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ベネツィ大食い列伝
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非常にきびきびとした動きで護衛騎士団の若手が特別町長たるカルロスちゃんの元まで拡声器を持って小走りで駆け寄る。
片膝を地につけ目線を伏せて、拡声器を両手ですくい上げるようにしてカルロスちゃんへと手渡す若手の団員。
カルロスちゃんは少年のような笑みを浮かべ拡声器を受け取ると、まるでラッパのように広がった先端を珍しそうに覗いて拡声器の持ち手部辺りを何やらごそごそとしばらくの間触ってから、自身の口元へと拡声器を運ぶやいなや会場中の皆が腰を抜かすほどの大音量の開会の言葉を言い放った。
「ワシお腹空いたからよーい、始めっ!」
突如、会場を襲った鼓膜を激しく振動させる大音量の声もさる事ながら、あまりにも唐突に始まってしまった大食い大会予選に、誰しもが呆気にとられ誰しもが狼狽した。
だが、もはや言うまでもなく表向きは特別町長のカルロスちゃんが始め! と言えば何事も始まるのだし、逆に終わり! と言えばどんなに中途半端な場面であろうと全ては終わり迎えるのだ。
そして、突如始めてしまった理由は後々物議を醸すかもしれないが、今はカルロスちゃんが始め! と、声をお掛けになられたのでどんなに間の悪いタイミングだろうと全ては始まってしまうのだ。
そんなカルロスちゃんの隣に座る紳士界の重鎮、セバス・チャンタロウは抜け目なく塞いでいた自身の両耳を解放するやいなや、見事なまでに華麗で、かつ自然な動きでカルロスちゃんから拡声器を奪い取ると自身の方へと引き寄せながら電源をオフし、左手に持ち替えると更に音量を最小に設定し、空いた右手でカルロスちゃんの前にお茶を差し出し注意を引いてその隙に自身の座る椅子の下へと拡声器を移動させ、椅子の下で再び右手へと持ち替えそこからカルロスちゃんが座る椅子の下、つまりはカルロスちゃんの死角へと拡声器を忍ばせた。
ここまでの一連の流れをそつなく全てやり終えたセバスチャン・タロウの洗練された見事な働きっぷりもさる事ながら、遠巻きにしてそれらの動きを全て見切った勇者としての俺の眼力もなかなかのものである筈だ。
などと、悠長なことを考えている場合では全くない。
数多くの選手が集まった大広場の中央では皆が皆、互いにどう動くべきなのか様子を見ていて大混乱となっている。恐らく彼等は急に開始と言われても、何をどうすればいいのだ? ここにいていいのか? どこに行くべきなんだ? 適当にその辺のテントで待っていればいいのか? そもそも今から何が始まるのだ? 今から説明があるのか? など考えているのかもしれない。
だが頭の回転の速い連中とそうでない連中とで早くも動きに差が出てきたようである。
頭の回転の速いいくつかのチームは現状を正しく把握、理解してすぐさまテント内へと走って準備に取り掛かった。
その光景を漠然と見ていた残りのチームもおろおろとした様子で、先行したチームの後を追ってそれぞれテントへと向かって走っていった。
しかし、突然の事態に狼狽しているのは何も選手諸君だけではない。
今回の大会で提供される料理の数々はベネツィの町きっての有名店から提供されるもので、今から行われる予選には揚げ物屋テキーラの商品が提供される手筈となっている。
なので揚げ物屋テキーラの主人及び従業員には大会執行部側から当然のごとく事前に連絡があって大食い大会当日の、何時にはアツアツの揚げ物が選手達に提供出来るようにと、予めスケジュールが事細かに決められていたに違いない。 だがさきほどのカルロスちゃんによる開会の挨拶が予想を大きく上回ってとてつもない短さで終わりを迎え、更にその後控えていたであろう誰々による挨拶や協力店舗の紹介など全てを強制終了させての大食い大会開幕となったので、揚げ物屋テキーラ店主及び従業員もまさかの事態に大変取り乱したのであろう。
その事を裏付けるように実況席の更に後方にある特設キッチンでは、背中に《テキーラ》の文字が入った服を着た数人の若い男女がてんてこ舞いの様子で慌てふためいている。およそ十五人程度いると見られる揚げ物屋テキーラの従業員の約半数が特設キッチンへと向かって走り、残りの半数はなぜか空のトレーを持ったまま選手達が待ち構えるテントへと向かって走っており、その道中二人の男女が大広場中央付近にて転倒した。先行していた空のトレーを持って走る従業員達は選手達が待ち構えるテントに到着するやいなや、かなり狼狽気味に空のトレーを選手に差し出して一礼して去っていった。
空のトレーを渡された選手はこれが何を意味しているのか理解に苦しみ、走り去る従業員に対して声を荒げて訳を聞こうとするが従業員の耳にはその悲痛な叫びは届かない。
焦り、声を荒げる選手達。
混乱し我を忘れる選手達。
揚げ物が早く上がるよう鍋のそばで祈る従業員。
