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6章 再生
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ルーク様の名前を聞いた瞬間、わたしの前世の記憶が全て蘇った。
今まで感じていた違和感。
覚えのない思い出。
それらは前世の記憶だったのだ。
記憶が蘇って、とても悲しかった。
ルーク様をあそこに一人で置いていってしまったこと。
愛する家族を悲しませてしまっただろうことが、とてもとても悲しかった。
もう、どうすることもできないけど、どういう風に過ごしているか、こっそり見に行くくらいは許されるだろうか。
それに、ルーク様はローゼリア様と婚約したという。
あんなに毛嫌いしていたローゼリア様と婚約って、大丈夫なのだろうか……。
それとも、わたしが死んでから、徐々に近付いていって、愛に変わったのだろうか?
いずれにせよ、婚約もご結婚も、ルーク様のご意志なら良いのだけれど。
とにかく、幸運にもわたしはルーク様のお屋敷にご奉公に行くことができる。
もう、婚約者ではなくなってしまったから、何かあってもどうすることもできないけど、近くで見守ることはできる。
なによりも、わたしがルーク様に会いたい。
会いたくて会いたくて、ここに生まれてきたんだ。
もう一度あなたに逢いたくて。
生まれ変わっても記憶をしっかり掴んだまま、生まれてきたんだ。
デイヴィス侯爵家に行って、ルーク様に会いに行こう。
近くで、ルーク様にお会いするんだ。
わたしは希望を手に、侯爵家行きの支度を始めた。
出発の日。
「何か困ったことがあったら、すぐに帰ってくるんだぞ」
「はい」
「お父さんは、二週間に一度、本家と別棟の裏口から注文を受け取りに行くからな」
「はい」
「それから」
わたしの両腕を掴んで、目尻に涙を浮かべながら、まだ何か言おうとするお父さんを、お母さんがギロリと睨む。
「あなた。いつまでもそんなこと言ってたら、ニーナが行けないし、お待たせしている侯爵家の馬車の人にも申し訳ないわ」
「だって、おまえ」
「だってじゃありません! それに、二週間に一度は会えるんだからいいじゃないの」
ぐすぐすと、聞き分けのないお父さん。
わたしもお父さんに言う。
「お父さん。わたしにはお休みもあるのよ。お休みの日には帰ってくるわ。だから、安心してね」
「うん……うん」
ひよっこりと、デイヴィス家の執事フランクさんが馬車から降りてきて、お店に顔を出す。
「あのー、そろそろ出発したいのですが……」
フランクさんは、前世に会った時からおじいさんだったけど、全然変わっていなかった。
年、取ってないのかしら……。妖怪?
じーっと、フランクさんの顔を見るわたしに、「なにか?」と首を傾げるフランクさん。
「ごめんなさい。なんでもないです」
わたしは急いで鞄を掴んだ。
「では、お父さん、お母さん、ルフィ。行ってきます」
「……行ってらっしゃい」
3人は、わたしをぎゅっと抱きしめて、送り出してくれた。
馬車に乗り込んで、窓から手を振る。
「行ってきまーす!」
お店の外で見送ってくれた3人が見えなくなるまで、わたしは手を振った。
お店も見えなくなったので窓を閉めると、フランクさんか微笑んで向かいの席からわたしを見ていた。
「すみません。馬車で1時間もかからない距離なのに、今生の別れのように大袈裟で」
フランクさんはにっこり笑ってくれた。
「いいんですよ。今まで長い間家を空けたことなどないのでしょう。次のお休みには馬車を出して差し上げますから、ご実家に顔を出してあげるといい」
「はい。ありがとうございます」
「これから、侍女としての教育と実習が始まります。できれば、このままデイヴィス侯爵家の侍女として仕えてくださると助かります」
「はい。そのつもりです。どうぞよろしくお願いします」
ガラガラと馬車の車輪が回る音がする中、わたしは一番気になることを聞いた。
「あのー、わたしがお勤めするのは別棟の方ですよね? ルーク様のいらっしゃるところと思っていてよろしいでしょうか?」
「そうですね。しばらくの間は、会うことはまずないと思いますが、ルーク様が生活なさっているところが別棟です」
やっぱり、そう簡単にはお会いできないか。
でも、お姿をお見かけすることはあるわよね?
「そうですよね。偉い方なんですものね。わたしのような者はお目通りすることは難しいですよね」
残念だけど。
それでも、遠くからでもルーク様がお幸せそうに笑っているところが見られればそれでいいわ。
だって、ジーナはもういないんだもの。
ルーク様が他の人と結婚なさるのは、胸がとても痛いし、焼きもちを妬いてしまうけれど、それは仕方がない。
わたしは今はニーナで、ルーク様からしたら、他人なんだから。
だから、わたしが大好きだった、ルーク様の笑った顔が見られればそれでいい。
ルーク様のお姿を見ることができるかもしれないと、上機嫌で窓の外を見ているわたしに、フランクさんは残念そうに言う。
「そういう訳ではないのです。ルーク様は身分で会う会わないを決める方ではございません。ルーク様は、必要最低限の者以外、誰ともお会いにならないのです」
誰とも……って、どういうこと……?
