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6章 再生
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たぷん。
温かい水の中に、わたしはいた。
まだひとつの塊。
手も足もない。
嬉しい。
これで、また×××に会える。
十月十日、わたしは姿を変えてゆく。
手を作り、足を作り。
ああ、どうせならまた女の子がいいな。
×××に会う時は女の子でいたい。
温かい水の外で大きな声が聞こえた。
「奥様、がんばってください! ほら、もう少しで産まれますよ!」
わたしはくるくると回って現世へ向かう。
それまでの温かい優しい水の中とは違い、とても苦しい。
でも、わたしは外の世界に出たい!
おぎゃーおぎゃー
水の中から出て、空気に触れる。
口からいっぱい空気を吸い込む。
また×××に会えると思うと、嬉しくて泣くほど嬉しくて、力いっぱい泣き声をあげた。
「奥様、可愛い女の子ですよ」
わたしは優しい手に抱かれ、温かい誰かの胸の上に顔を埋めた。
「はじめまして、赤ちゃん」
何かがわたしに頬擦りをした。
はっきり見えない視界に、優しそうな女の人の顔が映る。
おっぱいを飲ませてくれるから、この人がわたしのお母さんだ。
こくこくとおっぱいを飲みながら、顔を見上げると、女の人は幸せそうに微笑んだ。
すぐ近くから、男の人の声がした。
「フィーナ、よくがんばった。オレたちの子どもを、無事に産んでくれてありがとう」
そちらに目を向けるが、まだ視界が不明瞭で、少しでも離れているものは見えない。
なので、今は声だけ聞いておくことにして、お腹を満たそう。
「あなた、赤ちゃんの名前は考えてくれた?」
「あぁ、もちろんだとも! オレの名前のニルスと、フィーナの間を取ってニーナにしようと思う」
「ふふっ。ニーナちゃん。可愛い名前ね。よろしくね、ニーナ」
こうして、わたしの名前はニーナに決まった。
何か、聞き覚えのある響きだった。
しばらくして、寝返りとハイハイができるようになった。
ハイハイで動けたとしても、赤ん坊であるわたしの世界は狭い。
ベビーベッドとベビーサークルが、わたしの世界の全てだ。
「あー、ぶ?」
舌も発達していないので、言葉もうまく喋れない。
「あー……、ふ、ふぎゃーっ、あーん」
わたしがベビーサークルの柵を掴んで泣くと、お母さんがすぐにわたしのところへやってきてくれる。
「あらあら、オムツなの?」
お母さんは優しく抱き上げて、わたしをベッドに下ろし、オムツを変えてくれる。
暖かな部屋。
清潔なベッド。
優しいお母さんとお父さん。
わたしは間違いなく幸せなのだが、でもどうしても何か足りない。
いつもそれを探してキョロキョロするが、わたしの狭い世界の中にはないようだった。
オムツを変えてもらってスッキリし、きゃっきゃと笑うわたしをお母さんが満足そうに見ていると、お父さんが部屋にやってきた。
「あれ? まだ支度できてないのか?」
お母さんは時計を見てびっくりする。
「あら、もうそんな時間? 急いで支度するわね」
パタパタと部屋を出て行ったお母さんは、よそ行きの洋服を着て、部屋に戻ってきた。
おくるみで大事そうにわたしを包むと、お父さんのところへ向かう。
「あなた、支度ができたわ」
お母さんがそう声をかけると、お父さんとお母さんとわたしの3人で馬車に乗り込んだ。
馬車が着いたところは、教会だった。
教会内に入って行くと、見覚えのあるおじさんがお母さんの腕の中のわたしを覗き込んだ。
「この子が今日、魔力診断をする赤ちゃんですね。では、こちらへどうぞ」
お父さんとお母さんは、おじさんの後について行った。
教会の奥の部屋にの真ん中に、大きな水晶玉が置かれていた。
「この水晶にお子さんの手を乗せてください」
おじさんにそう言われて、お母さんが水晶に近付き、お父さんがわたしの手を水晶に乗せた。
じっと、水晶を見ていると、水晶の中に若草色の煙のようなものが現れ、くるくると回って円を描いた。
「お嬢さんは風の魔力にお持ちのようですね」
おじさんにそう診断されて、手を離そうとしたその瞬間、一瞬だけ水晶が光った。
「え?」
おじさんは水晶を覗き込む。
「光の……? いや、あれだけはっきりと水晶が渦を巻いていたんです。お嬢さんは風の魔法使いです」
わたしはおじさんが「光」という言葉を発した瞬間、記憶をフラッシュバックさせていた。
"光の魔力を持つ者だけは、望まれて魔法を使うことがあります"
わたしはこの人にそう言われたことがある。
この人がもっと若い時。
……若い時?
