57 / 135
エピソード・オブ・少年
32
しおりを挟む
「えっ……」
城壁に己が拳を打ち付けるデューク。やはり泣きながら、そして何やら叫んでいる。
「ーーくそっ! くそっ! 何でだ⁉︎ ちくしょう!」
模擬刀を地面に叩きつけ、更に蹴り上げデュークは大股で去っていく。
「…………」
どうやら感動的なサイドストーリは完全に俺の勘違いだったらしい。
つまりはいつもの発作的なものが出て、お馬鹿な行為を行なっていただけ。
感動を返しやがれ。
「あーーーーパティ。タケルさんほらっ、あそこ。パティの試合が始まりますよ」
興奮気味のティナさんの声にふと我に帰り視界正面、試合会場を凝視する。
三つ並んだ向かって真ん中の試合スペースに立つパティは何だか表情が硬く、緊張しているらしかった。しかしそれも無理もない。まだ完全に勝負への恐怖心が拭い去れた訳ではないだろうし、初出場の試合とあっては状況一つ理解できないだろうし、それに一番街、二番街の見知らぬ子供達も多くいるのでどこか不安になってしまってもなんら不思議もない。
いつも通りにリラックスして試合に臨めればいいのだが……。
「パティー! 頑張ってー!」
ティナさんの声援が飛ぶ。
パティはこちらに視線を送ってティナさんの姿を見て少し微笑んだ。
俺は少し迷ってからいつも通りのエールを送った。
パティはティナさんの隣に座る俺の存在に驚いたような顔を見せて、そして、
白い歯むき出しの照れ笑いで右手の親指をぐいと立てた。
「それでは第三試合ーー始めっ!」
両手を顔の前で組んで祈るように試合を見つめるティナさん。
俺は胸の前で両腕を組んで結果の分かりきった試合をリラックスして見つめる。
少年パティが笑ったのだ、この試合の結果はもう出たも同然だ。
その後、始まった試合にパティは一歩も動く事なく勝利した。
相手に先手を取らせて攻め入ってきたところにカウンターをぶち込む。
と言っても、ポイントを入れるために防具の上から剣先を軽く当てるだけだが。
俺の真似してんなパティめ。
俺の席の少し前では目の前の出来事が信じられないといった具合に、対戦相手の母親が放心状態でいて、俺としては初戦からパティとあたった事に少し気の毒に思った。
でもまあ、それも仕方がない事か。
そのままパティは破竹の勢いで快調に勝ち進め、遂には決勝戦にまで駒を進めた。
「ーーーータケルさん。あの子、大丈夫なんでしょうか?」
緊張のあまり声が震えているティナさん。初出場、初決勝戦ともなれば身震いくらいするか。
「大丈夫です。パティは人の何倍も努力してきました。ましてやパールさんの血を引く子ですよ? あの子がどれだけ頑張ってきたのか、どれだけの実力を持っているのか、ティナさんも十分ご理解しているでしょう?」
「ええ。それはそうなんですが……でもやっぱり、震えて……」
「ははは。実は俺もなんです……。パティの実力を理解し信じてはいるけど、やっぱり緊張しちゃいますよね……」
決勝戦を前に俺とティナさんは武者震いにも似た身体の震えを共有し、俺の頭の上では、じろうがその右前足を何度も俺の頭に叩きつけている。
じろうもパティの応援をしているのだろうか?
なんて思っていると試合場の方から、
「それでは第100回ベネツィ武道大会、決勝戦を行います。それではさっそく選手の紹介です。準決勝では二番街剣術道場の闇をも凌駕せし者君を1ポイント差で見事に打ち負かしました、一番街剣術道場の期待の超新星デスパウロ君です!」
「「「「「おおおー!」」」」」
「「「「「頑張ってー!」」」」」
「結局ラスボス来たぁぁぁ!」
来てんじゃねえか。勝ち進んでんじゃねえか! ラスボスっぽい名前の子。本当、大丈夫なんだろうな。
前方を凝視して見ると、俺の心配をよそにデスパウロ君はまあ、なんというか良い意味で普通の子供のようで安心した。パティと同じ歳くらいの普通の子供。
もちろんラスボスと化した、あのパウロさんでもなかったので尚更一安心だ。
この大会の事だからとんでもない魔物が出てきやしないかと思って、若干身構えてしまっていたくらいだ。
大体、序盤のデュークが出てきた件といい、試合を始めるにあたっての最終的なチェックがずさん過ぎる。絶対わざとだろ。
よく100年も続いたな、この大会……。
そういう事なので、もはや普通に対戦相手として大魔王が出てきてしまっても、なんら不思議ではないとさえ思えてしまう状況である。
こんな街中の日常の1ページで、いきなりまさかのラストバトル勃発だよ。
とか、
普通にありそうに思えてしまう自分がいる。常識の範囲というか、常識と非常識のラインをかなりの割合でずらされてるな……俺。
気を付けないと。
