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第1章 旅立ち編 〜冒険者になろう〜
旅立ちの儀式
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「セリーヌよ」
「はい、お父様」
そしてお父様は無言になる。先程からもうずっとこの状態だ。
このやり取りも片手では足りなくなってきている。
お父様は肘を机の上に乗せ、顔の前で手を組みながら眉を寄せている。
この格好のまま、ずっと動いていない。
お父様が「話がある」と言って私を呼んだ。そこまでは良い。
なぜ此処に呼ばれたのか、と言うのを私も知っているから。
でもそろそろ不味い。何が不味いって、此処に台風が来る。天災と言っても良いのかもしれない。
先程のやり取りが両手が足りないくらいに差しかかろうとした時だ。
遠くからカツカツという音が聞こえ始めた。
ああ、やはりこうなってしまったのね‥‥。
私が予想した通り、段々と音は大きくなる。それに伴って慌てている執事の声が聞こえた。
この声は、執事見習いのヴァレリーの声だろう。
そして静かな部屋に天災がやってきた。
「奥様!落ち着いてくださいませええええ!」
「ヴァレリー、邪魔しないで!!!!」
声が聞こえた途端、私の後ろにあった扉がバタンっ、と音を立てて私の椅子の横に倒れていた。
流石お母様、そして流石歩く天災、お母様にぴったりの通り名だわ。
ヴァレリーの顔は引きつっているに違いない。なにせお母様はドアを蹴って壊したのだから。
お母様は何事もなかったかの様に綺麗な姿勢で父親の元に向かっている。
その後ろを慌てて付いてきたのは、私の予想通り執事見習いのヴァレリーだった。
「おおおおお奥様!ドアを壊さないでくださいませええええ!?」
「ドアなんかあとでレアンドルに直させればいいわ!!!」
「ええ!?旦那様に直させるのですかあ!?」
そんな悲鳴を上げているヴァレリーを無視したお母様は、口をあんぐり開けて驚いているお父様の真横に立っていた。
そして何をするのかと思いきや、座っていたお父様の頰を引っ張り始めてしまった。また始まった。
「って、奥様ああああ??」
ヴァレリーは先程から絶叫ばかりである。これじゃあ、命がいくつあっても足りないかもしれない。
もう魂が抜けそうなヴァレリーに私が心の中で黙祷を捧げている頃、雷は落ちた。
「あ・な・た?セリーヌに話すのにいつまで時間がかかるの?!」
「だ、だって、エヴリーヌ。僕の可愛いセリーヌを手放すなんてできないよおおおお」
「貴方が『俺は大丈夫だっ』と仰るから、私は許可いたしましたのよ?それなのに………」
「でも、でも、だって、セリーヌが……」
「でもでもだってではありません!貴方は子どもですか!?」
「え、エヴリーヌぅぅぅぅ……」
泣きわめくお父様。容赦無く頬をつねるお母様。
どうすれば良いか分からず青い顔のヴァレリー。混沌である。
私にとってはいつもの事だ。
たまにお母様が投げて飛んでくる物も防御魔法で防ぐことができるから問題ない。
だが、見習いのヴァレリーは此処にいては不味い。そう思い私は彼に顔を向けた。
あちらも私の方に顔を向けたらしく、目が合う。その目は、助けてくれ、と懇願されている様に見える。
だから私も目線で答えた。
ーーこの喧嘩はすぐ終わる、放っておいていいわ。扉を直す工具を用意しておいて。
この様な意味を伝えるためにちらっと両親を見たあと、すぐに扉に目を向けた。
そして扉の外に出て行く様に顎を前に少しだけ出す。
私の目線とジェスチャーで気が付いた様だ。
口をぽかんと開けていたヴァレリーは、頷いた後すぐに部屋を出て行く。
きちんと理解できた様でほっと一安心。自慢ではないけれど、この家の使用人は見習いでも優秀だと思う。
私とヴァレリーのやり取りが終わった時を見計らっていたのか、それともお父様を私たちのやり取りが終わるまでに黙らせたのだろうかーー多分お母様のことだから後者だと思われる。
それを示すかの様に、お父様の座っていた椅子にはお母様が座っており、お父様は‥‥
口には喋ることのできない様ハンカチが宛てがわれ、身体は簀巻きにされて机の横に転がされていた。
流石歩く天災、お母様。
お母様は冷たい目線でお父様を見つめて‥‥いえ、見下ろしている。
見つめているなんて可愛らしいものではない。目線だけで凍りつきそうだ。
常人であれば、怯えるであろうお母様の目線だが、お父様は顔を赤らめて歓喜している。
こんな表情をするのも、お父様だけだ。もう、私は何も言うまい。
お母様もお父様に呆れているのだろう、そんなお父様を無視して私に向き直る。
そして一つため息をついて、姿勢を正した。
ああ、やっと始まる。そう思った私もお母様と同じ様に居住まいを正す。
「セリーヌ、レアンドルが言わないから、私が問うわ」
お母様の綺麗な銀色の髪が動いたためさらりと揺れた。
「セリーヌ・モンテーニュ、貴女は15歳になったら冒険者として旅立ちなさい」
そう、これが儀式だ。モンテーニュ辺境伯で行われる15歳の儀式ーー旅立ちの儀式と呼ばれている。
これは拒否することができない。だから私はこう返事をする。
「喜んで拝命します、お母様」