今まで感じていた違和感。
覚えのない思い出。
それらは前世の記憶だったのだ。
記憶が蘇って、とても悲しかった。
ルーク様をあそこに一人で置いていってしまったこと。
愛する家族を悲しませてしまっただろうことが、とてもとても悲しかった。
もう、どうすることもできないけど、どういう風に過ごしているか、こっそり見に行くくらいは許されるだろうか。
それに、ルーク様はローゼリア様と婚約したという。
あんなに毛嫌いしていたローゼリア様と婚約って、大丈夫なのだろうか……。
それとも、わたしが死んでから、徐々に近付いていって、愛に変わったのだろうか?
いずれにせよ、婚約もご結婚も、ルーク様のご意志なら良いのだけれど。
とにかく、幸運にもわたしはルーク様のお屋敷にご奉公に行くことができる。
もう、婚約者ではなくなってしまったから、何かあってもどうすることもできないけど、近くで見守ることはできる。
なによりも、わたしがルーク様に会いたい。
会いたくて会いたくて、ここに生まれてきたんだ。
もう一度あなたに逢いたくて。
生まれ変わっても記憶をしっかり掴んだまま、生まれてきたんだ。
デイヴィス侯爵家に行って、ルーク様に会いに行こう。
近くで、ルーク様にお会いするんだ。
わたしは希望を手に、侯爵家行きの支度を始めた。
出発の日。
「何か困ったことがあったら、すぐに帰ってくるんだぞ」
「はい」
「お父さんは、二週間に一度、本家と別棟の裏口から注文を受け取りに行くからな」
「はい」
「それから」
わたしの両腕を掴んで、目尻に涙を浮かべながら、まだ何か言おうとするお父さんを、お母さんがギロリと睨む。
「あなた。いつまでもそんなこと言ってたら、ニーナが行けないし、お待たせしている侯爵家の馬車の人にも申し訳ないわ」
「だって、おまえ」
「だってじゃありません! それに、二週間に一度は会えるんだからいいじゃないの」
ぐすぐすと、聞き分けのないお父さん。
わたしもお父さんに言う。
「お父さん。わたしにはお休みもあるのよ。お休みの日には帰ってくるわ。だから、安心してね」
「うん……うん」
ひよっこりと、デイヴィス家の執事フランクさんが馬車から降りてきて、お店に顔を出す。
「あのー、そろそろ出発したいのですが……」
フランクさんは、前世に会った時からおじいさんだったけど、全然変わっていなかった。
年、取ってないのかしら……。妖怪?
じーっと、フランクさんの顔を見るわたしに、「なにか?」と首を傾げるフランクさん。
「ごめんなさい。なんでもないです」
わたしは急いで鞄を掴んだ。
「では、お父さん、お母さん、ルフィ。行ってきます」
「……行ってらっしゃい」
3人は、わたしをぎゅっと抱きしめて、送り出してくれた。
馬車に乗り込んで、窓から手を振る。
「行ってきまーす!」
お店の外で見送ってくれた3人が見えなくなるまで、わたしは手を振った。
お店も見えなくなったので窓を閉めると、フランクさんか微笑んで向かいの席からわたしを見ていた。
「すみません。馬車で1時間もかからない距離なのに、今生の別れのように大袈裟で」
フランクさんはにっこり笑ってくれた。
「いいんですよ。今まで長い間家を空けたことなどないのでしょう。次のお休みには馬車を出して差し上げますから、ご実家に顔を出してあげるといい」
「はい。ありがとうございます」
「これから、侍女としての教育と実習が始まります。できれば、このままデイヴィス侯爵家の侍女として仕えてくださると助かります」
「はい。そのつもりです。どうぞよろしくお願いします」
ガラガラと馬車の車輪が回る音がする中、わたしは一番気になることを聞いた。
「あのー、わたしがお勤めするのは別棟の方ですよね? ルーク様のいらっしゃるところと思っていてよろしいでしょうか?」
「そうですね。しばらくの間は、会うことはまずないと思いますが、ルーク様が生活なさっているところが別棟です」
やっぱり、そう簡単にはお会いできないか。
でも、お姿をお見かけすることはあるわよね?
「そうですよね。偉い方なんですものね。わたしのような者はお目通りすることは難しいですよね」
残念だけど。
それでも、遠くからでもルーク様がお幸せそうに笑っているところが見られればそれでいいわ。
だって、ジーナはもういないんだもの。
ルーク様が他の人と結婚なさるのは、胸がとても痛いし、焼きもちを妬いてしまうけれど、それは仕方がない。
わたしは今はニーナで、ルーク様からしたら、他人なんだから。
だから、わたしが大好きだった、ルーク様の笑った顔が見られればそれでいい。
ルーク様のお姿を見ることができるかもしれないと、上機嫌で窓の外を見ているわたしに、フランクさんは残念そうに言う。
「そういう訳ではないのです。ルーク様は身分で会う会わないを決める方ではございません。ルーク様は、必要最低限の者以外、誰ともお会いにならないのです」
誰とも……って、どういうこと……?
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