とにかく。ラスボスっぽい名前ではあるけれど、至って普通の子供との普通の決勝戦が始まるらしい。
「対するは! 今大会初出場にして完全無名のダークホース。謎に包まれたステータスはその圧倒的な剣さばきとなって他を寄せ付けず、これでもかと見せ付けた力の差はもはや歴然であり、正確無比に打ち出される狙いすました鋭いその一撃はいとも簡単に相手選手からポイントを奪い去ってきました。冷静沈着なその立ち姿はまさに凄腕のスナイパー! また、開始位置から一歩も動かずに勝負を制するその姿はまさに遠い異国に伝わる不動明王そのものであります! そして! そして、いったい誰がこの選手の決勝戦進出を予想出来たでしょう。歴戦の上位者をことごとく跳ね除け今日この舞台に躍り出た、闇より静寂と共に現れし名もなき孤高の少年。三番街剣術道場出身。パティーーーーくーーーーん!」
「「「「「うおー!」」」」」
「「「「「頑張れー!」」」」」
なんか紹介の仕方がどんどんエスカレートしてるな……。
そして不動明王って、決してその場から動かないから不動って意味じゃないはずだが……。
心が揺るがないという意味だったはず。
とにかく。遂に決勝戦だ。
気持ちを落ち着けて前方の試合会場へと意識を集中する。
パティとデスパウロ君は互いに試合場へと入り、向き合っている。
パティは目を閉じて自身の胸を数回トントンと叩いて、集中している。
デスパウロ君はその場で数回跳ねて深呼吸している。
「それではBグループの決勝戦を開始します。両者互いに礼。構えてーーーー始めっ!」
皆の視線が集まる決勝戦がついに始まった。
城壁に己が拳を打ち付けるデューク。やはり泣きながら、そして何やら叫んでいる。
「ーーくそっ! くそっ! 何でだ⁉︎ ちくしょう!」
模擬刀を地面に叩きつけ、更に蹴り上げデュークは大股で去っていく。
「…………」
どうやら感動的なサイドストーリは完全に俺の勘違いだったらしい。
つまりはいつもの発作的なものが出て、お馬鹿な行為を行なっていただけ。
感動を返しやがれ。
「あーーーーパティ。タケルさんほらっ、あそこ。パティの試合が始まりますよ」
興奮気味のティナさんの声にふと我に帰り視界正面、試合会場を凝視する。
三つ並んだ向かって真ん中の試合スペースに立つパティは何だか表情が硬く、緊張しているらしかった。しかしそれも無理もない。まだ完全に勝負への恐怖心が拭い去れた訳ではないだろうし、初出場の試合とあっては状況一つ理解できないだろうし、それに一番街、二番街の見知らぬ子供達も多くいるのでどこか不安になってしまってもなんら不思議もない。
いつも通りにリラックスして試合に臨めればいいのだが……。
「パティー! 頑張ってー!」
ティナさんの声援が飛ぶ。
パティはこちらに視線を送ってティナさんの姿を見て少し微笑んだ。
俺は少し迷ってからいつも通りのエールを送った。
パティはティナさんの隣に座る俺の存在に驚いたような顔を見せて、そして、
白い歯むき出しの照れ笑いで右手の親指をぐいと立てた。
「それでは第三試合ーー始めっ!」
両手を顔の前で組んで祈るように試合を見つめるティナさん。
俺は胸の前で両腕を組んで結果の分かりきった試合をリラックスして見つめる。
少年パティが笑ったのだ、この試合の結果はもう出たも同然だ。
その後、始まった試合にパティは一歩も動く事なく勝利した。
相手に先手を取らせて攻め入ってきたところにカウンターをぶち込む。
と言っても、ポイントを入れるために防具の上から剣先を軽く当てるだけだが。
俺の真似してんなパティめ。
俺の席の少し前では目の前の出来事が信じられないといった具合に、対戦相手の母親が放心状態でいて、俺としては初戦からパティとあたった事に少し気の毒に思った。
でもまあ、それも仕方がない事か。
そのままパティは破竹の勢いで快調に勝ち進め、遂には決勝戦にまで駒を進めた。
「ーーーータケルさん。あの子、大丈夫なんでしょうか?」
緊張のあまり声が震えているティナさん。初出場、初決勝戦ともなれば身震いくらいするか。
「大丈夫です。パティは人の何倍も努力してきました。ましてやパールさんの血を引く子ですよ? あの子がどれだけ頑張ってきたのか、どれだけの実力を持っているのか、ティナさんも十分ご理解しているでしょう?」
「ええ。それはそうなんですが……でもやっぱり、震えて……」
「ははは。実は俺もなんです……。パティの実力を理解し信じてはいるけど、やっぱり緊張しちゃいますよね……」
決勝戦を前に俺とティナさんは武者震いにも似た身体の震えを共有し、俺の頭の上では、じろうがその右前足を何度も俺の頭に叩きつけている。
じろうもパティの応援をしているのだろうか?
