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エピソード・オブ・村長
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スライムサッカーをあくまで紳士的に楽しんだ俺は、とある村の入口付近で軽い準備運動をしていた。
大樹に寄り添う村《ガネーシャ》
この村での目標は守備力を強化してくれる《守りのクリスタル》を手に入れる事、それだけだ。
守りのクリスタルは、ガネーシャ村の西側の出入り口付近にある青い屋根の小さな民家のタンスの中、一番上の引き出しの中に入っている。
知っている。
100回目だから。
イメージトレーニングをしながら入念に準備運動をして、スタートダッシュの姿勢をとる。
活字では上手く伝わらないだろうが、世界トップクラスのアスリートが見てもドン引きするくらいのクラウチングスタートの姿勢だ。
心の中でスリーカウントを数える。
3、2、1……。
「スッタァァァートォォォ!」
俺は守りのクリスタルを手に入れる為に青い屋根の小さな家に向かって走り出した。
のどかな村の空気を一変させる猛ダッシュ、異変に気付いた村人達はいったい何事だと言わんばかりに一斉にこちらへと視線を投げて振り返り、俺が巻き上げた大量の砂埃をただ見つめる。
しかし、風にすっかり洗われた砂埃の中に当然俺はもういない。
入村からおよそ3秒が経った、視界前方に早くも青い屋根の一部が見えて来た。
よし。今回こそは早いとこ頂いて、さっさと村を後にしてやるぜ!
と、この時の俺はもはや勝った気まんまんでいた。そもそも負けるわけがないと、そう決めつけていた。
え? 誰に対して勝った、負けたの話しかって? おいおいしっかりしてくれたまえよ君…………。
誰って、そりゃあーーーー
「おぉぉぉ待ち下さぁぁぁい! 勇者どのぉぉぉ!」
まさか全力疾走中の俺についてこれる人間などいるはずがないと思っていたけれど、信じられない事に俺の右サイドから何者かが現れた。
「ぬっ…………ぬわにぃぃぃ⁉︎」
予想外の出来事に俺は二度見ーーーーいや。四度見を華麗に決めて声の正体を視界正面に捉えて愕然とする。
俺を呼び止める声の主それは、
ーーーー村長だった。
清潔感のある落ち着いたベージュ色の衣服、血管が浮き彫りになるくらいの痩躯、若干前に倒れつつある腰骨、手には長年使い込まれたアンティークの杖、すっかりと寂しくなった頭部からは汗がひとすじ垂れ落ちた。
そんな村長は全力疾走中の俺を楽々と抜き去り、俺の行く手を阻むように立ちはだかった。また、ブレーキングの際に靴と地面の間で強烈な摩擦が起こりかなりの量の火花が散った気がしたが、あれは気のせいだと信じたい。
ともあれ。
息が切れっ切れの二人が相対す。
「…………はぁ…………はぁ…………」
「…………はぁ…………はぁ…………」
二人とも肩で息をするほどに疲弊しており、とてもではないが喋れる状況ではない。
だがしかし。村長はかなり力強い眼差しで俺をしっかりと睨みつけている。
その力強い眼差しからはっきりと伝わる村長のメッセージ。『ワシの話を聞かずに村を出ようなど何を考えておるのじゃ、このたわけ者!』という村長の想いがひしひしと伝わってくる。
「…………はあ…………はあ…………」
「…………はあ…………はあ…………」
互いに肩を大きく揺らし何も喋れないでいたが、やがて。
「お……お主みたいな……勇者は、はあ……は……初めてじゃ……」
「俺だって……はあ、全力疾走で村に入るなんて……はあ、はじ……初めてだぜ」
「ぜ……全力疾走の勇者なんて、はあ……聞いた事……ないわい……よし、そんな……全力勇者に……はあ、ワシの話を聞かせよう」
またかよ……。
結局、村が出来た経緯とか村自慢の特産物とか、本当にどうでもいい極めてくだらない話(100回目)を延々と一時間近く聞かされる羽目になった。
この話しが嫌だから走り抜けようと思ったんだが、まさか追い抜いて来るとは……なんという強靭な足腰の村長だ。
一通り話し終えた村長は満足げな表情を浮かべ『では気をつけて行きなされ勇者殿』と、いつものセリフを吐いて解放してくれた。
「まったくもう…………」
いつもならブツブツ文句言いながら守りのクリスタルを取りに行くんだが、今回はいつもと行動を変えてみた。
ちらりと村長を横目で見る。
さっきまでの満足げな、嬉しそうな表情は影を潜め何だか物言いたげな、哀しげな表情で俺を見送ろうとしていた。
「…………」
知らなかった、そんな顔で見送ってくれていたのか。
どうしようか、かなり迷ったが俺はーーーー
「どうした村長? まだ何か話したい事でもあるのか?」
と、聞いてみた。
するとさっきまで沈んでいた村長の表情がパッと華咲き、驚きと喜びが一挙に押し寄せたようにしどろもどろになりつつ俺に言う。
「えっ!? ああ……いや、その、何でもないんじゃ。ただの老人の世迷い言……と言うか何というか……ホッホッホ……」
「何だよ、まだ話しがあるんなら聞かせてくれよ! 村長!」
言って、俺は流石に立ち話は疲れたので、大樹の根元に移動して根っこの部分にどっかりと腰を下ろした。村長も戸惑い気味にゆっくりと腰を下ろして俺に向き合う。
俺たちの遥か頭上では嘘のように巨大な大樹の葉がゆらゆらと風に揺れている。
「で? どんな話しなんだい?」
村長は今までに聞いた事の無い話を始めた。
大樹に寄り添う村《ガネーシャ》
この村での目標は守備力を強化してくれる《守りのクリスタル》を手に入れる事、それだけだ。
守りのクリスタルは、ガネーシャ村の西側の出入り口付近にある青い屋根の小さな民家のタンスの中、一番上の引き出しの中に入っている。
知っている。
100回目だから。
イメージトレーニングをしながら入念に準備運動をして、スタートダッシュの姿勢をとる。
活字では上手く伝わらないだろうが、世界トップクラスのアスリートが見てもドン引きするくらいのクラウチングスタートの姿勢だ。
心の中でスリーカウントを数える。
3、2、1……。
「スッタァァァートォォォ!」
俺は守りのクリスタルを手に入れる為に青い屋根の小さな家に向かって走り出した。
のどかな村の空気を一変させる猛ダッシュ、異変に気付いた村人達はいったい何事だと言わんばかりに一斉にこちらへと視線を投げて振り返り、俺が巻き上げた大量の砂埃をただ見つめる。
しかし、風にすっかり洗われた砂埃の中に当然俺はもういない。
入村からおよそ3秒が経った、視界前方に早くも青い屋根の一部が見えて来た。
よし。今回こそは早いとこ頂いて、さっさと村を後にしてやるぜ!
