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3章 同性愛と崩壊する心
29 性悪
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「まあ、私としてはローレライの方が好みだけどね! にっひひひひ!」
ジェシカ様の放ったそんな一言が私の耳に入った途端、今にも私の中で爆発しそうだった何かが急速にその勢いをなくし跡形もなく消え去りました。
急激な変化を遂げた私の心の中は、さっきまでの騒ぎが今は嘘のように静まりかえっています。
例えるなら、風も吹いていない静かで穏やかな水面のよう。今はそこに嬉しい、という感情の雫が一滴一滴落ちては心地よい波紋を広げているといったところでしょうか。
ジェシカ様の何気ない一言でここまで心の中を掻き乱されてしまうだなんて……自分でも少し怖いくらいです。
「ほぇ? どうかしたの? ローレライ」
小首を傾げジェシカ様は言います。
「いっ、いえ……別に……」
「そう? じゃあ、クッキーも渡した事だしそろそろ屋敷に戻りましょうか。あまり遅くなるとお父様がうるさいし。それでは御機嫌よう、ローレライ嬢。行くわよ、ミーティア」
「ーーーーはい」
ジェシカ様とミーティアさんは踵を返して客間を後にします。
そんなジェシカ様の背中を見ながら歩いていると、途端に寂しさが溢れ出してきます。
呼び止めて、もっと何かお喋りすればもっと一緒にいられる。ずっと幸せな気持ちでいられる。ミーティアさんの代わりに私があそこにいれば毎日毎日ジェシカ様のそばにいられる。死ぬまで永遠に幸せでいられる。そう思っていると、
「あーーそういえば」
ジェシカ様は客間から出る寸前のところで立ち止まりこちらを振り向きました。
輝く金色の髪が宙を舞って甘い香りが辺りに広がります。
「ねぇ、聞いた? ローレライ」
「はい? 何がでしょう?」
「ルークレツィア嬢とアレンビー嬢が大怪我したって話」
「ーーえっ⁉︎」
「私も人伝に聞いただけだから詳しくは知らないんだけど、ルークレツィア嬢は階段から転落して腕と足の骨を折る大怪我を、アレンビー嬢は天井の窓ガラスが突然割れて顔と腕にかなり酷い切り傷を負ったらしいわ。それに眼内にいくつか破片が入ってしまったらしく今は王都の病院に入院しているんですって」
「そっ、そんな! 大丈夫なんですかっ⁉︎ 目にガラス片だなんて、そんな……」
「ーー幸いって言い方も何だか変なんだけど、二人とも命に別状はないって話だから安心して。ある程度怪我が回復したら一緒にお見舞いに行きましょう、ローレライ」
「は、はい……」
「そんなに心配しなくても大丈夫だって! それよりもローレライ自身も怪我しないように注意しないとダメだよ?」
「はい、もちろん……それよりもジェシカ様もミーティアさんも十分お気を付けて下さい……」
「ええ、ありがとう」
「ーーありがとうございます」
再びお二人は踵を返して屋敷を後にしました。
豪奢な馬車がゆっくりと遠ざかっていきます。その姿を見ながら私の胸の中では複雑な想いが渦を巻きます。
手足が折れ苦悶の表情を浮かべるルークレツィア様。
腕や顔のみならず眼球まで切り傷を負ったアレンビー様。
そんなお二人の痛々しいお姿を想像すると、私の身体に未だ生々しく残るあの日の痛みと恐怖がじわりじわりと蘇ってくるようです。
そして、
本当ならこんな事を思うのはいけないのでしょうが、怪我で苦しむお二人を想像するとーー
とても清々しい気持ちになりました。
「ーーあ、お嬢様。お客様は帰られたんですね」
そんな悪魔的な事を考える私の隣でアンナが言います。
「それにしても、すごいお客様でしたね!」
「そうね……」
「男性の方も女性の方もすごく綺麗でびっくりしました。それに、お嬢様とお客様が三人で部屋にいらっしゃる時なんか、まるで別世界を見ているようでした!」
「そう?」
「はい! 何だか綺麗なものだけを集めた夢の国のようで、ずっと眺めていたいと思いましたから! でも、私個人の感想を言わせてもらえればお嬢様が一番お綺麗でしたよ!」
「……ありがとう」
「ん? その袋は何ですか?」
アンナはジェシカ様に頂いたクッキーの入った小袋を見て言います。
「これはーー」
私は咄嗟に袋を後ろに隠すようにして言います。
「本をーー本をお借りしたの」
「お嬢様は本当に勉強熱心ですね。私なんか本を開いたらすぐに眠くなってしまいます。さて……私は掃除に戻らないとーー」
