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3章 同性愛と崩壊する心
10 私の知らない、私
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「お母様が、亡くなった時?」
「ーーーーはい。あの時、お嬢様はベッドに横たわる奥様の手を握った途端に大泣きを始めたんです。その事は覚えておいでですか?」
「はい……もちろん覚えています」
「そうですか。ちなみにその後の事は……?」
「大泣きした後の記憶は曖昧でよく覚えていないんです。ただ……怖くて不安で悲しいっていう強い感情を抱いた事だけは、はっきりと覚えているんですけど……」
「…………」
私の返答を聞いたマイヤーさんはその場で難しい顔をしたまま一度頷き、自身の中で何かを決意した様子でした。
「そうですか……ではその後の事をお話しましょう」
「…………」
「奥様が亡くなられお嬢様が大泣きしだした後、それを皮切りにずっと我慢なさっていた旦那様が泣き崩れてしまい、私を含めた部屋にいる者たちもお嬢様と同じく堪えきれずに泣き出してしまったんです。部屋中に、いえ……屋敷中に悲しみの声が溢れかえりました。天井を見上げるようにして大粒の涙を流すお嬢様を旦那様はしっかりと抱き寄せ、互いに大切な家族を失った苦しみに打ちひしがれていました。お嬢様が覚えておいでなのは恐らくこの辺の事までではないでしょうか?」
「はい……」
「ですが……その後、部屋中を包む重苦しい空気と悲しみの声が渦巻く中、突然、状況が一変したのです」
「…………」
「大声で『お母様、お母様、どこへ行ったのお母様』と泣き喚いていたお嬢様が突然、泣き止まれうつむいたまま放心なされたのです。いったいどうしたのかと思った途端、お嬢様はまるで壊れたように笑いだしたのです」
「えっ……」
「とても嬉しくて、楽しくて仕方がないように大声で、いつまでも笑い続けたのです」
「…………」
「突然の事に皆、パニックに陥りました。旦那様はすぐさまお嬢様にお声をかけましたが、旦那様の声はお嬢様の耳に全く届いていないご様子でした。私は強い心的ストレスが引き起こした一種のショック症状が原因だと思い、お嬢様を抱き抱え奥様の部屋を後にしたのです。お嬢様の部屋へと駆け込んだ私は必死にお嬢様をお呼びし、正気を取り戻そうとしましたがお嬢様は目から大粒の涙を流しながら尚も笑っておられました。とても受け止められない現実に直面し、幼いお嬢様の心は想像を絶するほどの強いショックを受けたのでしょう」
「…………」
「そんなお嬢様のお姿を見て、私はただお嬢様を抱きしめる事しかできませんでした。幼いお嬢様の心の有り様が表面化したそのご様子は見るに耐えませんでしたから……。私はお嬢様を必死に抱きしめ、お嬢様の名前を呼び続けました。ローレライ様、大丈夫です、大丈夫です、何も怖くありません、私がついています、ローレライ様、と。そのまましばらくそうしていると、突然また脱力なされてそのまま私の腕の中で眠ってしまったのです」
「そ……それで……その後は……」
「数時間後、お目覚めになられたのですが一部記憶が混乱しているご様子で、ひどく怯えていらっしゃいました。それからというもの、お嬢様は極度の緊張や恐怖の中に身を置かれると何というか……抜け殻というか、まるで別人のようになってしまうようです。気を失っている訳ではないのですが、非常にぼんやりとしていて夢うつつで、心ここにあらずとでもいうのでしょうか……話しかければちゃんと受け答えも出来るのです。その状態になってしまってから、ある一定の時間が経過すると何の前触れもなく通常の状態に戻るのですが、その際の記憶が一切残らないようなのです」
と、マイヤーさんは若干言いづらそうに言葉を紡ぎます。
「しかし、最近はその現象を目にする事もなくなっていたので、自然治癒したのかなと思っていた矢先の事でしたので少し驚きました。お嬢様、ちなみにこの洗い場まで私と来た記憶は……?」
マイヤーさんのそんな問い掛けに対し、私は咄嗟に嘘をつこうかとも思ったのですが記憶がないのがバレていて、なおかつ私よりもこの現象の事が詳しいマイヤーさんに嘘をついても意味がないと思ったので、ここは正直に答える事にしました。
「いえ……気が付いたらここに立っていて……それで……」
「やはりそうですか……。お嬢様、最近何かーーーーいえ……」
マイヤーさんはそこで一旦言葉を濁し、気持ちを切り替えるように表情を大きく変化させながら、
「さて、お話はここまでです。早くお洗濯に取り掛かりましょう!」
