106 / 255
11章 光を探して
4
しおりを挟む
次の日、わたしはいつものお仕着せに着替えて仕事場に行くと、いつもと同じようにサリーさんが笑顔で迎えてくれた。
「おはよう、ニーナ。昨日は大変だったわね」
サリーさんは手帳を見ながら、数少ないメイドに今日の仕事を指示しながらわたしに声をかけてくれた。
「ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
わたしは深く頭を下げる。
わたしが悪い噂を立てられているとなると、別館のメイド長をしているサリーさんが、本館のメイドたちに何か言われている可能性があった。
ここ別館は使用人が少ない。
本館にはわんさか人がいるが、ここは使える主人がルーク様お一人と言うのもあって、侍女と呼ばれるメイドはサリーさんとわたしだけで、あとは歳のいったお掃除メイドが2人と他の雑用もこなすメイドが1人、執事のフランクさんと侍従がひとりとコック見習いのゼンだけ。
だから、わたしはそんな噂が立っていることすら知らなかった。
サリーさんはそれぞれに指示を出し終えると、わたしの方に体を向けた。
「ここは若いメイドがわたし達しかいないからね。悪意に晒されることも少ないわ。でも、ニーナは悪いことはしていないでしょう? こちらに非のない悪意に負けることはないわ。ニーナから、ミラー子爵御子息様にお声掛けしたのではないくらい、わたしにもわかっているから」
「……はい」
サリーさんの話す雰囲気に、なんとなく、きっとデイヴィス家の総メイド長に何か言われたのだろうと、わたしには感じられた。
「でも……こっちからは誘惑していないにしても、ミラー子爵御子息様と恋仲なのはほんとなの?」
「……へ?」
ありえない話に、わたしは申し訳ない気持ちもどこかに飛んで行ってしまい、間抜けな声を出す。
「いえね、御子息様はまだ20代とはいえ、もうすぐ30にお成りになるでしょう? ニーナはまだ14歳なのに。前にも言ったけど、ずいぶん歳が離れているなって」
「サリーさん。わたし、前にもオリバー様とはそんなんじゃありませんって、言いましたよね? オリバー様は、お亡くなりになられた妹様と髪と瞳の色が似ているわたしを気にかけてくださっているだけです」
まあ、中身もその妹様だけどね。
サリーさんは、手に持っていた手帳とペンを下ろし、わたしの顔を見た。
「そうね。ニーナはジーナ様によく似ているわね。ニーナは思い出させてくれるのかもしれないわ。あの時を。ミラー様にもルーク様にも」
サリーさんは懐かしそうに、そして悲しげな瞳をわたしに向ける。
そして、瞬時に気持ちを切り替えるように、手をパンパンと鳴らした。
「さあ! ニーナは昨日お休みだったんだから、今日はしっかり働いてちょうだいね。早速、ルーク様のお支度から始めてちょうだい」
「はいっ!」
わたしは厨房に行って、モーニングコーヒーをワゴンに乗せて、ルーク様のお部屋を訪ねた。
一応、ノックをして入室許可をもらってからお部屋に入ると、昨日見た白いシャツとトラウザーズ姿のルーク様が目に入る。
ルーク様はシャツに手に掛けていて、着替えをするところだったらしい。
「ルーク様、おはようございます」
「ああ、ニーナ。コーヒーはテーブルに置いておいてくれ。朝食はいつも通りでかまわない。部屋で取る」
そう言いながらシャツを脱ぎ捨てて、隊服に手を掛けた。
「あの、ルーク様。昨日はお休みにならなかったんですか?」
いつものルーク様なら、寝間着から隊服に着替える。
部屋着から隊服に着替えるってことは、昨日は寝ていらっしゃらないということだ。
「ん? ああ。いろいろしていたらうっかり夜が明けてしまってな」
「そんなっ! お体は大丈夫なんですか?」
「夜寝れないことなんて、珍しくない。それこそ、10年以上前のことだが、何日も寝ないで過ごしたこともあるが大丈夫だった。寝不足くらいで死にはしない。それより」
ルーク様はわたしの前までやってきた。
「魔法の練習はうちの庭を使えよ。庭師には言っておくから」
「魔法の練習なんて……」
ルーク様が微笑んでわたしを見つめる。
「するよな? ミラー家の庭を借りなきゃならないほど、練習が必要だったんだろ?」
その顔は、夕べと同じ、微笑んでいるのに目だけが笑っていなかった。
「はい。練習、します。ありがとうございます」
笑っているのに笑っていないルーク様の気持ちが、わたしにはわからなかった。
「おはよう、ニーナ。昨日は大変だったわね」
サリーさんは手帳を見ながら、数少ないメイドに今日の仕事を指示しながらわたしに声をかけてくれた。
「ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
わたしは深く頭を下げる。
わたしが悪い噂を立てられているとなると、別館のメイド長をしているサリーさんが、本館のメイドたちに何か言われている可能性があった。
ここ別館は使用人が少ない。
本館にはわんさか人がいるが、ここは使える主人がルーク様お一人と言うのもあって、侍女と呼ばれるメイドはサリーさんとわたしだけで、あとは歳のいったお掃除メイドが2人と他の雑用もこなすメイドが1人、執事のフランクさんと侍従がひとりとコック見習いのゼンだけ。
だから、わたしはそんな噂が立っていることすら知らなかった。
サリーさんはそれぞれに指示を出し終えると、わたしの方に体を向けた。
「ここは若いメイドがわたし達しかいないからね。悪意に晒されることも少ないわ。でも、ニーナは悪いことはしていないでしょう? こちらに非のない悪意に負けることはないわ。ニーナから、ミラー子爵御子息様にお声掛けしたのではないくらい、わたしにもわかっているから」
「……はい」
サリーさんの話す雰囲気に、なんとなく、きっとデイヴィス家の総メイド長に何か言われたのだろうと、わたしには感じられた。
「でも……こっちからは誘惑していないにしても、ミラー子爵御子息様と恋仲なのはほんとなの?」
「……へ?」
ありえない話に、わたしは申し訳ない気持ちもどこかに飛んで行ってしまい、間抜けな声を出す。
「いえね、御子息様はまだ20代とはいえ、もうすぐ30にお成りになるでしょう? ニーナはまだ14歳なのに。前にも言ったけど、ずいぶん歳が離れているなって」
「サリーさん。わたし、前にもオリバー様とはそんなんじゃありませんって、言いましたよね? オリバー様は、お亡くなりになられた妹様と髪と瞳の色が似ているわたしを気にかけてくださっているだけです」
まあ、中身もその妹様だけどね。
サリーさんは、手に持っていた手帳とペンを下ろし、わたしの顔を見た。
「そうね。ニーナはジーナ様によく似ているわね。ニーナは思い出させてくれるのかもしれないわ。あの時を。ミラー様にもルーク様にも」
サリーさんは懐かしそうに、そして悲しげな瞳をわたしに向ける。
そして、瞬時に気持ちを切り替えるように、手をパンパンと鳴らした。
