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エピソード・オブ・お嬢ちゃん
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「はじめましてお姉ちゃん。パティです」
そう言ってパティはペコリと頭を下げる。
「はじめまして。私はアリシアよろしくね」
アリシアと名乗った少女は深くかぶったフードのままペコリと頭を下げる。
そんなアリシアの表情を伺おうとパティはローアングルからフードの奥を覗き見るようにしていたので、咄嗟にそれを妨害して、ついついしそびれていた自己紹介を済ませる。
「俺はタケル。これでも一応勇者やってるんだよ」
「勇者……様」
アリシアは少しだけ頭を上げて俺を見るとすぐにまた視線ごと頭を下げて振り返り歩き出した。
「ちょっと……ちょっとアニキ!」
少年パティはアリシアの背中を見ながら小声で言う。
「あのお姉ちゃん何なの? 何でフード取らないの? 盗賊の荷物持ってっちゃっていいの? なんかすっごい怪しい道具屋さんみたいな格好してるけど大丈夫なの? 変な壺とか石とか売りつけられるんじゃないの? 平気なの? バニートラップなんじゃないの?」
パティは、俺と同じくおおよその不安や謎といったものをやはり感じているらしく、子供ながらにかなり警戒しているようだ。
ただ、バニートラップがどういったものなのかは、気になるところではあるが……。
単にハニートラップの上位系なのだろうか。
パティの質問に今現在分かっている事だけでも、とりあえず答えておく。
「俺もよく分からないんだけど、もちろん怪しいとは思うんだけど、それでも不思議と悪い子ではないと思うんだ。何か。何か訳がありそうなんだ」
「ふうん……」
「あ、あと。フードの奥の顔を覗こうとするな。あれは完全に顔を隠そうとしている」
するとパティは思い当たる節があったと言うように、
「ああ。だからさっき……」
「アリシアは俺にお詫びをしたくって家に招いてくれているんだ。だから危険はないよ、きっと」
「そっか。まあ、アニキが一緒なら平気か」
パティは両手を後頭部に添えて笑う。
「それにもし危ないと思ったら、君を囮にして俺は逃げる。びっくりするぐらい走って逃げる」
「えー⁉︎ ひどいじゃん! じゃあ、僕はじろうを囮にして逃げる!」
そう大声で言い放ったパティの言葉に頭の上のじろうは『しゅっしゅっしゅっしゅっ!』と、自慢のぶらっでぃーくろうをお見舞いしている。
していると、アリシアは騒がしくなった後方が気になったのかこちらを振り向くと、フードの奥に覗く口元に右手を添えた。
笑った……?
すぐさまアリシアは前方へと振り返り、また歩き出した。
辺りは木々が鬱蒼と生い茂っていて、風で枝葉が静かに揺れている。
ときおり、どこからか枝が弾けた音が耳へと届いてきて、また森の中へと吸い込まれていく。
なんの舗装もされていないケモノ道の木々を躱しながら歩いていると不安や恐怖といったものが爆発的に大きくなっていき、俺の中でどうにか無理矢理に保っていたアリシアへの信頼感がだんだんと薄れてきてしまい、次第にアリシアが森の妖精とか悪い魔女のたぐいに思えて来て、言い知れぬ恐怖心に苛まれた。
人々を森の奥へ奥へと誘っては突然目の前から姿を消す。その場に一人残された事に慌てふためいた時にはもう、時すでに遅い。
人々は恐れおののき、口々に言う。
ここは帰らずの森、と。
ゆっくりと、しかし確実にパニックに陥っていく思考の中で訳も分からずアリシアに問う。
「あの……アリシア……大丈夫だよね?」
俺の問いかけにアリシアはゆっくりと振り向くと、
「ええ。着きましたよ。ここが我が家です」
言われて前方をよく見ると、太い枝が数本天にも届くような勢いで伸びているとても巨大な大樹があった。その大樹の肌はまるで筋肉のようにゴツゴツと隆起していて、それでいて全体的に丸い印象が見て取れる。木肌には所々濃い緑が鮮やかな苔が生えていて、側面から小さく伸びた枝にはいくつかの古びたランプがぶら下げられていて、風で揺れるたびに『きぃ、きぃ……』と音を立てている風景はとても幻想的でいて、その圧倒的な存在感と大樹がもつ命の力強さは、ガネーシャ村の大樹とはまた違った趣を感じる。
