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エピソード・オブ・お嬢ちゃん
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床を何度も激しく叩く大樽。宙を勢いよく蹴る両足。樽の中からはどうやら俺を退治するような旨の言葉が聞こえてきている。
そして何故だか俺は盗賊の身であり、アリシアのフードをひっぺがし、一目惚れしたのち、お父さんに結婚の許しをもらうために今、ここにやってきた豚骨ヘナチョコロン毛野郎という設定らしい。
どんだけ濃いキャラなんだよそいつ。
濃厚白濁豚骨スープを水筒の中に常備して持ち歩いているようなイカれた野郎を想像してしまう。
それにお父さんさっきから勝手にストーリーを進めてしまっているけれど……。俺ただのお客さんなのに。
「どうしたオラ! 何でさっきから黙ってんだオラ! 離婚するのは構わねえがとりあえず一発ぶん殴らせろ!」
あ、とりあえず結婚の許しは一旦貰えたんだ。
そしてストーリーは随分と進み今は第二部辺りにいるのかな?
「だぁーったく、頭に血が上ってきやがったぜ! くそっ! おいテメエ! 何とかしやがれっ!」
素直に助けてって言えばいいのに。
お父さんの両足を持って慎重に大樽を横に倒していく。
ふと、思う。でもここで俺が助けたら、お父さん俺に襲いかかってくるんじゃなかろうか。
お父さんの頭の中のストーリーでは俺はかなりの悪者みたいだし。
「おお……おお……助かった」
などと思っている間にお父さんは大樽から這い出てきて両膝に手をついて慎重に立ち上がった。
俺の方へと向き直り、強く真っ直ぐな眼差しで俺の顔をじろりと見てから、
「なっははははは! いや、助かった。サンキューな! なっははははは!」
さっきまでの剣幕はどこへいったのやら、突然の上機嫌で高笑いするお父さん。
顔とか腕とか所々がうっすらと赤く腫れていて、見ようによっては虎のモンスターのようにも見える。
そして気付く。
あれ……この感じ……俺たぶん今回の旅で一度お父さんに会ってるな。ほんの数日前。確か、ベネツィに来てすぐぐらい。
だがそんなお父さんの顔を見てもどういう訳かピンッと来ないから、声だけ聞いた事があるのかな? だとしたらお父さんもあの時、あの悪魔の如き流れの中にいたって事か。
無言のままお父さんと見つめ合い、若干以上の気まずさが漂いだした頃、最高の助け舟が漂着した。
「お父さんっ! あっちいっててよ! 恥ずかしいんだから」
「あっちいってろってなんだよ! 自分の家で俺はどっちに行きゃあいいんだよ。って、なんだアリー。お前ちゃんとフードかぶってんじゃねぇか、お前がフード取られたって言うから俺は血相変えて出てきたんじゃねぇか」
「私、そんな事一言も言ってない」
「ああん⁉︎ そうか? じゃあ俺の気のせいか? だったら早く言えよなったくーーーー愛娘が家を出る時がついに来たのかと思って木人流・最終奥義をこの兄ちゃん……名前なんつったけ? ああ。夕ケル君にぶちかますところだったぜーーーーったくよぉ。ったくーーーー人騒がせなやろうだぜーーーーったくよぉ」
なんてクセの強いワイルドな喋り方をするんだ、このお父さんはーーーーったくよぉ。
しかも名前の間違え方もクセが強すぎるだろう。夕方の《夕》と書いてユウケルと読ますとは、パッと見では普通にタケルと読めてしまうし至極回りくどく、かつ計算され尽くした職人並みのボケだな。さすがは木の専門家、これが噂に名高い職人芸という奴か。
「しゃっ! しゃいしゅう……はぁ、はぁ……最終奥義⁉︎」
「パティくーん! 今はそういうのやめてくれたまえ。厨二病たる君がそうなる気持ちは痛いほどに理解できるけれど今だけは我慢してくれたまえ!」
「お父さんいい加減にしてよ! 私、何歳だと思ってるの⁉︎ もう十五歳よ! いつまでも子供扱いして、このフードだって本当は嫌なんだからね!」
「んばかやろう! アリー、てめぇ自分がなんぼのもんかちっともわかっちゃいねえ! お前はなぁ! あのエルーーーー」
「お! 姉! ちゃん! の! お!
父! さ! ん! 是非とも最終奥義をこちらのアニキに使っちゃってください!」
「おぉ⁉︎ なんだボウズ、俺の最終奥義見てぇってのか⁉︎ なっはははははは! 子供は元気でいいやね! 子供はそうじゃなくっちゃいけねぇやね! なっははははははははは!」
「ねえ、お父さん私の話ちゃんと聞いてる⁉︎」
「……にゃ……あ……にゃあ……」
「さあさあ、アニキの身体ならどうなっても構わないので一刻も早く最終奥義の方を見せてください! お父さん!」
「そうか? んじゃあ、ちょろっとだけ……」
「やめてよそんな子供みたいな真似! 私が恥ずかしいんだからね!」
「お姉ちゃん! よく考えて! 必殺技じゃないよ⁉︎ 最終奥義だよっ⁉︎ 最終回付近でしか見られないような超特大の必殺技だよ⁉︎」
「結局、必殺技なんじゃない」
「ふにゃあ……に……やあ……」
「なんで女の子にはこの情熱が伝わらないんだぁぁぁー!」
「えー。こちら現場のタケルです。現場はご覧の通り、手のつけようがないくらいに乱れに乱れていまして、もはや収拾がつかない状態になりました。なので現場の熱が冷めるまで一旦スタジオにお返ししまーす」
この物語はご覧のスポンサーの提供でお送りいたしました。
《笑いトノベル製作工場》
《酒浸りおっさんの頭の中こそが異世界株式会社》
《人々に笑いを届けるコメディアン育成所》
《言葉こそ人が持ちうる最高の宝カンパニー》
そして何故だか俺は盗賊の身であり、アリシアのフードをひっぺがし、一目惚れしたのち、お父さんに結婚の許しをもらうために今、ここにやってきた豚骨ヘナチョコロン毛野郎という設定らしい。
どんだけ濃いキャラなんだよそいつ。
濃厚白濁豚骨スープを水筒の中に常備して持ち歩いているようなイカれた野郎を想像してしまう。
それにお父さんさっきから勝手にストーリーを進めてしまっているけれど……。俺ただのお客さんなのに。
「どうしたオラ! 何でさっきから黙ってんだオラ! 離婚するのは構わねえがとりあえず一発ぶん殴らせろ!」
あ、とりあえず結婚の許しは一旦貰えたんだ。
そしてストーリーは随分と進み今は第二部辺りにいるのかな?
