繰り返される転生劇〜喜劇こそ、笑いこそ世界を救うたった一つの手立てではないかっ!〜

清水花

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エピソード・オブ・お嬢ちゃん

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「わぁ……木の匂いが優しくって気持ちが落ち着くなぁ。これならぐっすりと眠れそうだ。ギリギリ寝返りもうてそうだし、良い感じゃん」

 本当。

「そして今、気付いたんだけれど。これ、床が無いんだね。変わってるね」

 本当。

「壁と天井はあるけど床がない物件なんて初めてじゃないかな? 確かに町の宿屋でもあんまり意識した事はなかったけど、床って無いものだったっけ? オプションだっけ?」

 本当。

「あの、あれ。地面に直接触れて地熱発電とかそういった暖の取り方なんだろうね。最新式かな? 背中すっごい冷たいけど、じきに暖かくなるよね?」

 本当。

「壁と天井の隙間から結構ダイレクトに夜風を感じられるんだね。風に当たりにいちいち外に出なくて済むから便利だよね……」

 本当。

「朝……早く来ないかな……」

 本当。

 次々に胸に押し寄せる邪念をポジティブに置換し、自身のメンタルをどうにか保つ。

 これも一種の修行だ。

 そして、目と鼻の先ほどに迫るあまりにも低過ぎる天井の一部の異変に気付く。

「ぬっ? これは?」

 それからしばらくして、意識がまどろみの中へ溶け始めたころ。

「ーーーーさん。ーーーーケルさん」

 俺を呼ぶ声に気が付いて、目を開く。

 ぼんやりと、形をはっきり捉えられない視界には近過ぎる天井だけが非情にも飛び込んでくる。

「ぬぅ……ふぁあーあ……何かね? パティ?」

 狭い空間で器用に目をこすり言う。

「ーーーータケルさん。私です、アリシアです」

「ふぅむぅん……うん……アリシア? うん……超ドストライク……」

「何言ってるんですか、タケルさん。起きて」

 意識が約50パーセントほど覚醒したところで宿屋の天井がーーーー否。宿屋全体がスライドし始め、俺の上半身が外へと投げ出される状態となった。

 下半身は宿屋、上半身は外。これってなーんだ?

 答えーーーー今の俺。

「え……タケルさん、何で泣いて……」

 俺は急ぎまばたきを数回し、目をぐりぐりと強くこすって、すっかり自由になった上半身で伸びをしながら言う。

「ふぁ……なに……? 宿屋をスライドさせるなんて……ふぁあーあ……どんなワイルドな起こし方ーーーー」

 と、口元を手で押さえられ発言を遮られる。

「むぅ?」

 俺を覗き込む人物を凝視する。垂れた髪の奥には右手の人差し指を口の前に立てて合図を送る、アリシアの姿がーーーー

「えっ⁉︎ ちょっと、タケルさん! 何でこの状況で二度寝出来るんですか⁉︎ ちょっと!」

「んむぅ……あれ? アリシーーーー」

「だから何やってるんですか! 寝付きが良過ぎるでしょう! タケルさんってば!」

 みたいな事を何度か繰り返し行った後で、ようやく話が進み出した。

「急にごめんなさい、タケルさん」

「それは別に構わないんだけど……どうしたの?」

 上体を起こして受け答えする。金色の瞳を含む、可愛すぎる奇跡の顔立ちはもちろん見ない。

 本心としては、もちろん見たい。

 死ぬまでずっと、見続けたい。

「私、このまま家を出ようと思うんです。お父さんは『好きに生きろ、やりたい事をやれ、俺の事は気にすんな』って、言ってましたけど私がやりたい事って、やっぱりなんですよね。お父さんとお母さん、やっぱり一緒に家にいてほしい。一緒にいて、一緒の時間を当たり前に過ごしてほしい。欲張っちゃえばお爺ちゃん、お婆ちゃん、里にいる他のエルフ達とも仲良くなって欲しい」

「別々はやっぱり寂しいかい?」

「いえ、私はお父さんと違って里へは自由に行き来できますけど、お父さんはそれが出来ないから寂しいのはきっとお父さんですね。ああ見えて結構寂しがり屋なんですよ?」

「あははは。言ってたね、アリシアが里に行ってる間でさえ寂しくて死にそう、とかなんとか」

「ええ。そんなお父さんの姿を見ていると子供の私でも、色々と考えちゃいます。家族、人間、エルフ、種族、里の掟。何をどうすればいいのかなんて私じゃさっぱり分かりません。でも、色々と問題はあるけれど、家族が当たり前に一緒にいるっていうのはそんなに難しい事じゃないと思うんです。朝目を覚ませばそこにいて、夜眠る時にもそこにいる。どこの家族だって同じ。だから私達家族も、きっと同じ」

 自身の胸の中にある気持ちと望みを一つ一つ慎重に語っていく。

「人間とエルフ。名前や呼び方が違うだけでほとんど同じなんですから、一緒に生きていける筈なんです。私はそう思います」

「うん、そうだね。俺もそう思うよ」

「なんて……。格好いい事ばかり言ってますけど、さっきも言ったように何をどうすればいいのかさっぱりですし、家を出てどこで何をするのかも全くの未定なんですよね。だからいつも迷うんです。お父さんが言うようにこのまま家にいた方がいいんじゃないかって。でもやっぱり、家族の問題をどうにかしたいと思う自分がいる。どうにかしたい自分と、どうにも出来ない自分……ですかね」

「…………」

「だから今日、森の中で始めてタケルさん達に会った時、私、自分自身がとっても惨めに思えてしまったんですよね。年齢もそんなに変わらないタケルさんとパティ君は自身の意思で考え行動してなんて素敵で、自由で、輝いてるんだろうって思ったんです。本当の意味で今を生きてるって、羨ましいって心の底から思っちゃいました」

「あっははは……修行と称してただ遊んでただけなんだけどね」

「そんな二人の姿を見ていたら、私も負けちゃダメだって、うじうじしててもダメだって、少しでもいいから前に進まなきゃダメだって、そう思ったんです」

 ただ、何もしないままで悔やんだりはしたくないんです。と、アリシアは言った。

 その言葉にアリシアの胸の中にある確かな熱意を感じた。

「そっか……。やっぱりーーーーじゃなくて、君がそうしたいのならばそうすればいいんじゃない? 他の誰でもない、君の人生なんだし君自身が考え行動するのが一番自然で良い事だと思うよ?」

「ありがとうございます、タケルさん。それで、その……お願いがあるんですけど……」

「ん?」

「私をーーーー誘拐してください」






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