ガネーシャ村の大樹は品良く、荘厳で、厳かなイメージだが。こちらの大樹は荒々しく、力強く、ワイルドでいて、頼り甲斐がある印象だ。
そんな大樹の正面には大人が余裕で通れるくらいの大口が開けられているが奥の方は暗くてよく見えない。そんな大樹が開けた大口はまるで大樹が森全体に向けて大号令を出しているようにも見える。
あるいは、自身の存在を力の限り誇張しているようにも。
あまりに幻想的で美しい景観に見惚れているとアリシアが口を開いた。
「すごいでしょ? この家はこの森で木こりをしている父が作ったものなんです。木こりなんだから常に木とともに寄り添いあって生きていけるようにって……」
「こ……この魔女め!」
「ちょっ⁉︎ 何を言っているのかねパティ君!」
突如として訳の分からない事を言い出したパティに冷や汗が出る。
「だって木の家に住むのは、だいたい魔女だよ!」
「言いたいことは分からなくもないが、たった今お父さんの職業と職人としての信念についての話を聞いたばかりだろう。何を言っているんだ。パティ君あれかなー? またいつもの病気が出ちゃったのかなー? パティ君のあれ出ちゃったのかなー?」
「だって、深い森に木のお家って完璧魔女じゃん! 魔法使いじゃん! そのうち黒魔法で水晶とか怪しい大壺を使って堕天使とか悪魔とか召喚するんだよきっと!」
「そう言いたいし、そうあって欲しいんだろうが現実をしっかりと見ろ。ここは魔女の家じゃないし、今後君が興奮するような展開もない」
「えー⁉︎ そうなのっ⁉︎ じゃあもう帰ろうよ……」
ガックリと肩を落とす少年パティ。
本当にそうだったらどうすんだよ……俺達、生贄にされちまうぞ。
「ふふっ……」
アリシアはまたも右手で口元を押さえるようにしている。そして、
「中、散らかってるから少し片付けてきますね」
言って、アリシアは正面の大口の中へと入っていった。
そう言ってパティはペコリと頭を下げる。
「はじめまして。私はアリシアよろしくね」
アリシアと名乗った少女は深くかぶったフードのままペコリと頭を下げる。
そんなアリシアの表情を伺おうとパティはローアングルからフードの奥を覗き見るようにしていたので、咄嗟にそれを妨害して、ついついしそびれていた自己紹介を済ませる。
「俺はタケル。これでも一応勇者やってるんだよ」
「勇者……様」
アリシアは少しだけ頭を上げて俺を見るとすぐにまた視線ごと頭を下げて振り返り歩き出した。
「ちょっと……ちょっとアニキ!」
少年パティはアリシアの背中を見ながら小声で言う。
「あのお姉ちゃん何なの? 何でフード取らないの? 盗賊の荷物持ってっちゃっていいの? なんかすっごい怪しい道具屋さんみたいな格好してるけど大丈夫なの? 変な壺とか石とか売りつけられるんじゃないの? 平気なの? バニートラップなんじゃないの?」
パティは、俺と同じくおおよその不安や謎といったものをやはり感じているらしく、子供ながらにかなり警戒しているようだ。
ただ、バニートラップがどういったものなのかは、気になるところではあるが……。
単にハニートラップの上位系なのだろうか。
パティの質問に今現在分かっている事だけでも、とりあえず答えておく。
「俺もよく分からないんだけど、もちろん怪しいとは思うんだけど、それでも不思議と悪い子ではないと思うんだ。何か。何か訳がありそうなんだ」
「ふうん……」
「あ、あと。フードの奥の顔を覗こうとするな。あれは完全に顔を隠そうとしている」
するとパティは思い当たる節があったと言うように、
「ああ。だからさっき……」
「アリシアは俺にお詫びをしたくって家に招いてくれているんだ。だから危険はないよ、きっと」
「そっか。まあ、アニキが一緒なら平気か」
パティは両手を後頭部に添えて笑う。
「それにもし危ないと思ったら、君を囮にして俺は逃げる。びっくりするぐらい走って逃げる」
「えー⁉︎ ひどいじゃん! じゃあ、僕はじろうを囮にして逃げる!」
そう大声で言い放ったパティの言葉に頭の上のじろうは『しゅっしゅっしゅっしゅっ!』と、自慢のぶらっでぃーくろうをお見舞いしている。
していると、アリシアは騒がしくなった後方が気になったのかこちらを振り向くと、フードの奥に覗く口元に右手を添えた。
笑った……?
