11 / 255
2章 気持ちを育む
2
しおりを挟む
執事さんはわたしを談話室に座らせ、温かいココアを用意してくれた。
「ジーナ様、あまりうちのぼっちゃまに危ないことはさせませんようお願い致します」
両手でマグカップを持ち、わたしは執事さんのお顔を見た。
「危ないことなんてないわよ。お庭の噴水よ?」
「でも、ぼっちゃまはお転びになられました」
白い髭の執事さんは、表情を変えずに言う。
わたしの後ろに控えていたメルの方が表情を変え、眉間にシワを寄せてわたしの横から執事さんを見ている。
「遊んでるんだもの。転ぶくらいは普通でしょ?」
「ぼっちゃまは普通の人と違うのです。将来、英雄になるお方。わたくしどもは、ぼっちゃまが健やかに成長するように、お助けしなければならないのです」
わたしのカップを持つ手に力がこもる。
なによなによ。
健やかに成長するように、護れてないじゃない。
だから、赤ちゃんの時にあんな怪我をして、お城でもいじわるされて、全然健やかじゃないじゃない!
でも、わたしは我慢する。
ルーク様の家で、こんやくしやのわたしが嫌われるわけにはいかない。
俯いてカップの中をじっと見つめた。
しんとした空気の中、ガチャっとドアが開き、ルーク様が部屋に入ってきた。
「ジーナ、待たせたな」
「いえ……」
執事さんはルーク様が入ってきたのを見て、スッと部屋から出て行った。
ルーク様はわたしの向かいの席に座る。
「……どうした? なにかあったか?」
深い海のような綺麗な瞳で、心配そうにわたしを下から見上げた。
「いいえ。なんでもありません。ココアが少し甘過ぎるなって思って」
にっこりとルーク様に笑顔を見せた。
ちょうどよく、メイドがルーク様の分のココアを持って入ってきた。
ルーク様の目の前にココアを置くと、メイドは部屋から出ていく。
ルーク様はココアを一口飲んだ。
「おまえにはこれが甘過ぎるのか?」
ルーク様が首を傾げる。
「もしかして……ルーク様、甘党ですか?」
わたしがそう言うと、ルーク様は頬を赤くした。
「あっ、甘党なんかじゃないぞ! 男は黙ってブラックコーヒーだ!!」
くすくすっ。
「ルーク様、子どもは甘党でいいんですよ」
「オレは辛党だ!」
「ええー。残念。今度うちに遊びに来てくれたら、わたしの手作りのオヤツを御馳走しようと思ったのに」
「えっ」
ルーク様は目を丸くする。
「おまえ、お菓子が作れるのか?」
「まだ火を扱うのでひとりでは無理ですけど、味付けはわたし一人でやるんですよ」
「ほんとか?」
わたしはカップを置いて腰に手をあて胸を張る。
「ほんとうです!」
「そうか。食べたい。絶対、食べたい!!」
ルーク様はワクワクした笑顔を向ける。
「メイドの子どもが話してたことがあるんだ。お母さんの手作りクッキーやケーキがうまいって。できたては温かくて、お母さんが自分のことを可愛がってくれてるのがわかるって。だから、オレもオレのためだけに作ってもらったものが食べたかったんだ」
「メイドの?」
「ああ。少し離れたところに、使用人棟があるんだ。一人で居たくなくて、こっそりここを抜け出した時に、メイドの子どもが何人か集まって話をしていたのを聞いた。それから、冷たい料理じゃなくて、温かいお菓子を食べたいと思っていたんだ」
「……わかりました。腕によりをかけて、めっちゃくちゃ美味しいのを作ります!」
「絶対だそ!」
「はい!」
ルーク様は嬉しそうに顔をくしゃくしゃにして笑った。
「さて、ルーク様。今日もそろそろ帰ります。火傷の治療をしましょう。腕を出してください」
ルーク様は少し頬を膨らます。
「もう帰るのか?」
「だって、もうおひさまが傾いてます。お夕飯に間に合わないと、お母様に怒られちゃいます」
「ちぇっ」
ルーク様は、残念そうに左腕を出した。
「どこか、痛むところとか、ひっつれるところとかありますか?」
袖をまくり、わたしは両手で火傷の跡を撫でる。
「うーん。この辺が剣を振る時に気になるな」
「ここですか?」
わたしはルーク様に指差されたところを両手で覆う。
そして願う。
火傷跡が消えて、ルーク様が笑顔になりますように……。
無言で魔力を込める。
この前、限界を超えて力を使っちゃったから、自分の中の魔力と相談をする。
ふっ、と糸が切れる寸前のような感覚がしたので、わたしはすぐに力を込めるのをやめた。
多分、これ以上やってしまうと、また倒れてしまうだろう。
そっと手を離すと、この前と同じくらい火傷跡が消えていた。
「どうですか?」
わたしがルーク様に聞くと、ルーク様は腕を振り下ろす。
「うん。大丈夫だ。もう気にならない。ありがとうな、ジーナ」
ルーク様が笑う。
「これで剣をちゃんと覚えられる。しっかり覚えて、魔物を倒せるようになり、ジーナを守ってやるからな!」
嬉しそうに言うルーク様に、わたしも嬉しくなった。
「はい。ルーク様」
その日は、わたしは倒れることなく、ルーク様に笑顔で手を振って家に帰ることができた。
