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エピソード・オブ・少年
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騒動から一日経った。
あの後、パティ達の無事を確認し、植え込みの中の保護者達も感きわまる中、静かに解散した。
「やりやがったな、あのボウズ」
「ついつい目頭が熱くなってしまったのう……」
「ああ。あの子はもう立派な男だぜ」
「一皮剥けましたね。僕も負けないようにしないとっ」
俺はみんなに丁寧に御礼を済ませ、宿屋に向かい就寝した。
そして今。昨日の騒動の現場であり、少年パティと始めて出会った広場へと来ている。
早朝、小鳥のさえずりが聞こえる中腕を目一杯に広げて伸びをして、ゆっくりとした歩調で広場をぐるりと歩いていると、
「あっ! アニキ!」
予想通りに少年パティが現れた。
アニキ、とな?
「ねえ、聞いてよっ! 昨日ね、稽古の帰りに男の人二人が子猫にイジメられててね、それでね、僕怖かったけど、やめろって言ってね、そしたらね子猫がね、子猫がっ!」
「待て待て待てっ! ちゃんと聞くから落ち着いて話してごらん。話の内容がなんかすごい事になっているようだけれども……」
それにしても、子猫にイジメられる二人組か。ある意味見てみたいものではあるが。
「ーーーーという訳なんだよ!」
と、興奮気味に語るパティ。怖くて怖くて一歩も動けないでいると、ふっと身体の力が抜けていつもの稽古のように身体が勝手に動いていたらしい。そしてやはり、男が宙を舞ったのは道場で習った投げ技を使用したらしく先日の俺との稽古の際、武器を奪われて丸腰状態になったパティはその投げ技を俺に使用するつもりだったらしい。なのであの時、下手をすれば俺もあの二人組同様に宙を舞っていたのかもしれなかった。
「でもね、僕、思ったんだ」
と、パティはやや声のトーンを下げて言う。
「道場の師範から『武術は争うためにあるものじゃない。争いを止めるためにあるものだ』って、よく言われてるんだけど、僕、間違った事しちゃったかなぁ?」
「いいや。何も間違っちゃいない。君は正しい事をした、その結果その子猫は助かった。師範の教え通り見事に争いを止めたんだよ、君は。だから胸を張っていいんだよ?」
「そっか。良かった」
パティの顔にいつもの幼い笑みが咲いた。
「ところで……パティ君」
「ん? なに? どうしたのアニキ」
あ、そうだ。アニキの件もあったんだ。だがしかし、今一番聞きたい事は……。
「その……頭の上の猫はいったい……」
今日この広場に来てからずっと、昨日の話で盛り上がっている最中もずっと、パティのその頭の上には毛足の長い一匹の白い子猫が乗っかっていて、生後半年くらいの未熟で華奢な身体つきでいて、つぶらな瞳をきらきらと輝かせて俺の事を真っ直ぐに見つめている。
「ああ。この子がさっき言った昨日の子猫。名前は、じろうだよ」
「じろう……?」
「うん。じろう。あのままここに置いていくのも少し心配だったから連れて帰ったんだ。それで一日だけでも家で一緒に過ごすんなら名前が必要だろって、母さんが言ったから僕が名前をつけたんだ」
「へぇ……。ん? じゃあ、その……じろうとは今日でお別れなのか?」
「うん。じろうにも家族がいるだろうしね。離れ離れは可哀想だよ」
そう言ってパティは上目遣いで子猫の鼻先を撫でる。子猫は目を閉じてパティの指先の匂いを嗅いでいる。
「さっ、おいで、じろう」
パティは頭から子猫を持ち上げ地面にそっと降ろしてやる。愛おしそうに頭を撫でていて、じろうは尻尾を天に向かってピンっと立ている。
「じゃあね、じろう。バイバイ」
パティの想いが通じたのかじろうは、にゃーと鳴いて一旦体勢を低く構えて再びパティの頭の上に飛び乗ったのである。
じろうはパティの頭にぴったりと張り付くようにしていて、見ようによってはじろうがパティを操縦しているようにも見える。
「あれ? こら、じろう。早く家に帰りな。ほらっ」
