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ある日森の中で
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「主人!来た!」
そう言ってスー君が一通の手紙を持ってきたのは、王太子達との対面から2週間経った頃だった。
宛名はないが、誰かなんて宛名がなくても分かる。
俺に手紙を遅れる人物はあの人しかいないのだから。
「イー君、ユーリン達を呼んできて。出かけるよ。」
「任せろ!」
ローブを羽織り準備をしていると、キョトンとした顔でこちらに来るユーリン。
「ユーリン、人に会いに行く。だから準備をして。」
「は、はいっ!」
ユーリンを待つ間に手紙を開ければ、いつもの所で待っているという短いメッセージが記されていた。
「で、できました!」
「ユーリン、何があっても今から会う人に危害を加えちゃ駄目だよ。あの人の事を俺はそれなりに気に入っている」
「はい」
念の為にユーリンにそう伝えれば、首を傾げながらもユーリンは頷いた。
ユーリンの手を握り、俺は転移ではなくテレポートを使った。
転移だと微かにだが魔力が残る可能性があるから、念には念を入れた結果である。
「待たせてしまってすまないな。」
「仕事なんだ、仕方ないだろ?」
それもそうなんだがな、と言いながら彼は俺達に席につくように促す。
彼の対面に座れば、ユーリンは少しソワソワとしていた。
「ユーリン、彼はこの国の王様だ」
「へっ!?」
「はは、今は完全なプライベートじゃ。国王ではなくただのジジイでいいんじゃよ」
「よく言うぜ。それで?どうなりそうだ?」
どうしようと慌てるユーリンを見て王様は笑いながら、俺に封筒を差し出した。
「へぇ、これが王太子達が考えた策?」
「正確には、ライントを抜いた奴らじゃがな。」
「フッ…どうせ手柄を取られるのを心配したんだろ?」
「やはり、王太子は考え直した方が良さそうじゃのぅ」
困ったのぅと言いながら髭を触る王様は全然困ってるように見えない。
実際困ってはいないだろう。王様の中ではもう決まっているのだ、どうするかが。
「ユーリン、何が起きてたか知りたい?」
「し、知りたいですっ」
何度も首を縦に振るユーリンを見て、俺は始まりから話す事にした。
「俺がユーリンを見つけたのは、本当に偶然の出来事だ。
事が動き始めたのは、俺がユーリンを渡す為にギルドに行った時。」
あの時見た名前は、この国の公爵家だった。
チートWikiによれば、ユーリンはその公爵家の唯一残っている直系の長男。
そんな長男が何故虐げられたか、それは当主であったユーリンの父親が死んでしまった事で起きた事件だった。
「ユーリン、ユーリンは自分が産まれた家についてどれだけ知っている?」
「よ、く…知りません。知ってるのは、僕が疎まれていた事くらいです」
「そうだとは思ってたよ。ユーリン、君を虐げた人達はね、君の家族ではない。」
「え?」
「正確には、君の親戚……かなぁ?」
目を見開くユーリンを気にせず、俺は言葉を続けた。
「ユーリンの産まれた家は、この国の中でも力を持つ公爵家だった。
当主であるユーリンの父親は王様の弟である王弟の親友だった。
ユーリンの母親はユーリンを産んだ時に死んでしまったけど、父親は母親の忘れ形見のユーリンをそれはそれは大切に育てていたらしい」
「!?」
ユーリンは自分が大切にされていた過去があるなんて思いもしなかっただろう。ユーリンの中では覚えてる限りずっと虐げられていたのだから。
「けれど、ある時ユーリンの父親は殺され、残された公爵家の直系はまだ赤子のユーリンだけ。そうなると、ユーリンが育つまで代わりに誰かが公爵家を回していかなきゃいけない。」
「も、しかして…」
「そう、その代わりに来たのがユーリンを虐げた人達だ。
公爵家に逆らう事ができるのは王族くらいだった。
故に、その力を何をしてでも欲しがった強欲な人間がいたのさ。
それに気づいた時には、既に公爵家は完全に乗っ取られていた。
どうにかしたくても、権力で押し込めば別の所から反発があるかもしれない。だから、気づいていても王家は動けなかった。」
力での圧政は、簡単に壊れやすい。
どうにかしたいと思っても、王も王弟も簡単に動ける立場にはいなかった。
せめてユーリンが無事に生きてると願い、それとなく支援するしかなかった。
「だけど、ある日ユーリンが捨てられた。しかもその場所は入った者が二度と帰ってこないと言われた森だ。捜索隊も出せなかった王家は見事に後手に回ってしまった。そこで、たまたま俺とユーリンが出会った。
そして、ユーリンの名字を知った俺が、王へ連絡したんだ。」
「……っ」
「そこで俺は王家の現状と、今のこの国の現状を知った。
別に捨て置いても良かったけど、王様と王弟であるジンの事はそれなりに気に入ってたから、少しだけ手助けをした」
「手助け…?」
そう、俺は少しだけ力を貸しただけ。
盤面を揃え、コチラがやりやすいようにしただけの事。
「あぁ、手助けさ。この国の膿を取り除く、ね?
