人質姫と忘れんぼ王子

雪野 結莉

文字の大きさ
上 下
66 / 187
9章 帰城

5

しおりを挟む
マリーたちの家を出て、私とギルバート様は馬車に乗り込んだ。

ギルバート様の手には、マリーとアーサーの私物が握られている。

「それはどのように使うのですか?」
「森のボナール側の国境前にばら撒く。盗賊に殺されたように偽装するなら、その辺りがいいだろう。あんまり遠くにおいて、ボナールの手に渡らなければ意味がない」

「…ランバラルドに移民を希望するくらい、今のボナールは酷いのでしょうか」
思わず沈んだ声でギルバート様に問いかけてしまった。

「きちんとした政治が行われていれば、問題ない程度だ。雨が降らなかった期間もあるようだが、干ばつというほどでもない。ずっと畑をやっていれば不作の年もあるだろう。その程度のはずだが、王が不作の年も何も対策を打たない。それどころか、納税義務は重くなっているようだ」

思わず唇を噛む。
あの人たちは、一体何がしたいのだろう。

あぁ、でも、もう国外に追い出されてしまった私には、どうする事もできない。
とても悔しい。

膝の上でぎゅっと手を握り締めていると、ギルバート様は多分話を変えてくれようとして、私に話しかけた。
「ところで、刺繍はどれくらい進んでいる?」

…はっ、刺繍、全然やっていない…。
「次に出席しなければならない夜会にポケットチーフとして持っていきたいが、どうだろう」

「あの、ギルバート様。私はこの数日忙しくてですね」
「わかっている。大丈夫だ。夜会は来月だからな。間に合うように、精進しろ」

ギルバートがとても良い笑顔で無理を言う。
私は「はい」と答えるしかできなかった…。


離宮に戻り、私はジュディにマリーたちの住む家の話をして、明日ふたりで様子を見に行くことにした。
短時間なら一緒に出ても大丈夫だろう。
リビングで紅茶を飲みながら話をしていたけれど、暖かい紅茶で体があったまり、こっくりこっくりしてくる。

「姫様、お疲れなんですよ。もう今日はお休みになってください」
ジュディに言われて自室に入る。

着替えてベッドに入ると、心の底からリラックスできた。
やっぱり、マリーの事を考えるとここ数日は寝た気がしなかったし、国境付近へ出かけてからは忙しかったし。
やっと帰ってこれて、自分のベッドに横になれて。

すぐに睡魔がやってきて、私は夢の中へと落ちていった。




朝、起きると私とジュディはメイド服に着替えて、本宮のメイドの休憩室や厨房に顔を出し、ちゃーんと離宮にいますよアピールをしておいた。
少しの間、本宮に姿を見せなかったのは、ジュディが寝込んでいて、ロッテひとりで離宮の仕事をしていたということにしてある。

それぞれへ顔を出し終えると、ふたりとも私服に着替えてお城の外に出た。
ジュディの手には、朝からふたりで作ったサンドイッチが入っている。
お昼をマリーたちと食べて、夕方に離宮に戻る予定だ。

私たちは馬車を呼べないので、お城のすぐ下にある乗り合い馬車を使って町まで行く。
記憶を頼りに町の中を歩くと、本通りの端っこに昨日マリーたちと別れたあの店があった。

closeの看板を避けて中を覗くと、すでにマリーとアーサーは店の中の片付けをしていた。
ドアを開けると、ふたりがこちらを向く。
「姫様、おはようございます。ジュディ、おはよう。まだどうしたらいいかわかりませんが、ひとまずホコリをかぶっていたので掃除をしていたところです。あちらのテーブルはもう綺麗ですから、あちらへどうぞ」
マリーがニコニコとテーブルに案内してくれた。

厨房はすぐ使える状態だったらしく、マリーがお茶を入れてくれる。
私たちは朝から作ったサンドイッチを出し、早速昼食を取ることにした。

「まだ、なんの店をやるか考えてないけど、掃除だけはやっておいた方がいいかと思って…」
アーサーが腕を組みながら言う。

今まで剣一本でいた人が、いきなり商売と言われても困るのだろう。

「ここがお店になったら兄さんが店主になるのよね。兄さんがやるなら力仕事がいいんじゃない?便利屋さんとかどお?」
「働き手がオレ一人じゃ無理があるだろ」

マリーが手にしたサンドイッチをじっと見つめて言う。
「もともとパン屋さんだったし、そのままパン屋でもやろうかねぇ。料理ならわたしもできるし、私が姫様の元で城勤めする頃には、アーサーがかわいいお嫁さんをもらって、あとは二人で切り盛りしたらいいかしらねぇ」
私は手を上げて賛成する。
「パン屋さん!いいと思います!このままイートインもあるなら、私も外出のついでに寄って、マリーの紅茶を飲むこともできるし!」

「…って、姫様。いつまでメイドやるつもりなんですか…。わたしが母さんから怒られます」
ジュディがじと目で見るけど、気にしない。

アーサーも不満はないようで。
「オレが嫁をもらうところは想像できないが、パン屋なら便利屋のように外に派遣されるわけじゃないから、母さんとふたりでもなんとかなりそうだな」

