93 / 255
10章 影
2
しおりを挟む
「よお。珍しいな。こんなところで」
オリバーお兄様は店内に入ってきて、レジで何かを注文した後、わたしの向かいに腰を下ろした。
今日のお兄様は、いつも着ている討伐隊の隊服ではなく、少しデザインの違う制服を着ている。
「先日はルーク様に忘れ物を届けていただき、ありがとうございました」
「いや、こちらこそ、手袋があるのとないのでは剣に違いが出るから助かった」
にこやかに挨拶をしたところで、さっきの店員さんがお兄様にコーヒーを持ってくる。
「お待たせしました」
店員さんはチラリとお兄様を見てにこりと笑う。
わたしの耳元に口を寄せて「さっきのクッキーのお相手?」と聞くので、「違います!」と思いっきり否定したら、店員さんは豪快に笑ってレジに戻って行った。
あの含んだ笑いは、絶対に誤解している……。
もぉっ!兄妹なんだってば!
お兄様が不思議そうな顔をしているので、「さっき恋が叶うクッキーをいただいたんですけど、オリバー様がそのお相手だと思われたんですよ」と教えてあげた。
「はは。オレがニーナの恋人になったら、ルーク様に殺されそうだな」
「はい。わたしなんかがオリバー様と恋仲になったら、めちゃくちゃ怒られそうです……」
ルーク様はお兄様をかなり慕っているみたいだし、わたしみたいに平民の侍女が恋人になったら、「どんな手を使って誑かしたんだ!」とか「この泥棒猫!」とか言われそう……。あ、泥棒猫はちょっと違うか。
「今、ニーナの考えてることと逆だぞ。オレが、ニーナを誑かしたって怒られるんだぞ?」
「え、なんでわたしが考えていたことがわかるんですか?」
「おまえ、顔に出やすいからな。昔から」
「えっ、顔に出てます?」
「あぁ、あと、少し考えてる時に口が動く」
「えーっ、知りませんでした!」
いやあ、そんなに自分が単純だと思わなかったよ。
気をつけよう。
顔を上げてお兄様を見ると、カントリー風の可愛いお店に似合わない服装と、鍛えられた身体がとてもアンマッチだった。
「オリバー様は、今日はお休みですか? それ、隊服ではないようですが、私服ですか?」
気になった事を聞いてみる。
「ん? ああ、これは騎士団の隊服だ。討伐が終わったら、騎士団に入るかもしれないから、討伐隊の方の休みの時は、騎士団の手伝いをしているんだ。討伐が終わったからと行って、いきなり騎士団に入隊すれば、元からいた隊士に不満がでるだろ? だから、今のうちから顔を売っているのさ。一応、籍も置いてもらっている。討伐隊には、そんな奴らが多いぞ」
そりゃ、爵位を持たない人や、貴族でも次男三男ならそうかも知れないけど……。
「オリバー様は嫡男ではありませんか。討伐が終われば、子爵位を継ぐのではないですか?」
わたしの言葉に、お兄様は困ったように笑い、コーヒーに口を付けた。
「……勝手をしているからな。本当なら、オレは今頃もう子爵位を継いで、子どもの一人でももうけていなくてはならない。それを36歳まで討伐隊にいることになるし、討伐が終わっても五体満足かどうかの保証はない。そんな状態で帰ってきて、いきなり子爵を継げるとも思わないから、今のうちに身の振り方は考えておこうと思ってな。父上は実際に帰ってきてから考えればいいと言うが、選択肢はいくつかキープしておいた方がいい」
本当なら、お兄様は婚約者と結婚して、子爵家を継いでいるはずだ。
少なくとも、ジーナが生きていた頃は、そのように動いていた。
お兄様は、きちんと領主になる勉強をしていたもの。
「オリバー様、ご結婚は……?」
「してないよ」
「婚約者様がいたではありませんか!」
「とっくに解消したよ。オレがまだ学生の時に。討伐隊に入ると決めた、あの時に」
……学生の頃?
もしかして、わたしが死んでしまったから、お兄様は討伐隊に入る事を決めたの?
わたしができない分、ルーク様を支えるために?