そう言ったマイヤーさんは手慣れた手つきでお母様のドレスを洗い始めました。
「ーーーーはい。あの時、お嬢様はベッドに横たわる奥様の手を握った途端に大泣きを始めたんです。その事は覚えておいでですか?」
「はい……もちろん覚えています」
「そうですか。ちなみにその後の事は……?」
「大泣きした後の記憶は曖昧でよく覚えていないんです。ただ……怖くて不安で悲しいっていう強い感情を抱いた事だけは、はっきりと覚えているんですけど……」
「…………」
私の返答を聞いたマイヤーさんはその場で難しい顔をしたまま一度頷き、自身の中で何かを決意した様子でした。
「そうですか……ではその後の事をお話しましょう」
「…………」
「奥様が亡くなられお嬢様が大泣きしだした後、それを皮切りにずっと我慢なさっていた旦那様が泣き崩れてしまい、私を含めた部屋にいる者たちもお嬢様と同じく堪えきれずに泣き出してしまったんです。部屋中に、いえ……屋敷中に悲しみの声が溢れかえりました。天井を見上げるようにして大粒の涙を流すお嬢様を旦那様はしっかりと抱き寄せ、互いに大切な家族を失った苦しみに打ちひしがれていました。お嬢様が覚えておいでなのは恐らくこの辺の事までではないでしょうか?」
「はい……」
「ですが……その後、部屋中を包む重苦しい空気と悲しみの声が渦巻く中、突然、状況が一変したのです」
「…………」
「大声で『お母様、お母様、どこへ行ったのお母様』と泣き喚いていたお嬢様が突然、泣き止まれうつむいたまま放心なされたのです。いったいどうしたのかと思った途端、お嬢様はまるで壊れたように笑いだしたのです」
「えっ……」
「とても嬉しくて、楽しくて仕方がないように大声で、いつまでも笑い続けたのです」
「…………」
「突然の事に皆、パニックに陥りました。旦那様はすぐさまお嬢様にお声をかけましたが、旦那様の声はお嬢様の耳に全く届いていないご様子でした。私は強い心的ストレスが引き起こした一種のショック症状が原因だと思い、お嬢様を抱き抱え奥様の部屋を後にしたのです。お嬢様の部屋へと駆け込んだ私は必死にお嬢様をお呼びし、正気を取り戻そうとしましたがお嬢様は目から大粒の涙を流しながら尚も笑っておられました。とても受け止められない現実に直面し、幼いお嬢様の心は想像を絶するほどの強いショックを受けたのでしょう」
「…………」
「そんなお嬢様のお姿を見て、私はただお嬢様を抱きしめる事しかできませんでした。幼いお嬢様の心の有り様が表面化したそのご様子は見るに耐えませんでしたから……。私はお嬢様を必死に抱きしめ、お嬢様の名前を呼び続けました。ローレライ様、大丈夫です、大丈夫です、何も怖くありません、私がついています、ローレライ様、と。そのまましばらくそうしていると、突然また脱力なされてそのまま私の腕の中で眠ってしまったのです」
「そ……それで……その後は……」
「数時間後、お目覚めになられたのですが一部記憶が混乱しているご様子で、ひどく怯えていらっしゃいました。それからというもの、お嬢様は極度の緊張や恐怖の中に身を置かれると何というか……抜け殻というか、まるで別人のようになってしまうようです。気を失っている訳ではないのですが、非常にぼんやりとしていて夢うつつで、心ここにあらずとでもいうのでしょうか……話しかければちゃんと受け答えも出来るのです。その状態になってしまってから、ある一定の時間が経過すると何の前触れもなく通常の状態に戻るのですが、その際の記憶が一切残らないようなのです」
と、マイヤーさんは若干言いづらそうに言葉を紡ぎます。
「しかし、最近はその現象を目にする事もなくなっていたので、自然治癒したのかなと思っていた矢先の事でしたので少し驚きました。お嬢様、ちなみにこの洗い場まで私と来た記憶は……?」
マイヤーさんのそんな問い掛けに対し、私は咄嗟に嘘をつこうかとも思ったのですが記憶がないのがバレていて、なおかつ私よりもこの現象の事が詳しいマイヤーさんに嘘をついても意味がないと思ったので、ここは正直に答える事にしました。
「いえ……気が付いたらここに立っていて……それで……」
「やはりそうですか……。お嬢様、最近何かーーーーいえ……」
マイヤーさんはそこで一旦言葉を濁し、気持ちを切り替えるように表情を大きく変化させながら、
「さて、お話はここまでです。早くお洗濯に取り掛かりましょう!」
そう言ったマイヤーさんは手慣れた手つきでお母様のドレスを洗い始めました。
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