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6章 再生
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わたしはお父さんとお母さんの愛情を一身に受けて、すくすくと育っていった。
わたしのお父さんは、小さな商会の跡取り息子で、すでに亡くなっているおじいちゃんおばあちゃんの後を継いで、若いながらもしっかりやっていると評判の若旦那らしい。
平民の中では豊かな方だと、従業員さんが言っていた。
3歳になったわたしは、ベビーサークルから出て、遊ぶことが許されている。
でも、必ず同じ室内にお母さんかお手伝いの人がいて、一人になったことはないけど。
鏡を見ると、栗色の髪にアンバーの瞳の幼子が映る。
今回のわたしの容姿は、前回のわたしと髪も瞳も同じ色だ。
最近、少しずつ記憶が蘇ってきている。
わたしは生まれてくる前、別の誰かとして生きていた。
記憶の中にあるわたしも、優しい両親と兄姉に囲まれて幸せに暮らしていた。
朧げではっきりしない、セピア色の風景のように頭の中に浮かんでくるのだ。
あと、もう一人、すごく大事な人がいたようなのだが、その記憶はまだ戻ってきていない。
わたしは、夜中に泣きながら目を覚ますことがあるらしい。
わたし自身は寝ぼけていて、夢の内容は覚えていないのだが、「×××様がひとりぼっちになっちゃう」と寝言を言って涙を流すそうだ。
起きた時に、枕が涙で濡れているので、本当のことだろう。
朝起きて、洋服を着替えさせてもらい、お店の前をホウキで掃いているお父さんの足元に纏わり付いた。
「おとうしゃん」
……まだわたしの口はうまく回らない。
わたしのお父さんは、とても優しい。
にっこり笑ってホウキを抱えて、わたしを抱き上げた。
「もう、朝ごはんは食べたのか?」
「たべたよ。おいしいオムレツだった」
お父さんはちりとりも片付けて、わたしを抱っこしたまま、お店の中に入って行った。
「明日、第二王女殿下の婚約祝いの祭りがあるから、今日はその準備で忙しくなるぞー。祭りではうちの商会から露店を出すからな」
「りょてん?」
「外で物を売るんだよ。うちは風船と花束を売るんだ。前の第一王女の婚約祝いの時も、便乗プロポーズが流行って、花束を買ってみんな彼女にプロポーズしたんだよ。お父さんもお母さんにプロポーズしたのはその時なんだ」
「ふーん」
照れて笑うお父さんの顔は、とても素敵。
お母さん、幸せ者だわ。
それからは、お父さんの言う通り、みんなとても忙しそうにしていた。
お店はお母さんが店番をして、手の空いている従業員とお父さんは、入荷した花を花束にしてリボンを巻いたり、風船は膨らませるのは当日だけど、紐を用意したり、あとは露店の飾り付けをしていた。
わたしは邪魔にならないように、店番をしているお母さんの隣に座っている。
お店はレジの前に座るお母さんの他に、何人かの従業員が店内を回って接客したり、商品の補充をしたりしている。
「ねぇねぇ、おかあしゃん。おとうしゃんがプロポージュしたのは、王女しゃまがプロポージュされたのと一緒ってほんと?」
レジの前で帳簿を確認していたお母さんは、顔を真っ赤にした。
「な、なに言ってるのよ。誰がそんなこと言ったの?」
「おとーしゃん」
「もぉっ! まったくあの人は~!」
怒っているフリをしながらも、嬉しそうな顔になる。
「そうよ。お父さんはね、両手いっぱいの花束をお母さんにくれてね。「ぼくと結婚してください!」って、まだ従業員のみなさんが残っているのを緊張して忘れてしまって、大きい声でみんなの前でプロポーズしてくれたの」
「おかあしゃん、うれしかった?」
「もちろんよ。世界で一番幸せなのはわたしなんじゃないかと思うくらい幸せだったわ。ニーナにも、きっとそんな素敵な人が現れるからね。大きくなるのが楽しみね」
「ニーナにはもういるからだいじょぶなの!」
一生、わたしだけだって、言ってくれた人がいるの。
……あれ?
誰だっけ……?
