繰り返される転生劇〜喜劇こそ、笑いこそ世界を救うたった一つの手立てではないかっ!〜

清水花

文字の大きさ
上 下
121 / 135
ベネツィ大食い列伝

31

しおりを挟む
「寒月の夜」

小正月の夜、しんしんと降り積もる雪が、静かに街を包んでいた。吐く息は白く、冬の冷気が容赦なく肌を刺す。手袋をはめた指先までもが、じわじわと痺れてくるようだった。降りしきる雪の白いベールに包まれた街灯は、ぼんやりと柔らかな光の輪を描いている。見上げれば、底冷えのする漆黒の夜空に、息を呑むほど美しい冬銀河が無数の星屑を散りばめて広がっていた。私は、亡き祖母との、小正月の夜は必ず一緒に神社へ初詣に行くという大切な約束を果たすため、凍てついた道を一歩一歩、慎重に歩いていた。

松の内も過ぎたとはいえ、日脚が伸びるのを肌で感じるにはまだ遠く、夜の寒さは骨身に染みる。凍てついた土を踏みしめる足は重く、時折滑りそうになるのを堪えながら、町外れの、ひっそりと佇む古びた神社を目指した。毎年、小正月の夜には、祖母と二人でこの神社に初詣に来ていた。温かい甘酒を分け合い、来年のことを語り合った、かけがえのない時間。祖母が亡くなってから初めて迎える正月。今年こそは、祖母との大切な約束を果たし、心新たにお願いごとをしようと、固く心に決めていた。

雪の向こうに、神社の鳥居がぼんやりと浮かび上がってきた。冷たい空気の中に混じって、かすかな煙の匂いが鼻腔をくすぐる。境内では、小正月の伝統行事である左義長の準備が進められているのだろう。遠くに見える、赤く燃え盛る炎が、凍えた体を内側からじわじわと温めてくれるような、淡い期待を抱かせた。

「寒いねぇ、本当に寒月だ…」隣を歩く友人が、首をすくめ、肩を小さく震わせながら白い息を吐き出した。

私たちは、雪に覆われた細い道を、足跡を刻みながら、町外れの神社へと向かっていた。小正月の夜、この場所だけは、まるで別世界のように温かい灯りに包まれ、人々が自然と集まってくる。境内に足を踏み入れると、しんとした静寂の中に、冴え冴えとした寒月の清らかな光に照らされた、神聖な空間が広がっていた。

「寒月…冬の月は、冷たい光を放っているけれど、どこか心を落ち着かせてくれる、不思議な力があるよね。」私は、遠い日の祖母との記憶をそっと手繰り寄せるように、吸い込まれそうな夜空を見上げながら、静かに呟いた。

友人は少しの間、月を見上げた後、白い息を吐き出しながら、どこか寂しげに答えた。「確かに、冬の月は息を呑むほど美しい。でも、こんな凍えるような夜に見上げていると、どうしても物悲しくなってしまうんだ。」

澄み切った寒月の光は、まるで薄く張った氷のようだ。研ぎ澄まされた冷たい空気に磨き上げられ、その白さが際立っている。その静謐な月明かりに導かれるように、石段を一段一段、ゆっくりと、しかし確かな足取りで登っていくと、肌をじんわりと温める熱気が近づいてきた。香ばしい匂いが、冷え切った鼻腔を優しくくすぐる。

境内の隅に設けられた小さな屋台からは、白い湯気が濛々と立ち上り、熱々の鍋焼きうどんの食欲をそそる香りが、空腹を刺激した。人々は湯気を求めて自然と集まり、静かだった境内は、ささやかながらも心温まる賑わいを見せていた。屋台の片隅には、雪を被った白い茶の花が一輪、厳しい寒さに耐えるように凛と咲いていた。

「茶の花…」友人がその花を見つけ、目を細め、どこか懐かしそうに呟いた。

「こんな極寒の中で、凛として咲いているなんて、本当に強い花だね。」私も思わず呟いた。祖母が、優しい眼差しで私を見つめながら、よく言っていた。「茶の花は、冬の寒さに耐え、春を待つ花。辛い時こそ、希望を失ってはいけないよ」と。その温かい言葉が、凍えた心にじんわりと染み渡り、小さな勇気をくれた。

熱い湯気を纏う土鍋を両手で包み込むと、体の芯からじんわりと温まるのを感じた。冷たい風に晒されていた頬も、徐々に熱を帯びてくる。熱い汁を一口啜ると、体の奥底まで温かさが染み渡り、凍てついていた心がゆっくりと解きほぐされていくようだった。

「本当に、寒さが身にしみるからこそ、こうした温もりが一層ありがたく感じるんだよ。」友人が、白い湯気を吸い込みながら、感慨深げに、そして優しく微笑みながら言った。

初詣を済ませ、帰り道、私たちは再び冴え冴えとした寒月の下を歩いた。月明かりが凍てついた道を静かに照らし、道の脇には、雪を纏い、寒さに耐えるように力強く枝を広げる松の木々が、冷たい風に吹かれて静かに揺れていた。

凍てついた土を踏みしめる足の裏から、冷たさがじんわりと伝わってくる。しかし、その冷たさの中に、不思議なほどの心地よさも確かに感じていた。厳しい冬の夜は、物悲しさを纏っているけれど、その奥には確かな温もりと、力強い生命力が息づいている。寒月の夜だからこそ、その温かさが、そして希望が、一層際立って感じられるのだろう。そして、祖母との温かい思い出と、茶の花の教えを胸に、私は新しい年を、一歩ずつ、確かに、力強く歩んでいく。


1月17日

小正月

樹 氷

茶の花

松過ぎ

日脚伸ぶ

松明け

冬銀河



寒 月

寝 酒



どんど

左義長

鍋 焼

初 詣

凍て土

寒 月
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【本編完結】転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

回帰した貴公子はやり直し人生で勇者に覚醒する

真義あさひ
ファンタジー
名門貴族家に生まれながらも、妾の子として虐げられ、優秀な兄の下僕扱いだった貴公子ケイは正妻の陰謀によりすべてを奪われ追放されて、貴族からスラム街の最下層まで落ちぶれてしまう。 絶望と貧しさの中で母と共に海に捨てられた彼は、死の寸前、海の底で出会った謎のサラマンダーの魔法により過去へと回帰する。 回帰の目的は二つ。 一つ、母を二度と惨めに死なせない。 二つ、海の底で発現させた勇者の力を覚醒させ、サラマンダーの望む海底神殿の浄化を行うこと。 回帰魔法を使って時を巻き戻したサラマンダー・ピアディを相棒として、今度こそ、不幸の連鎖を断ち切るために── そして母を救い、今度こそ自分自身の人生を生きるために、ケイは人生をやり直す。 第一部、完結まで予約投稿済み 76000万字ぐらい ꒰( ˙𐃷˙ )꒱ ワレダイカツヤクナノダ~♪

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第三章フェレスト王国エルフ編

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

転生したら王族だった

みみっく
ファンタジー
異世界に転生した若い男の子レイニーは、王族として生まれ変わり、強力なスキルや魔法を持つ。彼の最大の願望は、人間界で種族を問わずに平和に暮らすこと。前世では得られなかった魔法やスキル、さらに不思議な力が宿るアイテムに強い興味を抱き大喜びの日々を送っていた。 レイニーは異種族の友人たちと出会い、共に育つことで異種族との絆を深めていく。しかし……

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います

霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。 得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。 しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。 傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。 基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。 が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

処理中です...