「ジーナ様、あまりうちのぼっちゃまに危ないことはさせませんようお願い致します」
両手でマグカップを持ち、わたしは執事さんのお顔を見た。
「危ないことなんてないわよ。お庭の噴水よ?」
「でも、ぼっちゃまはお転びになられました」
白い髭の執事さんは、表情を変えずに言う。
わたしの後ろに控えていたメルの方が表情を変え、眉間にシワを寄せてわたしの横から執事さんを見ている。
「遊んでるんだもの。転ぶくらいは普通でしょ?」
「ぼっちゃまは普通の人と違うのです。将来、英雄になるお方。わたくしどもは、ぼっちゃまが健やかに成長するように、お助けしなければならないのです」
わたしのカップを持つ手に力がこもる。
なによなによ。
健やかに成長するように、護れてないじゃない。
だから、赤ちゃんの時にあんな怪我をして、お城でもいじわるされて、全然健やかじゃないじゃない!
でも、わたしは我慢する。
ルーク様の家で、こんやくしやのわたしが嫌われるわけにはいかない。
俯いてカップの中をじっと見つめた。
しんとした空気の中、ガチャっとドアが開き、ルーク様が部屋に入ってきた。
「ジーナ、待たせたな」
「いえ……」
執事さんはルーク様が入ってきたのを見て、スッと部屋から出て行った。
ルーク様はわたしの向かいの席に座る。
「……どうした? なにかあったか?」
深い海のような綺麗な瞳で、心配そうにわたしを下から見上げた。
「いいえ。なんでもありません。ココアが少し甘過ぎるなって思って」
にっこりとルーク様に笑顔を見せた。
ちょうどよく、メイドがルーク様の分のココアを持って入ってきた。
ルーク様の目の前にココアを置くと、メイドは部屋から出ていく。
ルーク様はココアを一口飲んだ。
「おまえにはこれが甘過ぎるのか?」
ルーク様が首を傾げる。
「もしかして……ルーク様、甘党ですか?」
わたしがそう言うと、ルーク様は頬を赤くした。
「あっ、甘党なんかじゃないぞ! 男は黙ってブラックコーヒーだ!!」
くすくすっ。
「ルーク様、子どもは甘党でいいんですよ」
「オレは辛党だ!」
「ええー。残念。今度うちに遊びに来てくれたら、わたしの手作りのオヤツを御馳走しようと思ったのに」
「えっ」
ルーク様は目を丸くする。
「おまえ、お菓子が作れるのか?」
「まだ火を扱うのでひとりでは無理ですけど、味付けはわたし一人でやるんですよ」
「ほんとか?」
わたしはカップを置いて腰に手をあて胸を張る。
「ほんとうです!」
「そうか。食べたい。絶対、食べたい!!」
ルーク様はワクワクした笑顔を向ける。
「メイドの子どもが話してたことがあるんだ。お母さんの手作りクッキーやケーキがうまいって。できたては温かくて、お母さんが自分のことを可愛がってくれてるのがわかるって。だから、オレもオレのためだけに作ってもらったものが食べたかったんだ」
「メイドの?」
「ああ。少し離れたところに、使用人棟があるんだ。一人で居たくなくて、こっそりここを抜け出した時に、メイドの子どもが何人か集まって話をしていたのを聞いた。それから、冷たい料理じゃなくて、温かいお菓子を食べたいと思っていたんだ」
「……わかりました。腕によりをかけて、めっちゃくちゃ美味しいのを作ります!」
「絶対だそ!」
「はい!」
ルーク様は嬉しそうに顔をくしゃくしゃにして笑った。
「さて、ルーク様。今日もそろそろ帰ります。火傷の治療をしましょう。腕を出してください」
ルーク様は少し頬を膨らます。
「もう帰るのか?」
「だって、もうおひさまが傾いてます。お夕飯に間に合わないと、お母様に怒られちゃいます」
「ちぇっ」
ルーク様は、残念そうに左腕を出した。
「どこか、痛むところとか、ひっつれるところとかありますか?」
袖をまくり、わたしは両手で火傷の跡を撫でる。
「うーん。この辺が剣を振る時に気になるな」
「ここですか?」
わたしはルーク様に指差されたところを両手で覆う。
そして願う。
火傷跡が消えて、ルーク様が笑顔になりますように……。
無言で魔力を込める。
この前、限界を超えて力を使っちゃったから、自分の中の魔力と相談をする。
ふっ、と糸が切れる寸前のような感覚がしたので、わたしはすぐに力を込めるのをやめた。
多分、これ以上やってしまうと、また倒れてしまうだろう。
そっと手を離すと、この前と同じくらい火傷跡が消えていた。
「どうですか?」
わたしがルーク様に聞くと、ルーク様は腕を振り下ろす。
「うん。大丈夫だ。もう気にならない。ありがとうな、ジーナ」
ルーク様が笑う。
「これで剣をちゃんと覚えられる。しっかり覚えて、魔物を倒せるようになり、ジーナを守ってやるからな!」
嬉しそうに言うルーク様に、わたしも嬉しくなった。
「はい。ルーク様」
その日は、わたしは倒れることなく、ルーク様に笑顔で手を振って家に帰ることができた。
3
お気に入りに追加
268
あなたにおすすめの小説

