まだ余命を知らない息子の進吾へ、親から生まれてきた幸せを…

ひらりくるり

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第1章 親から幸せを…

第22話 スタートの合図

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晴れた10月の青空の下、進吾の小学校で運動会が開催された。今は1年生によるダンスをしてる最中だ。外には親や親戚たちが大勢集まっていて、後ろからだとグラウンドやトラックがうまく見えない状態だ。だが、去年にもあった運動会で学び、今回は先頭で見れるように早めに来ていた。

「よし、これならちゃんと見れるし、ビデオもきれいに撮れるはずだ」
「ちゃんと見る場所も考えてきたからね」
「そうそう。応援席にいる時も走ってる時も、しっかり見れる場所を昨日探したからな」

昨日の夜に会場図を見て、見る場所を決めていた。場所も決め、カメラやスマホの充電をし、万全な準備をして来たのだ。

「そういえば次の競技ってなんだっけ?」
「次は2年生のダンスだよ。進吾が踊るから楽しみなんだよなー」

私たちはかけっこにしか注目がいっていなかったが、2年生はダンス、かけっこ、全体で行う大玉送り、そして希望者による保護者リレーがある。

「おぉ、進吾入場してきたぞ」
「何するか全く知らないんだよね」
「俺も聞いてないな」

きれいに整列し、音楽がかかるのを待っていた。会場のざわめきも徐々に小さくなっていった。みんなの注目が集まった。


「かわいいー」

音楽が流れると、みんな笑顔で大きく手を振り、踊りを始める。その姿に周りの人たちも声を揃えて"かわいい"と声を出した。明るい音楽に合わせたかわいらしいダンスは会場にいた人たちを一気に惹きつけた。

「進吾あんなに上手に踊れるんだね」
「元々進吾は呑み込みが早いからなー」

2年生全体で振り付けが揃っていて、きれいだった。そしてなにより、みんな笑顔だったのが見ていて心地よかった。

曲の最後にみんなでポーズをとり、何事もなく2年生のダンスが終わった。みんなの拍手で会場が大きく賑やかになった。進吾は自分の応援席に戻ると、ニコッとした顔でこちらに向かって手を振った。私たちも手を振り返した。


その後も組体操や騎馬戦など、各学年の種目を終え、いよいよ例の種目が始まる。

「次だ……かけっこ……」
「頑張れ…進吾…」

横一列に並ぶ子供たち、ピストルの音を聞くとともに走り出している。1人、また1人と走っていき、徐々に進吾が先頭に近づいてきていた。前の子が走り出し、いよいよ進吾の番が回ってきた。

「愛美、カメラ撮ってる?」
「大丈夫。撮ってる撮ってる」

緊張しているのか、顔がこわばっている。先生がピストルを天に向けた。そしてスタートの合図とともに足を進めた。

「進吾いけー」

腕を振り、前を見て走る。幸いなことに進吾の前には誰もいなかった。一歩後ろの隣のレーンに大柄な男の子が1人走っている。そのまた1歩後ろには身長の高い男の子、少し離れてメガネをかけた男の子が走っている。

「いいぞー、進吾。そのまま走れー」

ところが、進吾の後ろにいた男の子2人が残り20メートルほどのところで速度をあげてきた。

「進吾と並んだか…気にするなー、自分のペースを保てー」

3人とも拮抗し、誰が勝つか分からない状況だ。手に汗握る展開に、勝負の行く末をただ見守るだけだった。ゴールまであと10メートル、依然として順位は誰にも分からないでいた。

「進吾あとちょっとだよ」
「進吾行けー」

しかし、ラスト5メートルのところで進吾の前を隣の男の子が追い抜いて行った。惜しくも1位を逃し、2位となった。

「あとちょっとだったのにー…負けちゃった…」
「マジか……惜しかったなー…」

進吾は膝に手をついて、肩で息をしていた。下を向いていたので、私たちには進吾の顔も表情も見えないでいた。

「良いとこまでは行ってたのに…」

練習の成果は確かに出ていた。きっと走っていなければ4位だったかもしれない。しかし、元々他の子よりもなかった体力を標準近くに戻しただけだ。他の子との差は縮まるとは言え、それだけで勝てるわけではなかった。しばらく沈黙が続いた後、旦那は深いため息をつき、誰もいないグラウンドを見つめて一言発した。

「まだ1つだけ、挽回できるチャンスがある……」
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