ユーリンの父親の死には複数の貴族が関わっている。
そして知りながら黙認した者も含めれば、数は更に膨れ上がる。
王様はね、次代に引き継ぐ前に自分の代でどうにかしたかったんだ。
それに、弟の様に可愛がってたユーリンの父親の仇も取りたかった。
だけどね、王様は私情では動けないんだ。」
「な、んで?どうして、どうして動けないの?力があるのに…どうして?」
どうして助けてくれなかったのかと言いたげなユーリンの瞳に涙が溜まっていく。
「王様はこの国を纏める存在だ。王様の決断はこの国の決断になる。
だからね、王様はどれだけ個人的に嫌だと思ってもそれを言う事は許されないんだ。国の為なら、身内でも引き渡す。そんな風に何処までも冷酷にならなきゃ、王様は務まらないんだ。
それして自分がどれだけ傷ついても、王様は国の為に動かなきゃいけない。だから、王様は助けたくなかったんじゃなくて、助けられなかったんだ。王様が動く事で起きる沢山の事を考えて、動きたくても動けなかったんだ」
王様も王弟であるジンも沢山沢山足掻いていたのは、チートWikiに記された事を見たら予想はついた。
それでも手が届かなかった、それでもユーリンを助け出せなかった。
立場を捨てれば手を伸ばせるが、立場を捨ててしまえばユーリンを保護することも出来なくなる。
「ユーリン、たまにユーリンが眠っている時にパンがあったり、体が治ってたりしなかった?」
俺がそう言えば何か思い出したのか、下げていた顔を上げて俺を見た
「それは監視の目を潜って、王様が遣わせた影がしてくれたんだ。
ユーリンが居た場所は、俺ですら多分解除に時間がかかる程厳重に魔法陣が敷き詰められていた。」
余程バレたくなかったのか、厳重にユーリンは隔離されていた。
特に外からの侵入に警戒していたようで、侵入者対策にお金を沢山注ぎ込んだようだった。
そして、外から隠されたユーリンは手足を拘束され、決して外には出られないようにされていた。
「まぁ、別にユーリンが王様達を受け入れるかは、ユーリン次第だからゆっくり考えな。それで話を戻すと、ユーリンはある意味鍵だったんだ」
「鍵…?」
「そう、勝敗を決める鍵だ。俺が見つけた事でユーリンは誰にも見つけられなくなった。ただユーリンという存在が生きているという事実のみが噂になる。
そうしたらどうなると思う?」
「僕を、隠してた人達が…慌てる?」
コテンっと首を傾げるユーリンの頭を撫でれば、嬉しそうに目を細めた。
「正解。公爵家はユーリンを見つけようと躍起になっていた。
それに伴い、ユーリンが見つかかってしまっては困る貴族達も動き始めた。だが、どれだけ探しても俺の所に保護されてるという事しか分からない」
その為に俺は外に行く時にユーリンをあの箱に閉じ込めた。
俺があのギルドに通っているのはすぐにバレるだろうと思い、念には念を込めた結果である。
「何度か俺を攫おうとしていた様だけど、俺には逞しい騎士様達が居るんでね、そう上手くはいかない。
そうすると相手は焦り始める。今は王様が居ないが、王様が来るまでにどうにかしなきゃいけないと焦り始めた。そこでそいつ等はある話を耳にする。ユーリンを学校へ入れる話が出ていると」
「…もしかして、罠にかかったんですか」
「それは見事にな。急遽たてた計画だったから抜け道は沢山あったが、それには気付かなかったようで安心したよ。
そして俺は俺という存在を使い、更に彼らを追い詰めた」
俺がそういえば、よく分からないのかユーリンが首を傾げた。
「今のこの国の9割は俺の依頼で回ってる。
