おたすけ部っ!

簪狐

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依頼ファイル1 楓槻川の廃墟の怪 その1

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『拝啓、おたすけ部の皆様。僕は1年B組の笹原ささはらと言います。』

「へえ、最初に名乗るのか。礼儀正しいな」

ちえりは感心したように声を上げ、

「ああ、この子知ってるよ。確か昨日肝試しに行って泣いて帰って来たんだって」

優奈は何かを思い出すように虚空に視線をさまよわせながらそう言った。

「誰から聞いたんだい、それは」

「えーっとねえ、確か1年A組の……」

一文読み上げただけでこれだ。望はため息をついた。人の話をさえぎって脱線していくのはこの2人の悪い癖だ。だから望が軌道修正をしてやらなくてはいけないのだ。良識はかろうじてあるが常識のない優奈、良識も常識も知ってはいるが投げ捨てているちえり。2人は暴走列車と言っても過言ではなく、彼女たちの手綱を握るのは、良識も常識も備えているし、ちゃんと使う常識人だと自分のことを信じている望の役目になるのだった。

「最後まで聞いてから喋ってくれ。ええと……『僕は先日、クラスメイトの数人と楓槻かえでつき川のほとりの廃墟に肝試しに行きました。』」

「ほら、言った通りじゃん?」

「あの荒れ果てた場所か。よくもまあ、怪我もせずに無事だったものだな」

「お前ら黙って聞くってできないの?」

畳まれたノートに書かれた手紙を片手で軽く持ち、望はまた、ため息をついた。一文で2人がこれだけ騒げば、呆れた彼女がこう言うのも仕方のない話だ。まあ、いつものことではあるし、ある種じゃれあいのようなものではあるが。

「ボクのと~ってもかわいい声が邪魔だなんてひどいなあ。でもしょうがないから黙っておいてあげる」

いつも甘ったるい声を、さらにこれでもかと言うほど甘くした優奈は小悪魔のように笑い、

「おや、これは失礼したね、榊君。細かいことが気になるのは私の悪い癖なんだ」

ちえりは、澄ました顔でペットボトルに入った紅茶を水筒の蓋と兼用のカップに注ぎながら、そんなことを言う。

「……傍若無人な奴が良く……」

「何か言ったかな?」

目を細めて言う望に被せるように、ちえりが澄ました声で笑う。その目は笑っておらず、一瞬だけぴりりとした空気が教室を流れる。

「いいや、なにも?」

と同じく目の笑っていない笑顔で応じた望は、すぐに手紙に目を落とした。ちえりも目線を外して紅茶を飲んでいる。優奈は机に頬杖をついて、どこか楽し気に話を聞いている。

「続けるよ……『そこで、何か黒い影を見ました。怖くなって皆ですぐに帰ったのですが、一人だけ、今日学校に来ていない人がいます。笠野天音かさのあまねという名前なのですが、その子は、廃墟探索の後も様子がおかしかったんです。まるで、あの廃墟が気になって仕方ないという風に、何度も何度も振り返っていましたから。彼の親は現在帰ってきていないそうで、家のインターフォンを鳴らしても返答がありませんでした。』」

望が読み進めるほどに、3人の眉間にしわがよっていく。

「『家にも人の気配がなかったので、いるのならあの廃墟なのかなと思います。警察には連絡はしていますが、動いてくれる可能性は低そうです。あの廃墟に関係する失踪事件は、どれもこれも警察は動いていないようなので。僕は現在、肝試しに行ったことがばれて親から大目玉を食らい、GPSで監視されている状態です。あの廃墟になど行こうとしたら、すぐに親にバレてひきずられて家に帰ることになるでしょう。今朝、通学路から少し外れただけで電話がかかってきましたから。』」

「わぁ、すっごい過保護……」

とうとう堪えきれなくなったのか、優奈が軽く身を引きながら、げんなりとした声でそう言った。

「四六時中監視しているのかな?その分の労力は別のことに回した方が効率的だと思うのだけれど」

とちえりも軽く眉をひそめながらコップで口元を隠す。

「その点に関してはあたしも同意かな。言いつけを破ったのかもしれないかもしれないけど……これはちょっとどうかと思う」

望は手紙から目をあげてそう返した。眉間によったしわが、彼女の不快感をよく表していた。

「あとちょっと読むよ。『ですので、おたすけ部の皆さん。どうか、彼のことを助けてください。お願いします。』……で、一緒に置いてあったもう一枚の紙に、行方不明になった彼とやらの情報が書いてあった」

手紙から顔をあげ、首をぐるりと回した望は、もう一枚の紙を取り出した。それもノートを破っただろう紙に印刷されており、なぜか紙飛行機の形にされている。手紙の差出人である笹原の遊び心だろうか。それを優奈に放り投げ、優奈は人差し指と中指でキャッチして、破らないように広げる。

「なるほど、榊君の大好物であるオカルトの絡んでくる話というわけか」

その光景を見ながら、ちえりは紅茶を上品に飲み、目を半分伏せて言った。

「オカルトが大好物ってわけじゃない。昔、アタシの身に起きた不思議なことを解明する手掛かりになるんじゃないかと思ってるだけだ」

望は大まじめな顔をしてそれだけを返した。

「……まあいいか」

少し考えるそぶりをしたちえりは、ふいと視線を望が持っている手紙に向けた。

「ところで一ついいかい?この廃墟に関する失踪事件は一般に出回っていない情報のはずなのだけれど。なぜこの笹原君がそれを知っているのかな?」

その視線は鋭い。整った顔立ちも相まって、余計に鋭利で、相手が思わず気圧されるような雰囲気を放っていた。けれど、優奈はそれに気圧されることもなく、紙から顔を上げ、のんびりと笑って答える。

