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私、前世を思い出しました。
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しおりを挟むこの森からの出口。ヴェンは私が出口だと思った場所が出口だと言った。そして決められた出口もないと。
それは逆に出口は無数にもある様に考える事ができる。
沢山の出口があるけれど、私には見えていないだけ。
それなら分かりやすい出口を具現化出来たら?
出来るか出来ないか考えるよりも、当たって砕けろだ。
目を閉じて、明確な形を思い浮かべる。
私にとって分かりやすい出口は玄関の扉だった。
入り口でもあり、出口でもある玄関の扉。
取手の位置、扉の模様、色や形を鮮明に思い浮かべ、スッと目を開けた。視線の先には、私が前世で使っていた家の扉があった。
「…っ良かった。ルキ、手を私の肩に回せる?」
コクリと頷いた彼は手を私に伸ばし、肩に回した。
共に倒れない様に必死に踏んばって、彼を起き上がらせた。
本当はヴェンに担いでいってもらった方が彼の負担も少なくなるとは思うけど、現状彼に触れられるのが私だけなので仕方ない。
「ゆっくりでいいよ。ルキのペースで歩こう。」
1歩、また一歩とふらつきながらもゆっくり歩く。
何度か倒れそうになる度に、不思議と転けずに体勢を持ち直す事が出来た。何でだろうと思っていると、視界の隅で、人差し指を立ててしぃーっと小声で言うヴェンの姿があった。
私はルキに気づかれない様に少しだけ頭を下げて、ルキの体を支えた。
「………っこれ、出られたの?」
扉を潜った先は、さっきと変わらない景色で、戻ってこれたのかわからなくて、キョロキョロと辺りを見渡しても周りは木々で囲まれているだけだった。
暫く歩いたが、周りの景色は変わらず人にも会わない。
そしてある時遂に私と彼は転んでしまった。
水場が近くに無い為、魔力が尽きた状態でヴェンを呼び続ける事は出来なかった。故に今まで転ばない様に支えてくれていたヴェンがいない状態で転ぶのは当たり前である。
寧ろヴェンが居なくなってから暫く立つのに転ばなかった方が奇跡である。
「っぅ……ルキ……!?」
痛みに耐え、慌てて起き上がり隣に居たルキの方を見た。
「…っ、ぐ……」
浅い息、包帯やガーゼに滲み始めた血。
今ので傷が完全に開いてしまったのだと気付くには充分だった。
「っ、どうしようっ、どうにかしなきゃ、ルキっ……っルキ、大丈夫だからねっ、絶対助けるからっ、だからっ「ティア!!!??」
泣きながら必死に手で血を抑えていると、私を呼ぶ声が聞こえた。そちらに視線を向ければ、最後に見た時より少し窶れたお兄様の姿があった。走って此方に駆け寄るお兄様の傍には、お兄様の私兵の姿があった。
「ティアっ!!無事で良かった……っ、ずっとどこに居たんだ?怪我はしてないか?俺の事はちゃんとわかるか?」
矢継ぎ早に質問をするお兄様の目には薄っすらと涙が浮かんでいた。
いつもキラキラと輝いていた金の瞳は心なしか淀んでいて、瞳の下には隠しきれない隈があった。
「お兄様心配かけてしまってごめんなさい。詳しい理由は後で必ずお兄様にだけ全部話すわ。だから今はこの子を助けて欲しいの。
私の力じゃ、これ以上治せなくて……っ、お願いっ!ルキを助けて!」
魔法を発動しようとしても、発動させる為の魔力が全く無かった。
痛みに苦しむ彼に声をかけて、血がこれ以上流れてしまわぬ様必死に押さえる事しか私には出来なかった。
私の手も着ていた服もルキの血だらけで、これ以上流れたら本当に死んでしまう。
「ティアこちらを見て。いいかい?絶対に僕には全て話してね?これは約束だよ。」
兄様が私の頬を撫で、微笑む。
必死に何度も頷けば、兄様が私の頭をなでた。
「大丈夫泣かないで僕の可愛いお姫様。お姫様の願いは僕が叶えると約束しただろ?」
「…っ、……う、んっ」
「ミラン!この子を隠れ家に。医療班を連れて行き、絶対に死なせるな。僕も後で行く」
「畏まりました。」
手を離すのが怖くて、離せない私の手を優しく兄様が剥がす。
騎士に抱きかかえられ、ミランに止血されたルキが運ばれていく。