討伐は滅多にしないが、定期的に貯まった肉や革も納品しているし、採取系は殆ど俺が全部受けている。そんな状況下で、俺が突然居なくなったらどうなると思う?」
「そ、れは…ストックが切れたら、困るんじゃ…」
「そう、とても困る人達が沢山出る。貴族だけじゃない、普通の一般人もだ。
俺が納品している物を使ってる人は皆困るってわけ。
だが、俺を使った事でこの件の重要性が高まった。
俺が出した条件はどうやっても王家にしか叶えられない。
だが、今は王様が不在だ。それじゃあ誰がその代わりをする?」
そう、答えはとても簡単な事だ。
「王子様?」
「大当たり。王様にはわざと滞在を伸ばしてもらった。
そのおかげで、俺がきった期限の日に来たのは王太子とその婚約者だった。きっと俺を上手く言いくるめるか、力で抑えようとしたんだろう。アイツら武器持ってたし、なんなら他にも隠れていたからね。
だけど、それすらも失敗。だけど、王様が帰ってくるまでに何とかしなきゃ自分たちの評価が下がるかもしれない。焦った彼らがとったのは、表面上上手く処理されたように改竄する事だった。それが、この書類だ。」
「シンさんは…どんな条件を出したんですか?」
「ん?俺は当たり前の事を求めただけだよ?
ユーリンがもしも魔力暴走した場合どう対処するのか、そしてその対処は実現できるのか。それが出来ないならば入学を免除して欲しいってね。
ちゃんとユーリンが暴走した場合に出る被害状況まで書いたんだけどねぇ」
王様がくれた封筒に入っていた対処は、到底現実不能だ。
まずSSSランクが常に学校に居るのは無理だ。
彼らにだって指名依頼が来るし、国内だけで済む依頼ばかりではない。
他にも魔封じとか色々あったけど、まずユーリンを封じる魔具は存在していない。俺が作れば話は変わるが、作ってないから存在していない。
「それで、どう、なるんですか?」
「王太子は第二王子に変更、そして沢山の貴族が代替わりする……だよね?王様。」
「あぁ。………ユーリン、助けられずに本当にすまなかった……っ」
「…謝られても僕の過去は変わらない…それに、父親も生き返りません。
だけど僕、貴方の事は恨んでません。だって、僕は貴方には傷つけられてない。だから、謝らなくて、いいです。それでも謝りたいというなら、その代わりにシンさんと喜ぶことをしてくれた方が僕はずっと嬉しい。」
ユーリンが嬉しそうに笑えば、王様は目元を抑え、小さな声でわかったと呟いた。
「それで、だ。ユーリンには今いくつか選択肢がある……というか一個はもう決まっている事だが」
俺がそう言えば、ユーリンの顔が強張る。
「1つめ、公爵家に戻り公爵を継ぐ道。
この場合俺達とはサヨナラだ。俺は華やかな世界は嫌いなんでな。
2つめ、次の後継が大きくなるまで公爵家を代わりに回す道
こっちも俺達とはサヨナラだ。
そして3つめは、公爵を継ぎ、公爵家を回しながら、俺達と来る道。
3つめの場合、ユーリンの負担はユーリンが考えるよりも大きくなる。
俺は人混みには行かない、家に他人を入れるつもりもない。
だからユーリンは色んな事を学ぶ為にこの城へ通うことになる。
本来は幼少期から少しずつ詰め込む物をユーリンは急ピッチで詰め込まなきゃならん。だから勉強をしながら、俺達と居るのを俺は正直オススメしない。
俺達はユーリンが勉強してようと関係なくそこら辺にフラッと行くし、気が向けば連れてく事もある。そのせいで勉強が遅れることだってあるはずだ。
だから、ちゃんと考えて生き方を選べ。」
公爵家は誰かが受け継がなければいけない。それだけは変えられない。だが、ユーリンに残された親戚はユーリンを虐げた親戚と辺境伯のみだ。
そして辺境伯には息子と娘が居るが、公爵家を回すにはまだ小さ過ぎる。
