婚約破棄された男爵令嬢〜盤面のラブゲーム

清水花

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終章 私達の物語

1 知られざる過去

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「ジェシカ・キラークイーン……それがあの子の本当の名前よ」

「本当の……名前。でも……それはいったいどういう……?」

「端的に言って、あの子は公爵家の正当な子供ではないの」

「えっ……」

「アヴァドニア公爵夫妻は長年子宝に恵まれず、ずっと頭を抱えていたらしいわ。それ自体は大して珍しい事ではないのだけれどね……」

「…………」

「そのまま数年が経ち、周囲の人間が心配する中、遂に公爵婦人が身籠ったと発表があった。みんな心の底から祝福し、盛大なパーティーも開かれたんだとか……そしてその後、赤ん坊のジェシカ・ユリアンは皆の前に姿を見せた……」

「それなら間違いなく、公爵夫妻の子供なのではないですか?」

「表向きには、ね。けれど、真実は違う。公爵婦人はそもそも妊娠なんてしていなかったらしいわ……」

「…………」

「ーーというのも妊娠の発表がある少し前の事、公爵邸に賊が侵入したらしいのよ。その賊は夜に公爵邸へと忍び込み金品を盗みだそうとしたのだけれど、すぐに使用人に見つかり敢え無く捕まったーー。その賊を縛り上げ問い詰めたところ、どうやらその賊は元々隣国で山賊まがいの事をやっていたらしいのよ。それが最近では山に近付く者も少なくなったから、仕方なくアヴァドニア邸に忍び込んだんですって……。怖い話ね」

「…………」

「ーーで、男の処分をどうしたものかと考えあぐねていると突然、屋敷内に赤ん坊を抱いた女性が泣きながら現れアヴァドニア公爵閣下に縋りついた。話を聞くとその女性は捕まった賊の妻とその子供で、何でもいう事を聞くから見逃してくれと訴えかけたんですって……」

「…………」

「当然、賊を許す義理なんてないし即刻その場で斬り捨てても良かったのでしょうが、アヴァドニア公爵様は賊に対しとある提案をしたそうよ……」

「……っ! まさか、赤ん坊を……」

「そうね……。子宝に恵まれなかったアヴァドニア公爵閣下の目にその赤ん坊がどのように映ったのかは、私には分かり兼ねるけれど……」

「じゃあ……その赤ん坊が……」

「ーーええ。今でいう、ジェシカ・ユリアンという訳よ」

「そっ、そんな……ですが、そんな話は一度だって聞いた事が……」

「もちろん、公にはされていないからあなたが知らないのは無理もないわ。知っているのはこの国の王族とほんの一部の貴族だけ……」

「では……ジェシカ嬢の御両親……本当の御両親は今どうしていらっしゃるんですか?」

「アヴァドニア公爵領で人知れず暮らしているらしいわ」

「ジェシカ様はその事をご存知なのですか……?」

「いいえ。知らない筈よ……。そもそも知る必要さえないのだから」

「…………」

「まあ、あの子の出生に関しては今はどうだっていいのよ。私が話したいのはそんな事じゃない……」

「……?」

「あの日、うちの薔薇園で行ったお茶会を覚えている? 私とあなたと……五人で行ったあのお茶会……」

「はい……」

「あれは悪意に満ちたくだらない茶番で、私達は皆ただ踊らされていただけなのよ……」

「……?」

「あの日、あのお茶会を計画し支配していたのはーージェシカ・ユリアンよ」

「えっ……」

「全部、あの子の頭の中で思い描かれたシナリオなの。私達の行動も、発言も、メイドが入室するタイミングも、あなたにふるわれた暴力も、全て……」

「ーーっ⁉︎」

「あの子、途中で退席したじゃない?」

「はっ、はい……」

「あれ、実は見ていたのよ……」

「……見ていた?」

「ーーそう。薔薇園の外から一箇所だけ中が見える場所があってね……あの子、そこから私達の事をずっと見ていたのよ」

「…………」

「ーーふふっ、信じられないといった風ね。あまりにも突然な話だし、そもそも私には信頼がないのだからそう思うのは無理もないわ。だから、今の話を信じるかどうかはあなたが決めればいい。それに、たとえあの子が計画したお茶会だったとしても、それを実際に開催しあなたに暴力を加えたのは紛れもなく私なのだから……ごめんなさいね、ローレライ。立場上あの子に逆らえない部分があるから断れなかったの……。きっと神様が天から見ていたのね、だから私はこんな怪我を負ったのよ……自業自得だわ」

「…………」

「それにしてもーー自分の手は決して汚さず、それでいて信頼はちゃっかりと得ている。さすがよね。まさに盤面に君臨するクイーンそのものだわ……」

「ごめんなさい、ベアトリック様……」

「……?」

「今の話……信じられません」

「そう……」

「…………」

「…………」

「でも……信じます」

「…………」

「…………」

「……ありがとう」

 言って、ベアトリック様は包帯の隙間からわずかに見える口角を少しだけ上げたような気がしました。


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