婚約破棄された男爵令嬢〜盤面のラブゲーム

清水花

文字の大きさ
上 下
53 / 125
3章 同性愛と崩壊する心

10 私の知らない、私

しおりを挟む
「お母様が、亡くなった時?」

「ーーーーはい。あの時、お嬢様はベッドに横たわる奥様の手を握った途端に大泣きを始めたんです。その事は覚えておいでですか?」

「はい……もちろん覚えています」

「そうですか。ちなみにその後の事は……?」

「大泣きした後の記憶は曖昧でよく覚えていないんです。ただ……怖くて不安で悲しいっていう強い感情を抱いた事だけは、はっきりと覚えているんですけど……」

「…………」

 私の返答を聞いたマイヤーさんはその場で難しい顔をしたまま一度頷き、自身の中で何かを決意した様子でした。

「そうですか……ではその後の事をお話しましょう」

「…………」

「奥様が亡くなられお嬢様が大泣きしだした後、それを皮切りにずっと我慢なさっていた旦那様が泣き崩れてしまい、私を含めた部屋にいる者たちもお嬢様と同じく堪えきれずに泣き出してしまったんです。部屋中に、いえ……屋敷中に悲しみの声が溢れかえりました。天井を見上げるようにして大粒の涙を流すお嬢様を旦那様はしっかりと抱き寄せ、互いに大切な家族を失った苦しみに打ちひしがれていました。お嬢様が覚えておいでなのは恐らくこの辺の事までではないでしょうか?」

「はい……」

「ですが……その後、部屋中を包む重苦しい空気と悲しみの声が渦巻く中、突然、状況が一変したのです」

「…………」

「大声で『お母様、お母様、どこへ行ったのお母様』と泣き喚いていたお嬢様が突然、泣き止まれうつむいたまま放心なされたのです。いったいどうしたのかと思った途端、お嬢様はまるで壊れたように笑いだしたのです」

「えっ……」

「とても嬉しくて、楽しくて仕方がないように大声で、いつまでも笑い続けたのです」

「…………」

「突然の事に皆、パニックに陥りました。旦那様はすぐさまお嬢様にお声をかけましたが、旦那様の声はお嬢様の耳に全く届いていないご様子でした。私は強い心的ストレスが引き起こした一種のショック症状が原因だと思い、お嬢様を抱き抱え奥様の部屋を後にしたのです。お嬢様の部屋へと駆け込んだ私は必死にお嬢様をお呼びし、正気を取り戻そうとしましたがお嬢様は目から大粒の涙を流しながら尚も笑っておられました。とても受け止められない現実に直面し、幼いお嬢様の心は想像を絶するほどの強いショックを受けたのでしょう」

「…………」

「そんなお嬢様のお姿を見て、私はただお嬢様を抱きしめる事しかできませんでした。幼いお嬢様の心の有り様が表面化したそのご様子は見るに耐えませんでしたから……。私はお嬢様を必死に抱きしめ、お嬢様の名前を呼び続けました。ローレライ様、大丈夫です、大丈夫です、何も怖くありません、私がついています、ローレライ様、と。そのまましばらくそうしていると、突然また脱力なされてそのまま私の腕の中で眠ってしまったのです」

「そ……それで……その後は……」

「数時間後、お目覚めになられたのですが一部記憶が混乱しているご様子で、ひどく怯えていらっしゃいました。それからというもの、お嬢様は極度の緊張や恐怖の中に身を置かれると何というか……抜け殻というか、まるで別人のようになってしまうようです。気を失っている訳ではないのですが、非常にぼんやりとしていて夢うつつで、心ここにあらずとでもいうのでしょうか……話しかければちゃんと受け答えも出来るのです。その状態になってしまってから、ある一定の時間が経過すると何の前触れもなく通常の状態に戻るのですが、その際の記憶が一切残らないようなのです」

 と、マイヤーさんは若干言いづらそうに言葉を紡ぎます。

「しかし、最近はその現象を目にする事もなくなっていたので、自然治癒したのかなと思っていた矢先の事でしたので少し驚きました。お嬢様、ちなみにこの洗い場まで私と来た記憶は……?」

 マイヤーさんのそんな問い掛けに対し、私は咄嗟に嘘をつこうかとも思ったのですが記憶がないのがバレていて、なおかつ私よりもこの現象の事が詳しいマイヤーさんに嘘をついても意味がないと思ったので、ここは正直に答える事にしました。

「いえ……気が付いたらここに立っていて……それで……」

「やはりそうですか……。お嬢様、最近何かーーーーいえ……」

 マイヤーさんはそこで一旦言葉を濁し、気持ちを切り替えるように表情を大きく変化させながら、

「さて、お話はここまでです。早くお洗濯に取り掛かりましょう!」

 そう言ったマイヤーさんは手慣れた手つきでお母様のドレスを洗い始めました。


 


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。

くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」 「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」 いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。 「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と…… 私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。 「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」 「はい、お父様、お母様」 「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」 「……はい」 「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」 「はい、わかりました」 パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、 兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。 誰も私の言葉を聞いてくれない。 誰も私を見てくれない。 そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。 ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。 「……なんか、馬鹿みたいだわ!」 もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる! ふるゆわ設定です。 ※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい! ※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇‍♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ! 追加文 番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。