辺境伯に変わってもらうには距離が遠いし、何より国の防衛面で問題が出てくる。
だから、ユーリンにはどれを選んだとしても公爵を継いでもらわなければいけないのだ。
「そんなの……考えるまでもないです。
僕は、シンさんと生きたいです。どんなに苦労したって構いません。
それで傍にいれるなら、僕はどんな苦労だってします!!」
相変わらずどうしてこんなに懐かれたのかは全くわからない。
キラキラした目をこちらに向けるユーリンを見てため息がもれた。
「あとで泣き言言っても知らねぇからな?」
「言いません!!だから、だからっ、傍に置いてください!」
「ふははっ、シン、随分懐かれているじゃないか」
「笑い事じゃねぇよ。ったく……本当になんで俺みたいなのに懐くかね」
俺の七不思議がまた一つ増えてしまいそうだ。
「さぁて、やる事済ませたし帰るかな。」
「気をつけてな」
「あ、そうだ。あのイケメンは結局どうすることにしたの?」
「ライントか?アイツは昇格させるぞ?なぁに、席はたくさん空いておる、選び放題じゃ。」
王様は笑いながら髭を触る。
結局最後まで真面目にこの件に当たっていたのはあの男だけだった。
まぁ、アイツはこれからも苦労するだろうな。
なんせ、この王様に気に入られちまったんだから。
そう言ってスー君が一通の手紙を持ってきたのは、王太子達との対面から2週間経った頃だった。
宛名はないが、誰かなんて宛名がなくても分かる。
俺に手紙を遅れる人物はあの人しかいないのだから。
「イー君、ユーリン達を呼んできて。出かけるよ。」
「任せろ!」
ローブを羽織り準備をしていると、キョトンとした顔でこちらに来るユーリン。
「ユーリン、人に会いに行く。だから準備をして。」
「は、はいっ!」
ユーリンを待つ間に手紙を開ければ、いつもの所で待っているという短いメッセージが記されていた。
「で、できました!」
「ユーリン、何があっても今から会う人に危害を加えちゃ駄目だよ。あの人の事を俺はそれなりに気に入っている」
「はい」
念の為にユーリンにそう伝えれば、首を傾げながらもユーリンは頷いた。
ユーリンの手を握り、俺は転移ではなくテレポートを使った。
転移だと微かにだが魔力が残る可能性があるから、念には念を入れた結果である。
「待たせてしまってすまないな。」
「仕事なんだ、仕方ないだろ?」
それもそうなんだがな、と言いながら彼は俺達に席につくように促す。
彼の対面に座れば、ユーリンは少しソワソワとしていた。
「ユーリン、彼はこの国の王様だ」
「へっ!?」
「はは、今は完全なプライベートじゃ。国王ではなくただのジジイでいいんじゃよ」
「よく言うぜ。それで?どうなりそうだ?」
どうしようと慌てるユーリンを見て王様は笑いながら、俺に封筒を差し出した。
「へぇ、これが王太子達が考えた策?」
「正確には、ライントを抜いた奴らじゃがな。」
「フッ…どうせ手柄を取られるのを心配したんだろ?」
「やはり、王太子は考え直した方が良さそうじゃのぅ」
困ったのぅと言いながら髭を触る王様は全然困ってるように見えない。
実際困ってはいないだろう。王様の中ではもう決まっているのだ、どうするかが。
「ユーリン、何が起きてたか知りたい?」
「し、知りたいですっ」
何度も首を縦に振るユーリンを見て、俺は始まりから話す事にした。
「俺がユーリンを見つけたのは、本当に偶然の出来事だ。
事が動き始めたのは、俺がユーリンを渡す為にギルドに行った時。」
あの時見た名前は、この国の公爵家だった。
チートWikiによれば、ユーリンはその公爵家の唯一残っている直系の長男。
