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私、前世を思い出しました。
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しおりを挟む怪我は少しずつ治り、うっすら傷跡は残ったものの、今では髪の毛を掻き分けてみせない限りは分からないくらい薄くなっている。
お兄様は最後まで私の怪我が治るまで居ると言っていたけど、ミランに引き摺られるようにして帰っていった。
お兄様は涙と鼻水でグチャグチャになりながら、私の姿が見えなくなるまで手を振っていたっけ。
そして怪我が治った私はといえば、魔法を習得しようとしていた。
実は魔法の知識はあるけど、実践経験0なのだ。
知識だけあっても、実際やるとなると変わるだろうし、訓練して損はない。
まぁ前世では魔法とは無縁の世界に居たし、使えるのならば是非とも使ってみたい!という少し邪な気持ちと、もし戦わねばならなくなった場合に備えて鍛えて損はない!という気持ちがあり、コッソリと訓練をする事にした。
「えーと、魔法が上手くなるには精霊との対話が必要…?」
庭で木にもたれながらお父様の書庫から拝借した魔導書を見た。
「えーと、私は確か水と雷だから…ハッ!よし!着替えなきゃ!」
いい事を思いつき慌てて部屋に戻りある服に着替え、屋敷の裏にある湖へと向かった。
「~~っちべたい…っ!!」
水着に着替え湖に飛び込んだけど、湖の水は思ったよりも冷たくてピキッと体がかたまる。
「んー…でも此処からどうやって対話するのかしら?話しかければいいの?」
精霊はどこにでも居るといわれていて、水の精霊は水に関わる場所に、火の精霊は火の関係した場所に集まるといわれている。
私の属性は水と雷だったから、水がある場所という事で、家の裏手にある湖へと来たのだが、水をすくってじーっと見てもなんの変化はない。
「精霊さん、精霊さん。私とお話しましょ?」
対話と書いてあったし話せばいいのと思い、話しかけてみたけれど、何処を見るのが正解なのかわからない。
取り敢えずすくい上げた水を見ながら囁いてみたけど、水に変化はない。
『クスクスクス』
『あの子いい匂いするー!』
『前と違うねぇ!』
突然何処からか声が聞こえた。
「えっ!?」
『どうするどうする?』
『勝手に行くのは駄目だよー!』
『お尻ペンペンやだ!』
クスクス笑いながら話す謎の声。
見えないけれど、複数いるのは声の数でわかった。
「えっと、精霊…さんですか?」
『そうだよー』
『でも姿を勝手に見せたら怒られるのー』
『貴方は何してるのー?』
「えっと、魔法を磨くには精霊さんとの対話と書いてあったので取り敢えず水と話せばいいのかな、と思いまして…」
精霊達の笑い声が聞こえてきて、私のやり方は間違っていたのだと理解した。
『そんな事する人見たことなーい』
『あっ!皆しーっ!だよ!』
突然笑い声がやみ、静けさが訪れる。突然の静けさに戸惑っていると
「精霊達が騒がしいから来てみれば…ふむ…確かにいい匂いじゃのぅ。」
突然声がし、声のする方を見れば先程まで誰も居なかった筈の場所には、湖に片足を入れ不敵に笑う男がいた。
青色の長い髪を三つ編みにし、両目の下には逆三角形のマークがあった。キラキラと煌めくアクアマリンの瞳は猫の目の様に鋭くて、悪い事はしてないのに体が竦む。
体が竦みながらも、男の顔に既視感を感じた私は思わず首を傾げた。
明らかに知り合いではない男の顔には、何処か見覚えがあるが、全く思い出せない。何処でだ?と真剣に考えてみても全く思い出せない。
「えっと…貴方は…誰ですか?」
「儂は、お主の名前が聞きたいのぅ」
「ティアナ・スカーレットと申します。」
格好が格好なだけに、立ち上がる事は出来ないのでペコリと頭だけ下げる。
「ほう…」
男は何かを考えてるのかわからない顔で少し目を細め、私の方へ歩いてきた。
「えっ!?あ、あのっ!!」
離れようとする前に男は私の後に腰を下ろしたかと思うと、首筋に顔を近づけクンクン匂いを嗅ぎ始めた。
止めてと突き放す前に、男は私から距離をとり口角を少し上げた。
「ティアナ、お主の匂いは儂らにとって媚薬の様な物なのじゃ。………ずっと嗅いでいたくなるのぅ。」
その男の笑みに心臓が嫌な音をたてた。
「えっ!?あ、わ、私家に帰らなくちゃ……っ!?」
言葉を最後まで言う前に、帰り道が水で覆われていく。
「ティアナ、儂に名をつけよ。そうすれば家に帰してやろう」
なんで名前をとか、どうして私なんだとか言いたい事は沢山あった。
だけどあの水に突っ込んで無事に済む気もしなかった私は大人しく考える事にした。
だが、正直言って私のネーミングセンスは壊滅的にない。
前世から引き継いできたのか、今世でも壊滅的にない。
ピッビーとか丸太の焼き鳥とかふざけた名前をつけたら殺されそうだし……