パティの言葉にじろうは知らんぷりを決め込み、大きくあくびをして寝てしまった。
「随分と懐かれちゃったな? どうする? 一緒にティナさんを説得してあげようか?」
「う……ん。まあ、しばらくしたらどこかに行っちゃうよ、きっと。それよりも早く稽古しようよ! 稽古!」
「はいはい。しかし、今日はまた随分と張り切ってるんだな」
「うん。三日後の武道大会に出ようと思ってね!」
武道大会。そういえば二日前パティの家に泊めてもらった時、父親のパールさんが言っていた。
年に一度ベネツィの街をあげて開催されるこの大会は一番街、二番街、三番街の各剣術道場に通う子供達がしのぎを削る熱き戦いである。優勝したものは後日タイクーン城の護衛騎士団一日団長として街をパトロールすることが許されており、将来護衛騎士団に入る事を夢見ている子供達の憧れであると。パールさんはそう言っていた。
という事は、パティはトラウマを克服し自信を取り戻せたのか? 昨日の、じろうを守れた事でパティは辛い過去の呪縛から解き放たれたのだろうか。
「おっ! 出るのか⁉︎ 大会。勝負は怖いんじゃなかったのか?」
「ーーーーうん。いざ戦うとなると、まだ少し怖い。胸の奥がゾワゾワする。けど、怖がってちゃ何にも守れないからね。怖がってただ見ているだけなんて絶対嫌だから。僕がなりたい騎士はそんな感じじゃないから」
パティはしっかりとした強い眼差しで俺の事を見る。
本当に強い子だ。この子は。
「よっし。じゃあ、そんなパティ君には稽古をつけると言うよりも、修行を始めてみようか。決して子供向きではない大人の過酷極まりない地獄の修行を……」
俺は両の握りこぶしを鳴らして悪魔的に笑いながらにじり寄る。
「えぇっ⁉︎ 痛いのは嫌だよっ⁉︎」
「気を付けろ……油断すると大怪我どころか、死ぬぞ……」
「死んじゃうのっ⁉︎」
子供らしくオーバーなリアクションをとってくれるパティに、ついつい意地悪してしまいたくなってしまう。
早朝の広場には笑い声が溢れ、強くなろうとする少年は日々努力をする。街を照らす太陽は暖かく、今日がまた始まっていく。
少年の頭で眠るじろうはまだ起きない。
あの後、パティ達の無事を確認し、植え込みの中の保護者達も感きわまる中、静かに解散した。
「やりやがったな、あのボウズ」
「ついつい目頭が熱くなってしまったのう……」
「ああ。あの子はもう立派な男だぜ」
「一皮剥けましたね。僕も負けないようにしないとっ」
俺はみんなに丁寧に御礼を済ませ、宿屋に向かい就寝した。
そして今。昨日の騒動の現場であり、少年パティと始めて出会った広場へと来ている。
早朝、小鳥のさえずりが聞こえる中腕を目一杯に広げて伸びをして、ゆっくりとした歩調で広場をぐるりと歩いていると、
「あっ! アニキ!」
予想通りに少年パティが現れた。
アニキ、とな?
「ねえ、聞いてよっ! 昨日ね、稽古の帰りに男の人二人が子猫にイジメられててね、それでね、僕怖かったけど、やめろって言ってね、そしたらね子猫がね、子猫がっ!」
「待て待て待てっ! ちゃんと聞くから落ち着いて話してごらん。話の内容がなんかすごい事になっているようだけれども……」
それにしても、子猫にイジメられる二人組か。ある意味見てみたいものではあるが。
「ーーーーという訳なんだよ!」
と、興奮気味に語るパティ。怖くて怖くて一歩も動けないでいると、ふっと身体の力が抜けていつもの稽古のように身体が勝手に動いていたらしい。そしてやはり、男が宙を舞ったのは道場で習った投げ技を使用したらしく先日の俺との稽古の際、武器を奪われて丸腰状態になったパティはその投げ技を俺に使用するつもりだったらしい。なのであの時、下手をすれば俺もあの二人組同様に宙を舞っていたのかもしれなかった。
「でもね、僕、思ったんだ」
と、パティはやや声のトーンを下げて言う。
「道場の師範から『武術は争うためにあるものじゃない。争いを止めるためにあるものだ』って、よく言われてるんだけど、僕、間違った事しちゃったかなぁ?」