そんな長男が何故虐げられたか、それは当主であったユーリンの父親が死んでしまった事で起きた事件だった。
「ユーリン、ユーリンは自分が産まれた家についてどれだけ知っている?」
「よ、く…知りません。知ってるのは、僕が疎まれていた事くらいです」
「そうだとは思ってたよ。ユーリン、君を虐げた人達はね、君の家族ではない。」
「え?」
「正確には、君の親戚……かなぁ?」
目を見開くユーリンを気にせず、俺は言葉を続けた。
「ユーリンの産まれた家は、この国の中でも力を持つ公爵家だった。
当主であるユーリンの父親は王様の弟である王弟の親友だった。
ユーリンの母親はユーリンを産んだ時に死んでしまったけど、父親は母親の忘れ形見のユーリンをそれはそれは大切に育てていたらしい」
「!?」
ユーリンは自分が大切にされていた過去があるなんて思いもしなかっただろう。ユーリンの中では覚えてる限りずっと虐げられていたのだから。
「けれど、ある時ユーリンの父親は殺され、残された公爵家の直系はまだ赤子のユーリンだけ。そうなると、ユーリンが育つまで代わりに誰かが公爵家を回していかなきゃいけない。」
「も、しかして…」
「そう、その代わりに来たのがユーリンを虐げた人達だ。
公爵家に逆らう事ができるのは王族くらいだった。
故に、その力を何をしてでも欲しがった強欲な人間がいたのさ。
それに気づいた時には、既に公爵家は完全に乗っ取られていた。
どうにかしたくても、権力で押し込めば別の所から反発があるかもしれない。だから、気づいていても王家は動けなかった。」
力での圧政は、簡単に壊れやすい。
どうにかしたいと思っても、王も王弟も簡単に動ける立場にはいなかった。
せめてユーリンが無事に生きてると願い、それとなく支援するしかなかった。
「だけど、ある日ユーリンが捨てられた。しかもその場所は入った者が二度と帰ってこないと言われた森だ。捜索隊も出せなかった王家は見事に後手に回ってしまった。そこで、たまたま俺とユーリンが出会った。
そして、ユーリンの名字を知った俺が、王へ連絡したんだ。」
「……っ」
「そこで俺は王家の現状と、今のこの国の現状を知った。
別に捨て置いても良かったけど、王様と王弟であるジンの事はそれなりに気に入ってたから、少しだけ手助けをした」
「手助け…?」
そう、俺は少しだけ力を貸しただけ。
盤面を揃え、コチラがやりやすいようにしただけの事。
「あぁ、手助けさ。この国の膿を取り除く、ね?
ユーリンの父親の死には複数の貴族が関わっている。
そして知りながら黙認した者も含めれば、数は更に膨れ上がる。
王様はね、次代に引き継ぐ前に自分の代でどうにかしたかったんだ。
それに、弟の様に可愛がってたユーリンの父親の仇も取りたかった。
だけどね、王様は私情では動けないんだ。」
「な、んで?どうして、どうして動けないの?力があるのに…どうして?」
どうして助けてくれなかったのかと言いたげなユーリンの瞳に涙が溜まっていく。
「王様はこの国を纏める存在だ。王様の決断はこの国の決断になる。
だからね、王様はどれだけ個人的に嫌だと思ってもそれを言う事は許されないんだ。国の為なら、身内でも引き渡す。そんな風に何処までも冷酷にならなきゃ、王様は務まらないんだ。
それして自分がどれだけ傷ついても、王様は国の為に動かなきゃいけない。だから、王様は助けたくなかったんじゃなくて、助けられなかったんだ。王様が動く事で起きる沢山の事を考えて、動きたくても動けなかったんだ」
王様も王弟であるジンも沢山沢山足掻いていたのは、チートWikiに記された事を見たら予想はついた。