×××に初めて治癒魔法を使った時だ。
あぁ。
よかった。思い出せた。
思い出せたことに安心したわたしはとても眠くなって、そのまま眠ってしまった。
赤ちゃんの体は、とても眠くて困る。
温かい水の中に、わたしはいた。
まだひとつの塊。
手も足もない。
嬉しい。
これで、また×××に会える。
十月十日、わたしは姿を変えてゆく。
手を作り、足を作り。
ああ、どうせならまた女の子がいいな。
×××に会う時は女の子でいたい。
温かい水の外で大きな声が聞こえた。
「奥様、がんばってください! ほら、もう少しで産まれますよ!」
わたしはくるくると回って現世へ向かう。
それまでの温かい優しい水の中とは違い、とても苦しい。
でも、わたしは外の世界に出たい!
おぎゃーおぎゃー
水の中から出て、空気に触れる。
口からいっぱい空気を吸い込む。
また×××に会えると思うと、嬉しくて泣くほど嬉しくて、力いっぱい泣き声をあげた。
「奥様、可愛い女の子ですよ」
わたしは優しい手に抱かれ、温かい誰かの胸の上に顔を埋めた。
「はじめまして、赤ちゃん」
何かがわたしに頬擦りをした。
はっきり見えない視界に、優しそうな女の人の顔が映る。
おっぱいを飲ませてくれるから、この人がわたしのお母さんだ。
こくこくとおっぱいを飲みながら、顔を見上げると、女の人は幸せそうに微笑んだ。
すぐ近くから、男の人の声がした。
「フィーナ、よくがんばった。オレたちの子どもを、無事に産んでくれてありがとう」
そちらに目を向けるが、まだ視界が不明瞭で、少しでも離れているものは見えない。
なので、今は声だけ聞いておくことにして、お腹を満たそう。
「あなた、赤ちゃんの名前は考えてくれた?」
「あぁ、もちろんだとも! オレの名前のニルスと、フィーナの間を取ってニーナにしようと思う」
「ふふっ。ニーナちゃん。可愛い名前ね。よろしくね、ニーナ」
こうして、わたしの名前はニーナに決まった。
何か、聞き覚えのある響きだった。
しばらくして、寝返りとハイハイができるようになった。
ハイハイで動けたとしても、赤ん坊であるわたしの世界は狭い。
ベビーベッドとベビーサークルが、わたしの世界の全てだ。
「あー、ぶ?」
舌も発達していないので、言葉もうまく喋れない。
「あー……、ふ、ふぎゃーっ、あーん」
わたしがベビーサークルの柵を掴んで泣くと、お母さんがすぐにわたしのところへやってきてくれる。
「あらあら、オムツなの?」
お母さんは優しく抱き上げて、わたしをベッドに下ろし、オムツを変えてくれる。
暖かな部屋。
清潔なベッド。
優しいお母さんとお父さん。
わたしは間違いなく幸せなのだが、でもどうしても何か足りない。
いつもそれを探してキョロキョロするが、わたしの狭い世界の中にはないようだった。
オムツを変えてもらってスッキリし、きゃっきゃと笑うわたしをお母さんが満足そうに見ていると、お父さんが部屋にやってきた。
「あれ? まだ支度できてないのか?」
お母さんは時計を見てびっくりする。
「あら、もうそんな時間? 急いで支度するわね」
パタパタと部屋を出て行ったお母さんは、よそ行きの洋服を着て、部屋に戻ってきた。
おくるみで大事そうにわたしを包むと、お父さんのところへ向かう。
「あなた、支度ができたわ」
お母さんがそう声をかけると、お父さんとお母さんとわたしの3人で馬車に乗り込んだ。
馬車が着いたところは、教会だった。
教会内に入って行くと、見覚えのあるおじさんがお母さんの腕の中のわたしを覗き込んだ。
「この子が今日、魔力診断をする赤ちゃんですね。では、こちらへどうぞ」
お父さんとお母さんは、おじさんの後について行った。
教会の奥の部屋にの真ん中に、大きな水晶玉が置かれていた。
「この水晶にお子さんの手を乗せてください」
おじさんにそう言われて、お母さんが水晶に近付き、お父さんがわたしの手を水晶に乗せた。
じっと、水晶を見ていると、水晶の中に若草色の煙のようなものが現れ、くるくると回って円を描いた。
「お嬢さんは風の魔力にお持ちのようですね」
おじさんにそう診断されて、手を離そうとしたその瞬間、一瞬だけ水晶が光った。
「え?」
おじさんは水晶を覗き込む。
「光の……? いや、あれだけはっきりと水晶が渦を巻いていたんです。お嬢さんは風の魔法使いです」
わたしはおじさんが「光」という言葉を発した瞬間、記憶をフラッシュバックさせていた。
"光の魔力を持つ者だけは、望まれて魔法を使うことがあります"
わたしはこの人にそう言われたことがある。
この人がもっと若い時。
……若い時?
×××に初めて治癒魔法を使った時だ。
あぁ。
よかった。思い出せた。
思い出せたことに安心したわたしはとても眠くなって、そのまま眠ってしまった。
赤ちゃんの体は、とても眠くて困る。
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