んぅ~…と唸りながら考えていると、1つの名前が頭の中に浮かび上がった。
「…ヴェン…貴方の名前は…ヴェン。」
どこか聞き覚えのある名前だと考えてる内に、気づけばそう言っていた。
「ほう、中々いい名じゃ。」
私の頬にヴェンがキスした瞬間、キスされた場所が淡く光った。
「えっ!?」
私がうんうんと悩んでる間に起きたほっぺにちゅー事件。
犯人のヴェンは慌てる私の事なんてどうでもいいと言いたげに、私を抱き上げケラケラと笑いながら私を抱き上げた。
「これで儂らは結ばれた。さて、ティアナの家は何処じゃ?」
戸惑いながらも家を教えれば、帰ってから家では大騒ぎ。
水着を着た私を抱き抱える知らない男……そりゃあ、大騒ぎにもなるよね。
私はヴェンに頼み込み下ろしてもらって、着替えてからお父様の書斎にヴェンと居ます…
「ティア!彼は誰なんだい!?」
「え、えっとヴェンです。」
それ以外わからなくてそれしか言えない。
「…それで、君は何でティアを抱いていたのか説明してもらえるかな…?」
そうじゃないと言いたげだったが、私の顔を見てため息をつきヴェンを見るお父様。
「何故と言われても困るのぅ。使い魔が主人を抱き上げるのに理由などいらんじゃろう?」
うんうん、確かに使い魔が主人を抱きかかえるのは当たり前だよね。
種族差はあるけど、幼少期に契約する大半の人が使い魔に抱き上げられたり手を繋ぐらしい。わかりやすい使い魔教本vol.18にそう書いてあったもん。
………………………………ん?使い魔???
「つ、使い魔!?ティアどういう事だ!?」
ポカンと口を開き、目を見開くしかない私に聞かれても答えようがない。
「えっと…私にも…何が何やら……まず、貴方は何者なんですか?」
「儂か?儂は水の精霊王ヴェンじゃ。」
「…えっ!?」
お父様はヴェンの言葉に驚きすぎて口をパクパクするしか出来なくなっていた。
「え、でも私使い魔契約なんて…してませんよ?」
「…ティア。彼に名をつけなかったか?精霊との使い魔契約は、名をつけるのだ。」
名前…
「…つけました…」
だから、つけろと言ったのか…?これってクーリングオフとかありますかね?
私使い魔にするならモフモフかわいいのがいいです。上半身裸のお兄さんは……ちょっと、いや大分嫌です…
「取り敢えずティアは部屋に戻りなさい。家庭教師が探していましたからね。ヴェン様には少々お話がありますわ。」
ずっと黙っていたお母様に言われ私は渋々書斎から出て自室へ戻った。
自室のベットに寝転がり枕に顔を埋めながら、はぁと溜め息をもらす。
この部屋の鏡も撤去してもらわなきゃなぁ…全然落ち着かないもの。
「はぁー…」
前世の記憶が目覚めてからというもの、ドタバタし過ぎて精神的に疲れてしまう。
今の所は色々と理由をつけて断れているが王子であるクリストファーからお茶の誘いも来ているし、その上今回の水の精霊王であるヴェンとの契約だ。
…………ん?精霊王…………?
「あっ!!一人目の隠しキャラだ!!」
何処かで見覚えがあると思ったら…!
確かメインキャラ達を攻略し終わった後、特定のルートを辿ると隠しキャラとの出会いイベントが起きるのだ。
因みに私が一番好きだったのは隠しキャラであるのに、何故か攻略対象ではない魔の森に住む魔王子ルキだった。
魔王子ルキは赤い瞳を持つ忌子として産まれた。
赤い瞳だけではなく、魔を呼ぶとされる黒い髪まで持っていた魔王子ルキは親から森に捨てられ、魔族に育てられる。
そしてスクスクと育ちルキが生きてる事を知った王家はルキに接触するがルキは今更何だ!と怒り、怒りの余り森を破壊する。
そこにクリストファー王子がたまたまヒロインを連れて現れる訳なんだが、何故か魔王子ルキは攻略不可能なキャラなのである。
バグなのかそういう設定なのかはわからないが、どんな選択をしても、魔王子ルキはヒロインに靡かず恋に落ちる事も友人になる事も出来なかった。攻略サイトでも私が覚えてる限りでは攻略したという話はなかった。
「うぅ…どうせ出会うならルキと出会いたいよ…ん?そうか!ルキに会いに行けばいいんだ!!」
ゲーム通りなら彼は私と同じ歳で私の家から近い森で、魔族とヒッソリ暮らしているはず。
「…私がいつ死ぬかわからないし最後に一目見に行こう!」
ドレスを脱ぎ捨て、一番動きやすそうな服に着替え、ポシェットを持って窓から抜け出し森へ向かった。
御令嬢としては完全にアウトだけれど、今はなりふり構ってられないのだ。
私というイレギュラーな存在が現れた時点で、何かしらのゲーム補正がかかるかもしれない。
現実だからそんな事はないと言いたいけれど、そう言い切れる根拠を私はもっていない。
次の瞬間死ぬかもしれないのだ。
それなら後悔せずに、生きたい。
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