【完結160万pt】王太子妃に決定している公爵令嬢の婚約者はまだ決まっておりません。王位継承権放棄を狙う王子はついでに側近を叩き直したい

宇水涼麻
恋愛
 ピンク髪ピンク瞳の少女が王城の食堂で叫んだ。 「エーティル様っ! ラオルド様の自由にしてあげてくださいっ!」  呼び止められたエーティルは未来の王太子妃に決定している公爵令嬢である。  王太子と王太子妃となる令嬢の婚約は簡単に解消できるとは思えないが、エーティルはラオルドと婚姻しないことを軽く了承する。  その意味することとは?  慌てて現れたラオルド第一王子との関係は?  なぜこのような状況になったのだろうか?  ご指摘いただき一部変更いたしました。  みなさまのご指摘、誤字脱字修正で読みやすい小説になっていっております。 今後ともよろしくお願いします。 たくさんのお気に入り嬉しいです! 大変励みになります。 ありがとうございます。 おかげさまで160万pt達成! ↓これよりネタバレあらすじ 第一王子の婚約解消を高らかに願い出たピンクさんはムーガの部下であった。 親類から王太子になることを強要され辟易しているが非情になれないラオルドにエーティルとムーガが手を差し伸べて王太子権放棄をするために仕組んだのだ。 ただの作戦だと思っていたムーガであったがいつの間にかラオルドとピンクさんは心を通わせていた。

森に捨てられた令嬢、本当の幸せを見つけました。

玖保ひかる
恋愛
[完結] 北の大国ナバランドの貴族、ヴァンダーウォール伯爵家の令嬢アリステルは、継母に冷遇され一人別棟で生活していた。 ある日、継母から仲直りをしたいとお茶会に誘われ、勧められたお茶を口にしたところ意識を失ってしまう。 アリステルが目を覚ましたのは、魔の森と人々が恐れる深い森の中。 森に捨てられてしまったのだ。 南の隣国を目指して歩き出したアリステル。腕利きの冒険者レオンと出会い、新天地での新しい人生を始めるのだが…。 苦難を乗り越えて、愛する人と本当の幸せを見つける物語。 ※小説家になろうで公開した作品を改編した物です。 ※完結しました。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

多分悪役令嬢ですが、うっかりヒーローを餌付けして執着されています

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【美味しそう……? こ、これは誰にもあげませんから!】 23歳、ブラック企業で働いている社畜OLの私。この日も帰宅は深夜過ぎ。泥のように眠りに着き、目覚めれば綺羅びやかな部屋にいた。しかも私は意地悪な貴族令嬢のようで使用人たちはビクビクしている。ひょっとして私って……悪役令嬢? テンプレ通りなら、将来破滅してしまうかも! そこで、細くても長く生きるために、目立たず空気のように生きようと決めた。それなのに、ひょんな出来事からヒーロー? に執着される羽目に……。 お願いですから、私に構わないで下さい! ※ 他サイトでも投稿中

[完]本好き元地味令嬢〜婚約破棄に浮かれていたら王太子妃になりました〜

桐生桜月姫
恋愛
 シャーロット侯爵令嬢は地味で大人しいが、勉強・魔法がパーフェクトでいつも1番、それが婚約破棄されるまでの彼女の周りからの評価だった。  だが、婚約破棄されて現れた本来の彼女は輝かんばかりの銀髪にアメジストの瞳を持つ超絶美人な行動過激派だった⁉︎  本が大好きな彼女は婚約破棄後に国立図書館の司書になるがそこで待っていたのは幼馴染である王太子からの溺愛⁉︎ 〜これはシャーロットの婚約破棄から始まる波瀾万丈の人生を綴った物語である〜 夕方6時に毎日予約更新です。 1話あたり超短いです。 毎日ちょこちょこ読みたい人向けです。

悪役令嬢エリザベート物語

kirara
ファンタジー
私の名前はエリザベート・ノイズ 公爵令嬢である。 前世の名前は横川禮子。大学を卒業して入った企業でOLをしていたが、ある日の帰宅時に赤信号を無視してスクランブル交差点に飛び込んできた大型トラックとぶつかりそうになって。それからどうなったのだろう。気が付いた時には私は別の世界に転生していた。 ここは乙女ゲームの世界だ。そして私は悪役令嬢に生まれかわった。そのことを5歳の誕生パーティーの夜に知るのだった。 父はアフレイド・ノイズ公爵。 ノイズ公爵家の家長であり王国の重鎮。 魔法騎士団の総団長でもある。 母はマーガレット。 隣国アミルダ王国の第2王女。隣国の聖女の娘でもある。 兄の名前はリアム。  前世の記憶にある「乙女ゲーム」の中のエリザベート・ノイズは、王都学園の卒業パーティで、ウィリアム王太子殿下に真実の愛を見つけたと婚約を破棄され、身に覚えのない罪をきせられて国外に追放される。 そして、国境の手前で何者かに事故にみせかけて殺害されてしまうのだ。 王太子と婚約なんてするものか。 国外追放になどなるものか。 乙女ゲームの中では一人ぼっちだったエリザベート。 私は人生をあきらめない。 エリザベート・ノイズの二回目の人生が始まった。 ⭐️第16回 ファンタジー小説大賞参加中です。応援してくれると嬉しいです

処理中です...