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2章 気持ちを育む
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週末、お母様に連れられて、伯爵家の茶話会に出席した。
お兄様は学園の寮から帰ってこないので、お姉様と3人での出席だ。
茶話会は夜会と違って、お父様は参加はしない。昼間だしね。お父様はお仕事をしているのだ。
ガタゴトと馬車に揺られていると、伯爵家の門が見えた。
「こうしてジーナとお母様と3人で茶話会に出席できるのも、最後になりますわね。わたくしも学園の寮に入るのですもの」
お姉様が扇子を口にあて、微笑む。
今日のお姉様は、チュールの広がるペパーミントグリーンの爽やかなドレスで、思わずわたしも見惚れるくらい綺麗だ。
うちは子爵家の中でも上の方に位置するため、割とお金には困っていない。
お姉様はきちんと淑女の教育を受けていて、その所作はわたしも憧れる。
わたしはというと、一応、淑女の教育を受けているが、家庭教師が来る日は、逃げ出してルーク様のお屋敷に入り浸っているので、あんまり身についていない。
「そうだ。お姉様。今度わたしに刺繍を教えてください。この前ルーク様とチェスをやったのですが、ボロ負けしてルーク様に刺繍ハンカチを強請られたのです」
わたしの言葉に、お姉様はにっこりと微笑んで了承してくださったけど、お母様は眉を寄せた。
「ジーナ、あなたまさかルーク様と賭けをして負けたのではないでしょうね?」
「賭けてはいないです。ルーク様が10回やって全勝したから何かご褒美が欲しいとおっしゃって」
「まあ! 全勝? ということは、ジーナは全敗?」
お姉様があきれた声を出した。
反対にお母様は安心したようにため息を溢す。
「それなら良いのですが、フリーク侯爵様が賭け事で身を持ち崩したと聞きました。今、フリーク侯爵家は大変な状況みたいですもの」
「そうよ、ジーナ。わたくしも賭け事はよくないと思いますわ。お兄様は学園で剣術大会で優勝者が誰か賭けたりしているようですけれど」
お母様がお姉様の言葉に目を吊り上げる。
「なんですって? エマ、それは本当なの?」
「本当ですわよ。この前の週末に衣替えの為の帰省をなさった時に言ってらしたわ。お兄様は元締めらしいから賭けられないっておっしゃってましたけど」
「それでも賭け事なんて!」
「そして、賭けるのは寮生に配られる昼食チケットだと言ってましたわ。お兄様もお金を賭けるのはよくないとおっしゃってて、負けてもお昼抜きになるくらいならいいだろうと」
「お金でないのなら少しはましですが、それでもそれがきっかけで本当の賭博に手を出す者も出てくるかもしれないから」
「お兄様が言うには、大負けした人はしばらくお昼抜きでつらいから、二度と賭けにこなくなるそうです。男の子は食欲には勝てませんから」
「それならいいけど……」
お母様は誇り高い侯爵家の人たちがお金に困るという状況がかなりショックだったみたいで、賭け事の怖さを傍目で思い知ったようだった。
そうこうしているうちに馬車が止まり、わたしたち3人は伯爵邸に招き入れられた。
広いサロンであちこちのテーブルで婦人たちがお茶を飲みながら、話に花を咲かせていた。
「ローゼット伯爵夫人、今日はお招きいただきありがとうございます」
お母様が礼をするのに倣って、わたしたちも礼を取る。
「よくいらしてくださいました。今日は楽しんで行ってくださいね」
ローゼット伯爵夫人はにこやかにそう言って、お母様を茶話会の中心へと連れて行った。
「さあ、ジーナ。わたくしたちも行きましょう」
お姉様に連れられて、わたしもわたしたち子どもの社交場へと向かう。
今日のわたしはお姉様とお揃いのチュールの広がるドレスを着ている。
お姉様がうすいすみれ色で、わたしがうすいブルーのドレス。
同じ形で、それぞれが好きな色を選んだのだ。
しっかりと裾捌きをして、お庭の方へ向かった。
