繰り返される転生劇〜喜劇こそ、笑いこそ世界を救うたった一つの手立てではないかっ!〜

清水花

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エピソード・オブ・少年

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 目を押さえその場にうずくまるパティ。審判を務める騎士団員がすぐに気付き駆け寄る。

 突然の出来事にどよめき出す観客席。

 ティナさんと俺は考える間も無くすぐにパティの元へと駆け寄る。

「パティ! パティ! どうしたのっ⁉︎ 何があったの⁉︎」

「……う……ん」

「あ、団長の奥様。落ち着いて下さい。どうやらパティ君は試合の最中に偶然跳ねた土が目に入ってしまったようです。それ自体は大したことはないのですが、ここは大事をとって一旦医務室へと運んだ方がよろしいかと……」

「偶然、ね……」

 あれは間違いなくわざとだ。彼がいままで見せていた剣筋と明らかに違う。あれは土を飛ばすための切り上げだった。

 ティナさんはこくりと頷き、

「そうですね。大丈夫パティ? 立てる?」

 そう声を掛けられたパティは右手を上げてぶんぶんと首を横に振りそれに答えた。

「ーーーーちょっと! 無理に決まってるじゃない、目見えてないんでしょう⁉︎ そんな状態で試合なんか……タケルさんからも言ってやって下さい!」

 俺はパティの前にひざまずいて、

「パティ。大丈夫なのかい?」

「うん……」

「試合。続けたいのかい?」

「うん……」

「勝てるのかい?」

「もう……勝った……」

「勝った?」

「うん……後は、判定待ちだよ」

「……そうかい」

 俺はティナさんの方へと視線を送り、説得を試みる。

「すみませんティナさん。パティはまだやる気みたいです。判定待ちの状態じゃあ帰れないと……」

「そんな……でも……」

 困惑するティナさんの背後から更に駄目押しの一言が入る。

「諦めろティナ。俺達の子供なんだ」

 そこにはいつの間にか、パールさんがいてティナさんの顔を覗き込みながら困った表情で笑っている。

「あなた……。もうっ! そういうところばかり似て!」

 ティナさんはパティの頭を撫でながらしっかりとした声で言う。

「パティ。やるからには勝ちなさいよ!」

 未だ目を開けないパティはにこりと笑い、

「ありがとうーーーー母さん」

 パティは立ち上がりパールさんに誘導されて、試合開始位置へとつく。

 パールさんは審判と司会のデイルさんに事情を伝えている。

 俺とティナさんも席に戻り、試合開始を待った。

「えー。今入った情報によりますと、 眼内異物混入により視界はまともに見えていないそうなのですが、パティ選手の強い希望により試合は続行される模様です! 目も見えぬ状態でどうやって戦うというのでしょうか。何か策はあるのでしょうか。そして子供ながらに逆境にも負けず、試合に臨むその真っ直ぐな姿勢は同じ武道を歩むものとして尊敬に……くっ……そんっ……尊敬に値しまーすっ!」

 あ……デイルさん、のってきた、のってきた。

「彼の武道に対する実直な思いを讃え、再度紹介しておきましょう。ベネツィ三番街剣術道場が誇る若き騎士。その強き信念誰も折ること叶わず、その勇ましき背中誰も超えることできず、彼の行く手を阻むものはことごとく跳ね除けられていく。完全無欠、地上最強の少年、パッティーーーーーーーくーーーーーーーーーん!」

「「「「「わぁぁ!」」」」」

 会場は今日一番の盛り上がりを見せた。

 デイルさん。あの人、この際転職すればいいのに……。

 歓声は次第にやんで、辺りには緊張を孕んだ空気が漂う。

 試合場ではデスパウロ君がすでに構えに入っており、パティは開始位置で目をこすり揺れている。

「それでは……泣いても笑っても最終ラウンド。準備はよろしいですね? よぉいーーーー始めっ!」

 試合開始の合図と共にデスパウロ君が動いた。軽快なフットワークでパティの様子を伺っているようだ。

 対するパティはもはやデスパウロ君の姿を捉える気がないかのように天を見上げ、両の腕を力無くだらりと下ろして構えを解き、その場でふらふらと揺れている。

 その立ち姿を見た瞬間ーーーーゾッとした。

 全身に鳥肌が立った。

 デスパウロ君は明らかに様子のおかしいパティに戸惑いながらも視界正面にパティを捉え、そして最後となる全速力の特攻をかける。

「ーーーーばかっ……行くなぁぁぁっ!」

 つい、デスパウロ君の身を案じて声が漏れた。

 しかし時すでに遅く、



天照アマテラスーーーー大日霊オオヒルメ!」



 ーーーーパンッ。

 木剣の弾ける音が会場の隅々にまで響き渡る。

 この会場にいる人達全ての視線が一箇所に集まる。

 試合場では呆然と立ち尽くすデスパウロ君。

 その後方には、木剣を逆袈裟に振り抜いたままの格好で両膝を地につけたパティの姿が。

 パティは木剣を左の腰に差すようにしてからゆっくりと立ち上がり、立ち尽くすデスパウロ君の背中にぺこりと一礼し、ふらつきながらも何とか元の位置へと戻った。

 デスパウロ君の手から木剣がぽとりとこぼれ落ち、乾いた音が辺りに響き渡った。

 そしてデスパウロ君はまるで木剣の後を追うようにして、その場に両膝から崩れ落ち放心している。

 やがて静まり返っていた会場はざわつき始め、いったい何が起きたのか、今はどういう状況なのか確認する作業が進められていた。

「あいつ……やりやがった……」

「どうなったんです? ねぇ、タケルさん! 試合は⁉︎ どっちが勝ったんですか⁉︎」

 俺の頭の上ではじろうが『にゃー』とようやく猫らしい鳴き声をあげた。

 審判4人も突然の出来事に明らかに困惑し緊急ミーティングが行われる。

「ティナさん。さっきパティの元に行った時、実はあの時点で結果はもう出てました」

「出てた?」

 俺の言葉に当然ティナさんは訳が分からないといったような様子でいる。

「あの子はあの時点で勝ってたんです」

「え……」

 やがて、

 審判4人がパティの勝利を知らせる白旗を天高く掲げた。

「「「「「うおー!」」」」」

「「「「「わぁぁ!」」」」」

 審判の掲げた白旗を見て状況を理解した観客席から歓喜の声があがった。

 皆、この結果を待っていたと言わんばかりに抱き合い、叫び、涙を流す者までいた。

 頭の上のじろうも『おほほー!』と、またも独特な声で鳴いて俺の頭に肉球を叩きつけた。

 試合会場では三番街剣術道場の門下生がパティの元へと駆け寄り囃し立て、胴上げが始まった。

「ちょっ、ちょっと! 皆! 先に医務室行きたい! 目すっごい痛いんだからっ!」

「お前は強いから大丈夫だよ!」

「なにそれ⁉︎ どんな理屈⁉︎」

 パティはそのまま医務室へと運ばれ、俺とティナさんも医務室へと向かった。

 会場ではAグループとCグループが思い出したように自身の試合を始めていた。

 この日、パティは人生の初勝利を収めた。


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