なんて思っていると試合場の方から、
「それでは第100回ベネツィ武道大会、決勝戦を行います。それではさっそく選手の紹介です。準決勝では二番街剣術道場の闇をも凌駕せし者君を1ポイント差で見事に打ち負かしました、一番街剣術道場の期待の超新星デスパウロ君です!」
「「「「「おおおー!」」」」」
「「「「「頑張ってー!」」」」」
「結局ラスボス来たぁぁぁ!」
来てんじゃねえか。勝ち進んでんじゃねえか! ラスボスっぽい名前の子。本当、大丈夫なんだろうな。
前方を凝視して見ると、俺の心配をよそにデスパウロ君はまあ、なんというか良い意味で普通の子供のようで安心した。パティと同じ歳くらいの普通の子供。
もちろんラスボスと化した、あのパウロさんでもなかったので尚更一安心だ。
この大会の事だからとんでもない魔物が出てきやしないかと思って、若干身構えてしまっていたくらいだ。
大体、序盤のデュークが出てきた件といい、試合を始めるにあたっての最終的なチェックがずさん過ぎる。絶対わざとだろ。
よく100年も続いたな、この大会……。
そういう事なので、もはや普通に対戦相手として大魔王が出てきてしまっても、なんら不思議ではないとさえ思えてしまう状況である。
こんな街中の日常の1ページで、いきなりまさかのラストバトル勃発だよ。
とか、
普通にありそうに思えてしまう自分がいる。常識の範囲というか、常識と非常識のラインをかなりの割合でずらされてるな……俺。
気を付けないと。
とにかく。ラスボスっぽい名前ではあるけれど、至って普通の子供との普通の決勝戦が始まるらしい。
「対するは! 今大会初出場にして完全無名のダークホース。謎に包まれたステータスはその圧倒的な剣さばきとなって他を寄せ付けず、これでもかと見せ付けた力の差はもはや歴然であり、正確無比に打ち出される狙いすました鋭いその一撃はいとも簡単に相手選手からポイントを奪い去ってきました。冷静沈着なその立ち姿はまさに凄腕のスナイパー! また、開始位置から一歩も動かずに勝負を制するその姿はまさに遠い異国に伝わる不動明王そのものであります! そして! そして、いったい誰がこの選手の決勝戦進出を予想出来たでしょう。歴戦の上位者をことごとく跳ね除け今日この舞台に躍り出た、闇より静寂と共に現れし名もなき孤高の少年。三番街剣術道場出身。パティーーーーくーーーーん!」
「「「「「うおー!」」」」」
「「「「「頑張れー!」」」」」
なんか紹介の仕方がどんどんエスカレートしてるな……。
そして不動明王って、決してその場から動かないから不動って意味じゃないはずだが……。
心が揺るがないという意味だったはず。
とにかく。遂に決勝戦だ。
気持ちを落ち着けて前方の試合会場へと意識を集中する。
パティとデスパウロ君は互いに試合場へと入り、向き合っている。
パティは目を閉じて自身の胸を数回トントンと叩いて、集中している。
デスパウロ君はその場で数回跳ねて深呼吸している。
「それではBグループの決勝戦を開始します。両者互いに礼。構えてーーーー始めっ!」
皆の視線が集まる決勝戦がついに始まった。
0
お気に入りに追加
26
あなたにおすすめの小説


三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る
マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息
三歳で婚約破棄され
そのショックで前世の記憶が蘇る
前世でも貧乏だったのなんの問題なし
なによりも魔法の世界
ワクワクが止まらない三歳児の
波瀾万丈

回帰した貴公子はやり直し人生で勇者に覚醒する
真義あさひ
ファンタジー
名門貴族家に生まれながらも、妾の子として虐げられ、優秀な兄の下僕扱いだった貴公子ケイは正妻の陰謀によりすべてを奪われ追放されて、貴族からスラム街の最下層まで落ちぶれてしまう。
絶望と貧しさの中で母と共に海に捨てられた彼は、死の寸前、海の底で出会った謎のサラマンダーの魔法により過去へと回帰する。
回帰の目的は二つ。
一つ、母を二度と惨めに死なせない。
二つ、海の底で発現させた勇者の力を覚醒させ、サラマンダーの望む海底神殿の浄化を行うこと。
回帰魔法を使って時を巻き戻したサラマンダー・ピアディを相棒として、今度こそ、不幸の連鎖を断ち切るために──
そして母を救い、今度こそ自分自身の人生を生きるために、ケイは人生をやり直す。
第一部、完結まで予約投稿済み
76000万字ぐらい
꒰( ˙𐃷˙ )꒱ ワレダイカツヤクナノダ~♪

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします
Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。
相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。
現在、第三章フェレスト王国エルフ編
ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活
天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ!
タヌキ汁
ファンタジー
国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。
これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。
転生したら王族だった
みみっく
ファンタジー
異世界に転生した若い男の子レイニーは、王族として生まれ変わり、強力なスキルや魔法を持つ。彼の最大の願望は、人間界で種族を問わずに平和に暮らすこと。前世では得られなかった魔法やスキル、さらに不思議な力が宿るアイテムに強い興味を抱き大喜びの日々を送っていた。
レイニーは異種族の友人たちと出会い、共に育つことで異種族との絆を深めていく。しかし……

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います
霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。
得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。
しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。
傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。
基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。
が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる