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第一章

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ハルエル・シェパードはお気に入りの丘の上で大の字で寝転がっていた
 
「お嬢~何処に居るんですか~!!??」
 
 遠くからハルエルを呼ぶ声が聞こえてくる。
 ハルエルが目を開けて起き上がれば、丘の下で家の者がハルエルを探してる姿が見えた。
 
「あら、今日は早いのね」
 
 いつもなら後もう少しは時間がかかるのにとハルエルは思いながら隣に座る護衛騎士のシドに声をかけた
 
「シド、まだ時間は稼げるかしら?」
 
 シドの顔は怖面で、目元にあるキズのせいなのか子供は大号泣で逃げ出す顔をしているが、ハルエルはたれた目もすっと伸びた鼻もとても可愛くて愛らしいと思っていた。
 
「当主様が帰ってきてるので、それは無理かと」
「あら、本当だわ。それじゃあ仕方無いわね。シド、帰るわよ」
 
 渋々立ち上がり、服についた汚れを払ってからハルエルは家へと戻った。
 
「それにしても、お父様帰ってくるのが早すぎるんじゃないかしら?だってお父様が王都に呼び出されて渋々出て行ったのって一昨日よ?まさか途中で引き返したんじゃないでしょうね……」
「行きにあれだけお嬢が脅し……んんっ……お話したのでそれはないかと。」
「今脅したって言おうとしなかった?」
「いえ、お嬢にそんな事を言う訳ないじゃないですか」
 
 ニッコリと笑ってハルエルを見るシドにハルエルは一度も口喧嘩で勝てた事がない。口もよく回るし、頭も良い。それに加え戦闘も秀でた才能を持つシドは本来なら騎士団長にでもなっていた筈だ。
 ハルエルはそんな事を考えながらメイド達に案内された部屋へ入った。
 
 部屋の中には熊のように大きな体をこれでもかと小さくして部屋の隅に蹲るダニエル・シェパードの姿があった。
 
「お父様、まずはおかえりなさい。」
「ハ、ルエル……っ」
 
 ダニエルの顔はシドといい勝負の怖面だった。
体も大きく、黙っていれば歴戦の猛者と思われる。
実際負けなし辺境伯の名を物にする力があるから、見かけだけではないのだ。
 
「お父様?王都から帰るのが随分早くありませんか?それにジェイは何処に居るのですか」
「お、置いてき「なんですって??」
 
 ジェイはダニエルの身の回りを全てサポートしているダニエルの熱狂的信者だ。
元々は他にも人が居たけど、ダニエル自身の胃の問題、ジェイ自身がダニエルの身の回りの事は自分一人で全てこなすと言い張り、一人となった。
ダニエルも周りに沢山人が居るのは嫌だし、ジェイは優秀な人間だったので全てを任せていた。
 余りにも休みもなく働くジェイを見かねたハルエルが、一度増員をしようとしたが、今にも自死する勢いだった為未だにダニエルの身の回りの事はジェイ一人でやっていた。
 
「お嬢、余り問い詰められるとお話が進みません」
「あぁ、そうね。お父様? 経緯を説明して下さいますわよね?」
 
 ハルエルはシドが持ってきた椅子に足を組んで座りダニエルを見下ろした。
 
「お、王都には……その、行ったのだ……嫌だったがな……とても帰りたかったが、行ったのだ、私は……胃がとても痛かったが……」
 
 ダニエルは人と接するのがとても苦手だ。
口下手で、人が沢山いる所では萎縮してしまう。
だから出来るだけ家にこもり他貴族と関わらないようにしていた。
関わる必要がある場合はジェイを使って交渉等している。
これ以上偉くなれば領地にこもってばかり居られないからと、手柄は全部余所の領にさりげなく置いてきたり、お呼ばれしないように自分の悪い噂をさりげなくバラまいている。
 そのおかげで伯爵領は悪名高く、王位を狙ってる逆賊の可能性を疑われている。平民に戻れればそれでいい……山にこもりたいがダニエルの口癖だった。
 
「そもそも、私を呼ぶ必要などないというのに……あの狸共が余計な事をしおって……その、お前を貴族の学校に入れねばならなくなった」
「……はい?お父様、話が飛び過ぎです。もう少し詳しくお話ください」
「そのだな……王は私が謀反を起こす気はないと……私の気持ちを理解してくれておるのだが……他の狸が余計な事を言い始めてな……我が領は兵は少ないが精鋭が揃っておる……だから、謀反を起こされれば太刀打ち出来ぬという話になったそうだ……そんなの騎士共が怠けとるだけなのに、全部私のせいにすればいいと思いおって……」
 
 指をツンツンさせながらダニエルはブチブチと文句混じりに話した。
そのツンツンが許されるのは小さな子供だけですよとハルエルはツッコミたくなったけど、そうすると話が進まないので必死に言葉を飲み込んだ。
 
「それで、私は娘を溺愛しているから、娘を王都に置けば……王都を攻撃出来ぬのではないか……という話になったそうでな……さすがの王も庇いきれなくなったらしくて、王命だと言われた……腹が立ったからニヤニヤしていた宰相を殴ろうと思ったのだが、ジェイがこういうのは暴力よりも小さな嫌がらせを積み重ねた方がいいのだと言ったのでな、ジェイに任せて馬に乗って帰ってきたのだ」
 
 だから私は悪くないだろ?寧ろ殴らなかったのだから褒めてほしいと言いたげにコチラをチラチラ見るダニエルを見て、ハルエルは頭を抱えたくなった
 
「……だからあれ程言ったではありませんか……悪い噂も程々にしなければならぬと……お母様が居たら今頃どんな顔をしていたか……」
「………グスッ……ミシェルに会いたい……昔の様に山にこもりたい……」
「泣いても山にはこもれません。」
「……ハルエルと離れたくなどない……お前は私の宝なのだ……何であんな狸共の所にやらねばならぬのだ……」
 
 二人きりの家族だからなのか、ダニエルはハルエルをとても大切にしていた。目に入れても痛くないと言いたげな勢いで愛でて愛でて愛で倒していた。
 ハルエルもダニエルが好きだった。
優しくてカッコイイダニエルはハルエルの自慢の父親だった。
出来るならばハルエルだって領地に居たい。
 その時ハルエルの思いの半数を占めていたのは、自分が居なければ誰が暴走するお父様達を止めるのか……という思いだった。
 
「ですが仕方ありません。王命に逆らえば、流石に今までの様に過ごす事はできません」
「……私も王都に「それは出来ません」な、何故だ……っ!私とは居たくないのか!?」
「もし隣国が攻めてきた時、お父様が王都に居たら誰が兵に指示を出すのです。お父様という存在が隣国に対する抑止力となっているのはお父様も理解している筈です」
 
 ダニエルの視線に合わせるように、ハルエルはしゃがみこみ優しく諭す様に話しかけた。
 
「休みの日は領地に帰ってきます。お手紙も沢山書きます。………私とて、お父様と離れるのはとても寂しいのですよ。」
「ハルエル……っ! 毎日手紙を書くからな! 私も会いに行くからそんな顔をしないでくれ……っ」
 
 悲しみを必死に押さえ込み微笑むハルエルを強く抱きしめるダニエル。
 
「大丈夫です……っすぐに帰ってきます。だから、お父様も、体には充分気を付けてくださいね……お菓子も食べすぎてはいけませんよ」
「そ、それは……善処しよう」
 
 二人は顔を見合わせて微笑みあった。
その様子をシド達は微笑ましく見ていた。
 
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