「いいや。何も間違っちゃいない。君は正しい事をした、その結果その子猫は助かった。師範の教え通り見事に争いを止めたんだよ、君は。だから胸を張っていいんだよ?」
「そっか。良かった」
パティの顔にいつもの幼い笑みが咲いた。
「ところで……パティ君」
「ん? なに? どうしたのアニキ」
あ、そうだ。アニキの件もあったんだ。だがしかし、今一番聞きたい事は……。
「その……頭の上の猫はいったい……」
今日この広場に来てからずっと、昨日の話で盛り上がっている最中もずっと、パティのその頭の上には毛足の長い一匹の白い子猫が乗っかっていて、生後半年くらいの未熟で華奢な身体つきでいて、つぶらな瞳をきらきらと輝かせて俺の事を真っ直ぐに見つめている。
「ああ。この子がさっき言った昨日の子猫。名前は、じろうだよ」
「じろう……?」
「うん。じろう。あのままここに置いていくのも少し心配だったから連れて帰ったんだ。それで一日だけでも家で一緒に過ごすんなら名前が必要だろって、母さんが言ったから僕が名前をつけたんだ」
「へぇ……。ん? じゃあ、その……じろうとは今日でお別れなのか?」
「うん。じろうにも家族がいるだろうしね。離れ離れは可哀想だよ」
そう言ってパティは上目遣いで子猫の鼻先を撫でる。子猫は目を閉じてパティの指先の匂いを嗅いでいる。
「さっ、おいで、じろう」
パティは頭から子猫を持ち上げ地面にそっと降ろしてやる。愛おしそうに頭を撫でていて、じろうは尻尾を天に向かってピンっと立ている。
「じゃあね、じろう。バイバイ」
パティの想いが通じたのかじろうは、にゃーと鳴いて一旦体勢を低く構えて再びパティの頭の上に飛び乗ったのである。
じろうはパティの頭にぴったりと張り付くようにしていて、見ようによってはじろうがパティを操縦しているようにも見える。
「あれ? こら、じろう。早く家に帰りな。ほらっ」
パティの言葉にじろうは知らんぷりを決め込み、大きくあくびをして寝てしまった。
「随分と懐かれちゃったな? どうする? 一緒にティナさんを説得してあげようか?」
「う……ん。まあ、しばらくしたらどこかに行っちゃうよ、きっと。それよりも早く稽古しようよ! 稽古!」
「はいはい。しかし、今日はまた随分と張り切ってるんだな」
「うん。三日後の武道大会に出ようと思ってね!」
武道大会。そういえば二日前パティの家に泊めてもらった時、父親のパールさんが言っていた。
年に一度ベネツィの街をあげて開催されるこの大会は一番街、二番街、三番街の各剣術道場に通う子供達がしのぎを削る熱き戦いである。優勝したものは後日タイクーン城の護衛騎士団一日団長として街をパトロールすることが許されており、将来護衛騎士団に入る事を夢見ている子供達の憧れであると。パールさんはそう言っていた。
という事は、パティはトラウマを克服し自信を取り戻せたのか? 昨日の、じろうを守れた事でパティは辛い過去の呪縛から解き放たれたのだろうか。
「おっ! 出るのか⁉︎ 大会。勝負は怖いんじゃなかったのか?」
「ーーーーうん。いざ戦うとなると、まだ少し怖い。胸の奥がゾワゾワする。けど、怖がってちゃ何にも守れないからね。怖がってただ見ているだけなんて絶対嫌だから。僕がなりたい騎士はそんな感じじゃないから」
パティはしっかりとした強い眼差しで俺の事を見る。
本当に強い子だ。この子は。
「よっし。じゃあ、そんなパティ君には稽古をつけると言うよりも、修行を始めてみようか。決して子供向きではない大人の過酷極まりない地獄の修行を……」
俺は両の握りこぶしを鳴らして悪魔的に笑いながらにじり寄る。
「えぇっ⁉︎ 痛いのは嫌だよっ⁉︎」
「気を付けろ……油断すると大怪我どころか、死ぬぞ……」
「死んじゃうのっ⁉︎」
子供らしくオーバーなリアクションをとってくれるパティに、ついつい意地悪してしまいたくなってしまう。
早朝の広場には笑い声が溢れ、強くなろうとする少年は日々努力をする。街を照らす太陽は暖かく、今日がまた始まっていく。
少年の頭で眠るじろうはまだ起きない。
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