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2章 お茶会
34 抜かりのないお片付け
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「これは……その……ベアトリック様方から……その……」
「「ーーーーんんっ!」」
と、私が気後れしながらも真実を伝えようとしていると、ベアトリック様の両サイドにいらっしゃるお二人がほぼ同時に意味深長な咳払いをなさいました。
私はその咳払いに肩をビクつかせお二人に視線を送ると、お二人は鋭い流し目で私を見ていました。
「…………」
ああ……そういう事。
そう言う事なのですね。
何となくですが、御三方の気持ちが伝わってきました。
それならストーリーを考えないといけませんね。
どんな事が起きて、どうなったから、こんな事になったのか?
それがさっきベアトリック様の言っていた、その姿はいったいどうしたのですか? という質問に対する答えなのでしょう、きっと。
それでは……。
「つい、うっかり転んでしまい……泥だらけになってしまいました……」
「ん、ん、ん? 転んでドレスの袖がそんなに破れたのかしら?」
確かに、それではあまりにも不自然ですね……。
「えっと……その……」
「んー……。突然、アレンビー嬢とルークレツィア嬢が仲違いを始めて……勇敢にもそれを止めに入ったローレライ嬢は興奮状態だった二人から袖を引っ張られる形となった。結果ドレスの袖が破れ、そのはずみで薔薇の植え込みに突き飛ばされてしまった。薔薇の棘にドレスがやられボロボロに、さらにはドレスに土まで付着してしまい白のドレスは泥だらけに……。こうでは無かったかしら? ローレライ嬢」
目尻を大きく下げたベアトリック様が口元を扇子で隠してそう言います。
よくそんな作り話をペラペラと……。
内心そう思ったのですが、でもしかし、口答えなんて絶対に出来るはずがなく……、
「はい……」
と、消え入りそうな声でベアトリック様の思い描いた自分本位な脚本を丸飲みするしかありませんでした。
「ふむ。さすが私の記憶力、と言ったところかしら。ねえ?」
そう言い、私達三人に目配せをするベアトリック様。
「はい……」
同意を求めるベアトリック様に対し私はすぐに返事をしましたが、アレンビー様とルークレツィア様はと言えば、
「私達がーーーー仲違いーーーーそれで……」
「袖をーーーー植え込みにーーーーそうしたら……」
と、何やら脚本の暗記に必死なご様子でした。
いつもこうやって、真実を自分達の都合のいいように塗り替えているのでしょうね。
好き放題やっておいて、その責任は弱いものへとなすりつけて、美味しい思いばかりしている。
ズルばかりしている。
そんな汚いやり方に憤りを感じていると、昔、お父様が言っていた言葉を思い出しました。
歴史とは、そのほとんどが嘘や虚言で出来ている。それらを取り除いて残ったほんのわずかなモノの中に、真実がある。というお言葉。
当時の私はよく理解が出来ませんでしたが、今は身に染みて理解できます。
こういう事だったんですね……。
世の中はただ単純に強いものが弱いものより、偉そうにするってだけじゃなく。
強いものが弱いものを好き放題に弄んでおいて、そしてその上で真実を、歴史を塗り替えてしまう。
全ては無かった事に。
全ては弱いものの責任に。
野生の世界のように強いものだけが生き残る弱肉強食と言うわけではなく。
弱いものはしっかりと強いものの足元で悲鳴をあげているって事なんですね。
それがーーーー人間の世界。
なんだか悲しい世界ですね、そんなの。みんな仲良くして、みんな一緒でいいじゃないかと思うのは私だけなのでしょうか……。
「さあ! お茶会をお開きにしますわよ。皆さんお気を付けてお帰りくださいまし」
お茶会開始の時のように、にこやかな笑顔でベアトリック様は言います。
「今日は本当に有意義で楽しい時間を過ごす事ができたわ。ありがとうね、ベアトリック嬢」
「紅茶もお菓子もうっとりするほどの一級品で……ご馳走様でした。次のお茶会も楽しみにしています」
「ええ。また近いうちにぜひ……」
謝礼の言葉を述べるアレンビー様とルークレツィア様に続いて私も謝礼を述べなくてはと思いましたが、なんと述べるべきかと考え少しだけ間をとります。
さすがに楽しいひと時や、充実した時間を過ごせました。とは、言えませんし……。