頭から血の気が引き、フォークを持つ手が震えてきた。
わたしのせいだ。
わたしが、ちゃんと気をつけて、ルーク様を生きて支えることができなかったからだ。
本当だったら、今頃お兄様は結婚して子爵家を継いで、もしかしたらもう子どもなんかもいて、討伐とは関係ない生活を送っていたはずだ。
その予定だった。
「あの、ミラー子爵様と、ミラー子爵夫人はお元気ですか?」
「もちろん。オレに何かあったら、エマの次男がミラー子爵を継ぐことになるが、まだ小さいので、彼が大きくなるまで元気でいて、子爵家を守ると意気込んでるよ」
よかった。
お父様とお母様は、お元気でいらっしゃるのだわ。
小さく息を吐くと、お兄様は、わたしの顔を覗き込んだ。
「今度はオレから質問してもいいか?」
お兄様から覗き込まれたその目を見て、わたしは嫌な予感がした。
この目は、見たことのある目だ。
「なぁ、本当にニーナは光魔法は使えないのか?」
その目は、ジーナが小さい頃、いたずらをしたのにしていないと嘘をついた時、本当のことを探るようにわたしを覗き込んだ目と、同じだった。
オリバーお兄様は店内に入ってきて、レジで何かを注文した後、わたしの向かいに腰を下ろした。
今日のお兄様は、いつも着ている討伐隊の隊服ではなく、少しデザインの違う制服を着ている。
「先日はルーク様に忘れ物を届けていただき、ありがとうございました」
「いや、こちらこそ、手袋があるのとないのでは剣に違いが出るから助かった」
にこやかに挨拶をしたところで、さっきの店員さんがお兄様にコーヒーを持ってくる。
「お待たせしました」
店員さんはチラリとお兄様を見てにこりと笑う。
わたしの耳元に口を寄せて「さっきのクッキーのお相手?」と聞くので、「違います!」と思いっきり否定したら、店員さんは豪快に笑ってレジに戻って行った。
あの含んだ笑いは、絶対に誤解している……。
もぉっ!兄妹なんだってば!
お兄様が不思議そうな顔をしているので、「さっき恋が叶うクッキーをいただいたんですけど、オリバー様がそのお相手だと思われたんですよ」と教えてあげた。
「はは。オレがニーナの恋人になったら、ルーク様に殺されそうだな」
「はい。わたしなんかがオリバー様と恋仲になったら、めちゃくちゃ怒られそうです……」
ルーク様はお兄様をかなり慕っているみたいだし、わたしみたいに平民の侍女が恋人になったら、「どんな手を使って誑かしたんだ!」とか「この泥棒猫!」とか言われそう……。あ、泥棒猫はちょっと違うか。
「今、ニーナの考えてることと逆だぞ。オレが、ニーナを誑かしたって怒られるんだぞ?」
「え、なんでわたしが考えていたことがわかるんですか?」
「おまえ、顔に出やすいからな。昔から」
「えっ、顔に出てます?」
「あぁ、あと、少し考えてる時に口が動く」
「えーっ、知りませんでした!」
いやあ、そんなに自分が単純だと思わなかったよ。
気をつけよう。
顔を上げてお兄様を見ると、カントリー風の可愛いお店に似合わない服装と、鍛えられた身体がとてもアンマッチだった。
「オリバー様は、今日はお休みですか? それ、隊服ではないようですが、私服ですか?」
気になった事を聞いてみる。
「ん? ああ、これは騎士団の隊服だ。討伐が終わったら、騎士団に入るかもしれないから、討伐隊の方の休みの時は、騎士団の手伝いをしているんだ。討伐が終わったからと行って、いきなり騎士団に入隊すれば、元からいた隊士に不満がでるだろ? だから、今のうちから顔を売っているのさ。一応、籍も置いてもらっている。討伐隊には、そんな奴らが多いぞ」
そりゃ、爵位を持たない人や、貴族でも次男三男ならそうかも知れないけど……。
「オリバー様は嫡男ではありませんか。討伐が終われば、子爵位を継ぐのではないですか?」
わたしの言葉に、お兄様は困ったように笑い、コーヒーに口を付けた。
「……勝手をしているからな。本当なら、オレは今頃もう子爵位を継いで、子どもの一人でももうけていなくてはならない。それを36歳まで討伐隊にいることになるし、討伐が終わっても五体満足かどうかの保証はない。そんな状態で帰ってきて、いきなり子爵を継げるとも思わないから、今のうちに身の振り方は考えておこうと思ってな。父上は実際に帰ってきてから考えればいいと言うが、選択肢はいくつかキープしておいた方がいい」
本当なら、お兄様は婚約者と結婚して、子爵家を継いでいるはずだ。
少なくとも、ジーナが生きていた頃は、そのように動いていた。
お兄様は、きちんと領主になる勉強をしていたもの。
「オリバー様、ご結婚は……?」
「してないよ」
「婚約者様がいたではありませんか!」
「とっくに解消したよ。オレがまだ学生の時に。討伐隊に入ると決めた、あの時に」
……学生の頃?
もしかして、わたしが死んでしまったから、お兄様は討伐隊に入る事を決めたの?
わたしができない分、ルーク様を支えるために?
