婚約破棄された男爵令嬢〜盤面のラブゲーム

清水花

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4章 おまじないがもたらすモノ

22 侍女の侍女

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「ローレライ嬢、私達のお茶をお願いします」

「ローレライ嬢、そこにゴミが落ちています。取り除いてください」

「ローレライ嬢、日射しが強すぎます。カーテンを閉めてください」

「ローレライ嬢、一階の物音が騒がしいです。静かにさせてください」

「ローレライ嬢、薬草の匂いが気になります。煎じるのならどこか他でやってください

「ローレライ嬢、私達は少し仮眠をとります。お嬢様に変化があったら知らせてください」

「……はい」

 昨日、ベアトリック様が急遽ポーンドット家の屋敷に運ばれて私の部屋で共に過ごすようになってから、ニルヴァーナ公爵邸から侍女の方お二人が派遣されて来ました。

 ナリスさんとナーシャさんというお二人はベアトリック様が生まれた頃からずっとニルヴァーナ公爵邸で働いていた大ベテランのようで、すごく自信に満ち溢れた方々です。

 そんなお二人に今日もあれやこれやとお願いを頼まれて、私はそれらを必死にこなしています。

 ですから、今現在の私はベアトリック様の身の回りのお世話をする侍女の方の身の回りのお世話をする侍女と言った感じでしょうか? 

 少しややこしいですね。

 けれど、仕方ありません。ベアトリック様がこうなってしまったのはいくら間接的と言っても私の責任ですし、怪我をし苦しんでいるのならそれを助けるのはごく自然な当たり前の事ですから。

 ですからこれでいいんです。

 それに、色んな管を身体に取り付けられ、髪を切られ傷口を縫い付けられたあまりにも痛々しいベアトリック様のお姿が目の前に現実としてあるんです。余計な事を考えている場合ではありません。

 私は静まり返った自室で本棚に向かい立ったまま本の内容に視線を走らせていると、部屋のドアが小さくノックされました。

「ーーはい。アンナ?」

「はい。お嬢様、紅茶をお持ちしました」

「あ、ありがとう。入って」

「失礼しますーーって、えぇっ⁉︎」

 アンナは部屋の一角を見るなり一歩分後退りながら、驚きの一声をあげます。

 アンナの身体の動きに連動して、トレイに乗った紅茶のカップがカチャリと音を立てます。

 昔の、この屋敷に来てくれたばかりの頃のアンナなら間違いなく今のでトレイごと全てをひっくり返していたでしょう。

 そう考えると、アンナってすごい成長を遂げていますね。

「しー……」

 私は自身の口の前に人差し指を立てて、静かにするようアンナにサインを送ります。

「お嬢様、これって……」

「ええ……。そうなの」

 アンナが見つめる方向、そこには痛々しくベッドに横たわるベアトリック様のお姿と、ほんの僅かに空いたベッドのスペースで添い寝する侍女の方のお姿があったのです。

「えーっと……。この方々はなぜ寝ているんですか?」

「仮眠をとるって言って……。疲れちゃったんじゃない?」

「疲れたって……この人達って大した仕事してないですよね? お茶飲んで、お菓子食べて、お嬢様にあれこれやらせてばかりで……この人達って結局何しに来たんですか?」

「そっ、それは……」

「私が一度、怒鳴ってやりましょうか⁉︎」

「それはダメッ! 絶対にダメッ!」

「何でですか? いいじゃないですか。それにだいたいこの人達、他人の家で図々しいんですよ。みんなも言ってますよ? 怪我をした子は可愛そうだが、あの二人に協力してやる義理はないって……結構、怒っています」

「でも……今はほらっ、ベアトリック様が目を覚ましたらすぐに起こすように言われているし、私達とは違って物凄く心配しているだろうから、きっと精神的に病んでしまっているのよ。夜もあまり眠れていないんじゃないかしら……」

「そう……ですか……? まぁ……お嬢様がそう言うんなら……私も別に……」

「えぇ」

 口を尖らせ、とても不満そうな表情を浮かべてアンナはそう言います。

 本人の気持ちとは裏腹に、その表情のアンナはとても可愛らしくもありました。

「じゃあ、私は戻りますね……本当に良いんですか……お嬢様?」

「えぇ、平気よ。ありがとう」

「そう……ですか……。あ、これ紅茶、あとで下げにくるので飲み終わったらその辺に置いててください」

 トレイごと紅茶を受け取り、置き場を探して視線を部屋中に走らせます。

「えぇ、分かったわ。ありがとうね、アンナ。ご苦労様」

「いえ、失礼しますーー」

 アンナが部屋のドアを開けようとノブを回した事で金属が擦れる音が僅かに部屋に響きます。

 すると、

「ーーなんです、先ほどから! 騒がしいですよ! 仮眠しているのが分からないのですかっ⁉︎」

 侍女のナリスさんが声を荒らげます。

「……っはぁ?」

 と、

 アンナは今まで一度だって聞いたことのない低い声で、唸るようにそう言ったのでした。







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