わたしの言葉を聞いて、お母さんが笑う。
「あらあら。わたしのニーナはモテモテね。うーん、誰かなあ? パン屋のユーリくんかしら? パパが聞いたら泣いちゃうわね」
その後すぐにお店が混み出して、その話は終わってしまった。
誰かの声が頭の中で木霊する。
『オレの婚約者は、××××××ただ1人だ。この先、何があろうとも、未来永劫×××以外の婚約者は認めない』
こう言ったのは誰だったか……。
わたしのお父さんは、小さな商会の跡取り息子で、すでに亡くなっているおじいちゃんおばあちゃんの後を継いで、若いながらもしっかりやっていると評判の若旦那らしい。
平民の中では豊かな方だと、従業員さんが言っていた。
3歳になったわたしは、ベビーサークルから出て、遊ぶことが許されている。
でも、必ず同じ室内にお母さんかお手伝いの人がいて、一人になったことはないけど。
鏡を見ると、栗色の髪にアンバーの瞳の幼子が映る。
今回のわたしの容姿は、前回のわたしと髪も瞳も同じ色だ。
最近、少しずつ記憶が蘇ってきている。
わたしは生まれてくる前、別の誰かとして生きていた。
記憶の中にあるわたしも、優しい両親と兄姉に囲まれて幸せに暮らしていた。
朧げではっきりしない、セピア色の風景のように頭の中に浮かんでくるのだ。
あと、もう一人、すごく大事な人がいたようなのだが、その記憶はまだ戻ってきていない。
わたしは、夜中に泣きながら目を覚ますことがあるらしい。
わたし自身は寝ぼけていて、夢の内容は覚えていないのだが、「×××様がひとりぼっちになっちゃう」と寝言を言って涙を流すそうだ。
起きた時に、枕が涙で濡れているので、本当のことだろう。
朝起きて、洋服を着替えさせてもらい、お店の前をホウキで掃いているお父さんの足元に纏わり付いた。
「おとうしゃん」
……まだわたしの口はうまく回らない。
わたしのお父さんは、とても優しい。
にっこり笑ってホウキを抱えて、わたしを抱き上げた。
「もう、朝ごはんは食べたのか?」
「たべたよ。おいしいオムレツだった」
お父さんはちりとりも片付けて、わたしを抱っこしたまま、お店の中に入って行った。
「明日、第二王女殿下の婚約祝いの祭りがあるから、今日はその準備で忙しくなるぞー。祭りではうちの商会から露店を出すからな」
「りょてん?」
「外で物を売るんだよ。うちは風船と花束を売るんだ。前の第一王女の婚約祝いの時も、便乗プロポーズが流行って、花束を買ってみんな彼女にプロポーズしたんだよ。お父さんもお母さんにプロポーズしたのはその時なんだ」
「ふーん」
照れて笑うお父さんの顔は、とても素敵。
お母さん、幸せ者だわ。
それからは、お父さんの言う通り、みんなとても忙しそうにしていた。
お店はお母さんが店番をして、手の空いている従業員とお父さんは、入荷した花を花束にしてリボンを巻いたり、風船は膨らませるのは当日だけど、紐を用意したり、あとは露店の飾り付けをしていた。
わたしは邪魔にならないように、店番をしているお母さんの隣に座っている。
お店はレジの前に座るお母さんの他に、何人かの従業員が店内を回って接客したり、商品の補充をしたりしている。
「ねぇねぇ、おかあしゃん。おとうしゃんがプロポージュしたのは、王女しゃまがプロポージュされたのと一緒ってほんと?」
レジの前で帳簿を確認していたお母さんは、顔を真っ赤にした。
「な、なに言ってるのよ。誰がそんなこと言ったの?」
「おとーしゃん」
「もぉっ! まったくあの人は~!」
怒っているフリをしながらも、嬉しそうな顔になる。
「そうよ。お父さんはね、両手いっぱいの花束をお母さんにくれてね。「ぼくと結婚してください!」って、まだ従業員のみなさんが残っているのを緊張して忘れてしまって、大きい声でみんなの前でプロポーズしてくれたの」
「おかあしゃん、うれしかった?」
「もちろんよ。世界で一番幸せなのはわたしなんじゃないかと思うくらい幸せだったわ。ニーナにも、きっとそんな素敵な人が現れるからね。大きくなるのが楽しみね」
「ニーナにはもういるからだいじょぶなの!」
一生、わたしだけだって、言ってくれた人がいるの。
……あれ?
誰だっけ……?
わたしの言葉を聞いて、お母さんが笑う。
「あらあら。わたしのニーナはモテモテね。うーん、誰かなあ? パン屋のユーリくんかしら? パパが聞いたら泣いちゃうわね」
その後すぐにお店が混み出して、その話は終わってしまった。
誰かの声が頭の中で木霊する。
『オレの婚約者は、××××××ただ1人だ。この先、何があろうとも、未来永劫×××以外の婚約者は認めない』
こう言ったのは誰だったか……。
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