天気のいい茶話会では、子どもたちの席は庭に作られる。
小さい子は外で遊び、ある程度年の大きな子どもは、庭に出されたテーブルセットに座って、大人たちと同じように会話を楽しむのだ。
空いている席に、お姉様と並んで座ると、そのテーブルにはアンリエル・ジョゼット子爵令嬢とオードリー・ロイヤー男爵令嬢が座っていた。
「アンリエル様、オードリー様、ご機嫌よう。お久しぶりですわね」
お姉様がにこやかに挨拶をする。
アンリエル様はわたしと同じ年だけど、子爵令嬢でオードリー様より身分が高い。オードリー様はお姉様と同じ年だけど、身分差でアンリエル様に先に挨拶をするのだ。
お姉様とわたしの前にも紅茶が置かれる。
そして、テーブルにはケーキやスコーンが並んでいる。
美味しそうだけど、すぐに手を出してはいけない。
お姉様は優雅に話しかける。
「オードリー様はもう入学の準備は終わりまして?」
こげ茶の髪をゆるやかにウェーブさせているオードリー様は、その容姿同様とてもおっとりとしたご令嬢だ。
「我が男爵家のタウンハウスも王都のはずれなので、寮に入るのが一番だと思っておりますが、なかなか自宅を離れると思うと思い切れなくて……」
「そうですわね。わたくしは兄がすでに寮に居りますから抵抗はございませんが、家族と離れて暮らすと思うと少し寂しいですわね」
お姉様がわたしに視線を移したので、わたしもお姉様たちに声をかける。
「エマお姉様、オードリー様、すぐにわたしも寮に入りますから寂しくありませんわ」
アンリエル様もわたしと目線を合わせて頷く。
「エマ様、オードリー様。わたくしもジーナ様と同じように入寮いたしますわ。それまでたった2年ですもの。お待ちくださいませね」
和やかに会話は進んでいく。
そろそろ、ケーキに手をつけてもいいかなーっと、思っていたところに、後ろから声をかけられた。
「みなさま、わたくしも仲間に入れてくださいませ」
振り返ると、豊かな黒髪をなびかせた、フリーク侯爵令嬢のモニカ様が微笑んで立っていた。
お兄様は学園の寮から帰ってこないので、お姉様と3人での出席だ。
茶話会は夜会と違って、お父様は参加はしない。昼間だしね。お父様はお仕事をしているのだ。
ガタゴトと馬車に揺られていると、伯爵家の門が見えた。
「こうしてジーナとお母様と3人で茶話会に出席できるのも、最後になりますわね。わたくしも学園の寮に入るのですもの」
お姉様が扇子を口にあて、微笑む。
今日のお姉様は、チュールの広がるペパーミントグリーンの爽やかなドレスで、思わずわたしも見惚れるくらい綺麗だ。
うちは子爵家の中でも上の方に位置するため、割とお金には困っていない。
お姉様はきちんと淑女の教育を受けていて、その所作はわたしも憧れる。
わたしはというと、一応、淑女の教育を受けているが、家庭教師が来る日は、逃げ出してルーク様のお屋敷に入り浸っているので、あんまり身についていない。
「そうだ。お姉様。今度わたしに刺繍を教えてください。この前ルーク様とチェスをやったのですが、ボロ負けしてルーク様に刺繍ハンカチを強請られたのです」
わたしの言葉に、お姉様はにっこりと微笑んで了承してくださったけど、お母様は眉を寄せた。
「ジーナ、あなたまさかルーク様と賭けをして負けたのではないでしょうね?」
「賭けてはいないです。ルーク様が10回やって全勝したから何かご褒美が欲しいとおっしゃって」
「まあ! 全勝? ということは、ジーナは全敗?」
お姉様があきれた声を出した。
反対にお母様は安心したようにため息を溢す。
「それなら良いのですが、フリーク侯爵様が賭け事で身を持ち崩したと聞きました。今、フリーク侯爵家は大変な状況みたいですもの」
「そうよ、ジーナ。わたくしも賭け事はよくないと思いますわ。お兄様は学園で剣術大会で優勝者が誰か賭けたりしているようですけれど」
お母様がお姉様の言葉に目を吊り上げる。
「なんですって? エマ、それは本当なの?」
