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エピソード・オブ・お嬢ちゃん
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「…………」
「ぷほっ……」
観念したパティはもはや無言でうなだれていて、じろうは俺の右目(まぶたの上)に鼻を擦り付けたり押し付けたりして何やら楽しそうに遊んでいる。
冬ももう間近に迫ってきた冷たい風が吹くこの季節。そんな外気に長時間さらされたじろうの鼻は自らの体温と外気が混ざり合っていて、冷たくも気持ちのいい絶妙な触り心地になっている。それはまるで空から降ってきた雪の結晶が手のひらの上で瞬く間に溶けていく時のような一瞬の冬を思わせる冷たさと儚さにも似ていた。
じろうの鼻の温度に季節を感じつつも、薄暗い大樹の中へ入ってすぐ左に折れた先には、闇を優しく照らすようにオレンジ色の暖かな光があって、その光を見ただけの事で不安でいっぱいだった心が何だか一気に解消された気がした。
光に導かれて奥へ奥へと進むと、暖められた心地よい空気が流れ込んで来てまるで自宅に帰り着いた時のような安心感に包まれた。
薄暗い通路を抜けて開けた場所に出た。
天井にはいくつかの古びたランタンがぶら下げられていて、部屋の中を暖かなオレンジ色の光で照らしている。部屋の中央にはこじんまりとした木製のテーブルが置いてあって、丸い座面の椅子からは足が三本伸びている。壁には大小様々なノコギリなどの刃物がぶら下げられていて、刃が反射するランタンの光がやけに綺麗で心を奪われた。さらに奥の方にはまた別の大穴がぽっかりと口を開けていて、この部屋とはまた別の部屋があるようだ。
「そこ、座って下さい」
「あ……はい、おじゃま……します」
アリシアに促され椅子に腰掛ける。
俺の重みで椅子が鈍く軋んだ。
「すごい……木の中のお家だ」
「おっほほー!」
パティとじろうも初めて入るのであろう木の家に、現状を忘れて心を奪われているようだ。
「今、お茶出しますね」
アリシアはそう言ってさらに奥の部屋へ向かった。
「うん。ああ、いや、その……お構い……なく」
「うわあ……中から見るとこんな感じなんだ。しかも何だかとっても暖かい!」
「ほっほっほっ! しゅっ! しゅっ! しゅっ!」
椅子に座り前後にカタカタと揺らしながら表情豊かに部屋を見回すパティと、大樹の根っこの部分なのか何なのか床から少し飛び出すような形で顔を覗かせる大樹の一部分に、やけに興奮気味なじろうは床に寝転びながら実にアクロバティックに爪を突き立てている。右左、右左と。テンポ良く交互に爪を突き立て、引っ掻いている。
恐らくは、ぶらでぃーくろうのメンテナンス中なのだろう。
だがしかし、興奮するじろうとは正反対に引っ掛かれている部分は皮がめくれ木の内部が細かな屑となって床に散らばっており、もはや見るも無残な姿と成り果てている。
人ん家で爪研ぎしてんじゃねえよ。
怒られても知らねえぞ。助けてやんねえぞ。首に鞭をまかれると何かこう……命を握られているような感じがして、一切の行動も発言も出来なくなるような心理状態になるんだからな。
両手を上げて絶対降伏だぜ。
俺は未だ爪研ぎに夢中なじろうの両脇に手を差し込み抱え上げてから、じろうの顔を覗き込みつつ言う。
「じろう。め!」
人の家でやるんじゃない、と。想いを込めて叱ってみせる。
「しゃー!」
と、かなりご立腹な様子のじろうは俺の顔にメンテナンスが済んだばかりのぶらっでぃーくろうをお見舞いした後、悠々と手から抜け出してさきほどと同じ位置に戻るやいなや、ふんっ! という荒めの鼻息を一つ漏らしてまたも熱心に爪研ぎを再開する。
「痛った……」
もうどうなっても知らねえからな。
ぶらっでぃーくろうがヒットした顔を指先でそっと撫でながら横目でじろうを睨みつける。
していると、奥からアリシアがお茶を持ってきてくれてテーブルの上に並べてくれた。
品の良い薄造りのカップに鮮紅色の液体が静かに波打って揺れている。
「君はこれね」
そう言ってじろうのすぐ横に置かれた木製の浅いお皿には真っ白なミルクが入っており、それを見たじろうは『ほー。ほー。ほー。』とミルクとアリシアの顔を交互に見てキョトンとしている。
恐らくは微笑んでいるであろうアリシアはじろうの頭を指先で撫でてから立ち上がってテーブルへと移動し、俺の真正面の椅子に腰を下ろした。
両手で包み込むようにしてカップを持ち、口元へと運ぶ。
ただそれだけの行動がとても魅力的に思えた。
カップを優しく包む細く白い指先、全身を包むマントの上からでも分かるくらいの小さく華奢な身体つき、今にも消え入りそうなほど繊細で透き通った声、そのわずかな情報からでも分かるアリシアのフードの奥に未だ隠された目鼻立ち。
一度だけでも拝見してみたいところではあるが……。
そんなアリシアの顔を想像していると、
「まずは改めて御礼を言わせて下さい。本当にありがとうございました、あと。間違えてしまってごめんなさい」