「僕達も隠れ家に行こうか。」
兄様は自分の服が汚れる事も気にせず私を抱き上げた。
泣きながら兄様にしがみつく私を安心させる様に、兄様は私の背を撫で大丈夫だとよ声をかけてくれた。
隠れ家に着き、体の汚れを落とし、新しい服に着替えさせられた。
此処はお父様達は知らない、兄様の隠れ家だ。
他にもいくつか存在し、その時々で使用用途は変わる。
支度が終われば、ミランに連れられ兄様の元へ向かった。
兄様も着替えた様で、綺麗な服に身を包んだ兄様は珈琲を飲みながら書類を捌いていた。
「ティア。その服も良く似合っているね。」
私に手招きしながら、兄様はいつもの様に私を褒めた。
「……っルキは、彼は…まだ生きている…わよね?」
兄様の隣に座り、こぼれた言葉。
「まだ生きているよ。血を沢山流していたようで気は抜けないが、まだ生きている。さて僕の可愛いお姫様。何があったか兄様に教えてくれるかい?」
森に散歩に行き、道中彼をみつけた事。沢山怪我をしていて必死に治していた事。散歩していた時に道に迷い、精霊界と此方の狭間に居た事。そのせいで時間の経過がおかしくなっていた事。それをヴェン経由で知った事。
私は前世の事を省いて、あった事を言葉に詰まりながら説明した。
「なるほどね。まずはティアが大怪我をしたり拐われた訳ではなくて良かった。ティアが消えた事を知ったのは発生から4日後。即領地に向かったが領地に着いたのは消えてから8日後だった。」
私を膝の上に乗せて、後ろから私を抱きしめながら兄様が静かに話し始めた。
「誘拐にしてはお金の要求も無く、部屋も荒れていなかった。
そうなるとティアの足で行ける場所は限られてくる。
誘拐されたとしても子供一人を抱えて誰にも気付かれずに領地から出るには森を通るしかない。だが森を捜索しても痕跡は途中から一切見つからなかった。それがティアが消えてから1月後の出来事だ。」
少し震えた兄様の腕に手を乗せれば、少しだけ震えがおさまった。
「その頃には周りが見つけるのは無理だと諦め始めた。
だから私兵や傭兵を雇いずっと森と他の道を捜索していた。
……っ、本当に…っ無事で良かった……っ」
「……心配をかけてしまってごめんなさい。魔力が枯渇して寝てしまっている間にそんなに月日が経っているとは思っていなかったの。」
体感では2日~3日だったのだ。ヴェンに言われるまで、そんな事になってるなんて考えもしなかった。
「お願いだティア。もう二度と俺を置いて行かないでくれ…っ」
「…もうあんな事にはならないわお兄様。ティアは今お兄様のお側にいます。お兄様が助けてくれたから大丈夫ですわ。」
兄様の頬を両手で挟み、視線を合わせた。
震える兄様の瞳を真っ直ぐ見て微笑めば、兄様の瞳から涙が零れ落ちた。
私の迂闊な行動が兄様を不安にさせてしまった事は良く理解している。
どれだけ兄様を追い詰めたかなんて、出会った時の兄様を見ればわかる。
いつもキチッとしていた服は汚れ、髪型も乱れていた。
靴は泥だらけで、目の下には深いくまがあり、少し痩けた頬と荒れた肌。きっと私が居ないと発覚してから兄様は寝食を投げ捨て必至に探していてくれたのだろう。
泣き疲れたのか眠ってしまった兄様の頭を撫でながら、心の中で兄様に謝った。
「ミラン、ありがとう」
静かに入ってきたミランは、何がでしょうか?と言いたげに首を傾げていた。
「ミランが兄様を支えてくれたから、兄様はこの程度で済んだのでしょう?」
「私は大した事はしておりません。」
「それじゃあそういう事にしておきましょう。ミラン、兄様を寝室へ運びたいのだけど手伝ってくれるかしら?それと、ルキの状態を教えてちょうだい」
「畏まりました」
本来なら兄妹とはいえ、男女が同じ寝室を使うのは歓迎されない。
だが兄様が起きた時私が居なければ、今の兄様はきっとパニックになってしまう。
ミランに運ばれている間も繋がれた手は離さず、私はベットに腰掛け兄様の横で寝転んだ。
「………兄様、ごめんなさい」
今も昔も。
その言葉は飲み込み、私は目を閉じた。
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