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4章 おまじないがもたらすモノ
3 アリーお姉様
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私は目の前のドアをノックします。躊躇や心配と言ったものからか、弱気なノックになってしまいました。
「ーーはい」
高く澄んだ声の返事が聞こえたところで私はそっとドアを開けました。
普段なら許可もなく部屋に入るような事はしないのですが、このままここで待っていたとしても何の変化もなくただ時間だけが虚しく過ぎてしまうので、私はあえてドアを開けるのです。
ここではそれでいいんです。
部屋へと入りカーテシーをしながら簡単な挨拶の言葉を述べます。
「お久しぶりです、アリーお姉様。変わりなくお元気でしたか?」
「ーーええ。ずいぶんと大きくなったわね、レライ」
「見えて……いるんですか?」
と、突如おかしな事を口にする私でしたがこれにはきちんとした理由があります。
それは今現在、私の視界には綺麗に整理された調度品や家具などが映り込んでいて、中でもひときわ目を引く繊細な造りの豪奢なベッドの上には深い紺色のドレスの一部と白く細い左手と黒いブーツの底だけが見えているからです。
つまりアリーお姉様は今、ベッドの上に大の字で横になっていて私からはそのお顔が見えないのです。ですから、きっとアリーお姉様からも私の姿は見えていない筈なのですが……。
「ええ、残念だけど見えない。そしてーー見ない」
やはり。
物理的に見えないし、見ようとさえしてくれないのですね。
しかし、見たくないと言われないだけまだ少しは救いがありますね。
少なくとも嫌われてはいないようです。
以前お会いした時はとても億劫そうにですが、きちんとベッドから身を起こし座ってお喋りしてくれました。
あれから数年たった今、完全に起き上がってくれなくとも、せめて首をもたげるくらいの事はしてくれるだろうと思っていた私が愚かでした。年々個性が強く激しくなっていくアリーお姉様をあろう事か過小評価してしまっていたようです。
さすがです。これは参りました。もう私なんかでは手の出しようがないほどの領域に入ってしまわれたのですね……。
しかも、私の聞き間違いでなければアリーお姉様はつい先ほど私の名前を略して呼んでいたような気がするのですが……。
愛称という考え方ももちろんあるのですが、今まで他の誰からもそんな風に呼ばれた事なんて無いですし、もちろんアリーお姉様からも一度として呼ばれた事はありません。
それが今日、突然、アリーお姉様にそうやって呼ばれたという事は……きっとそういう事なのでしょう。見てくれないし、きちんと呼んでくれない。
さて、私はいったいどう動いたものか……。
次なる一手が重要なものになる筈です。
その時、
「ーーレライ」
アリーお姉様に呼ばれて私は自然とアリーお姉様が横たわるベッドの右側へと歩み寄ります。
すると、
「ーーああ、そっちはダメ。そっちは今、空いていないの。申し訳ないのだけれど、反対側に回ってくださいな」
「……?」
そう忠告を受けてベッドの左側へと移動し横たわるアリーお姉様の頭の横くらいの位置に立つと、それまでただ真っ直ぐに天井を見つめていた綺麗な瞳をこちらへと向けて、にっとアリーお姉様は笑ったのでした。
「ありがとう、レライ。私の視界に入って来てくれて。とても助かったわ」
「いえ……そんな……」
「私が先に動いてあなたを視界に入れてしまったら、何だか私の負けになっちゃうような気がしたものだから……。だからどうあっても動けなかったの。だからありがとう、レライ」
先に動くと負け? 何だかよく分かりませんが私の知らないところで知らない勝負が行われていて、その結果どうやら私は惜しくも負けてしまったようです。
「…………」
アリーお姉様……なぜそんなに面倒……、個性的な性格になってしまわれたのですか……。昔はもう少し接しやすかったのに、これでは……これでは……。
「ーーっ⁉︎ びっくりした。本当にびっくりした。私、びっくりしちゃったー」
と、私の顔をまじまじと凝視しながらアリーお姉様は言います。
何をそんなに驚いているのでしょう。私の顔に何か付いているのでしょうか? というよりも、驚いているのはむしろ私の方だと声を大にして言いたいくらいです。
「どっ……どうかしました? アリー姉様……」
言いながら、私はほとんど無意識に自身の顔を手で撫でます。
すると、
「亡くなったルクス様と実は親子なんじゃないかってくらいにそっくりになっているし、私が昔掛けたおまじないが消えてしまっているし、もういったい何がどうなっているの⁉︎」
