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4章 おまじないがもたらすモノ

15 暴馬と悲鳴

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 カラカラカラカラカラーー

 小気味の良い馬車の車輪の音が鳴り響く中、お父様は満足気に先ほどの馬車の修理内容についての話をしてくださいました。

 お父様の話ではナイトハルト様の乗っていた馬車は車輪のメイン軸がひどく磨耗しており、完璧に修理するには大掛かりな作業が必要との事でした。なので、不具合が起こった箇所に応急処置を施し屋敷に帰るくらいの距離なら走れるように上手く工夫したのだとか。

 私にはよく分からない内容の話なのですが、要約すると部品の寿命だったという事なのでしょうか。

 けれど、ナイトハルト様の屋敷まではどうにか帰る事はできるとお父様が言っていたので、一抹の不安は拭いきれませんがとりあえず大丈夫なようで安心しました。

 人助けが趣味といったところがあるお父様は本当に嬉しそうに笑います。まして今回は馬車の車輪という木製の品の修理ですから、まさにお父様の出番でしたね。

 ここでもし、お父様の先生とも言えるノルマンディー侯爵閣下が今回の修理を請け負っていたら大変な事になっていたのでしょうね。

 凄すぎる才能や技術は理解の範疇を軽く超えてしまいますから。

 最悪の事態に至らずに済んだ事にホッと胸を撫で下ろしつつ窓の外の景色に視線を向けると、そこにはいつの間にか見慣れた広大なジャガイモ畑が広がっていました。

 ポーンドット家のお屋敷まであと数分といったところでしょうか?

 屋敷に帰り自室でどんな本を読もうかと考えを巡らせていると、私達が乗る馬車の後方から激しく大地を叩く馬の蹄の音が聞こえてきました。

 地響きまでこちらに伝わってきそうな、そのあまりの迫力に私とお父様は同時に互いの顔を見合わせ、いったい何が起きたのかと辺りの様子を伺うため窓の外に視線を走らせます。

 ですが、視線の先には当たり前に広大なジャガイモ畑が広がっているばかりで何の変哲もありはしません。

 間隔の短い荒々しい蹄の音はどんどんとその勢いと大きさを増しながら迫ってきます。

 迫りくる蹄の音が私の鼓膜を叩くたび私の胸の鼓動は際限なく高まり、次第に言い知れぬ恐怖心が私の心を支配し始めました。

 今まで見た事のない山のように大きな馬が恐ろしいほどの勢いでもって、ポーンドット家の馬車を一瞬のうちに踏み潰してしまうのではないか、そう思ったからです。

 そして、遂にそのけたたましい蹄の音がポーンドット家の馬車のすぐ後ろまで差し迫ったその時、

「ーーぐっ、落ち着け!」

「きゃあぁぁぁぁぁ!」

 と、蹄の音に紛れて聞こえてきたのは絞り出すように放たれた鬼気迫る男性の声と恐怖に怯える若い女性の声でした。

 その声を聞き、頭で理解するよりも前に地を叩く蹄の音は私達の乗る馬車の後方から側面、そして前方へと向かって一瞬のうちに駆け抜けていきました。

「ーー今のは……」

「馬車、のようでしたが……」

 急ぎ窓から外を覗くと私達の乗る馬車の前方には、土煙を巻き上げながらまるで地を跳ねるように走る馬車の姿がありました。

「まさか……暴走かっ⁉︎」

 お父様が真剣な面持ちでそう言います。

 そして、それは私自身もそう思った事でした。普段では考えられない速度で駆け抜ける馬車、恐らくは御者の方のものであろう慌てた声、誰にだって伝わる緊迫感、それらどれをとっても答えは明白でした。

 そんな光景を目の当たりにして、否が応でも緊張感が高まる馬車内で私達親子はどうにも手を出せない現状に、歯痒い思いを押し殺しただ見守ることしか出来ませんでした。

 そして、我を忘れたように暴走する馬に引かれた馬車はポーンドット家の周辺に広がる植え込みを容赦なく踏み荒らし敷地内へと侵入すると、屋敷のすぐ隣に並び立つ背の高い木々の方へと向かってその速度をぐんぐんと上げていきました。

 そして、

 腰を抜かしてしまうほどの破裂音を辺りに轟かせ、馬車は木々へと衝突し大破してしまいました。

 拘束具から解き放たれた馬二頭は何事もなかったように明後日の方向へ向かってそれぞれ走り去っていき、私達の目の前で一瞬の間に起きた大惨事は終息を迎え今は嘘のように静まりかえっています。

 カラカラカラと、なぜか普段とは違って悲しそうに鳴る車輪の音を聞きながら私達親子はただ力なく大破した馬車を見つめる事しか出来ませんでした。

 

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