頭から血の気が引き、フォークを持つ手が震えてきた。
わたしのせいだ。
わたしが、ちゃんと気をつけて、ルーク様を生きて支えることができなかったからだ。
本当だったら、今頃お兄様は結婚して子爵家を継いで、もしかしたらもう子どもなんかもいて、討伐とは関係ない生活を送っていたはずだ。
その予定だった。
「あの、ミラー子爵様と、ミラー子爵夫人はお元気ですか?」
「もちろん。オレに何かあったら、エマの次男がミラー子爵を継ぐことになるが、まだ小さいので、彼が大きくなるまで元気でいて、子爵家を守ると意気込んでるよ」
よかった。
お父様とお母様は、お元気でいらっしゃるのだわ。
小さく息を吐くと、お兄様は、わたしの顔を覗き込んだ。
「今度はオレから質問してもいいか?」
お兄様から覗き込まれたその目を見て、わたしは嫌な予感がした。
この目は、見たことのある目だ。
「なぁ、本当にニーナは光魔法は使えないのか?」
その目は、ジーナが小さい頃、いたずらをしたのにしていないと嘘をついた時、本当のことを探るようにわたしを覗き込んだ目と、同じだった。
5
お気に入りに追加
261
あなたにおすすめの小説
五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。
梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。
あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。
その時までは。
どうか、幸せになってね。
愛しい人。
さようなら。
女官になるはずだった妃
夜空 筒
恋愛
女官になる。
そう聞いていたはずなのに。
あれよあれよという間に、着飾られた私は自国の皇帝の妃の一人になっていた。
しかし、皇帝のお迎えもなく
「忙しいから、もう後宮に入っていいよ」
そんなノリの言葉を彼の側近から賜って後宮入りした私。
秘書省監のならびに本の虫である父を持つ、そんな私も無類の読書好き。
朝議が始まる早朝に、私は父が働く文徳楼に通っている。
そこで好きな著者の本を借りては、殿舎に籠る毎日。
皇帝のお渡りもないし、既に皇后に一番近い妃もいる。
縁付くには程遠い私が、ある日を境に平穏だった日常を壊される羽目になる。
誰とも褥を共にしない皇帝と、女官になるつもりで入ってきた本の虫妃の話。
更新はまばらですが、完結させたいとは思っています。
多分…
新婚なのに旦那様と会えません〜公爵夫人は宮廷魔術師〜
秋月乃衣
恋愛
ルクセイア公爵家の美形当主アレクセルの元に、嫁ぐこととなった宮廷魔術師シルヴィア。
宮廷魔術師を辞めたくないシルヴィアにとって、仕事は続けたままで良いとの好条件。
だけど新婚なのに旦那様に中々会えず、すれ違い結婚生活。旦那様には愛人がいるという噂も!?
※魔法のある特殊な世界なので公爵夫人がお仕事しています。
妻と夫と元妻と
キムラましゅろう
恋愛
復縁を迫る元妻との戦いって……それって妻(わたし)の役割では?
わたし、アシュリ=スタングレイの夫は王宮魔術師だ。
数多くの魔術師の御多分に漏れず、夫のシグルドも魔術バカの変人である。
しかも二十一歳という若さで既にバツイチの身。
そんな事故物件のような夫にいつの間にか絆され絡めとられて結婚していたわたし。
まぁわたしの方にもそれなりに事情がある。
なので夫がバツイチでもとくに気にする事もなく、わたしの事が好き過ぎる夫とそれなりに穏やかで幸せな生活を営んでいた。
そんな中で、国王肝入りで魔術研究チームが組まれる事になったのだとか。そしてその編成されたチームメイトの中に、夫の別れた元妻がいて………
相も変わらずご都合主義、ノーリアリティなお話です。
不治の誤字脱字病患者の作品です。
作中に誤字脱字が有ったら「こうかな?」と脳内変換を余儀なくさせられる恐れが多々ある事をご了承下さいませ。
性描写はありませんがそれを連想させるワードが出てくる恐れがありますので、破廉恥がお嫌いな方はご自衛下さい。
小説家になろうさんでも投稿します。
旦那様は大変忙しいお方なのです
あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。
しかし、その当人が結婚式に現れません。
侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」
呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。
相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。
我慢の限界が――来ました。
そちらがその気ならこちらにも考えがあります。
さあ。腕が鳴りますよ!
※視点がころころ変わります。
※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。
死ぬはずだった令嬢が乙女ゲームの舞台に突然参加するお話
みっしー
恋愛
病弱な公爵令嬢のフィリアはある日今までにないほどの高熱にうなされて自分の前世を思い出す。そして今自分がいるのは大好きだった乙女ゲームの世界だと気づく。しかし…「藍色の髪、空色の瞳、真っ白な肌……まさかっ……!」なんと彼女が転生したのはヒロインでも悪役令嬢でもない、ゲーム開始前に死んでしまう攻略対象の王子の婚約者だったのだ。でも前世で長生きできなかった分今世では長生きしたい!そんな彼女が長生きを目指して乙女ゲームの舞台に突然参加するお話です。
*番外編も含め完結いたしました!感想はいつでもありがたく読ませていただきますのでお気軽に!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる