婚約破棄された男爵令嬢〜盤面のラブゲーム

清水花

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終章 私達の物語

18 最果ての地

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 空を行くシンクロバードをぼんやりと眺めながら、私は右手を天高く掲げて指を弾きます。

 乾いた音が辺りに響き渡ります。

 ですが、残念な事に空を行くシンクロバードの群れには何の変化も見られず私の頭上を次々と飛び去っていきます。

 失敗、ですね。

 また今度見かけた時は成功するといいな。

 私が密かに落胆していると、突如後方から悲痛な悲鳴があがります。

「ーーーーいやぁぁぁ!」

 ジェシカ様のものと思しき悲鳴が聞こえた途端、私はすぐさまジェシカ様のお姿を探します。

 不安に駆られた私でしたが、視線の先、つい先ほどいらした場所にジェシカ様は今も変わらずに立っていました。

 そのお姿を見てホッと胸を撫で下ろす私でしたが、なんだかジェシカ様のご様子が明らかに変です。

 鮮やかに彩られたエメラルドグリーンのドレスに身を包んだジェシカ様はご自身の両手を見つめ震えています。

「えっ……」

 そこでようやくジェシカ様の身に起きた変化に気付きました。

 鮮やかなエメラルドグリーンのドレス、それ自体が発光しているような見事な金色の髪、そしてそれらを塗り潰すような見慣れない白。

 ジェシカ様の頭部や上半身を覆うほどのその白はーー、

「ーーうわっ! 糞だ! あいつら糞落としていきやがった!」

 ある男性がそう騒ぎ立てます。

 シンクロバードとはその見事なまでの一糸乱れぬ集団行動をするからこそ、シンクロバードと呼ばれているのです。

 そうーー今回、シンクロバード達が見せた芸術的な集団行動とはかなりの集中力と精度を持って行われたそういった物事であって、そして今回、運悪くその中心にいたのがーーーー

「ーーいやぁぁぁ! ちょっ! これっ、これぇぇぇ! 誰かぁぁぁ!」

 ジェシカ様はすっかりと変わり果てたお姿で助けを求め彷徨いますが、ジェシカ様を中心として人混みが離れていくので一向にその距離は縮まりません。

「誰か……殿下……ベオウルフ……誰でもいいからっ! 助けてぇぇぇ!」

 ジェシカ様の悲痛な叫びは太陽が燦々と照らすよく晴れた青空へと吸い込まれていきます。

「ーーローレライ嬢。少し、よいかな?」

「はい?」

 突然、背後から話しかけられ咄嗟に振り向くと、そこにはあろうことかハルバート・ウィンチェスター陛下とミルザ・ウィンチェスター陛下が仲睦まじく立っていらっしゃいました。

「ーーーーっ⁉︎」

 私は大慌てでカーテシーとお辞儀が入り混じった変テコな動きのご挨拶をし、混乱する頭で乱雑に並べられた言葉を口にします。

「ーーはっ、始めまして御両陛下様……。私はポーンドット男爵の娘、ローレライでございます。あの……えっと……その……」

「ーーはははっ! そう固くならんでもいい、楽にしてくれ」

「お上品なのね、ローレライ嬢」

「いえ……そんな……」

 大変です! 両陛下に笑われてしまいました! 帰ったら絶対にお父様に叱られてしまいます! ポーンドット家始まって以来の一大事です! 私の人生がかかった一大事です!

 慌てふためく私をよそに、国王陛下のハルバート様は穏やかな笑みを浮かべて口を開きます。

「話は大方聞かせて貰ったよ。大変だったね……ローレライ嬢。まさかジェシカ嬢があのような事を考えていたとは……どうやら息子とジェシカ嬢の縁談も振り出しに戻りそうだ……いやはや困ったものだな……」

「キングスもまだ若いのですから、縁談に関してはそう急がずともよろしいではないですか。あの子を、この国を、心の底から愛して守ってくださる方をもう一度じっくり時間をかけて探せばそれで……ほら、ローレライ嬢のように若くともしっかりとした気品あるお嬢さんもいるのだから……」

「ーーふむ、確かに……。皆が口々に噂している《うら若き聖母》ならキングスも納得してくれるやも知れん。それに民達も、いくら急な話とは言え何の疑問も抱かず喜んでくれるかもしれないな」

「ーーえっ? えっ? えっ⁉︎」

「とはいえ、決めるのはあくまでも当人達次第だからな……」

「そうですわね……」

「父上、母上!」

「おぉ。キングス、ちょうどお前の話をしていたところだ、こっちへ来なさい」

「いかがなされたのです?」

「実はな、ローレライ嬢とお前のーー」

「もちろんゆっくりと考えていいのよ。そもそもローレライ嬢に意中のお相手がいないと決まった訳ではないのだし……あなたとしてはどうなの? ローレライ嬢のようなお嬢さんは……」

「はい。今日初めてきちんとお話したのですが、ローレライ嬢は噂通りのーー、私としても気になっていたので後で改めてお声がけをーー、しかしあまりにも急な話なのでまずは友人としてそれからーー、お二人はそれを許してくださいますか?」

「あぁ。お前がそれを望むのならそれが一番だ」

「しっかりと二人で話してみなさい」

「ーーありがとうございます!」

「えっ? えっ? えっ?」

「ローレライ嬢。私は今日、ここであなたと出会えて本当に良かったーー、もしよろしければ今後私とーー」

「ーーえぇっ⁉︎」

「やはり……あなたのような素敵な女性の事だ、他の男性諸君も黙ってはいませんよね。すでに心に決めた男性がーー」

「あ……いや……えっと……その……あの……」

「ーーーー万が一という事もある! ローレライ嬢、君の想い人とはもしかしてこの僕ではーー」

「べッ、べオウルフ卿! まさか君がっ⁉︎」

「あれほど格好付けた事を言っておきながら、ローレライ嬢の想い人が僕かもしれないという可能性をどうやっても捨て切れなかった。だからここできちんと言っておく。ローレライ嬢! 僕の事を少しでも気に入ってくれたのなら今、この瞬間から僕とお付き合いして下さい!」

「ーーなっ⁉︎ ずるいぞっ! ベオウルフ卿っ! その考えでいけば私は君よりも前にローレライに目をつけていたんだっ! 確かに容姿では君に劣るかもしれないが、ローレライに対する愛は君よりもこのアレクの方が勝っている!」

「いやいや、私なんかーー!」

「私なんてこの歳で初めて恋をーー」

「若いもんには負けられん! ワシなんかーー」

「西洋の占いでは、私とローレライ嬢の相性はーー」

「朝の花占いの結果ではなーー」

「私など、すでにローレライ嬢との新居をーー」

「えっ⁉︎ えっ⁉︎ えぇっ⁉︎ えーっ⁉︎」

「ーーこらこら、少しは落ち着きなさい……ローレライ嬢が困り果てているぞ……」

「「「「「うぅ……」」」」」

 ハルバート陛下のそんな一言に、それまで収拾がつかぬほど騒がしかった周辺が驚くほど静まり返りました。

「それでーーローレライ嬢。意中の相手とは、この中にいるのだろうか? 王族、公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵、騎士爵ーー揃いも揃っているようだが。君はどこを最果ての地とするのかな? いや……最果てへと辿り着いた君は何に成るのか、と言うべきか……」

「私は……」

「私は?」

「私の想いはーーーー」



 


 

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