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8章 人質姫と忘れんぼ王子の邂逅
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私は慌てて鹿から飛び降りた。
怖いと思っていたのを忘れて飛び降りたけど、怪我もなく着地できた。
手に持っていたバスケットを置いて、男の人に声をかける。
「大丈夫ですか!?私がわかりますか?」
軽く頬を叩くと、男の人は呻いて目を開けた。
青い、綺麗な瞳がこちらを見た。
「うっ…ここは、…天使…?」
その人は左腕を押さえながら起き上がろうとした。
「いたっ!」
「動かないでください。ひどい怪我ですが、腕もぶつけてますか?」
右足のボトムスが切られ、出血しているのがわかるため、手に持っていたチーフをこれ以上出血しないように太ももの上の方で縛る。
敷物にする前でよかった。
一応、バイキンが入るといけないので、傷口付近には清潔なハンカチーフを充てておく。
しばらく茫然としたまま私を見ていたが、やがて口を開いた。
「左腕を、打ちつけて、右足を、盗賊、に切りつけ、られました…」
傷はそんなに深くないようだったけれど、止血されることもなくそのままだった為に、かなりの量を出血してしまったんだろう。
顔色も悪く、動けないようだ。
「水…汲んできてもらえま、せん、か…」
「あ、そうね。果実水を持ってます。飲めますか?」
そうっと頭を持ち上げて自分の膝の上に乗せる。
少し角度がついたところで、口元に果実水の瓶を近付ける。
こくっ、こくっと喉が動く。
「…あぁ、…生き、返る…」
ふぅっと、男の人が息を吐いて目を閉じる。
「ダメですよー。死んじゃダメです。そのまま生き返っててくださいねー」
ぐったりとするその人の頭を膝から下ろし、鹿に近付く。
鹿は私たちをずっと見ていたようだった。
「鹿さん、私、助けを呼んでくるから、この人を見ててくれる?」
男の人は私がそう言うのを聞くと慌てて口を開いた。
「待って、行かないでくれ…!頼むから側にいてくれ…!!」
動けない体で、縋るような目で見られると、彼を置いて助けを求めに宿泊所まで一人で戻るなんてできなかった。
「…でも、このままここにいても怪我の手当てができません」
そうは言っても、不安そうな目でこちらを見る彼を、どうしたらいいかわからない。
私は鹿に向き直る。
「鹿さん、この人を、さっき私を乗せたみたいに背中に乗せることはできますか?」
鹿は黒い瞳で私の目をじっと覗き込む。
ふいっと首を彼の方に向けると、彼のいる方に足を向けた。
ふんふんと、彼の首元に鼻を近付けてから、改めて首を下げた。
「乗っていいって言ってるわ。…多分…」
私は彼の側に行き、そっと体を持ち上げた。
「うっ、」
「ごめんなさい。痛いですよね。でも、ここにいても良くならないし、少しだけ我慢してください」
なるべく痛くならないように、ゆっくりゆっくりと彼が起き上がるのを手助けする。
そうして、なんとか鹿の背に乗ってもらったが、ぐったりと鹿の背に体全体を預けている。
「ワガママ言ってごめんなさい。鹿さん、出来るだけ急いで、元来た道を戻ってください」
私は鹿の隣を走ろうとしたのだけど、鹿はツノで私をも持ち上げて、男の人の後ろに乗せた。
乗せられた時に、彼に触れてしまい、彼が呻いたが気にしてはいられない。
「ありがとう、鹿さん。二人も乗せて重いでしょうが、よろしくお願いします」
鹿は一度後ろに振り向いてから、速足で元来た道を戻り始めた。
鹿が急いでくれているため、背中に乗っている私たちはかなり揺れている。
振動が怪我に響くのだろう。
彼はずっと呻いている。
かわいそうに。
痛いでしょう。
「痛いの痛いの、飛んで行って。この人の痛みはなくなって」
私は片手で鹿にしがみつき、もう片方の手で、出来るだけこの人に私がいることがわかるように、腕や背中を撫でていた。
ずっと、側にいるから、心細くならなくていいからね、と。何度も彼に囁き続けた。
怖いと思っていたのを忘れて飛び降りたけど、怪我もなく着地できた。
手に持っていたバスケットを置いて、男の人に声をかける。