すぐさまアリシアは前方へと振り返り、また歩き出した。
辺りは木々が鬱蒼と生い茂っていて、風で枝葉が静かに揺れている。
ときおり、どこからか枝が弾けた音が耳へと届いてきて、また森の中へと吸い込まれていく。
なんの舗装もされていないケモノ道の木々を躱しながら歩いていると不安や恐怖といったものが爆発的に大きくなっていき、俺の中でどうにか無理矢理に保っていたアリシアへの信頼感がだんだんと薄れてきてしまい、次第にアリシアが森の妖精とか悪い魔女のたぐいに思えて来て、言い知れぬ恐怖心に苛まれた。
人々を森の奥へ奥へと誘っては突然目の前から姿を消す。その場に一人残された事に慌てふためいた時にはもう、時すでに遅い。
人々は恐れおののき、口々に言う。
ここは帰らずの森、と。
ゆっくりと、しかし確実にパニックに陥っていく思考の中で訳も分からずアリシアに問う。
「あの……アリシア……大丈夫だよね?」
俺の問いかけにアリシアはゆっくりと振り向くと、
「ええ。着きましたよ。ここが我が家です」
言われて前方をよく見ると、太い枝が数本天にも届くような勢いで伸びているとても巨大な大樹があった。その大樹の肌はまるで筋肉のようにゴツゴツと隆起していて、それでいて全体的に丸い印象が見て取れる。木肌には所々濃い緑が鮮やかな苔が生えていて、側面から小さく伸びた枝にはいくつかの古びたランプがぶら下げられていて、風で揺れるたびに『きぃ、きぃ……』と音を立てている風景はとても幻想的でいて、その圧倒的な存在感と大樹がもつ命の力強さは、ガネーシャ村の大樹とはまた違った趣を感じる。
ガネーシャ村の大樹は品良く、荘厳で、厳かなイメージだが。こちらの大樹は荒々しく、力強く、ワイルドでいて、頼り甲斐がある印象だ。
そんな大樹の正面には大人が余裕で通れるくらいの大口が開けられているが奥の方は暗くてよく見えない。そんな大樹が開けた大口はまるで大樹が森全体に向けて大号令を出しているようにも見える。
あるいは、自身の存在を力の限り誇張しているようにも。
あまりに幻想的で美しい景観に見惚れているとアリシアが口を開いた。
「すごいでしょ? この家はこの森で木こりをしている父が作ったものなんです。木こりなんだから常に木とともに寄り添いあって生きていけるようにって……」
「こ……この魔女め!」
「ちょっ⁉︎ 何を言っているのかねパティ君!」
突如として訳の分からない事を言い出したパティに冷や汗が出る。
「だって木の家に住むのは、だいたい魔女だよ!」
「言いたいことは分からなくもないが、たった今お父さんの職業と職人としての信念についての話を聞いたばかりだろう。何を言っているんだ。パティ君あれかなー? またいつもの病気が出ちゃったのかなー? パティ君のあれ出ちゃったのかなー?」
「だって、深い森に木のお家って完璧魔女じゃん! 魔法使いじゃん! そのうち黒魔法で水晶とか怪しい大壺を使って堕天使とか悪魔とか召喚するんだよきっと!」
「そう言いたいし、そうあって欲しいんだろうが現実をしっかりと見ろ。ここは魔女の家じゃないし、今後君が興奮するような展開もない」
「えー⁉︎ そうなのっ⁉︎ じゃあもう帰ろうよ……」
ガックリと肩を落とす少年パティ。
本当にそうだったらどうすんだよ……俺達、生贄にされちまうぞ。
「ふふっ……」
アリシアはまたも右手で口元を押さえるようにしている。そして、
「中、散らかってるから少し片付けてきますね」
言って、アリシアは正面の大口の中へと入っていった。
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