混乱し謎の行動に出る従業員。
第一回大食い大会会場はベネツィの町始まって以来の大混乱の中にあった。
片膝を地につけ目線を伏せて、拡声器を両手ですくい上げるようにしてカルロスちゃんへと手渡す若手の団員。
カルロスちゃんは少年のような笑みを浮かべ拡声器を受け取ると、まるでラッパのように広がった先端を珍しそうに覗いて拡声器の持ち手部辺りを何やらごそごそとしばらくの間触ってから、自身の口元へと拡声器を運ぶやいなや会場中の皆が腰を抜かすほどの大音量の開会の言葉を言い放った。
「ワシお腹空いたからよーい、始めっ!」
突如、会場を襲った鼓膜を激しく振動させる大音量の声もさる事ながら、あまりにも唐突に始まってしまった大食い大会予選に、誰しもが呆気にとられ誰しもが狼狽した。
だが、もはや言うまでもなく表向きは特別町長のカルロスちゃんが始め! と言えば何事も始まるのだし、逆に終わり! と言えばどんなに中途半端な場面であろうと全ては終わり迎えるのだ。
そして、突如始めてしまった理由は後々物議を醸すかもしれないが、今はカルロスちゃんが始め! と、声をお掛けになられたのでどんなに間の悪いタイミングだろうと全ては始まってしまうのだ。
そんなカルロスちゃんの隣に座る紳士界の重鎮、セバス・チャンタロウは抜け目なく塞いでいた自身の両耳を解放するやいなや、見事なまでに華麗で、かつ自然な動きでカルロスちゃんから拡声器を奪い取ると自身の方へと引き寄せながら電源をオフし、左手に持ち替えると更に音量を最小に設定し、空いた右手でカルロスちゃんの前にお茶を差し出し注意を引いてその隙に自身の座る椅子の下へと拡声器を移動させ、椅子の下で再び右手へと持ち替えそこからカルロスちゃんが座る椅子の下、つまりはカルロスちゃんの死角へと拡声器を忍ばせた。
ここまでの一連の流れをそつなく全てやり終えたセバスチャン・タロウの洗練された見事な働きっぷりもさる事ながら、遠巻きにしてそれらの動きを全て見切った勇者としての俺の眼力もなかなかのものである筈だ。
などと、悠長なことを考えている場合では全くない。
数多くの選手が集まった大広場の中央では皆が皆、互いにどう動くべきなのか様子を見ていて大混乱となっている。恐らく彼等は急に開始と言われても、何をどうすればいいのだ? ここにいていいのか? どこに行くべきなんだ? 適当にその辺のテントで待っていればいいのか? そもそも今から何が始まるのだ? 今から説明があるのか? など考えているのかもしれない。
だが頭の回転の速い連中とそうでない連中とで早くも動きに差が出てきたようである。
頭の回転の速いいくつかのチームは現状を正しく把握、理解してすぐさまテント内へと走って準備に取り掛かった。
その光景を漠然と見ていた残りのチームもおろおろとした様子で、先行したチームの後を追ってそれぞれテントへと向かって走っていった。
しかし、突然の事態に狼狽しているのは何も選手諸君だけではない。
今回の大会で提供される料理の数々はベネツィの町きっての有名店から提供されるもので、今から行われる予選には揚げ物屋テキーラの商品が提供される手筈となっている。
なので揚げ物屋テキーラの主人及び従業員には大会執行部側から当然のごとく事前に連絡があって大食い大会当日の、何時にはアツアツの揚げ物が選手達に提供出来るようにと、予めスケジュールが事細かに決められていたに違いない。 だがさきほどのカルロスちゃんによる開会の挨拶が予想を大きく上回ってとてつもない短さで終わりを迎え、更にその後控えていたであろう誰々による挨拶や協力店舗の紹介など全てを強制終了させての大食い大会開幕となったので、揚げ物屋テキーラ店主及び従業員もまさかの事態に大変取り乱したのであろう。
その事を裏付けるように実況席の更に後方にある特設キッチンでは、背中に《テキーラ》の文字が入った服を着た数人の若い男女がてんてこ舞いの様子で慌てふためいている。およそ十五人程度いると見られる揚げ物屋テキーラの従業員の約半数が特設キッチンへと向かって走り、残りの半数はなぜか空のトレーを持ったまま選手達が待ち構えるテントへと向かって走っており、その道中二人の男女が大広場中央付近にて転倒した。先行していた空のトレーを持って走る従業員達は選手達が待ち構えるテントに到着するやいなや、かなり狼狽気味に空のトレーを選手に差し出して一礼して去っていった。
空のトレーを渡された選手はこれが何を意味しているのか理解に苦しみ、走り去る従業員に対して声を荒げて訳を聞こうとするが従業員の耳にはその悲痛な叫びは届かない。
焦り、声を荒げる選手達。
混乱し我を忘れる選手達。
揚げ物が早く上がるよう鍋のそばで祈る従業員。
混乱し謎の行動に出る従業員。
第一回大食い大会会場はベネツィの町始まって以来の大混乱の中にあった。
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