上 下
40 / 255
4章 そして運命の歯車は回り出す

7

しおりを挟む
「ルーク様! 歩くのが早いです!」
わたしの手を取ったまま、寮までの道を急ぎ足で歩くルーク様に、必死で声をかける。
このままでは転んでしまいそう。

ルーク様はわたしの声に慌てて歩みを止めた。

「ジーナ、ごめん……」
「いえ、いいんです。助けに来てくださって、ありがとうございます」
ルーク様は建物を見上げて、結構ローゼリア様達のいる建物から離れたのを確認すると、やっと少し息を吐いた。

「……腕、見せて」
「あっ、」
ルーク様がわたしの右腕を触ると、激痛が走った。

「熱を持っている……。何をされたんだ?」
仮面の奥からルーク様の目がわたしを射抜く。
嘘は許さないと、言外に言われているのだ。

「ムチで、叩かれました」
「ムチで!?」
ルーク様はもう一度わたしの右腕を見る。

「そう言えば、部屋に入る時に音がしていた。でも、痕がないが」
「光の魔法で、表面だけ治療されました。ムチで叩いたのがわからないように。でも、痛みは残るように」
「なんだって?」
ルーク様が痛そうにわたしを見る。

「……ごめん。本当にごめん。ジーナはオレの婚約者になってから、ロクなことがない。オレは、ジーナにいろいろなものをもらっているのに、ジーナには苦痛しか与えてない」
泣きそうになっているルーク様の肩に、左手を回す。抱きしめようとしたけど、右手は痛いから、だらんと下げたままだ。

「ルーク様。そんなことないですよ。わたしはルーク様が大好きなんです。ルーク様が笑うと、わたしも幸せになれるんです。わたしはルーク様の笑った顔がとても好きです。だから、わたしも幸せをいっぱいもらってますよ?」
「ジーナ……」
ルーク様も、わたしの背中に手を回し、きゅっと抱きしめてくれる。
「まだまだ、たくさん笑って、わたしに幸せをくださいね?」
「あぁ」

その後、ルーク様は女子寮まで送ってくれた。
寮長にわたしが怪我をしていることを伝えると言うので、頼み込んでそれはやめてもらった。
だって、見せられない怪我だから。
腕は熱を持って腫れてきたけれど、表面は綺麗なのだ。
どうやって怪我をしたのか説明すれば、わたしを打ち付けた犯人は光の術者とわかってしまう。
もしかしたら、ローゼリア様がやったとわかってしまうかもしれないのだ。

いくらなんでも、王族が令嬢をムチで叩くなど、ありえない。
その事実が白日の下に晒された時、王家はわたしにどんなことをするかわからない。
人の良さそうな王様も、爽やかに卒業していった王子様も、お腹の中は黒いかもしれない。
何しろ王室は、ルーク様とわたしの婚約を祝福するフリをして、ローゼリア様との婚約も企んでいたのだ。
余計な火の粉は被らない方がいい。

わたしは痛みを隠して、寮の自分の部屋に閉じこもった。
夕飯の時間になっても、右手が痛くて多分フォークも持てないだろうと、食堂にも行かなかった。
わたしの姿が見えないので、心配したアンリエル様が様子を見に来てくれたけど、アンリエル様を巻き込めないから、笑顔でお腹が空いていないと言い訳をした。

だんだんと痛みがひどくなってくる。
わたしは食堂に顔を出し、給仕をしてくれる寮の使用人さんに氷をもらい、氷嚢を作ってもらった。
ベッドに横になり、右手に氷嚢を乗せる。
冷やしたら、少し楽になった気がした。

ムチで叩かれたくらいなので、たいしたことはないのだけど、叩かれたことのないわたしは精神的ショックを受けていたし、ジンジンと腕の内側からやってくる痛みに、心が折れそうだった。

暗くなってきたけど、部屋にランプを灯すのも面倒。
右手が使えないから着替えもできないし、今日はこのまま眠ってしまおう。
制服がシワになるけど、知ったこっちゃない。