わたしを捨てた騎士様の末路
夜桜
恋愛
令嬢エレナは、騎士フレンと婚約を交わしていた。
ある日、フレンはエレナに婚約破棄を言い渡す。その意外な理由にエレナは冷静に対処した。フレンの行動は全て筒抜けだったのだ。
※連載

私も処刑されたことですし、どうか皆さま地獄へ落ちてくださいね。
火野村志紀
恋愛
あなた方が訪れるその時をお待ちしております。
王宮医官長のエステルは、流行り病の特効薬を第四王子に服用させた。すると王子は高熱で苦しみ出し、エステルを含めた王宮医官たちは罪人として投獄されてしまう。
そしてエステルの婚約者であり大臣の息子のブノワは、エステルを口汚く罵り婚約破棄をすると、王女ナデージュとの婚約を果たす。ブノワにとって、優秀すぎるエステルは以前から邪魔な存在だったのだ。
エステルは貴族や平民からも悪女、魔女と罵られながら処刑された。
それがこの国の終わりの始まりだった。

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢
岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか?
「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」
「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」
マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

親切なミザリー
みるみる
恋愛
第一王子アポロの婚約者ミザリーは、「親切なミザリー」としてまわりから慕われていました。
ところが、子爵家令嬢のアリスと偶然出会ってしまったアポロはアリスを好きになってしまい、ミザリーを蔑ろにするようになりました。アポロだけでなく、アポロのまわりの友人達もアリスを慕うようになりました。
ミザリーはアリスに嫉妬し、様々な嫌がらせをアリスにする様になりました。
こうしてミザリーは、いつしか親切なミザリーから悪女ミザリーへと変貌したのでした。
‥ですが、ミザリーの突然の死後、何故か再びミザリーの評価は上がり、「親切なミザリー」として人々に慕われるようになり、ミザリーが死後海に投げ落とされたという崖の上には沢山の花が、毎日絶やされる事なく人々により捧げられ続けるのでした。
※不定期更新です。

愛など初めからありませんが。
ましろ
恋愛
お金で売られるように嫁がされた。
お相手はバツイチ子持ちの伯爵32歳。
「君は子供の面倒だけ見てくれればいい」
「要するに貴方様は幸せ家族の演技をしろと仰るのですよね?ですが、子供達にその様な演技力はありますでしょうか?」
「……何を言っている?」
仕事一筋の鈍感不器用夫に嫁いだミッシェルの未来はいかに?
✻基本ゆるふわ設定。箸休め程度に楽しんでいただけると幸いです。

雪解けの白い結婚 〜触れることもないし触れないでほしい……からの純愛!?〜
川奈あさ
恋愛
セレンは前世で夫と友人から酷い裏切りを受けたレスられ・不倫サレ妻だった。
前世の深い傷は、転生先の心にも残ったまま。
恋人も友人も一人もいないけれど、大好きな魔法具の開発をしながらそれなりに楽しい仕事人生を送っていたセレンは、祖父のために結婚相手を探すことになる。
だけど凍り付いた表情は、舞踏会で恐れられるだけで……。
そんな時に出会った壁の花仲間かつ高嶺の花でもあるレインに契約結婚を持ちかけられる。
「私は貴女に触れることもないし、私にも触れないでほしい」
レインの条件はひとつ、触らないこと、触ることを求めないこと。
実はレインは女性に触れられると、身体にひどいアレルギー症状が出てしまうのだった。
女性アレルギーのスノープリンス侯爵 × 誰かを愛することが怖いブリザード令嬢。
過去に深い傷を抱えて、人を愛することが怖い。
二人がゆっくり夫婦になっていくお話です。
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。
【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。
氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。
私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。
「でも、白い結婚だったのよね……」
奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。
全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。
一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。
断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる