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終章 私達の物語
14 驚天動地
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私の左の頬で衝撃が弾け、私の身体はその場に崩れ落ちます。
もともと、ジェシカ様から冷たい視線を浴びせられたあの時点で立っているのがやっとの状態だった私の身体は、まるで糸が切れた人形のように重力に逆らう事なく脆く、頽れました。
「ーー目障りなのよ! 耳障りなのよ! あんたの全てが! 身分も弁えない、弱小貴族が! 私の舞台に立たせてあげたって言うのに、厚かましくも私の場所を奪おうとして! 卑しいわ! あなたは名前の通り最弱のポーンなんだから、盤面を必死に逃げ回りながら隅の方で震えていればそれでいいのよ。他の駒の餌になっていればそれで良かったのよ。それなのに厚かましく図々しくも、ベオウルフに色目まで使ったりして……べオウルフに好きだって言われたのはそもそも私なのよ! それにさっき殿下から何だかいい感じに褒められて調子に乗っているようだし、身の程知らずもそこまでいけば気持ちがいいわ! けれど残念、男も権力も! 全てあんたの手には入らない! 殿下は私と結婚し、私は王妃となる。陛下がいないと何ひとつ自分で決められない殿下はゆっくりと時間をかけて私が丸め込んで見せるわ! そうなれば事実上この国の支配者は私って事よね! けれど全てが思い通りになった訳じゃない……殿下が、殿下の容姿があれじゃなく、ベオウルフだったなら完璧だった。むしろ、ベオウルフが王太子としてこの国に生まれていればそれで良かったのにっ! 私に相応しい容姿と力を持っていればそれで……でも、そんなに上手くはいかないものよね。国が、この国が手に入るのなら多少の我慢くらいはしてあげるわ。あっはははは! だからローレライ! あなたがどれほど頑張ろうと私には到底敵わないし、あなたが私に勝つだなんて事はこの先、絶対にあり得ないのよっ! あっははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははーー」
「…………」
私は自然と溢れ出る涙を拭い、立ち上がります。打たれた頬がひどく熱を帯びて鈍い痛みとともに疼きます。
すぐ目の前ではジェシカ様がアリーお姉様から頂いた例の黒く染まった扇子を宙で翻し楽しそうに笑います。
「ーーっ! 嫌っ!」
ですが、
次の瞬間、ジェシカ様はハッと我に帰ったような素振りを見せると扇子を放り投げ、胸の前で両手を握りなぜだか怯え始めました。
放り投げられた扇子が地面を滑り、私の元へと戻って来ました。
私はすぐさまその扇子を拾い上げ、付着した土埃を優しく手で振り払います。すると、先ほどまで怖いくらいに黒かった扇子は、今は元通りの落ち着いた大人の雰囲気を放つ至って普通の黒へと戻っていたのです。
目の……錯覚だったのでしょうか? あれほど、恐怖を覚えるほどに黒く染まっていたのに……いったい、なぜ?