あーあ。
なんでわたしはあの時、右手を差し出しちゃったんだろう。
利き腕じゃないの。

後悔しながら、左腕を両目の上に乗せ、ため息をついた。

寝てしまおうと思うのに、地味に右手がジンジンと痛みを訴えているので、寝付けない。
腕に氷嚢を乗せているから寝返りも打てないし。

乗せていた左腕を目の上から下ろす。
暗い部屋は気が滅入るな。
やっぱり、ランプ点けようかな。

そんなことを考えていたら、窓から何やらおとがした。

コンコン。

まるで、ノックのようだった。
わたしの部屋は一階だ。
もし、ローゼリア様が暗殺者とか雇って襲おうとしたら、めちゃくちゃ簡単に部屋に押し入れる。

起き上がって怖々と窓に近付いて見ると、仮面をつけたルーク様が窓の外に立っていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

女官になるはずだった妃

夜空 筒
恋愛
女官になる。 そう聞いていたはずなのに。 あれよあれよという間に、着飾られた私は自国の皇帝の妃の一人になっていた。 しかし、皇帝のお迎えもなく 「忙しいから、もう後宮に入っていいよ」 そんなノリの言葉を彼の側近から賜って後宮入りした私。 秘書省監のならびに本の虫である父を持つ、そんな私も無類の読書好き。 朝議が始まる早朝に、私は父が働く文徳楼に通っている。 そこで好きな著者の本を借りては、殿舎に籠る毎日。 皇帝のお渡りもないし、既に皇后に一番近い妃もいる。 縁付くには程遠い私が、ある日を境に平穏だった日常を壊される羽目になる。 誰とも褥を共にしない皇帝と、女官になるつもりで入ってきた本の虫妃の話。 更新はまばらですが、完結させたいとは思っています。 多分…

新婚なのに旦那様と会えません〜公爵夫人は宮廷魔術師〜

秋月乃衣
恋愛
ルクセイア公爵家の美形当主アレクセルの元に、嫁ぐこととなった宮廷魔術師シルヴィア。 宮廷魔術師を辞めたくないシルヴィアにとって、仕事は続けたままで良いとの好条件。 だけど新婚なのに旦那様に中々会えず、すれ違い結婚生活。旦那様には愛人がいるという噂も!? ※魔法のある特殊な世界なので公爵夫人がお仕事しています。

妻と夫と元妻と

キムラましゅろう
恋愛
復縁を迫る元妻との戦いって……それって妻(わたし)の役割では? わたし、アシュリ=スタングレイの夫は王宮魔術師だ。 数多くの魔術師の御多分に漏れず、夫のシグルドも魔術バカの変人である。 しかも二十一歳という若さで既にバツイチの身。 そんな事故物件のような夫にいつの間にか絆され絡めとられて結婚していたわたし。 まぁわたしの方にもそれなりに事情がある。 なので夫がバツイチでもとくに気にする事もなく、わたしの事が好き過ぎる夫とそれなりに穏やかで幸せな生活を営んでいた。 そんな中で、国王肝入りで魔術研究チームが組まれる事になったのだとか。そしてその編成されたチームメイトの中に、夫の別れた元妻がいて……… 相も変わらずご都合主義、ノーリアリティなお話です。 不治の誤字脱字病患者の作品です。 作中に誤字脱字が有ったら「こうかな?」と脳内変換を余儀なくさせられる恐れが多々ある事をご了承下さいませ。 性描写はありませんがそれを連想させるワードが出てくる恐れがありますので、破廉恥がお嫌いな方はご自衛下さい。 小説家になろうさんでも投稿します。

旦那様は大変忙しいお方なのです

あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。 しかし、その当人が結婚式に現れません。 侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」 呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。 相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。 我慢の限界が――来ました。 そちらがその気ならこちらにも考えがあります。 さあ。腕が鳴りますよ! ※視点がころころ変わります。 ※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。

死ぬはずだった令嬢が乙女ゲームの舞台に突然参加するお話

みっしー
恋愛
 病弱な公爵令嬢のフィリアはある日今までにないほどの高熱にうなされて自分の前世を思い出す。そして今自分がいるのは大好きだった乙女ゲームの世界だと気づく。しかし…「藍色の髪、空色の瞳、真っ白な肌……まさかっ……!」なんと彼女が転生したのはヒロインでも悪役令嬢でもない、ゲーム開始前に死んでしまう攻略対象の王子の婚約者だったのだ。でも前世で長生きできなかった分今世では長生きしたい!そんな彼女が長生きを目指して乙女ゲームの舞台に突然参加するお話です。 *番外編も含め完結いたしました!感想はいつでもありがたく読ませていただきますのでお気軽に!

処理中です...