「確か笹原君のお父さんは警察官だったから、そこから聞いたんじゃないかなぁ」

「……ふむ。まあそういうことにしておこう」

どこか不満そうな顔をしながら、再びコップに紅茶を注ぐちえり。望は思わずツッコミを入れた。

「逆になんでお前は知ってんだよ」

「私にも情報網があるのさ。家柄と血筋と言うのは厄介だね。知りたくないことまで知らせてくれる」

のらりくらりとした声とは裏腹に、生気も感情も感じられない瞳でコップの中を見つめたちえりは、望に視線を向けた。その瞳は、いつもの何を考えてるかはわからないが、かろうじて生気を感じられる瞳で、彼女は少しだけほっとした。

「さて、行方不明になった笠野天音とやらはいったいどんな子なのかな?」

「1年C組のとってもかわいい子だね。男の子だとは思えないくらい」

男子校の姫、って感じ?とちえりは軽く微笑む。

「……ふむ」

「ボクの勘が正しければこの子は中学の文化祭で女装させられたことがあるタイプ。なんなら、女の子として生まれてくるのを望まれてたタイプだね。間違いない」

そう言いながら、優奈はちえりに紙を渡す。

「そんなかわいそうな勘を働かせてやるなよ……」

という望の意見は黙殺された。

「ふむ。非力そうなのは間違いないね。そして世間一般的に言ってかわいらしいと言われるような顔立ちもしている。正直に言って私の好みの可愛さではないが」

「お前の好みなんか知るかよ」

一言余計なちえりに対する望のツッコミはまたしても黙殺され、優奈の珍しくまじめな声が、紙に書かれていることを読み上げる。

「身長152cm、体重50.4kg……うん、やっぱり女の子みたいな感じだね」

「どうやって知ったんだ、こんなもの……」

「学校の健康診断じゃないのかい?」

「書く意味あるか?それ」

「覚えていたありったけの情報を書き出したのだろう。あまりそう野暮な詮索をするものではないよ、榊君」

「お前は深堀りするのがめんどくさいだけだろ」

「私は君よりはめんどくさがりではないという自負があるのだけれどね」

危うく喧嘩になりかけたそれは、二人の間に、かわいらしい下敷きが差し込まれたことで止まることになった。

「はいはい、ストップストップ。ボクの仕事増やさないでもらえる?」

ジト目で優奈に見られ望は居心地が悪そうに座り直した。

「……悪かったよ」

「そこの彼女が売ってきた喧嘩を買ったまでなのだけれど」

ありったけの不満だという主張を乗せたちえりの声も、

「君たちがケンカップルなのは知ってるけど今それされるとめんどくさいんだよね。喧嘩するくらいなら黙っててくんない?」

優奈にあっさりとかわされる。

「……優奈もなかなかに事件ジャンキーだよな……」

という望の声はかわされず、被せるように

「なんか言った?」

という鋭い声が飛んだが。

「何も?」

「ふーん……」

お互い目を細めてにらみ合う。さながら猫同士の喧嘩の前の牽制だ。

「喧嘩をするなと言った本人がしてどうするんだい」

ちえりのその言葉には、優奈からは濁点のつくような勢いの、

「あ?」

という低い声が、望からは無言の睨みが返された。大変治安が悪い。

「……『いつもかわいいボクでいること』が君のポリシーじゃなかったかい」

そう問われた瞬間、

「うるっさいな、ばーか」

いつもの甘ったるい声に優奈の声が戻る。戻りきれずに若干の棘が残ったままだったが。

「語尾にハートマーク付ける勢いで即きゅるんってするのなんなんだ」

「なんというか……『ざーこざーこ』とでも言いだしそうな雰囲気だね」

「ふたりしてボクの言動評価すんのなんなの!?」

「それはもちろん、君をからかったら楽しいからに決まってるじゃないか」

「そりゃあもちろん、お前のことからかったら楽しいからに決まってんじゃん」

ほぼ同時の言葉だった。しかもにやりとした笑みまでお揃いだ。ガタンと椅子を鳴らし、優奈は拳を握りながら立ち上がった。

「さいってー!蹴り飛ばすよ?」

「おや、ずいぶんと暴力的だね」

余裕しゃくしゃくの笑みを浮かべるちえりと、

「へえ?やれるもんならやってみなよ」

と挑発するような笑みを浮かべた望。優奈は無言で望に向かって走り出し、教室内で2人の追いかけっこが始まった。

「榊君もまたずいぶんと好戦的だねぇ。付き合いきれないし飽きたから彼の服装でも読ませてもらおうか」

ちえりが座っている机の周りをぐるぐると2人が回っているが彼女はそんなことは気にも留めず、紙に書かれたことを読み上げていく。

「……服装は学校指定のジャージに黄色の蛍光のラインの入ったスニーカーと。細くて小さいがそこそこ明るい銀色のライトを持っていた。あとの持ち物は赤系のギンガムチェックのハンカチに、ポケットティッシュ、ばんそうこう……」

どたばたと走り回る2人に耐え切れなくなり、ちえりは顔を上げた。

「……いい加減やめたらどうだい、二人とも。ほこりが立つだろう」

「だってこいつが!!」

2人とも同時に叫び、ちえりはため息をついた。

「……仲のよろしいことで。ほらほら、手伝っておくれよそのチームワークでさ」

ついでに少し煽る。彼女は忘れていた。こうなった彼女たちの沸点は、沸点が低いことで有名なエーテルよりもさらに低いということを。その結果。

「……優奈、一時休戦といかないか」

「あいつをぶっ飛ばすのね」

「お待ちよ、神原君だけならともかく榊君まで来られると文系の私にはいかんともしがたいのだけれど!?いったぁ!?」

部室にタイキックを叩きこまれたちえりの悲鳴が響くことになったのだった。
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