扇子がもとの黒さを取り戻した事で、庭園の空気感も元の状態へと戻ったように感じます。そう思うのはどうやら私だけではなく、周辺の方々も空気感の変化を感じ取っているようで、皆さん少しずつ思い思いの行動を起こし始めました。
「ーーなっ、なんだったんだ……? 今の……」
「ジェシカ様が言っていたことは……あれはいったいどういう意味なんだ……」
「いったい、何がどうなって……」
「そうだロ……ローレライ嬢は……ローレライ嬢は無事なのか?」
「ジェッ……ジェシカ……?」
明らかにうろたえたご様子の殿下が一歩一歩、ゆっくりとジェシカ様の元へと歩み寄ります。
「あっ……あぁ……」
ジェシカ様は自身の身体を両手で抱きしめるようにしながら、小さく震えています。心底恐ろしい思いをした子供のようにカタカタと震えながら。
「ジェシカ……今のはいったい……」
「殿下……わ、私……今のは……今のは、その……」
ジェシカ様は怯えた瞳をあちらこちらへ落ち着きなく彷徨わせ、完全に混乱しているご様子です。
そして、ジェシカ様は私の顔を捉えるなりこう言い放ったのです。
「今のは……今のはローレライが無理やり私に言わせたんですーー」
もともと、ジェシカ様から冷たい視線を浴びせられたあの時点で立っているのがやっとの状態だった私の身体は、まるで糸が切れた人形のように重力に逆らう事なく脆く、頽れました。
「ーー目障りなのよ! 耳障りなのよ! あんたの全てが! 身分も弁えない、弱小貴族が! 私の舞台に立たせてあげたって言うのに、厚かましくも私の場所を奪おうとして! 卑しいわ! あなたは名前の通り最弱のポーンなんだから、盤面を必死に逃げ回りながら隅の方で震えていればそれでいいのよ。他の駒の餌になっていればそれで良かったのよ。それなのに厚かましく図々しくも、ベオウルフに色目まで使ったりして……べオウルフに好きだって言われたのはそもそも私なのよ! それにさっき殿下から何だかいい感じに褒められて調子に乗っているようだし、身の程知らずもそこまでいけば気持ちがいいわ! けれど残念、男も権力も! 全てあんたの手には入らない! 殿下は私と結婚し、私は王妃となる。陛下がいないと何ひとつ自分で決められない殿下はゆっくりと時間をかけて私が丸め込んで見せるわ! そうなれば事実上この国の支配者は私って事よね! けれど全てが思い通りになった訳じゃない……殿下が、殿下の容姿があれじゃなく、ベオウルフだったなら完璧だった。むしろ、ベオウルフが王太子としてこの国に生まれていればそれで良かったのにっ! 私に相応しい容姿と力を持っていればそれで……でも、そんなに上手くはいかないものよね。国が、この国が手に入るのなら多少の我慢くらいはしてあげるわ。あっはははは! だからローレライ! あなたがどれほど頑張ろうと私には到底敵わないし、あなたが私に勝つだなんて事はこの先、絶対にあり得ないのよっ! あっははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははーー」
「…………」
私は自然と溢れ出る涙を拭い、立ち上がります。打たれた頬がひどく熱を帯びて鈍い痛みとともに疼きます。
すぐ目の前ではジェシカ様がアリーお姉様から頂いた例の黒く染まった扇子を宙で翻し楽しそうに笑います。
「ーーっ! 嫌っ!」
ですが、
次の瞬間、ジェシカ様はハッと我に帰ったような素振りを見せると扇子を放り投げ、胸の前で両手を握りなぜだか怯え始めました。
放り投げられた扇子が地面を滑り、私の元へと戻って来ました。
私はすぐさまその扇子を拾い上げ、付着した土埃を優しく手で振り払います。すると、先ほどまで怖いくらいに黒かった扇子は、今は元通りの落ち着いた大人の雰囲気を放つ至って普通の黒へと戻っていたのです。
目の……錯覚だったのでしょうか? あれほど、恐怖を覚えるほどに黒く染まっていたのに……いったい、なぜ?
扇子がもとの黒さを取り戻した事で、庭園の空気感も元の状態へと戻ったように感じます。そう思うのはどうやら私だけではなく、周辺の方々も空気感の変化を感じ取っているようで、皆さん少しずつ思い思いの行動を起こし始めました。
「ーーなっ、なんだったんだ……? 今の……」
「ジェシカ様が言っていたことは……あれはいったいどういう意味なんだ……」
「いったい、何がどうなって……」
「そうだロ……ローレライ嬢は……ローレライ嬢は無事なのか?」
「ジェッ……ジェシカ……?」
明らかにうろたえたご様子の殿下が一歩一歩、ゆっくりとジェシカ様の元へと歩み寄ります。
「あっ……あぁ……」
ジェシカ様は自身の身体を両手で抱きしめるようにしながら、小さく震えています。心底恐ろしい思いをした子供のようにカタカタと震えながら。
「ジェシカ……今のはいったい……」
「殿下……わ、私……今のは……今のは、その……」
ジェシカ様は怯えた瞳をあちらこちらへ落ち着きなく彷徨わせ、完全に混乱しているご様子です。
そして、ジェシカ様は私の顔を捉えるなりこう言い放ったのです。
「今のは……今のはローレライが無理やり私に言わせたんですーー」
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