それに変に皮肉のようになってしまって、またアレンビー様を怒らせてしまいかねません。
なので、
「……美味しい紅茶とお菓子をご馳走様でした、ベアトリック様」
と、当たり障りのない内容の謝礼を述べどうにかやり過ごす事にしました。
「……それでは、お先に失礼します。御機嫌よう」
そう言って、私は御三方に背を向けました。
私の視界から御三方が消えると途端に背後の状況が妙に恐ろしくなり、すぐにでも背後を振り返り安全を確認したくなってしまいました。
ですが、このタイミングで振り返るのはあまりにも不自然なのでその気持ちをグッとこらえます。
大丈夫、大丈夫、大丈夫。絶対に大丈夫。自分にそう言い聞かせます。
さすがに急に後ろから襲われたりはしない筈です。たぶん……。
震える身体を悟られぬよう、平静を装って一歩一歩足早に薔薇園の出口を目指します。
すると、
「ーーーーローレライ嬢!」
と、ベアトリック様に呼び止められてしまいました。
無意識に肩がビクつきます。これは絶対に気付かれましたね。でも仕方ありません、怖いんです。
恐る恐る後方を振り返るとそこには先ほどと変わらずの立ち位置で御三方が立っていて、とてもにこやかな表情でこちらを見ていました。
互いの距離感と浮かべられたその表情に安堵を覚えていると、ベアトリック様は信じられない言葉を口にしました。
「言い忘れていたわ、ローレライ。私が言ったんだったわ、アシュトレイ卿に」
「…………?」
「ローレライとの婚約を破棄しなさいって。さもないと、大変な事になっちゃうって……」
「…………」
私はその言葉に小さく会釈をし、出口へ向かって歩き出しました。
「ーーーーっ⁉︎」
その時、再び私は右腕に違和感を感じました。
恐る恐る自身の右腕を確認してみると、私の腕には大量の薔薇の蔓が蠢きながら巻き付いており、その蔓の一本一本がとても名残惜しそうに私の腕から剥がれ落ちていく映像がはっきりと見えました。
「ーーーーっ痛!」
そしてついに最後の一本の蔓が私の腕から剥がれ落ちる頃、チクリとした痛みを残して完全に私の腕から剥がれ落ちました。
解放された私の腕は先程よりもケガの具合が悪化したようにも見えます。
私は右手の傷を左手で隠すようにしてテラスの階段を上がり、登りきったところで最後にもう一度ベアトリック様達に会釈してからドアを潜り抜け薔薇園を後にしました。
メイドの方に案内して頂き、玄関先から外に出てネイブルさんが待つ馬車へと向かい歩を進めます。
私の存在に気付いたネイブルさんは御者台の上で居住まいを正し、被っていた帽子を取っていつもの優しい笑みを浮かべてこちらを見ています。
ネイブルさんのその優しい笑顔を見ると、途端に緊張の糸が切れ安心したのか私の目から涙が溢れ出して来ました。
どうしても溢れ出してくる涙をどうにかネイブルさんに悟られぬよう、うつむいて足早に馬車に乗り込もうとしますが御者台から降り、扉を開けて待ってくれているネイブルさんの視線を避ける事は出来る筈もありませんでした。
「ーーーーっ⁉︎ お嬢様……そのお姿はいったい……」
「転んでしまって……」
私は短くそう言って馬車に乗り込み、窓の外に視線を送ります。
「…………」
ネイブルさんは数秒の間を置いてから扉を静かに閉めました。
そして、ネイブルさんが御者台に乗った事で馬車が小さく揺れ、それに次いですぐに控えめな手綱の乾いた音が響きました。
木製の車輪がカラカラカラと、小気味のいい音を奏で始めました。
私の大好きな車輪の音。
赤ん坊の頃から大好きでどんなに機嫌が悪くて泣きじゃくっていても、この音を聞けば途端に泣き止んでいたらしい車輪の音。
でも、どういう訳かどれほど車輪の音に耳を澄ませても、今日の涙はいつまでもいつまでも止まる事はありませんでした。
2章 終わり
「「ーーーーんんっ!」」
と、私が気後れしながらも真実を伝えようとしていると、ベアトリック様の両サイドにいらっしゃるお二人がほぼ同時に意味深長な咳払いをなさいました。
私はその咳払いに肩をビクつかせお二人に視線を送ると、お二人は鋭い流し目で私を見ていました。
「…………」
ああ……そういう事。
そう言う事なのですね。
何となくですが、御三方の気持ちが伝わってきました。
それならストーリーを考えないといけませんね。
どんな事が起きて、どうなったから、こんな事になったのか?