それでも手が届かなかった、それでもユーリンを助け出せなかった。
立場を捨てれば手を伸ばせるが、立場を捨ててしまえばユーリンを保護することも出来なくなる。
「ユーリン、たまにユーリンが眠っている時にパンがあったり、体が治ってたりしなかった?」
俺がそう言えば何か思い出したのか、下げていた顔を上げて俺を見た
「それは監視の目を潜って、王様が遣わせた影がしてくれたんだ。
ユーリンが居た場所は、俺ですら多分解除に時間がかかる程厳重に魔法陣が敷き詰められていた。」
余程バレたくなかったのか、厳重にユーリンは隔離されていた。
特に外からの侵入に警戒していたようで、侵入者対策にお金を沢山注ぎ込んだようだった。
そして、外から隠されたユーリンは手足を拘束され、決して外には出られないようにされていた。
「まぁ、別にユーリンが王様達を受け入れるかは、ユーリン次第だからゆっくり考えな。それで話を戻すと、ユーリンはある意味鍵だったんだ」
「鍵…?」
「そう、勝敗を決める鍵だ。俺が見つけた事でユーリンは誰にも見つけられなくなった。ただユーリンという存在が生きているという事実のみが噂になる。
そうしたらどうなると思う?」
「僕を、隠してた人達が…慌てる?」
コテンっと首を傾げるユーリンの頭を撫でれば、嬉しそうに目を細めた。
「正解。公爵家はユーリンを見つけようと躍起になっていた。
それに伴い、ユーリンが見つかかってしまっては困る貴族達も動き始めた。だが、どれだけ探しても俺の所に保護されてるという事しか分からない」
その為に俺は外に行く時にユーリンをあの箱に閉じ込めた。
俺があのギルドに通っているのはすぐにバレるだろうと思い、念には念を込めた結果である。
「何度か俺を攫おうとしていた様だけど、俺には逞しい騎士様達が居るんでね、そう上手くはいかない。
そうすると相手は焦り始める。今は王様が居ないが、王様が来るまでにどうにかしなきゃいけないと焦り始めた。そこでそいつ等はある話を耳にする。ユーリンを学校へ入れる話が出ていると」
「…もしかして、罠にかかったんですか」
「それは見事にな。急遽たてた計画だったから抜け道は沢山あったが、それには気付かなかったようで安心したよ。
そして俺は俺という存在を使い、更に彼らを追い詰めた」
俺がそういえば、よく分からないのかユーリンが首を傾げた。
「今のこの国の9割は俺の依頼で回ってる。
討伐は滅多にしないが、定期的に貯まった肉や革も納品しているし、採取系は殆ど俺が全部受けている。そんな状況下で、俺が突然居なくなったらどうなると思う?」
「そ、れは…ストックが切れたら、困るんじゃ…」
「そう、とても困る人達が沢山出る。貴族だけじゃない、普通の一般人もだ。
俺が納品している物を使ってる人は皆困るってわけ。
だが、俺を使った事でこの件の重要性が高まった。
俺が出した条件はどうやっても王家にしか叶えられない。
だが、今は王様が不在だ。それじゃあ誰がその代わりをする?」
そう、答えはとても簡単な事だ。
「王子様?」
「大当たり。王様にはわざと滞在を伸ばしてもらった。
そのおかげで、俺がきった期限の日に来たのは王太子とその婚約者だった。きっと俺を上手く言いくるめるか、力で抑えようとしたんだろう。アイツら武器持ってたし、なんなら他にも隠れていたからね。
だけど、それすらも失敗。だけど、王様が帰ってくるまでに何とかしなきゃ自分たちの評価が下がるかもしれない。焦った彼らがとったのは、表面上上手く処理されたように改竄する事だった。それが、この書類だ。」
「シンさんは…どんな条件を出したんですか?」
「ん?俺は当たり前の事を求めただけだよ?