「さあ! ニーナは昨日お休みだったんだから、今日はしっかり働いてちょうだいね。早速、ルーク様のお支度から始めてちょうだい」
「はいっ!」
わたしは厨房に行って、モーニングコーヒーをワゴンに乗せて、ルーク様のお部屋を訪ねた。
一応、ノックをして入室許可をもらってからお部屋に入ると、昨日見た白いシャツとトラウザーズ姿のルーク様が目に入る。
ルーク様はシャツに手に掛けていて、着替えをするところだったらしい。
「ルーク様、おはようございます」
「ああ、ニーナ。コーヒーはテーブルに置いておいてくれ。朝食はいつも通りでかまわない。部屋で取る」
そう言いながらシャツを脱ぎ捨てて、隊服に手を掛けた。
「あの、ルーク様。昨日はお休みにならなかったんですか?」
いつものルーク様なら、寝間着から隊服に着替える。
部屋着から隊服に着替えるってことは、昨日は寝ていらっしゃらないということだ。
「ん? ああ。いろいろしていたらうっかり夜が明けてしまってな」
「そんなっ! お体は大丈夫なんですか?」
「夜寝れないことなんて、珍しくない。それこそ、10年以上前のことだが、何日も寝ないで過ごしたこともあるが大丈夫だった。寝不足くらいで死にはしない。それより」
ルーク様はわたしの前までやってきた。
「魔法の練習はうちの庭を使えよ。庭師には言っておくから」
「魔法の練習なんて……」
ルーク様が微笑んでわたしを見つめる。
「するよな? ミラー家の庭を借りなきゃならないほど、練習が必要だったんだろ?」
その顔は、夕べと同じ、微笑んでいるのに目だけが笑っていなかった。
「はい。練習、します。ありがとうございます」
笑っているのに笑っていないルーク様の気持ちが、わたしにはわからなかった。
11
お気に入りに追加
261
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?
氷雨そら
恋愛
結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。
そしておそらく旦那様は理解した。
私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。
――――でも、それだって理由はある。
前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。
しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。
「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。
そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。
お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!
かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。
小説家になろうにも掲載しています。
お姉さまが家を出て行き、婚約者を譲られました
さこの
恋愛
姉は優しく美しい。姉の名前はアリシア私の名前はフェリシア
姉の婚約者は第三王子
お茶会をすると一緒に来てと言われる
アリシアは何かとフェリシアと第三王子を二人にしたがる
ある日姉が父に言った。
アリシアでもフェリシアでも婚約者がクリスタル伯爵家の娘ならどちらでも良いですよね?
バカな事を言うなと怒る父、次の日に姉が家を、出た
婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?
こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。
「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」
そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。
【毒を検知しました】
「え?」
私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。
※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです
【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。
つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。
彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。
なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか?
それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。
恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。
その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。
更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。
婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。
生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。
婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。
後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。
「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
強い祝福が原因だった
棗
恋愛
大魔法使いと呼ばれる父と前公爵夫人である母の不貞により生まれた令嬢エイレーネー。
父を憎む義父や義父に同調する使用人達から冷遇されながらも、エイレーネーにしか姿が見えないうさぎのイヴのお陰で孤独にはならずに済んでいた。
大魔法使いを王国に留めておきたい王家の思惑により、王弟を父に持つソレイユ公爵家の公子ラウルと婚約関係にある。しかし、彼が愛情に満ち、優しく笑い合うのは義父の娘ガブリエルで。
愛される未来がないのなら、全てを捨てて実父の許へ行くと決意した。
※「殿下が好きなのは私だった」と同じ世界観となりますが此方の話を読まなくても大丈夫です。
※なろうさんにも公開しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる