もう一度あなたに逢いたくて〜こぼれ落ちた運命を再び拾うまで〜

雪野 結莉

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2章 気持ちを育む

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執事さんはわたしを談話室に座らせ、温かいココアを用意してくれた。

「ジーナ様、あまりうちのぼっちゃまに危ないことはさせませんようお願い致します」
両手でマグカップを持ち、わたしは執事さんのお顔を見た。
「危ないことなんてないわよ。お庭の噴水よ?」
「でも、ぼっちゃまはお転びになられました」

白い髭の執事さんは、表情を変えずに言う。
わたしの後ろに控えていたメルの方が表情を変え、眉間にシワを寄せてわたしの横から執事さんを見ている。
「遊んでるんだもの。転ぶくらいは普通でしょ?」
「ぼっちゃまは普通の人と違うのです。将来、英雄になるお方。わたくしどもは、ぼっちゃまが健やかに成長するように、お助けしなければならないのです」

わたしのカップを持つ手に力がこもる。
なによなによ。
健やかに成長するように、護れてないじゃない。
だから、赤ちゃんの時にあんな怪我をして、お城でもいじわるされて、全然健やかじゃないじゃない!

でも、わたしは我慢する。
ルーク様の家で、こんやくしやのわたしが嫌われるわけにはいかない。
俯いてカップの中をじっと見つめた。

しんとした空気の中、ガチャっとドアが開き、ルーク様が部屋に入ってきた。
「ジーナ、待たせたな」
「いえ……」
執事さんはルーク様が入ってきたのを見て、スッと部屋から出て行った。

ルーク様はわたしの向かいの席に座る。
「……どうした? なにかあったか?」
深い海のような綺麗な瞳で、心配そうにわたしを下から見上げた。

「いいえ。なんでもありません。ココアが少し甘過ぎるなって思って」
にっこりとルーク様に笑顔を見せた。

ちょうどよく、メイドがルーク様の分のココアを持って入ってきた。
ルーク様の目の前にココアを置くと、メイドは部屋から出ていく。

ルーク様はココアを一口飲んだ。
「おまえにはこれが甘過ぎるのか?」
ルーク様が首を傾げる。
「もしかして……ルーク様、甘党ですか?」
わたしがそう言うと、ルーク様は頬を赤くした。
「あっ、甘党なんかじゃないぞ! 男は黙ってブラックコーヒーだ!!」
くすくすっ。
「ルーク様、子どもは甘党でいいんですよ」
「オレは辛党だ!」
「ええー。残念。今度うちに遊びに来てくれたら、わたしの手作りのオヤツを御馳走しようと思ったのに」
「えっ」
ルーク様は目を丸くする。

「おまえ、お菓子が作れるのか?」
「まだ火を扱うのでひとりでは無理ですけど、味付けはわたし一人でやるんですよ」
「ほんとか?」
わたしはカップを置いて腰に手をあて胸を張る。
「ほんとうです!」

「そうか。食べたい。絶対、食べたい!!」
ルーク様はワクワクした笑顔を向ける。
「メイドの子どもが話してたことがあるんだ。お母さんの手作りクッキーやケーキがうまいって。できたては温かくて、お母さんが自分のことを可愛がってくれてるのがわかるって。だから、オレもオレのためだけに作ってもらったものが食べたかったんだ」
「メイドの?」
「ああ。少し離れたところに、使用人棟があるんだ。一人で居たくなくて、こっそりここを抜け出した時に、メイドの子どもが何人か集まって話をしていたのを聞いた。それから、冷たい料理じゃなくて、温かいお菓子を食べたいと思っていたんだ」

「……わかりました。腕によりをかけて、めっちゃくちゃ美味しいのを作ります!」
「絶対だそ!」
「はい!」
ルーク様は嬉しそうに顔をくしゃくしゃにして笑った。

「さて、ルーク様。今日もそろそろ帰ります。火傷の治療をしましょう。腕を出してください」
ルーク様は少し頬を膨らます。
「もう帰るのか?」
「だって、もうおひさまが傾いてます。お夕飯に間に合わないと、お母様に怒られちゃいます」
「ちぇっ」
ルーク様は、残念そうに左腕を出した。

「どこか、痛むところとか、ひっつれるところとかありますか?」
袖をまくり、わたしは両手で火傷の跡を撫でる。
「うーん。この辺が剣を振る時に気になるな」
「ここですか?」
わたしはルーク様に指差されたところを両手で覆う。

そして願う。
火傷跡が消えて、ルーク様が笑顔になりますように……。


無言で魔力を込める。
この前、限界を超えて力を使っちゃったから、自分の中の魔力と相談をする。
ふっ、と糸が切れる寸前のような感覚がしたので、わたしはすぐに力を込めるのをやめた。
多分、これ以上やってしまうと、また倒れてしまうだろう。

そっと手を離すと、この前と同じくらい火傷跡が消えていた。

「どうですか?」
わたしがルーク様に聞くと、ルーク様は腕を振り下ろす。
「うん。大丈夫だ。もう気にならない。ありがとうな、ジーナ」
ルーク様が笑う。
「これで剣をちゃんと覚えられる。しっかり覚えて、魔物を倒せるようになり、ジーナを守ってやるからな!」
嬉しそうに言うルーク様に、わたしも嬉しくなった。
「はい。ルーク様」

その日は、わたしは倒れることなく、ルーク様に笑顔で手を振って家に帰ることができた。
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