と、この時の俺はもはや勝った気まんまんでいた。そもそも負けるわけがないと、そう決めつけていた。
え? 誰に対して勝った、負けたの話しかって? おいおいしっかりしてくれたまえよ君…………。
誰って、そりゃあーーーー
「おぉぉぉ待ち下さぁぁぁい! 勇者どのぉぉぉ!」
まさか全力疾走中の俺についてこれる人間などいるはずがないと思っていたけれど、信じられない事に俺の右サイドから何者かが現れた。
「ぬっ…………ぬわにぃぃぃ⁉︎」
予想外の出来事に俺は二度見ーーーーいや。四度見を華麗に決めて声の正体を視界正面に捉えて愕然とする。
俺を呼び止める声の主それは、
ーーーー村長だった。
清潔感のある落ち着いたベージュ色の衣服、血管が浮き彫りになるくらいの痩躯、若干前に倒れつつある腰骨、手には長年使い込まれたアンティークの杖、すっかりと寂しくなった頭部からは汗がひとすじ垂れ落ちた。
そんな村長は全力疾走中の俺を楽々と抜き去り、俺の行く手を阻むように立ちはだかった。また、ブレーキングの際に靴と地面の間で強烈な摩擦が起こりかなりの量の火花が散った気がしたが、あれは気のせいだと信じたい。
ともあれ。
息が切れっ切れの二人が相対す。
「…………はぁ…………はぁ…………」
「…………はぁ…………はぁ…………」
二人とも肩で息をするほどに疲弊しており、とてもではないが喋れる状況ではない。
だがしかし。村長はかなり力強い眼差しで俺をしっかりと睨みつけている。
その力強い眼差しからはっきりと伝わる村長のメッセージ。『ワシの話を聞かずに村を出ようなど何を考えておるのじゃ、このたわけ者!』という村長の想いがひしひしと伝わってくる。
「…………はあ…………はあ…………」
「…………はあ…………はあ…………」
互いに肩を大きく揺らし何も喋れないでいたが、やがて。
「お……お主みたいな……勇者は、はあ……は……初めてじゃ……」
「俺だって……はあ、全力疾走で村に入るなんて……はあ、はじ……初めてだぜ」
「ぜ……全力疾走の勇者なんて、はあ……聞いた事……ないわい……よし、そんな……全力勇者に……はあ、ワシの話を聞かせよう」
またかよ……。
結局、村が出来た経緯とか村自慢の特産物とか、本当にどうでもいい極めてくだらない話(100回目)を延々と一時間近く聞かされる羽目になった。
この話しが嫌だから走り抜けようと思ったんだが、まさか追い抜いて来るとは……なんという強靭な足腰の村長だ。
一通り話し終えた村長は満足げな表情を浮かべ『では気をつけて行きなされ勇者殿』と、いつものセリフを吐いて解放してくれた。
「まったくもう…………」
いつもならブツブツ文句言いながら守りのクリスタルを取りに行くんだが、今回はいつもと行動を変えてみた。
ちらりと村長を横目で見る。
さっきまでの満足げな、嬉しそうな表情は影を潜め何だか物言いたげな、哀しげな表情で俺を見送ろうとしていた。
「…………」
知らなかった、そんな顔で見送ってくれていたのか。
どうしようか、かなり迷ったが俺はーーーー
「どうした村長? まだ何か話したい事でもあるのか?」
と、聞いてみた。
するとさっきまで沈んでいた村長の表情がパッと華咲き、驚きと喜びが一挙に押し寄せたようにしどろもどろになりつつ俺に言う。
「えっ!? ああ……いや、その、何でもないんじゃ。ただの老人の世迷い言……と言うか何というか……ホッホッホ……」
「何だよ、まだ話しがあるんなら聞かせてくれよ! 村長!」
言って、俺は流石に立ち話は疲れたので、大樹の根元に移動して根っこの部分にどっかりと腰を下ろした。村長も戸惑い気味にゆっくりと腰を下ろして俺に向き合う。
俺たちの遥か頭上では嘘のように巨大な大樹の葉がゆらゆらと風に揺れている。
「で? どんな話しなんだい?」
村長は今までに聞いた事の無い話を始めた。
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