「本当ですわよ。この前の週末に衣替えの為の帰省をなさった時に言ってらしたわ。お兄様は元締めらしいから賭けられないっておっしゃってましたけど」
「それでも賭け事なんて!」
「そして、賭けるのは寮生に配られる昼食チケットだと言ってましたわ。お兄様もお金を賭けるのはよくないとおっしゃってて、負けてもお昼抜きになるくらいならいいだろうと」
「お金でないのなら少しはましですが、それでもそれがきっかけで本当の賭博に手を出す者も出てくるかもしれないから」
「お兄様が言うには、大負けした人はしばらくお昼抜きでつらいから、二度と賭けにこなくなるそうです。男の子は食欲には勝てませんから」
「それならいいけど……」
お母様は誇り高い侯爵家の人たちがお金に困るという状況がかなりショックだったみたいで、賭け事の怖さを傍目で思い知ったようだった。
そうこうしているうちに馬車が止まり、わたしたち3人は伯爵邸に招き入れられた。
広いサロンであちこちのテーブルで婦人たちがお茶を飲みながら、話に花を咲かせていた。
「ローゼット伯爵夫人、今日はお招きいただきありがとうございます」
お母様が礼をするのに倣って、わたしたちも礼を取る。
「よくいらしてくださいました。今日は楽しんで行ってくださいね」
ローゼット伯爵夫人はにこやかにそう言って、お母様を茶話会の中心へと連れて行った。
「さあ、ジーナ。わたくしたちも行きましょう」
お姉様に連れられて、わたしもわたしたち子どもの社交場へと向かう。
今日のわたしはお姉様とお揃いのチュールの広がるドレスを着ている。
お姉様がうすいすみれ色で、わたしがうすいブルーのドレス。
同じ形で、それぞれが好きな色を選んだのだ。
しっかりと裾捌きをして、お庭の方へ向かった。
天気のいい茶話会では、子どもたちの席は庭に作られる。
小さい子は外で遊び、ある程度年の大きな子どもは、庭に出されたテーブルセットに座って、大人たちと同じように会話を楽しむのだ。
空いている席に、お姉様と並んで座ると、そのテーブルにはアンリエル・ジョゼット子爵令嬢とオードリー・ロイヤー男爵令嬢が座っていた。
「アンリエル様、オードリー様、ご機嫌よう。お久しぶりですわね」
お姉様がにこやかに挨拶をする。
アンリエル様はわたしと同じ年だけど、子爵令嬢でオードリー様より身分が高い。オードリー様はお姉様と同じ年だけど、身分差でアンリエル様に先に挨拶をするのだ。
お姉様とわたしの前にも紅茶が置かれる。
そして、テーブルにはケーキやスコーンが並んでいる。
美味しそうだけど、すぐに手を出してはいけない。
お姉様は優雅に話しかける。
「オードリー様はもう入学の準備は終わりまして?」
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「我が男爵家のタウンハウスも王都のはずれなので、寮に入るのが一番だと思っておりますが、なかなか自宅を離れると思うと思い切れなくて……」
「そうですわね。わたくしは兄がすでに寮に居りますから抵抗はございませんが、家族と離れて暮らすと思うと少し寂しいですわね」
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「エマお姉様、オードリー様、すぐにわたしも寮に入りますから寂しくありませんわ」
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「エマ様、オードリー様。わたくしもジーナ様と同じように入寮いたしますわ。それまでたった2年ですもの。お待ちくださいませね」
和やかに会話は進んでいく。
そろそろ、ケーキに手をつけてもいいかなーっと、思っていたところに、後ろから声をかけられた。
「みなさま、わたくしも仲間に入れてくださいませ」
振り返ると、豊かな黒髪をなびかせた、フリーク侯爵令嬢のモニカ様が微笑んで立っていた。
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