「そうしたら、私が人質ではなくなったら、ここで雇ってもらえますか?」
3人は私を見つめてにっこり笑う。
「もちろん。そうしたら姫様を会長にして、王都を我が手にするくらい店を大きくしよう」
「そうね。そして4人でのんびり暮らすの」

いいなぁ。
ステキ。
叶うかどうかわからないけど、いつかそんな日がくるといいな…。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

あの素晴らしい愛をもう一度

仏白目
恋愛
伯爵夫人セレス・クリスティアーノは 33歳、愛する夫ジャレッド・クリスティアーノ伯爵との間には、可愛い子供が2人いる。 家同士のつながりで婚約した2人だが 婚約期間にはお互いに惹かれあい 好きだ!  私も大好き〜! 僕はもっと大好きだ! 私だって〜! と人前でいちゃつく姿は有名であった そんな情熱をもち結婚した2人は子宝にもめぐまれ爵位も継承し順風満帆であった はず・・・ このお話は、作者の自分勝手な世界観でのフィクションです。 あしからず!

悪役令嬢アンジェリカの最後の悪あがき

結城芙由奈 
恋愛
【追放決定の悪役令嬢に転生したので、最後に悪あがきをしてみよう】 乙女ゲームのシナリオライターとして活躍していた私。ハードワークで意識を失い、次に目覚めた場所は自分のシナリオの乙女ゲームの世界の中。しかも悪役令嬢アンジェリカ・デーゼナーとして断罪されている真っ最中だった。そして下された罰は爵位を取られ、へき地への追放。けれど、ここは私の書き上げたシナリオのゲーム世界。なので作者として、最後の悪あがきをしてみることにした――。 ※他サイトでも投稿中

断罪シーンを自分の夢だと思った悪役令嬢はヒロインに成り代わるべく画策する。

メカ喜楽直人
恋愛
さっきまでやってた18禁乙女ゲームの断罪シーンを夢に見てるっぽい? 「アルテシア・シンクレア公爵令嬢、私はお前との婚約を破棄する。このまま修道院に向かい、これまで自分がやってきた行いを深く考え、その罪を贖う一生を終えるがいい!」 冷たい床に顔を押し付けられた屈辱と、両肩を押さえつけられた痛み。 そして、ちらりと顔を上げれば金髪碧眼のザ王子様なキンキラ衣装を身に着けたイケメンが、聞き覚えのある名前を呼んで、婚約破棄を告げているところだった。 自分が夢の中で悪役令嬢になっていることに気が付いた私は、逆ハーに成功したらしい愛され系ヒロインに対抗して自分がヒロインポジを奪い取るべく行動を開始した。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

男装の公爵令嬢ドレスを着る

おみなしづき
恋愛
父親は、公爵で騎士団長。 双子の兄も父親の騎士団に所属した。 そんな家族の末っ子として産まれたアデルが、幼い頃から騎士を目指すのは自然な事だった。 男装をして、口調も父や兄達と同じく男勝り。 けれど、そんな彼女でも婚約者がいた。 「アデル……ローマン殿下に婚約を破棄された。どうしてだ?」 「ローマン殿下には心に決めた方がいるからです」 父も兄達も殺気立ったけれど、アデルはローマンに全く未練はなかった。 すると、婚約破棄を待っていたかのようにアデルに婚約を申し込む手紙が届いて……。 ※暴力的描写もたまに出ます。

教会を追放された元聖女の私、果実飴を作っていたのに、なぜかイケメン騎士様が溺愛してきます!

海空里和
恋愛
王都にある果実店の果実飴は、連日行列の人気店。 そこで働く孤児院出身のエレノアは、聖女として教会からやりがい搾取されたあげく、あっさり捨てられた。大切な人を失い、働くことへの意義を失ったエレノア。しかし、果実飴の成功により、働き方改革に成功して、穏やかな日常を取り戻していた。 そこにやって来たのは、場違いなイケメン騎士。 「エレノア殿、迎えに来ました」 「はあ?」 それから毎日果実飴を買いにやって来る騎士。 果実飴が気に入ったのかと思ったその騎士、イザークは、実はエレノアとの結婚が目的で?! これは、エレノアにだけ距離感がおかしいイザークと、失意にいながらも大切な物を取り返していくエレノアが、次第に心を通わせていくラブストーリー。

番が見つけられなかったので諦めて婚約したら、番を見つけてしまった。←今ここ。

三谷朱花
恋愛
息が止まる。 フィオーレがその表現を理解したのは、今日が初めてだった。

忌むべき番

藍田ひびき
恋愛
「メルヴィ・ハハリ。お前との婚姻は無効とし、国外追放に処す。その忌まわしい姿を、二度と俺に見せるな」 メルヴィはザブァヒワ皇国の皇太子ヴァルラムの番だと告げられ、強引に彼の後宮へ入れられた。しかしヴァルラムは他の妃のもとへ通うばかり。さらに、真の番が見つかったからとメルヴィへ追放を言い渡す。 彼は知らなかった。それこそがメルヴィの望みだということを――。 ※ 8/4 誤字修正しました。 ※ なろうにも投稿しています。

処理中です...