ユーリンがもしも魔力暴走した場合どう対処するのか、そしてその対処は実現できるのか。それが出来ないならば入学を免除して欲しいってね。
ちゃんとユーリンが暴走した場合に出る被害状況まで書いたんだけどねぇ」
王様がくれた封筒に入っていた対処は、到底現実不能だ。
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他にも魔封じとか色々あったけど、まずユーリンを封じる魔具は存在していない。俺が作れば話は変わるが、作ってないから存在していない。
「それで、どう、なるんですか?」
「王太子は第二王子に変更、そして沢山の貴族が代替わりする……だよね?王様。」
「あぁ。………ユーリン、助けられずに本当にすまなかった……っ」
「…謝られても僕の過去は変わらない…それに、父親も生き返りません。
だけど僕、貴方の事は恨んでません。だって、僕は貴方には傷つけられてない。だから、謝らなくて、いいです。それでも謝りたいというなら、その代わりにシンさんと喜ぶことをしてくれた方が僕はずっと嬉しい。」
ユーリンが嬉しそうに笑えば、王様は目元を抑え、小さな声でわかったと呟いた。
「それで、だ。ユーリンには今いくつか選択肢がある……というか一個はもう決まっている事だが」
俺がそう言えば、ユーリンの顔が強張る。
「1つめ、公爵家に戻り公爵を継ぐ道。
この場合俺達とはサヨナラだ。俺は華やかな世界は嫌いなんでな。
2つめ、次の後継が大きくなるまで公爵家を代わりに回す道
こっちも俺達とはサヨナラだ。
そして3つめは、公爵を継ぎ、公爵家を回しながら、俺達と来る道。
3つめの場合、ユーリンの負担はユーリンが考えるよりも大きくなる。
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だからユーリンは色んな事を学ぶ為にこの城へ通うことになる。
本来は幼少期から少しずつ詰め込む物をユーリンは急ピッチで詰め込まなきゃならん。だから勉強をしながら、俺達と居るのを俺は正直オススメしない。
俺達はユーリンが勉強してようと関係なくそこら辺にフラッと行くし、気が向けば連れてく事もある。そのせいで勉強が遅れることだってあるはずだ。
だから、ちゃんと考えて生き方を選べ。」
公爵家は誰かが受け継がなければいけない。それだけは変えられない。だが、ユーリンに残された親戚はユーリンを虐げた親戚と辺境伯のみだ。
そして辺境伯には息子と娘が居るが、公爵家を回すにはまだ小さ過ぎる。
辺境伯に変わってもらうには距離が遠いし、何より国の防衛面で問題が出てくる。
だから、ユーリンにはどれを選んだとしても公爵を継いでもらわなければいけないのだ。
「そんなの……考えるまでもないです。
僕は、シンさんと生きたいです。どんなに苦労したって構いません。
それで傍にいれるなら、僕はどんな苦労だってします!!」
相変わらずどうしてこんなに懐かれたのかは全くわからない。
キラキラした目をこちらに向けるユーリンを見てため息がもれた。
「あとで泣き言言っても知らねぇからな?」
「言いません!!だから、だからっ、傍に置いてください!」
「ふははっ、シン、随分懐かれているじゃないか」
「笑い事じゃねぇよ。ったく……本当になんで俺みたいなのに懐くかね」
俺の七不思議がまた一つ増えてしまいそうだ。
「さぁて、やる事済ませたし帰るかな。」
「気をつけてな」
「あ、そうだ。あのイケメンは結局どうすることにしたの?」
「ライントか?アイツは昇格させるぞ?なぁに、席はたくさん空いておる、選び放題じゃ。」
王様は笑いながら髭を触る。
結局最後まで真面目にこの件に当たっていたのはあの男だけだった。
まぁ、アイツはこれからも苦労するだろうな。
なんせ、この王様に気に入られちまったんだから。
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『あ、終わった……』王太子の取り巻きの1人であるシューラは人生が詰んだのを感じた。王太子と公爵令嬢の婚約破棄騒動に巻き込まれた結果、全てを失う事になってしまったシューラ、これは元貴族令息のやり直しの物語である。
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チートがちと強すぎるが、異世界を満喫できればそれでいい
616號
ファンタジー
不慮の事故に遭い異世界に転移した主人公アキトは、強さや魔法を思い通り設定できるチートを手に入れた。ダンジョンや迷宮などが数多く存在し、それに加えて異世界からの侵略も日常的にある世界でチートすぎる魔法を次々と編み出して、自由にそして気ままに生きていく冒険物語。
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