言って、アンナは廊下を小走りします。
ちらりその背中を見送って、自身の性格の悪さに心底嫌気が差した私でした。
ジェシカ様の放ったそんな一言が私の耳に入った途端、今にも私の中で爆発しそうだった何かが急速にその勢いをなくし跡形もなく消え去りました。
急激な変化を遂げた私の心の中は、さっきまでの騒ぎが今は嘘のように静まりかえっています。
例えるなら、風も吹いていない静かで穏やかな水面のよう。今はそこに嬉しい、という感情の雫が一滴一滴落ちては心地よい波紋を広げているといったところでしょうか。
ジェシカ様の何気ない一言でここまで心の中を掻き乱されてしまうだなんて……自分でも少し怖いくらいです。
「ほぇ? どうかしたの? ローレライ」
小首を傾げジェシカ様は言います。
「いっ、いえ……別に……」
「そう? じゃあ、クッキーも渡した事だしそろそろ屋敷に戻りましょうか。あまり遅くなるとお父様がうるさいし。それでは御機嫌よう、ローレライ嬢。行くわよ、ミーティア」
「ーーーーはい」
ジェシカ様とミーティアさんは踵を返して客間を後にします。
そんなジェシカ様の背中を見ながら歩いていると、途端に寂しさが溢れ出してきます。
呼び止めて、もっと何かお喋りすればもっと一緒にいられる。ずっと幸せな気持ちでいられる。ミーティアさんの代わりに私があそこにいれば毎日毎日ジェシカ様のそばにいられる。死ぬまで永遠に幸せでいられる。そう思っていると、
「あーーそういえば」
ジェシカ様は客間から出る寸前のところで立ち止まりこちらを振り向きました。
輝く金色の髪が宙を舞って甘い香りが辺りに広がります。
「ねぇ、聞いた? ローレライ」
「はい? 何がでしょう?」
「ルークレツィア嬢とアレンビー嬢が大怪我したって話」
「ーーえっ⁉︎」
「私も人伝に聞いただけだから詳しくは知らないんだけど、ルークレツィア嬢は階段から転落して腕と足の骨を折る大怪我を、アレンビー嬢は天井の窓ガラスが突然割れて顔と腕にかなり酷い切り傷を負ったらしいわ。それに眼内にいくつか破片が入ってしまったらしく今は王都の病院に入院しているんですって」
「そっ、そんな! 大丈夫なんですかっ⁉︎ 目にガラス片だなんて、そんな……」
「ーー幸いって言い方も何だか変なんだけど、二人とも命に別状はないって話だから安心して。ある程度怪我が回復したら一緒にお見舞いに行きましょう、ローレライ」
「は、はい……」
「そんなに心配しなくても大丈夫だって! それよりもローレライ自身も怪我しないように注意しないとダメだよ?」
「はい、もちろん……それよりもジェシカ様もミーティアさんも十分お気を付けて下さい……」
「ええ、ありがとう」
「ーーありがとうございます」
再びお二人は踵を返して屋敷を後にしました。
豪奢な馬車がゆっくりと遠ざかっていきます。その姿を見ながら私の胸の中では複雑な想いが渦を巻きます。
手足が折れ苦悶の表情を浮かべるルークレツィア様。
腕や顔のみならず眼球まで切り傷を負ったアレンビー様。
そんなお二人の痛々しいお姿を想像すると、私の身体に未だ生々しく残るあの日の痛みと恐怖がじわりじわりと蘇ってくるようです。
そして、
本当ならこんな事を思うのはいけないのでしょうが、怪我で苦しむお二人を想像するとーー
とても清々しい気持ちになりました。
「ーーあ、お嬢様。お客様は帰られたんですね」
そんな悪魔的な事を考える私の隣でアンナが言います。
「それにしても、すごいお客様でしたね!」
「そうね……」
「男性の方も女性の方もすごく綺麗でびっくりしました。それに、お嬢様とお客様が三人で部屋にいらっしゃる時なんか、まるで別世界を見ているようでした!」
「そう?」
「はい! 何だか綺麗なものだけを集めた夢の国のようで、ずっと眺めていたいと思いましたから! でも、私個人の感想を言わせてもらえればお嬢様が一番お綺麗でしたよ!」
「……ありがとう」
「ん? その袋は何ですか?」
アンナはジェシカ様に頂いたクッキーの入った小袋を見て言います。
「これはーー」
私は咄嗟に袋を後ろに隠すようにして言います。
「本をーー本をお借りしたの」
「お嬢様は本当に勉強熱心ですね。私なんか本を開いたらすぐに眠くなってしまいます。さて……私は掃除に戻らないとーー」
言って、アンナは廊下を小走りします。
ちらりその背中を見送って、自身の性格の悪さに心底嫌気が差した私でした。
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