはテーブルにハンカチを置き、自分でブランデーを注ぎ口にする。
「ジーナが生きていたら、きっと晩酌も付き合ってくれただろうな」
ハンカチの刺繍部分を見つめる。
「なあ、そうだろ? ジーナ」
ジーナが生きていたら、きっともう結婚をしていた。
剣への祝福もジーナにしてもらって、きっと光の魔法を剣に纏わせて戦うことができたはずだ。
そう、その、はず、だ。
幸せな未来は潰えた。
誰のせいでもなく、魔獣に引き裂かれたのだ。
オレはハンカチを握りしめてベッドへとなだれ込んだ。
服も着替えずそのまま目を閉じる。
翌朝、オレは激しい頭痛と吐き気で目が覚めた。
窓からは朝陽がカーテンの隙間から降りそそぎ、眩しさに不快感この上ない。
「うっ、うう……」
喉もひどく渇いている。
起き上がろうと腕を動かすと、すぐそばから声が聞こえた。
「ルーク様、お水飲みますか?」
「……ニーナ」
やっとの思いで身を起こし、ニーナからグラスを受け取る。
ひんやりとした水がとても美味しく感じて、一気に飲み干した。
「すみません。昨日の話をサリーさんにしたら怒られちゃいました。ブランデーって、強いお酒なんですね。氷しか入れずにドバドバ注いだら、きっとルーク様は今日二日酔いだって言われて、慌ててお部屋に来たんです」
朝陽をバックに微笑むニーナは、とても眩しかった。
輝く太陽を背に微笑む君を、前にも見たような気がする。
「ああ、ありがとう。ジーナ」
そしてオレは、もう一杯グラスに水を注いでもらった。
まだ少しすっきりしない頭を抱えて演習場に行くと、もう義兄上は演習場で剣を振っていた。
「おはようございます、義兄上」
素振りの手を止め、義兄上はこちらを見る。
「おお、ルーク様、おはよう」
まだ30歳前の義兄上は、若々しく感じる。
ニーナと並んでいても、少し年上なだけで案外似合うかもしれない。
だが……。
「嫁にはやりませんからね」
「は?」
オレの言葉に義兄上は目を丸くする。
「なんの話だ?」
「義兄上、うちのニーナをあまり連れ出さないでください。変な噂が立っては困ります」
「あー、噂になったのか。すまん」
義兄上は軽く頭を下げた。
「すまん、じゃすみませんよ。まだニーナを嫁にやる気はありません。噂が立ったらいい縁談も来なくなります。気をつけてやってください」
オレは軽く注意しただけなのに、義兄上はピクリと眉根を寄せた。
「ヨメ……にやる気があるのか?」
「義兄上にはあげませんよ」
「いや、他の男に」
「然るべき、いい話があれば、主人としては当然のことでしょう。義兄上だって、義姉上を送り出しているのですから、妹を嫁に出す気持ちはわかるでしょう?」
義兄上は首を傾げる。
「いや、オレがエマを送り出したのと、ルーク様がニーナを送り出すのとでは意味が違うが……」
「ああ、血のつながりですか? でも、歳の離れたニーナは妹みたいなものです。義兄上との噂を聞いた時の気持ちは、きっと義兄上が義姉上を送り出す時はこんな気持ちだったのかと思いました。でも、まだニーナには早いですし、義兄上にはあげません」
オレがきっぱりと言い切ると、義兄上は薄く笑う。
「まあ、いいよ。今はそれで。ルーク様ももう少し柔軟に考えられたらいいけどな」
義兄上は寂しそうに笑う。
「ルーク様も、新しい道に目を向けるべきだろう。昔見たものだけがルーク様の唯一とは限らないぞ」
義兄上はそれだけ言うと、素振りに戻っていった。
昔見たものだけが唯一とは限らない?
