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11章 光を探して

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次の日、わたしはいつものお仕着せユニフォームに着替えて仕事場に行くと、いつもと同じようにサリーさんが笑顔で迎えてくれた。

「おはよう、ニーナ。昨日は大変だったわね」
サリーさんは手帳を見ながら、数少ないメイドに今日の仕事を指示しながらわたしに声をかけてくれた。

「ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
わたしは深く頭を下げる。
わたしが悪い噂を立てられているとなると、別館のメイド長をしているサリーさんが、本館のメイドたちに何か言われている可能性があった。

ここ別館は使用人が少ない。
本館にはわんさか人がいるが、ここは使える主人がルーク様お一人と言うのもあって、侍女と呼ばれるメイドはサリーさんとわたしだけで、あとは歳のいったお掃除メイドが2人と他の雑用もこなすメイドが1人、執事のフランクさんと侍従がひとりとコック見習いのゼンだけ。
だから、わたしはそんな噂が立っていることすら知らなかった。

サリーさんはそれぞれに指示を出し終えると、わたしの方に体を向けた。
「ここは若いメイドがわたし達しかいないからね。悪意に晒されることも少ないわ。でも、ニーナは悪いことはしていないでしょう? こちらに非のない悪意に負けることはないわ。ニーナから、ミラー子爵御子息様にお声掛けしたのではないくらい、わたしにもわかっているから」
「……はい」

サリーさんの話す雰囲気に、なんとなく、きっとデイヴィス家の総メイド長に何か言われたのだろうと、わたしには感じられた。

「でも……こっちからは誘惑していないにしても、ミラー子爵御子息様と恋仲なのはほんとなの?」
「……へ?」

ありえない話に、わたしは申し訳ない気持ちもどこかに飛んで行ってしまい、間抜けな声を出す。

「いえね、御子息様はまだ20代とはいえ、もうすぐ30にお成りになるでしょう? ニーナはまだ14歳なのに。前にも言ったけど、ずいぶん歳が離れているなって」
「サリーさん。わたし、前にもオリバー様とはそんなんじゃありませんって、言いましたよね? オリバー様は、お亡くなりになられた妹様と髪と瞳の色が似ているわたしを気にかけてくださっているだけです」

まあ、中身もその妹様だけどね。

サリーさんは、手に持っていた手帳とペンを下ろし、わたしの顔を見た。

「そうね。ニーナはジーナ様によく似ているわね。ニーナは思い出させてくれるのかもしれないわ。あの時を。ミラー様にもルーク様にも」

サリーさんは懐かしそうに、そして悲しげな瞳をわたしに向ける。
そして、瞬時に気持ちを切り替えるように、手をパンパンと鳴らした。
「さあ! ニーナは昨日お休みだったんだから、今日はしっかり働いてちょうだいね。早速、ルーク様のお支度から始めてちょうだい」
「はいっ!」


わたしは厨房に行って、モーニングコーヒーをワゴンに乗せて、ルーク様のお部屋を訪ねた。

一応、ノックをして入室許可をもらってからお部屋に入ると、昨日見た白いシャツとトラウザーズ姿のルーク様が目に入る。

ルーク様はシャツに手に掛けていて、着替えをするところだったらしい。

「ルーク様、おはようございます」
「ああ、ニーナ。コーヒーはテーブルに置いておいてくれ。朝食はいつも通りでかまわない。部屋で取る」

そう言いながらシャツを脱ぎ捨てて、隊服に手を掛けた。

「あの、ルーク様。昨日はお休みにならなかったんですか?」

いつものルーク様なら、寝間着から隊服に着替える。
部屋着から隊服に着替えるってことは、昨日は寝ていらっしゃらないということだ。

「ん? ああ。いろいろしていたらうっかり夜が明けてしまってな」
「そんなっ! お体は大丈夫なんですか?」
「夜寝れないことなんて、珍しくない。それこそ、10年以上前のことだが、何日も寝ないで過ごしたこともあるが大丈夫だった。寝不足くらいで死にはしない。それより」

ルーク様はわたしの前までやってきた。

「魔法の練習はうちの庭を使えよ。庭師には言っておくから」
「魔法の練習なんて……」

ルーク様が微笑んでわたしを見つめる。
「するよな? ミラー家の庭を借りなきゃならないほど、練習が必要だったんだろ?」

その顔は、夕べと同じ、微笑んでいるのに目だけが笑っていなかった。

「はい。練習、します。ありがとうございます」

笑っているのに笑っていないルーク様の気持ちが、わたしにはわからなかった。
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