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3章 同性愛と崩壊する心
12 母の価値観
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「母親になるための……準備?」
「ーーーーはい。直接奥様ご本人に確認したわけではありませんから、あくまでも恐らくという事ですが。それが奥様があんなにも頑張っておられた理由ではないでしょうか? 私にはそう思えてなりません。貴婦人としての教育を終えたから、次は母親になるためのお勉強だ、と。そう思われたんじゃないでしょうか? 本来なら必要のないお洗濯の方法を聞いてきたのも母親になるための努力だったのではないでしょうか?」
「…………」
「なんて……私がそう思うのは、他の貴族の方々とは違う奥様の少し変わった一面を知っているからでしょうね……」
「変わった一面?」
「はい。奥様は貴族と平民のあり方について、ずっと疑問を持っておられました。貴族は尊く気高い者、平民はそれらを支えるただの労力。両者は全くの別物でいて、違う存在。これが世の常識である事はお嬢様もご存知の通りです。私自身その事に何の違和感も感じませんし、当たり前の事だと思っています。ですが奥様のお考えは違っていました。貴族と平民はやるべき事が違うだけで、同じ舞台に立っているただの役者でしかない。そんな事をよくおっしゃっていました」
「それは……」
「貴族には貴族の仕事があって、平民には平民の仕事がある。脚本家がいて、演出家がいて、美術家がいて、音楽家がいて、主役がいて、裏方がいて、監督がいる。みんなが集まってひとつの舞台を作り上げる。もし、誰かが抜けるとそれは途端に成り立たなくなる。みんな同じ舞台の役者で、ただの人間でしかない。そこには偉いも強いもないって。今の形は絶対に変だってよく私に話してくれていました。そんな奥様の御言葉は当時の私にはよく理解できませんでしたが、今は少し……分かるような気がします」
マイヤーさんは天井を見上げるようにして、お母様と過ごした日々の記憶を辿っているようでした。
「そんなお考えを持ったお方でしたから、使用人である私の事をまるで姉のように慕ってくれていて毎日色んなお話を聞かせてくれました。ですから……お嬢様がアンナの事をまるで友人のように接するお姿を私としては感慨深い思いで見ていました。お嬢様のお姿がまるで当時の奥様を見ているようでいて、それと同時にアンナの姿が当時の私を見ているように思えてしまうんです。ふふふーーーーなんだか不思議ですね」
言って、マイヤーさんは桶の中のドレスを優しく濯ぐようにします。桶の中ではドレスが気持ちよさそうに泳いでいます。
「ーーーーあっ、それにアップルパイ。奥様にアップルパイの作り方を教えて差し上げたのも私なんですよ」
「そうなんですかっ⁉︎」
「ええ。ある日、旦那様の好物がアップルパイだと知ったらしく私のもとにやってきてこう言ったんです。『アップルパイの作り方はご存知かしら?』と。作り方自体は知っていましたが得意という訳ではなかったので、その日から二人で美味しいアップルパイ作りの研究が始まりました。奥様が小麦粉の袋を床に落としてお互いに頭の先から真っ白になったあの日の事は、昨日の事のように覚えています。お嬢様も奥様と一緒に作られた日の事はよく覚えておいでなのではありませんか?」
「はい。今でも鮮明に覚えています。とても楽しそうに笑うお母様のあの笑顔」
「とても嬉しかったんでしょうね、きっと。我が子と一緒に何かに取り組む事が、我が子に何かを教える事が、自身が母親になれた事が……」
そう言ったマイヤーさんの瞳は、いつもよりもその輝きが増しているように感じました。
それにしても知りませんでした。お母様とマイヤーさんの間にそんな事があったなんて、お二人がそんな関係性だったなんて……。
驚きです。
それじゃあ、まるっきり普段の私とアンナそのものじゃあないですか。
ごく最近の、という意味合いではなく……。
「そうでしたっ! お洗濯ですね。ついつい昔話に夢中になってしまいました。さて、奥様にもお教えしたマイヤーの洗濯術をお嬢様にもご覧にいれましょう!」