と、珍しく興奮気味にアリーお姉様はそうおっしゃいました。
まあ……実はも何も、私とお母様は普通に親子なのですが……。
「ーーはい」
高く澄んだ声の返事が聞こえたところで私はそっとドアを開けました。
普段なら許可もなく部屋に入るような事はしないのですが、このままここで待っていたとしても何の変化もなくただ時間だけが虚しく過ぎてしまうので、私はあえてドアを開けるのです。
ここではそれでいいんです。
部屋へと入りカーテシーをしながら簡単な挨拶の言葉を述べます。
「お久しぶりです、アリーお姉様。変わりなくお元気でしたか?」
「ーーええ。ずいぶんと大きくなったわね、レライ」
「見えて……いるんですか?」
と、突如おかしな事を口にする私でしたがこれにはきちんとした理由があります。
それは今現在、私の視界には綺麗に整理された調度品や家具などが映り込んでいて、中でもひときわ目を引く繊細な造りの豪奢なベッドの上には深い紺色のドレスの一部と白く細い左手と黒いブーツの底だけが見えているからです。
つまりアリーお姉様は今、ベッドの上に大の字で横になっていて私からはそのお顔が見えないのです。ですから、きっとアリーお姉様からも私の姿は見えていない筈なのですが……。
「ええ、残念だけど見えない。そしてーー見ない」
やはり。
物理的に見えないし、見ようとさえしてくれないのですね。
しかし、見たくないと言われないだけまだ少しは救いがありますね。
少なくとも嫌われてはいないようです。
以前お会いした時はとても億劫そうにですが、きちんとベッドから身を起こし座ってお喋りしてくれました。
あれから数年たった今、完全に起き上がってくれなくとも、せめて首をもたげるくらいの事はしてくれるだろうと思っていた私が愚かでした。年々個性が強く激しくなっていくアリーお姉様をあろう事か過小評価してしまっていたようです。
さすがです。これは参りました。もう私なんかでは手の出しようがないほどの領域に入ってしまわれたのですね……。
しかも、私の聞き間違いでなければアリーお姉様はつい先ほど私の名前を略して呼んでいたような気がするのですが……。
愛称という考え方ももちろんあるのですが、今まで他の誰からもそんな風に呼ばれた事なんて無いですし、もちろんアリーお姉様からも一度として呼ばれた事はありません。
それが今日、突然、アリーお姉様にそうやって呼ばれたという事は……きっとそういう事なのでしょう。見てくれないし、きちんと呼んでくれない。
さて、私はいったいどう動いたものか……。
次なる一手が重要なものになる筈です。
その時、
「ーーレライ」
アリーお姉様に呼ばれて私は自然とアリーお姉様が横たわるベッドの右側へと歩み寄ります。
すると、
「ーーああ、そっちはダメ。そっちは今、空いていないの。申し訳ないのだけれど、反対側に回ってくださいな」
「……?」
そう忠告を受けてベッドの左側へと移動し横たわるアリーお姉様の頭の横くらいの位置に立つと、それまでただ真っ直ぐに天井を見つめていた綺麗な瞳をこちらへと向けて、にっとアリーお姉様は笑ったのでした。
「ありがとう、レライ。私の視界に入って来てくれて。とても助かったわ」
「いえ……そんな……」
「私が先に動いてあなたを視界に入れてしまったら、何だか私の負けになっちゃうような気がしたものだから……。だからどうあっても動けなかったの。だからありがとう、レライ」
先に動くと負け? 何だかよく分かりませんが私の知らないところで知らない勝負が行われていて、その結果どうやら私は惜しくも負けてしまったようです。
「…………」
アリーお姉様……なぜそんなに面倒……、個性的な性格になってしまわれたのですか……。昔はもう少し接しやすかったのに、これでは……これでは……。
「ーーっ⁉︎ びっくりした。本当にびっくりした。私、びっくりしちゃったー」
と、私の顔をまじまじと凝視しながらアリーお姉様は言います。
何をそんなに驚いているのでしょう。私の顔に何か付いているのでしょうか? というよりも、驚いているのはむしろ私の方だと声を大にして言いたいくらいです。
「どっ……どうかしました? アリー姉様……」
言いながら、私はほとんど無意識に自身の顔を手で撫でます。
すると、
「亡くなったルクス様と実は親子なんじゃないかってくらいにそっくりになっているし、私が昔掛けたおまじないが消えてしまっているし、もういったい何がどうなっているの⁉︎」
と、珍しく興奮気味にアリーお姉様はそうおっしゃいました。
まあ……実はも何も、私とお母様は普通に親子なのですが……。
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