「大丈夫ですか!?私がわかりますか?」
軽く頬を叩くと、男の人は呻いて目を開けた。
青い、綺麗な瞳がこちらを見た。
「うっ…ここは、…天使…?」
その人は左腕を押さえながら起き上がろうとした。
「いたっ!」
「動かないでください。ひどい怪我ですが、腕もぶつけてますか?」
右足のボトムスが切られ、出血しているのがわかるため、手に持っていたチーフをこれ以上出血しないように太ももの上の方で縛る。
敷物にする前でよかった。
一応、バイキンが入るといけないので、傷口付近には清潔なハンカチーフを充てておく。
しばらく茫然としたまま私を見ていたが、やがて口を開いた。
「左腕を、打ちつけて、右足を、盗賊、に切りつけ、られました…」
傷はそんなに深くないようだったけれど、止血されることもなくそのままだった為に、かなりの量を出血してしまったんだろう。
顔色も悪く、動けないようだ。
「水…汲んできてもらえま、せん、か…」
「あ、そうね。果実水を持ってます。飲めますか?」
そうっと頭を持ち上げて自分の膝の上に乗せる。
少し角度がついたところで、口元に果実水の瓶を近付ける。
こくっ、こくっと喉が動く。
「…あぁ、…生き、返る…」
ふぅっと、男の人が息を吐いて目を閉じる。
「ダメですよー。死んじゃダメです。そのまま生き返っててくださいねー」
ぐったりとするその人の頭を膝から下ろし、鹿に近付く。
鹿は私たちをずっと見ていたようだった。
「鹿さん、私、助けを呼んでくるから、この人を見ててくれる?」
男の人は私がそう言うのを聞くと慌てて口を開いた。
「待って、行かないでくれ…!頼むから側にいてくれ…!!」
動けない体で、縋るような目で見られると、彼を置いて助けを求めに宿泊所まで一人で戻るなんてできなかった。
「…でも、このままここにいても怪我の手当てができません」
そうは言っても、不安そうな目でこちらを見る彼を、どうしたらいいかわからない。
私は鹿に向き直る。
「鹿さん、この人を、さっき私を乗せたみたいに背中に乗せることはできますか?」
鹿は黒い瞳で私の目をじっと覗き込む。
ふいっと首を彼の方に向けると、彼のいる方に足を向けた。
ふんふんと、彼の首元に鼻を近付けてから、改めて首を下げた。
「乗っていいって言ってるわ。…多分…」
私は彼の側に行き、そっと体を持ち上げた。
「うっ、」
「ごめんなさい。痛いですよね。でも、ここにいても良くならないし、少しだけ我慢してください」
なるべく痛くならないように、ゆっくりゆっくりと彼が起き上がるのを手助けする。
そうして、なんとか鹿の背に乗ってもらったが、ぐったりと鹿の背に体全体を預けている。
「ワガママ言ってごめんなさい。鹿さん、出来るだけ急いで、元来た道を戻ってください」
私は鹿の隣を走ろうとしたのだけど、鹿はツノで私をも持ち上げて、男の人の後ろに乗せた。
乗せられた時に、彼に触れてしまい、彼が呻いたが気にしてはいられない。
「ありがとう、鹿さん。二人も乗せて重いでしょうが、よろしくお願いします」
鹿は一度後ろに振り向いてから、速足で元来た道を戻り始めた。
鹿が急いでくれているため、背中に乗っている私たちはかなり揺れている。
振動が怪我に響くのだろう。
彼はずっと呻いている。
かわいそうに。
痛いでしょう。
「痛いの痛いの、飛んで行って。この人の痛みはなくなって」
私は片手で鹿にしがみつき、もう片方の手で、出来るだけこの人に私がいることがわかるように、腕や背中を撫でていた。
ずっと、側にいるから、心細くならなくていいからね、と。何度も彼に囁き続けた。
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https://www.alphapolis.co.jp/novel/532153457/985690833
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(注意)
※直接的な性描写はありませんが、彷彿とさせる場面があります。
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