オレの唯一は、今も昔も変わらない。
何があろうと、死がふたりを別つとも。
ニーナが気を利かせてつまみも用意してくれたが、固形物を口に入れる気にはならなかった。
アルコールを摂取すると、頭がぼーっとする。
考えたくないことは考えられなくなるから楽だ。
酒に逃げるなど、オレらしくもないが。
何故だか、許せないと思ったんだ。
ニーナが一番に義兄上を頼ったことが。
義兄上とニーナは一回りも歳が離れている。
二人がどうこうなるとは考えずらいが、貴族の結婚の中では一回りくらいの歳の差など、あってないようなものだ。
ああ、オレは何を考えているんだろうな。
きっと、まだ幼いニーナを妹のように考えてしまっているのかもしれないな。
そうだな。
妹を嫁に出すような気分なんだきっと。
オレは立ち上がり、机までフラフラと歩いて行く。
大事にしまってあったハンカチを、引き出しから出してみる。
これは、ジーナが初めて刺繍をしてプレゼントしてくれたハンカチだ。
薄いブルーの生地に、オレのイニシャルが刺繍されている。
「ははっ。不恰好なイニシャルだな、ジーナ」
天国のジーナに語りかける。
「でも、本当に嬉しかったんだ。ジーナからもらったジーナの刺繍」
オレはジーナが本当に好きだった。
だから、ニーナに思うそれは、妹に対してのそれと同じだ。きっと。
オレはテーブルにハンカチを置き、自分でブランデーを注ぎ口にする。
「ジーナが生きていたら、きっと晩酌も付き合ってくれただろうな」
ハンカチの刺繍部分を見つめる。
「なあ、そうだろ? ジーナ」
ジーナが生きていたら、きっともう結婚をしていた。
剣への祝福もジーナにしてもらって、きっと光の魔法を剣に纏わせて戦うことができたはずだ。
そう、その、はず、だ。
幸せな未来は潰えた。
誰のせいでもなく、魔獣に引き裂かれたのだ。
オレはハンカチを握りしめてベッドへとなだれ込んだ。
服も着替えずそのまま目を閉じる。
翌朝、オレは激しい頭痛と吐き気で目が覚めた。
窓からは朝陽がカーテンの隙間から降りそそぎ、眩しさに不快感この上ない。
「うっ、うう……」
喉もひどく渇いている。
起き上がろうと腕を動かすと、すぐそばから声が聞こえた。
「ルーク様、お水飲みますか?」
「……ニーナ」
やっとの思いで身を起こし、ニーナからグラスを受け取る。
ひんやりとした水がとても美味しく感じて、一気に飲み干した。
「すみません。昨日の話をサリーさんにしたら怒られちゃいました。ブランデーって、強いお酒なんですね。氷しか入れずにドバドバ注いだら、きっとルーク様は今日二日酔いだって言われて、慌ててお部屋に来たんです」
朝陽をバックに微笑むニーナは、とても眩しかった。
輝く太陽を背に微笑む君を、前にも見たような気がする。
「ああ、ありがとう。ジーナ」
そしてオレは、もう一杯グラスに水を注いでもらった。
まだ少しすっきりしない頭を抱えて演習場に行くと、もう義兄上は演習場で剣を振っていた。
「おはようございます、義兄上」
素振りの手を止め、義兄上はこちらを見る。
「おお、ルーク様、おはよう」
まだ30歳前の義兄上は、若々しく感じる。
ニーナと並んでいても、少し年上なだけで案外似合うかもしれない。
だが……。
「嫁にはやりませんからね」
「は?」
オレの言葉に義兄上は目を丸くする。
「なんの話だ?」
「義兄上、うちのニーナをあまり連れ出さないでください。変な噂が立っては困ります」
「あー、噂になったのか。すまん」
義兄上は軽く頭を下げた。
「すまん、じゃすみませんよ。まだニーナを嫁にやる気はありません。噂が立ったらいい縁談も来なくなります。気をつけてやってください」
オレは軽く注意しただけなのに、義兄上はピクリと眉根を寄せた。
「ヨメ……にやる気があるのか?」
「義兄上にはあげませんよ」
「いや、他の男に」
「然るべき、いい話があれば、主人としては当然のことでしょう。義兄上だって、義姉上を送り出しているのですから、妹を嫁に出す気持ちはわかるでしょう?」
義兄上は首を傾げる。
「いや、オレがエマを送り出したのと、ルーク様がニーナを送り出すのとでは意味が違うが……」
「ああ、血のつながりですか? でも、歳の離れたニーナは妹みたいなものです。義兄上との噂を聞いた時の気持ちは、きっと義兄上が義姉上を送り出す時はこんな気持ちだったのかと思いました。でも、まだニーナには早いですし、義兄上にはあげません」
オレがきっぱりと言い切ると、義兄上は薄く笑う。
「まあ、いいよ。今はそれで。ルーク様ももう少し柔軟に考えられたらいいけどな」
義兄上は寂しそうに笑う。
「ルーク様も、新しい道に目を向けるべきだろう。昔見たものだけがルーク様の唯一とは限らないぞ」
義兄上はそれだけ言うと、素振りに戻っていった。
昔見たものだけが唯一とは限らない?
オレの唯一は、今も昔も変わらない。
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