アリシアはそう言うと、ペコリと頭を下げてみせた。
「ぷほっ……」
観念したパティはもはや無言でうなだれていて、じろうは俺の右目(まぶたの上)に鼻を擦り付けたり押し付けたりして何やら楽しそうに遊んでいる。
冬ももう間近に迫ってきた冷たい風が吹くこの季節。そんな外気に長時間さらされたじろうの鼻は自らの体温と外気が混ざり合っていて、冷たくも気持ちのいい絶妙な触り心地になっている。それはまるで空から降ってきた雪の結晶が手のひらの上で瞬く間に溶けていく時のような一瞬の冬を思わせる冷たさと儚さにも似ていた。
じろうの鼻の温度に季節を感じつつも、薄暗い大樹の中へ入ってすぐ左に折れた先には、闇を優しく照らすようにオレンジ色の暖かな光があって、その光を見ただけの事で不安でいっぱいだった心が何だか一気に解消された気がした。
光に導かれて奥へ奥へと進むと、暖められた心地よい空気が流れ込んで来てまるで自宅に帰り着いた時のような安心感に包まれた。
薄暗い通路を抜けて開けた場所に出た。
天井にはいくつかの古びたランタンがぶら下げられていて、部屋の中を暖かなオレンジ色の光で照らしている。部屋の中央にはこじんまりとした木製のテーブルが置いてあって、丸い座面の椅子からは足が三本伸びている。壁には大小様々なノコギリなどの刃物がぶら下げられていて、刃が反射するランタンの光がやけに綺麗で心を奪われた。さらに奥の方にはまた別の大穴がぽっかりと口を開けていて、この部屋とはまた別の部屋があるようだ。
「そこ、座って下さい」
「あ……はい、おじゃま……します」
アリシアに促され椅子に腰掛ける。
俺の重みで椅子が鈍く軋んだ。
「すごい……木の中のお家だ」
「おっほほー!」
パティとじろうも初めて入るのであろう木の家に、現状を忘れて心を奪われているようだ。
「今、お茶出しますね」
アリシアはそう言ってさらに奥の部屋へ向かった。
「うん。ああ、いや、その……お構い……なく」
「うわあ……中から見るとこんな感じなんだ。しかも何だかとっても暖かい!」
「ほっほっほっ! しゅっ! しゅっ! しゅっ!」
椅子に座り前後にカタカタと揺らしながら表情豊かに部屋を見回すパティと、大樹の根っこの部分なのか何なのか床から少し飛び出すような形で顔を覗かせる大樹の一部分に、やけに興奮気味なじろうは床に寝転びながら実にアクロバティックに爪を突き立てている。右左、右左と。テンポ良く交互に爪を突き立て、引っ掻いている。
恐らくは、ぶらでぃーくろうのメンテナンス中なのだろう。
だがしかし、興奮するじろうとは正反対に引っ掛かれている部分は皮がめくれ木の内部が細かな屑となって床に散らばっており、もはや見るも無残な姿と成り果てている。
人ん家で爪研ぎしてんじゃねえよ。
怒られても知らねえぞ。助けてやんねえぞ。首に鞭をまかれると何かこう……命を握られているような感じがして、一切の行動も発言も出来なくなるような心理状態になるんだからな。
両手を上げて絶対降伏だぜ。
俺は未だ爪研ぎに夢中なじろうの両脇に手を差し込み抱え上げてから、じろうの顔を覗き込みつつ言う。
「じろう。め!」
人の家でやるんじゃない、と。想いを込めて叱ってみせる。
「しゃー!」
と、かなりご立腹な様子のじろうは俺の顔にメンテナンスが済んだばかりのぶらっでぃーくろうをお見舞いした後、悠々と手から抜け出してさきほどと同じ位置に戻るやいなや、ふんっ! という荒めの鼻息を一つ漏らしてまたも熱心に爪研ぎを再開する。
「痛った……」
もうどうなっても知らねえからな。
ぶらっでぃーくろうがヒットした顔を指先でそっと撫でながら横目でじろうを睨みつける。
していると、奥からアリシアがお茶を持ってきてくれてテーブルの上に並べてくれた。
品の良い薄造りのカップに鮮紅色の液体が静かに波打って揺れている。
「君はこれね」
そう言ってじろうのすぐ横に置かれた木製の浅いお皿には真っ白なミルクが入っており、それを見たじろうは『ほー。ほー。ほー。』とミルクとアリシアの顔を交互に見てキョトンとしている。
恐らくは微笑んでいるであろうアリシアはじろうの頭を指先で撫でてから立ち上がってテーブルへと移動し、俺の真正面の椅子に腰を下ろした。
両手で包み込むようにしてカップを持ち、口元へと運ぶ。
ただそれだけの行動がとても魅力的に思えた。
カップを優しく包む細く白い指先、全身を包むマントの上からでも分かるくらいの小さく華奢な身体つき、今にも消え入りそうなほど繊細で透き通った声、そのわずかな情報からでも分かるアリシアのフードの奥に未だ隠された目鼻立ち。
一度だけでも拝見してみたいところではあるが……。
そんなアリシアの顔を想像していると、
「まずは改めて御礼を言わせて下さい。本当にありがとうございました、あと。間違えてしまってごめんなさい」
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