繰り返される転生劇〜喜劇こそ、笑いこそ世界を救うたった一つの手立てではないかっ!〜

清水花

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ベネツィ大食い列伝

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 まずは特大のすり鉢を器として代用したカルロスラーメン。すり鉢の中央には数種類の野菜達が群れをなして小高くも猛々しい山を形成していて、その麓には厚切りのチャーシューが地を固めるように綺麗に並べられている。野菜山のちょうど裾野の辺りには山に加わることが出来なかった若干の野菜達の他に、抜群の人気を誇るトッピングの煮卵がゴロゴロとスープに浮かんでおり、彩りの青ネギが惜しみなく添えられてその光景はまるで高い美術的価値があるように見えてしまう。

 お次にカルロス餃子。合挽き肉に香りの高い数種類の香草を混ぜた餡を自家製のモチモチの皮で包んだ逸品。餡に使われている香草はトム村長が暮らすガネーシャ村の隣にあるウッディールの森で採れたものを使用しているらしい。こちらのカルロス餃子も例に漏れず特大のサイズ感となってテーブルに並べられており、餃子の形状をぼんやりと眺めているとなんだか粘土細工を趣味とする店主さんの遊び心がひしひしと伝わってくるようである。

 最後にカルロス炒飯。カルロス炒飯自体は具沢山という訳ではなく、細切れのチャーシュー、多めの卵、ネギと言ったシンプルな具材で作られている。これはカルロス様が以前おっしゃった『みんなどうやら勘違いをしておるが炒飯とは、卵料理なんじゃぜ?』という言葉から出来上がったレシピである。卵の香りを最大限引き立たせ、そしてその上で邪魔しないものが具材として最適であるとした。なので炒飯自体は苦戦することなく食べ進める事が出来そうではあるが、そのサイズ感がやはり問題でそれはまるで子供達が砂場に作った丸い形状の砂のお山のような重厚感と存在感を放っている。

 以上、見た目のインパクト、量ともに規格外の桁外れ、まさにモンスター級の三品がテーブルの上に堂々と君臨して選手達を見下している。

 今こそまさに《モンスターが現れた!》というあの例の表示が出てきて欲しいものである。

 ともかく、他のチームも三品のモンスター達相手に懸命に食を進めてはいるが一向に一品も食べ終わる様子もない。

 まして右隣りに座るデュークは腕組みしたまま目を閉じ何やら思案顔でいて、シドはテーブルに向かって突っ伏している。

 デュークはまあ、いつも通りああ見えて実際は何も考えていないのだろうが、テーブルに突っ伏したシドを見るに、やはり予選で見せたあの食事法はかなり身体に負担が掛かったようだ。

 あの様子ではシドはもう戦えまい。

 そして今現在の俺のパーティーの状況としては、予選で余力を残していた俺が得意分野である麺類、すなわちカルロスラーメンを奇跡的に一人でたいらげていた。

 にわかには信じられない事なのだが、それは今思い返せば納得の結果と言えなくもなかった。

 というのも、先ほども言った通り俺は麺類が大好きで、旅の途中ふらりと訪れた町の麺屋さんに足を運んでは器に残ったスープがなくなるまで替え玉をし続けた事が何度かあったのだ。

 最高で十五回……だったか。

 そして、最後の十五回目の替え玉はスープが無かったので茹でたての細硬麺だけを美味しく頂いた。小麦の香りをダイレクトに感じられて、あれはあれでとても美味しかった。

 ただ、厨房から身を乗り出すようにしてこちらを凝視していた麺屋店主の視線は痛かったが……。

 ともあれ、カルロスラーメンを撃破している間にパティとアリシアがカルロス餃子、カルロス炒飯を食べすすめてくれていたおかげで俺が二人に合流した時には二品とも残すところあと半分といった具合だった。

 予選からそうだったがパティとアリシアの意外な食べっぷりには心底驚かされる。

 そこから三人で懸命に食べ進めていると、

「ごめんなさい……私、もう無理です」

 と、アリシアが口元に手を当て椅子に座ったままうなだれてしまった。

「…………」

 ありがとう、アリシア。君の頑張りは絶対にムダにしない。

 ちらり、視線をパティの方へ向けると必死の表情でカルロス炒飯を頬張り疲れたであろうアゴで咀嚼している。もしかしたら、パティの中で負けず嫌いな部分が浮き彫りになってきたのかもしれない。

 また、パティのすぐ隣、テーブルの上ではじろうが花柄の可愛らしいお皿に山盛りに盛り付けられたミルクとキャットフードを交互に食べており、こちらはこちらで別の大食い大会的なものにチャレンジしているようである。

 あるいは例によってネコネコチャレンジとか。

 パティの必死の形相に、

 じろうの愛くるしい仕草に、

 何となく、食べ続ける勇気というか気力のようなモノを貰い、完食めざしてただひたすらに必死に食べ続ける俺とパティだった。

 がしかし、頭が、意識が朦朧とする。

 動かそうとする下顎が脳から下される命令を拒絶し、うまく動かない。

 いや。

 脳から下される命令を拒絶しているのではなく、本当はただ純粋に脳の命令に従っているだけなのかもしれない。

 俺は何がなんでも食べようとして、

 脳は何がなんでも拒絶して、

 無理をして、無茶をして、無駄かもしれない努力をしているのかもしれない。

 食べようとする俺と、食べまいとする脳。

 どっちが俺だ? どっちが本体だ?  どっちが本物で、どっちが偽物だ? 正解と不正解? 白と黒? 正義と悪? 天使と悪魔? 支配しているのか、されているのか? 人間なのか、脳細胞なのか? 僕は俺で、あの子はあの子で、あの子は俺じゃなくって、俺はあの子じゃなくって、もちろん俺もあの子もモンスターじゃなくって……俺はあの子は脳細胞はモンスターになって白が黒で人間になって俺の俺と支配であの子へーーーー

「あ……ああっ……あぁ……」

 脳からの命令に逆らいすぎて、軽くパニックに陥ってしまった。

 容赦なく迫り来るプレッシャー、極度の満腹感とそれを無理矢理に抑え込もうとする謎のプライドなのかなんなのか。

 防衛本能が最大限に働いて、吐き気はもちろんの事、頭痛、視野狭窄、悪寒、発汗、発熱、倦怠感といった症状が俺の身体を容赦なく攻め立てる。

 寒くもないのに震える身体でカルロス餃子を掴み上げ、もはや口さえ開こうとしない我が身に鞭打って、口内へと力任せに押し込みながらも唯一生き残ったチームメイトであるところのパティへ視線を送る。

 パティは限界を軽く四回は超えたような顔をしていて、無気力で、無表情で、無感情のまま俺と同じく震える身体で炒飯に対して懸命にもスプーンを伸ばしている。

 パティの持つスプーンが炒飯の大皿を小刻みに叩いて音が鳴った。

 こんなに小さな子供が俺のワガママを聞き入れて、こんなになるまで頑張ってくれているのだ、こんな時に勇者たる俺がしっかりしないでどうする。

 そう自分を奮い立たせ口内にカルロス餃子を詰め込んでいく。

 食道が悲鳴とともにカルロス餃子を押し戻してくる。

 口元に手を当て、なんだか酸っぱいものと合わったカルロス餃子を再び飲み下す。
 
 と、そこで。

「ぐはっ……」

「にゃはっ……」

 パティとじろうは同時にテーブルへと突っ伏しダウンしてしまった。


 
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