そして私は辺境伯の娘でありながら、冒険者として過ごすことになるのだった。
「はい、お父様」
そしてお父様は無言になる。先程からもうずっとこの状態だ。
このやり取りも片手では足りなくなってきている。
お父様は肘を机の上に乗せ、顔の前で手を組みながら眉を寄せている。
この格好のまま、ずっと動いていない。
お父様が「話がある」と言って私を呼んだ。そこまでは良い。
なぜ此処に呼ばれたのか、と言うのを私も知っているから。
でもそろそろ不味い。何が不味いって、此処に台風が来る。天災と言っても良いのかもしれない。
先程のやり取りが両手が足りないくらいに差しかかろうとした時だ。
遠くからカツカツという音が聞こえ始めた。
ああ、やはりこうなってしまったのね‥‥。
私が予想した通り、段々と音は大きくなる。それに伴って慌てている執事の声が聞こえた。
この声は、執事見習いのヴァレリーの声だろう。
そして静かな部屋に天災がやってきた。
「奥様!落ち着いてくださいませええええ!」
「ヴァレリー、邪魔しないで!!!!」
声が聞こえた途端、私の後ろにあった扉がバタンっ、と音を立てて私の椅子の横に倒れていた。
流石お母様、そして流石歩く天災、お母様にぴったりの通り名だわ。
ヴァレリーの顔は引きつっているに違いない。なにせお母様はドアを蹴って壊したのだから。
お母様は何事もなかったかの様に綺麗な姿勢で父親の元に向かっている。
その後ろを慌てて付いてきたのは、私の予想通り執事見習いのヴァレリーだった。
「おおおおお奥様!ドアを壊さないでくださいませええええ!?」
「ドアなんかあとでレアンドルに直させればいいわ!!!」
「ええ!?旦那様に直させるのですかあ!?」
そんな悲鳴を上げているヴァレリーを無視したお母様は、口をあんぐり開けて驚いているお父様の真横に立っていた。
そして何をするのかと思いきや、座っていたお父様の頰を引っ張り始めてしまった。また始まった。
「って、奥様ああああ??」
ヴァレリーは先程から絶叫ばかりである。これじゃあ、命がいくつあっても足りないかもしれない。
もう魂が抜けそうなヴァレリーに私が心の中で黙祷を捧げている頃、雷は落ちた。
「あ・な・た?セリーヌに話すのにいつまで時間がかかるの?!」
「だ、だって、エヴリーヌ。僕の可愛いセリーヌを手放すなんてできないよおおおお」
「貴方が『俺は大丈夫だっ』と仰るから、私は許可いたしましたのよ?それなのに………」
「でも、でも、だって、セリーヌが……」
「でもでもだってではありません!貴方は子どもですか!?」
「え、エヴリーヌぅぅぅぅ……」
泣きわめくお父様。容赦無く頬をつねるお母様。
どうすれば良いか分からず青い顔のヴァレリー。混沌である。
私にとってはいつもの事だ。
たまにお母様が投げて飛んでくる物も防御魔法で防ぐことができるから問題ない。
だが、見習いのヴァレリーは此処にいては不味い。そう思い私は彼に顔を向けた。
あちらも私の方に顔を向けたらしく、目が合う。その目は、助けてくれ、と懇願されている様に見える。
だから私も目線で答えた。
ーーこの喧嘩はすぐ終わる、放っておいていいわ。扉を直す工具を用意しておいて。
この様な意味を伝えるためにちらっと両親を見たあと、すぐに扉に目を向けた。
そして扉の外に出て行く様に顎を前に少しだけ出す。
私の目線とジェスチャーで気が付いた様だ。
口をぽかんと開けていたヴァレリーは、頷いた後すぐに部屋を出て行く。
きちんと理解できた様でほっと一安心。自慢ではないけれど、この家の使用人は見習いでも優秀だと思う。
私とヴァレリーのやり取りが終わった時を見計らっていたのか、それともお父様を私たちのやり取りが終わるまでに黙らせたのだろうかーー多分お母様のことだから後者だと思われる。
それを示すかの様に、お父様の座っていた椅子にはお母様が座っており、お父様は‥‥
口には喋ることのできない様ハンカチが宛てがわれ、身体は簀巻きにされて机の横に転がされていた。
流石歩く天災、お母様。
お母様は冷たい目線でお父様を見つめて‥‥いえ、見下ろしている。
見つめているなんて可愛らしいものではない。目線だけで凍りつきそうだ。
常人であれば、怯えるであろうお母様の目線だが、お父様は顔を赤らめて歓喜している。
こんな表情をするのも、お父様だけだ。もう、私は何も言うまい。
お母様もお父様に呆れているのだろう、そんなお父様を無視して私に向き直る。
そして一つため息をついて、姿勢を正した。
ああ、やっと始まる。そう思った私もお母様と同じ様に居住まいを正す。
「セリーヌ、レアンドルが言わないから、私が問うわ」
お母様の綺麗な銀色の髪が動いたためさらりと揺れた。
「セリーヌ・モンテーニュ、貴女は15歳になったら冒険者として旅立ちなさい」
そう、これが儀式だ。モンテーニュ辺境伯で行われる15歳の儀式ーー旅立ちの儀式と呼ばれている。
これは拒否することができない。だから私はこう返事をする。
「喜んで拝命します、お母様」
そして私は辺境伯の娘でありながら、冒険者として過ごすことになるのだった。
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