悪役令嬢は鳥籠の姫。

葉叶

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私、前世を思い出しました。

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魔の森は、言葉の通り魔が蔓延る森である。
だがそれは未来の話であり、今は普通の森と変わらない。
魔王子ルキが、森に変化を与えたのかはわからないが、現状森は普通の森である。
何なら小さな頃からピクニックに行った事もある森だし、そこまで広い訳でもない。だから迷うはずなんて無い………そう、迷うはずは無いのだ。

「……此処、さっきも通らなかった…?」

見渡す限り、木木木木。
目印でもつけていれば、こんな事にはならなかっただろうが、全て今更だ。

「んー…取り敢えず探すのは後にするとしても…帰り道はどっちかしら?確か私あっちから来たわよね?」

自分の記憶を頼りに歩いてみても、同じ所をグルグルと回っているような気がして仕方ない。
TVで見た様に空を見て今どこらへんなんて分からないし、木に登った所で今の私の身長では遠くを眺める事はできない。

「ん?あ、此処は初めてだわ!」

辺りも暗くなり始め、勘を頼りに歩いていると、少し開けた場所に出た。
綺麗な湖が月明かりを受け、キラキラときらめいている。

「私が知ってる湖じゃないわね。だけど、さっきまで居た所よりここの方が安全よね………ん?何かしら?」

湖の近くまで近付くと、何やら黒い物体が木にもたれているのが見えた。恐る恐る近づくと、ソレが人だとわかった。

「し、死んでないよね…?」

ピクリとも動かない人間は、グッタリと木にもたれていて、あちこち怪我をしているのが地面にできた血の跡からわかった。
更に近づけば、影の大きさ的に子供だという事がわかった。

「………っ息してるわ!!」

恐る恐る口元に手を伸ばせば、微かだけど呼吸していた。

「取り敢えず、アッチに連れてかないと何も見えないや」

既に辺りは暗く、月明かりがない場所は足元もよく見えない程暗い。
子供の体を混んだりしながらどうにか引きずり、月明かりがある湖まで連れてくる頃には、私の服は彼方此方破れたり泥だらけだった。

「………この子…黒髪……だ」

前世を思い出してから初めて見た黒髪。
ティアナとしての記憶にもなかった黒髪は、何処か懐かしくて、何故か悲しかった。

「ゲホッ…ゲホッ」

感傷に浸っていると、突然子供が咳き込み始めた。
どうしようとオロオロしていると、子供の目が少し開かれた。

「………お…ぁ…………ん………ご、め………っ」
「……っ!!??」

少しだけ開かれた目の色に私は目を見開いた。
黒い髪に、血の様に赤い瞳。森に捨てられた子供。
パズルのピースがカチリとハマった気がした。

「も、しかして………っルキ……?」

既に瞳を閉じた彼に問いかけた所で、返事なんて返ってこないのはわかっているけど、勝手に言葉がこぼれ落ちた。
ゲームで見たよりもドス黒い血の様な赤だったけれど、これだけの条件が当てはまって違う人間だと言い切る事はできない。

意識を失ってしまった彼の傷の手当てをしながら、私の瞳からは涙かこぼれ落ちる。
服で隠れてない場所にできた数々の傷。
それだけでも酷いのに、服で隠されていた場所はもっと酷かった。
切り傷やミミズバレの様に腫れ上がっている場所もあったり、肉が抉れている場所もあった。
私が持っていた応急処置セットでは全て手当てしきれないくらいの傷の量だった。

こんなに酷いだなんて知らなかった。そんなの当たり前だ。
ルキの事なんて公式の資料集に載っていた事とゲームの中の事しか知らない。文面でしか、私は知らないのだ。

「……っ、お願い、死なないでっ」

遂に応急処置セットがなくなったけど、今も尚彼の体から血が流れていっている。抑えても抑えても止まらず、私の手を赤く染めていく。
彼の体から流れ落ちて行く血を止めなければ彼が死んでしまう。

もしも私が治癒属性持ちならば、聖属性を使えれば、きっと今頃全ての傷が治せていた。魔力だけは無駄に持ってるのだ。力で無理やり押し込めたかもしれない。
だけど、私にはそんな力はない。
そんな私の唯一の救いは水属性持ちだったという事だろう。

「大丈夫………っ、落ち着くのよ。知識は沢山沢山蓄えたでしょ。あとは実行するだけなのよ。」

水属性も傷を癒やす事が出来る。
治癒属性や聖属性と比べたら質は完全に落ちるけど、止血や簡単な傷なら治す事が可能だ。
だけどそれには、繊細なコントロールが必要になる。

公爵家の令嬢として、厳しく育てられてきたのだ、知識だけはある。
けれどコントロール云々の授業は、体成熟してからと決められていた。だから実践するのは今日が初めてなのだ。

「……大丈夫。此処には水が沢山あるわ。……大丈夫。大丈夫よ」

震える手を握り締めて、彼の体に手を翳す。
深く息を吸って、本に書いてあった呪文を唱えた。

「''水の精よ 彼の者を癒やす力を''」

私の手元が弱く光り、彼の体を水が包み込む。
大丈夫、心を鎮めて。落ち着いて自分の力をゆっくりと注ぎ込むの。
本にもそう書いてあったでしょ?ゆっくりと息を吸って、魔力の流れを一定に保つ。

本で見た事を思い出しながら、私は必死に力を注ぎ込んだ。



魔力は無尽蔵ではない。使えば減るし、ゲームの様にすぐに回復もしない。
それに加え、コントロールが上手くできていない分余計に魔力を使っている。
水場だから少しだけ私有利に働いているが、もうそんなに力が残ってない。目の前が霞む。これ以上は駄目だと頭の中に警笛が鳴り響く。

こんな事ならもっとちゃんと勉強してればよかった。
もっと早く記憶を取り戻してたら、そしたらもっと早く彼を助けられたかもしれない。そんな事を思った所で全て後の祭りだけど、思わずにはいられなかった。

ゲームの中の彼はいつだって不敵に、皮肉げに笑っていた。
だけどその一方でいつだって何かを探す様に視線を動かしていた。
ヒロインに会った時も、少しがっかりしたような顔をしていて、そして最後は死んでしまう。

【結局、俺は何者にもなれなかった。俺がそうである様に、お前もきっとーーーー。】

そう言った彼は自分を嘲笑う様に笑って、倒されてしまう。

何度も何度も探した。彼が倒されずに笑って終わるエンドを。
でも何度やってもどんなエンドに向かっても、彼は必ず最後には死んでしまう。
ずっと救いたかった何処か淋しげで、哀しい男の子。
今の私なら、もしかしたら救えるかもしれない。

「………っ、お願い、生きて……っ」

こんなの自分のエゴなのだと理解している。
何が私をそんなに駆り立てるのかなんて分からないし、今生かした所で彼は将来私が知っている未来を辿るかもしれない。

それでも、私は彼を助けたい。


「…………つ……た」


意識を失う寸前、血の様に赤い瞳を開いた彼が、何かを呟いた気がした。


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