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エピソード・オブ・少年
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「それでは第一試合、選手諸君位置について……」
すっかり意気消沈してしまったデイルさんは力無くそう言うと、肩を限界まで落としてトボトボと歩いていく。パールさんがデイルさんの肩を叩いて励ましているが、顔を上げる事もなくうなだれている。
一方、試合場では子供達が一斉に位置について一礼を済ませ試合が始まったようだ。
辺りに木剣のパンッパンッという乾いた音が響き、選手、観客共に更なる熱気に包まれ試合もデットヒートしているようだ。
審判を務める若手の団員が赤白二本の旗を掲げてポイントが入り勝者が決まる。三つの試合がほぼほぼ同時に終わり、選手が入れ替えられた。
その時、左手の人差し指にチクリとした痛みを感じたので視線を落とす。
するとそこには小さな白猫がいて俺の指に噛み付いていた。
「ん? あれ? お前どこかで……そうだ、じろうだ」
俺の視線に気付いた子猫のじろうは豊か過ぎる表情で、
「ほっほっほっほっ! おほほー!」
と、鳴き声と捉えていいものなのかどうか判らない独特な声で鳴いて、何やら嬉しそうに笑っている。
「あら? タケルさん?」
俺の名を呼ぶ声の方に視線を上げてみると隣には意外というか、まあここに居て当然の人がいた。もちろん知り合いである。
「あれ? ティナさん⁉︎」
ベネツィ護衛騎士団長パールさんの奥様であり、少年パティの母親であり、料理上手な女性であるティナさん。
なんと偶然にも隣の席だったのか。ついつい広場の、試合場の方ばかりに気を取られてしまっていた。
「ありがとうございます。タケルさん」
と、唐突にお礼の言葉を口にするティナさん。何の事かと考えていると、
「あの子、あなたと出会ってから変わったんです。もともと誰かが怒鳴りあっていたりしたら真っ先に飛んでいって争いを止めるような子だったんですけど、あの件の後からは常に周りを気にして私の後ろでビクビクして隠れてたんですけど、最近はなんかこう……堂々としてるんですよね。辛い思いをする前の頃に少し戻ったというか、笑顔が増えたんです」
とても嬉しそうに語って、潤んだ目で俺を見るティナさん。
「家でもタケルさんの話しばかりしてるんですよ『今日は勇者様に稽古をつけて貰ったんだ』とか『勇者様はずっと欲しかったお兄ちゃんみたいだからアニキと呼ぶことにしたんだ』とか『アニキの修行は怖いし、痛いし、辛いけどすごく勉強になる』とか、家に帰ってから寝るまで喋りっぱなしなんです」
「あ……あははは……」
「ですからずっとお礼が言いたくて。本当にありがとうございます。タケルさん」
「そんなとんでもない! 俺はただあの子の頑張ってる背中をほんの少し押しただけですよ」
デュークに相談した時に言われた『唯一出来ることがあるとするならば背中を押してやることくらいか』という言葉通りに、上手く背中を押せてあげられたかは微妙なところではあるが。
「たまたま出会って、たまたま俺が勇者やってて、たまたまあの子も剣術やってて、それでちょっと一緒に楽しく遊んだだけですから。お礼なんてとんでもない」
「しゅっしゅっしゅっ!」
じろうは俺の左手に熱心に猫パンチを繰り出している。こちらもなにかしらの大会が行われているのだろうか。
「それでは第2試合、選手諸君位置について!」
広場で発せられる大声に、自然と視線が広場へと向いた。
自然と向いた視線の先には、明らかに不自然な光景が広がっていた。
立合う小さな子供同士。
立合う中くらいの子供同士。
立合う大きな子供とーーーーデューク⁉︎
すっかり意気消沈してしまったデイルさんは力無くそう言うと、肩を限界まで落としてトボトボと歩いていく。パールさんがデイルさんの肩を叩いて励ましているが、顔を上げる事もなくうなだれている。
一方、試合場では子供達が一斉に位置について一礼を済ませ試合が始まったようだ。
辺りに木剣のパンッパンッという乾いた音が響き、選手、観客共に更なる熱気に包まれ試合もデットヒートしているようだ。
審判を務める若手の団員が赤白二本の旗を掲げてポイントが入り勝者が決まる。三つの試合がほぼほぼ同時に終わり、選手が入れ替えられた。
その時、左手の人差し指にチクリとした痛みを感じたので視線を落とす。
するとそこには小さな白猫がいて俺の指に噛み付いていた。
「ん? あれ? お前どこかで……そうだ、じろうだ」
俺の視線に気付いた子猫のじろうは豊か過ぎる表情で、
「ほっほっほっほっ! おほほー!」
と、鳴き声と捉えていいものなのかどうか判らない独特な声で鳴いて、何やら嬉しそうに笑っている。
「あら? タケルさん?」
俺の名を呼ぶ声の方に視線を上げてみると隣には意外というか、まあここに居て当然の人がいた。もちろん知り合いである。
「あれ? ティナさん⁉︎」
ベネツィ護衛騎士団長パールさんの奥様であり、少年パティの母親であり、料理上手な女性であるティナさん。
なんと偶然にも隣の席だったのか。ついつい広場の、試合場の方ばかりに気を取られてしまっていた。
「ありがとうございます。タケルさん」
と、唐突にお礼の言葉を口にするティナさん。何の事かと考えていると、
「あの子、あなたと出会ってから変わったんです。もともと誰かが怒鳴りあっていたりしたら真っ先に飛んでいって争いを止めるような子だったんですけど、あの件の後からは常に周りを気にして私の後ろでビクビクして隠れてたんですけど、最近はなんかこう……堂々としてるんですよね。辛い思いをする前の頃に少し戻ったというか、笑顔が増えたんです」
とても嬉しそうに語って、潤んだ目で俺を見るティナさん。
「家でもタケルさんの話しばかりしてるんですよ『今日は勇者様に稽古をつけて貰ったんだ』とか『勇者様はずっと欲しかったお兄ちゃんみたいだからアニキと呼ぶことにしたんだ』とか『アニキの修行は怖いし、痛いし、辛いけどすごく勉強になる』とか、家に帰ってから寝るまで喋りっぱなしなんです」
「あ……あははは……」
「ですからずっとお礼が言いたくて。本当にありがとうございます。タケルさん」
「そんなとんでもない! 俺はただあの子の頑張ってる背中をほんの少し押しただけですよ」
デュークに相談した時に言われた『唯一出来ることがあるとするならば背中を押してやることくらいか』という言葉通りに、上手く背中を押せてあげられたかは微妙なところではあるが。
「たまたま出会って、たまたま俺が勇者やってて、たまたまあの子も剣術やってて、それでちょっと一緒に楽しく遊んだだけですから。お礼なんてとんでもない」
「しゅっしゅっしゅっ!」
じろうは俺の左手に熱心に猫パンチを繰り出している。こちらもなにかしらの大会が行われているのだろうか。
「それでは第2試合、選手諸君位置について!」
広場で発せられる大声に、自然と視線が広場へと向いた。
自然と向いた視線の先には、明らかに不自然な光景が広がっていた。
立合う小さな子供同士。
立合う中くらいの子供同士。
立合う大きな子供とーーーーデューク⁉︎
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