「だぁーったく、頭に血が上ってきやがったぜ! くそっ! おいテメエ! 何とかしやがれっ!」
素直に助けてって言えばいいのに。
お父さんの両足を持って慎重に大樽を横に倒していく。
ふと、思う。でもここで俺が助けたら、お父さん俺に襲いかかってくるんじゃなかろうか。
お父さんの頭の中のストーリーでは俺はかなりの悪者みたいだし。
「おお……おお……助かった」
などと思っている間にお父さんは大樽から這い出てきて両膝に手をついて慎重に立ち上がった。
俺の方へと向き直り、強く真っ直ぐな眼差しで俺の顔をじろりと見てから、
「なっははははは! いや、助かった。サンキューな! なっははははは!」
さっきまでの剣幕はどこへいったのやら、突然の上機嫌で高笑いするお父さん。
顔とか腕とか所々がうっすらと赤く腫れていて、見ようによっては虎のモンスターのようにも見える。
そして気付く。
あれ……この感じ……俺たぶん今回の旅で一度お父さんに会ってるな。ほんの数日前。確か、ベネツィに来てすぐぐらい。
だがそんなお父さんの顔を見てもどういう訳かピンッと来ないから、声だけ聞いた事があるのかな? だとしたらお父さんもあの時、あの悪魔の如き流れの中にいたって事か。
無言のままお父さんと見つめ合い、若干以上の気まずさが漂いだした頃、最高の助け舟が漂着した。
「お父さんっ! あっちいっててよ! 恥ずかしいんだから」
「あっちいってろってなんだよ! 自分の家で俺はどっちに行きゃあいいんだよ。って、なんだアリー。お前ちゃんとフードかぶってんじゃねぇか、お前がフード取られたって言うから俺は血相変えて出てきたんじゃねぇか」
「私、そんな事一言も言ってない」
「ああん⁉︎ そうか? じゃあ俺の気のせいか? だったら早く言えよなったくーーーー愛娘が家を出る時がついに来たのかと思って木人流・最終奥義をこの兄ちゃん……名前なんつったけ? ああ。夕ケル君にぶちかますところだったぜーーーーったくよぉ。ったくーーーー人騒がせなやろうだぜーーーーったくよぉ」
なんてクセの強いワイルドな喋り方をするんだ、このお父さんはーーーーったくよぉ。
しかも名前の間違え方もクセが強すぎるだろう。夕方の《夕》と書いてユウケルと読ますとは、パッと見では普通にタケルと読めてしまうし至極回りくどく、かつ計算され尽くした職人並みのボケだな。さすがは木の専門家、これが噂に名高い職人芸という奴か。
「しゃっ! しゃいしゅう……はぁ、はぁ……最終奥義⁉︎」
「パティくーん! 今はそういうのやめてくれたまえ。厨二病たる君がそうなる気持ちは痛いほどに理解できるけれど今だけは我慢してくれたまえ!」
「お父さんいい加減にしてよ! 私、何歳だと思ってるの⁉︎ もう十五歳よ! いつまでも子供扱いして、このフードだって本当は嫌なんだからね!」
「んばかやろう! アリー、てめぇ自分がなんぼのもんかちっともわかっちゃいねえ! お前はなぁ! あのエルーーーー」
「お! 姉! ちゃん! の! お!
父! さ! ん! 是非とも最終奥義をこちらのアニキに使っちゃってください!」
「おぉ⁉︎ なんだボウズ、俺の最終奥義見てぇってのか⁉︎ なっはははははは! 子供は元気でいいやね! 子供はそうじゃなくっちゃいけねぇやね! なっははははははははは!」
「ねえ、お父さん私の話ちゃんと聞いてる⁉︎」
「……にゃ……あ……にゃあ……」
「さあさあ、アニキの身体ならどうなっても構わないので一刻も早く最終奥義の方を見せてください! お父さん!」
「そうか? んじゃあ、ちょろっとだけ……」
「やめてよそんな子供みたいな真似! 私が恥ずかしいんだからね!」
「お姉ちゃん! よく考えて! 必殺技じゃないよ⁉︎ 最終奥義だよっ⁉︎ 最終回付近でしか見られないような超特大の必殺技だよ⁉︎」
「結局、必殺技なんじゃない」
「ふにゃあ……に……やあ……」
「なんで女の子にはこの情熱が伝わらないんだぁぁぁー!」
「えー。こちら現場のタケルです。現場はご覧の通り、手のつけようがないくらいに乱れに乱れていまして、もはや収拾がつかない状態になりました。なので現場の熱が冷めるまで一旦スタジオにお返ししまーす」
この物語はご覧のスポンサーの提供でお送りいたしました。
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