マイヤーさんは白い歯を惜しげもなく見せつけてにっこりと笑います。
「ーーーーはい。直接奥様ご本人に確認したわけではありませんから、あくまでも恐らくという事ですが。それが奥様があんなにも頑張っておられた理由ではないでしょうか? 私にはそう思えてなりません。貴婦人としての教育を終えたから、次は母親になるためのお勉強だ、と。そう思われたんじゃないでしょうか? 本来なら必要のないお洗濯の方法を聞いてきたのも母親になるための努力だったのではないでしょうか?」
「…………」
「なんて……私がそう思うのは、他の貴族の方々とは違う奥様の少し変わった一面を知っているからでしょうね……」
「変わった一面?」
「はい。奥様は貴族と平民のあり方について、ずっと疑問を持っておられました。貴族は尊く気高い者、平民はそれらを支えるただの労力。両者は全くの別物でいて、違う存在。これが世の常識である事はお嬢様もご存知の通りです。私自身その事に何の違和感も感じませんし、当たり前の事だと思っています。ですが奥様のお考えは違っていました。貴族と平民はやるべき事が違うだけで、同じ舞台に立っているただの役者でしかない。そんな事をよくおっしゃっていました」
「それは……」
「貴族には貴族の仕事があって、平民には平民の仕事がある。脚本家がいて、演出家がいて、美術家がいて、音楽家がいて、主役がいて、裏方がいて、監督がいる。みんなが集まってひとつの舞台を作り上げる。もし、誰かが抜けるとそれは途端に成り立たなくなる。みんな同じ舞台の役者で、ただの人間でしかない。そこには偉いも強いもないって。今の形は絶対に変だってよく私に話してくれていました。そんな奥様の御言葉は当時の私にはよく理解できませんでしたが、今は少し……分かるような気がします」
マイヤーさんは天井を見上げるようにして、お母様と過ごした日々の記憶を辿っているようでした。
「そんなお考えを持ったお方でしたから、使用人である私の事をまるで姉のように慕ってくれていて毎日色んなお話を聞かせてくれました。ですから……お嬢様がアンナの事をまるで友人のように接するお姿を私としては感慨深い思いで見ていました。お嬢様のお姿がまるで当時の奥様を見ているようでいて、それと同時にアンナの姿が当時の私を見ているように思えてしまうんです。ふふふーーーーなんだか不思議ですね」
言って、マイヤーさんは桶の中のドレスを優しく濯ぐようにします。桶の中ではドレスが気持ちよさそうに泳いでいます。
「ーーーーあっ、それにアップルパイ。奥様にアップルパイの作り方を教えて差し上げたのも私なんですよ」
「そうなんですかっ⁉︎」
「ええ。ある日、旦那様の好物がアップルパイだと知ったらしく私のもとにやってきてこう言ったんです。『アップルパイの作り方はご存知かしら?』と。作り方自体は知っていましたが得意という訳ではなかったので、その日から二人で美味しいアップルパイ作りの研究が始まりました。奥様が小麦粉の袋を床に落としてお互いに頭の先から真っ白になったあの日の事は、昨日の事のように覚えています。お嬢様も奥様と一緒に作られた日の事はよく覚えておいでなのではありませんか?」
「はい。今でも鮮明に覚えています。とても楽しそうに笑うお母様のあの笑顔」
「とても嬉しかったんでしょうね、きっと。我が子と一緒に何かに取り組む事が、我が子に何かを教える事が、自身が母親になれた事が……」
そう言ったマイヤーさんの瞳は、いつもよりもその輝きが増しているように感じました。
それにしても知りませんでした。お母様とマイヤーさんの間にそんな事があったなんて、お二人がそんな関係性だったなんて……。
驚きです。
それじゃあ、まるっきり普段の私とアンナそのものじゃあないですか。
ごく最近の、という意味合いではなく……。
「そうでしたっ! お洗濯ですね。ついつい昔話に夢中になってしまいました。さて、奥様にもお教えしたマイヤーの洗濯術をお嬢様にもご覧にいれましょう!」
マイヤーさんは白い歯を惜しげもなく見せつけてにっこりと笑います。
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