それがさっきベアトリック様の言っていた、その姿はいったいどうしたのですか? という質問に対する答えなのでしょう、きっと。
それでは……。
「つい、うっかり転んでしまい……泥だらけになってしまいました……」
「ん、ん、ん? 転んでドレスの袖がそんなに破れたのかしら?」
確かに、それではあまりにも不自然ですね……。
「えっと……その……」
「んー……。突然、アレンビー嬢とルークレツィア嬢が仲違いを始めて……勇敢にもそれを止めに入ったローレライ嬢は興奮状態だった二人から袖を引っ張られる形となった。結果ドレスの袖が破れ、そのはずみで薔薇の植え込みに突き飛ばされてしまった。薔薇の棘にドレスがやられボロボロに、さらにはドレスに土まで付着してしまい白のドレスは泥だらけに……。こうでは無かったかしら? ローレライ嬢」
目尻を大きく下げたベアトリック様が口元を扇子で隠してそう言います。
よくそんな作り話をペラペラと……。
内心そう思ったのですが、でもしかし、口答えなんて絶対に出来るはずがなく……、
「はい……」
と、消え入りそうな声でベアトリック様の思い描いた自分本位な脚本を丸飲みするしかありませんでした。
「ふむ。さすが私の記憶力、と言ったところかしら。ねえ?」
そう言い、私達三人に目配せをするベアトリック様。
「はい……」
同意を求めるベアトリック様に対し私はすぐに返事をしましたが、アレンビー様とルークレツィア様はと言えば、
「私達がーーーー仲違いーーーーそれで……」
「袖をーーーー植え込みにーーーーそうしたら……」
と、何やら脚本の暗記に必死なご様子でした。
いつもこうやって、真実を自分達の都合のいいように塗り替えているのでしょうね。
好き放題やっておいて、その責任は弱いものへとなすりつけて、美味しい思いばかりしている。
ズルばかりしている。
そんな汚いやり方に憤りを感じていると、昔、お父様が言っていた言葉を思い出しました。
歴史とは、そのほとんどが嘘や虚言で出来ている。それらを取り除いて残ったほんのわずかなモノの中に、真実がある。というお言葉。
当時の私はよく理解が出来ませんでしたが、今は身に染みて理解できます。
こういう事だったんですね……。
世の中はただ単純に強いものが弱いものより、偉そうにするってだけじゃなく。
強いものが弱いものを好き放題に弄んでおいて、そしてその上で真実を、歴史を塗り替えてしまう。
全ては無かった事に。
全ては弱いものの責任に。
野生の世界のように強いものだけが生き残る弱肉強食と言うわけではなく。
弱いものはしっかりと強いものの足元で悲鳴をあげているって事なんですね。
それがーーーー人間の世界。
なんだか悲しい世界ですね、そんなの。みんな仲良くして、みんな一緒でいいじゃないかと思うのは私だけなのでしょうか……。
「さあ! お茶会をお開きにしますわよ。皆さんお気を付けてお帰りくださいまし」
お茶会開始の時のように、にこやかな笑顔でベアトリック様は言います。
「今日は本当に有意義で楽しい時間を過ごす事ができたわ。ありがとうね、ベアトリック嬢」
「紅茶もお菓子もうっとりするほどの一級品で……ご馳走様でした。次のお茶会も楽しみにしています」
「ええ。また近いうちにぜひ……」
謝礼の言葉を述べるアレンビー様とルークレツィア様に続いて私も謝礼を述べなくてはと思いましたが、なんと述べるべきかと考え少しだけ間をとります。
さすがに楽しいひと時や、充実した時間を過ごせました。とは、言えませんし……。
それに変に皮肉のようになってしまって、またアレンビー様を怒らせてしまいかねません。
なので、
「……美味しい紅茶とお菓子をご馳走様でした、ベアトリック様」
と、当たり障りのない内容の謝礼を述べどうにかやり過ごす事にしました。
「……それでは、お先に失礼します。御機嫌よう」
そう言って、私は御三方に背を向けました。
私の視界から御三方が消えると途端に背後の状況が妙に恐ろしくなり、すぐにでも背後を振り返り安全を確認したくなってしまいました。
ですが、このタイミングで振り返るのはあまりにも不自然なのでその気持ちをグッとこらえます。
大丈夫、大丈夫、大丈夫。絶対に大丈夫。自分にそう言い聞かせます。
さすがに急に後ろから襲われたりはしない筈です。たぶん……。
震える身体を悟られぬよう、平静を装って一歩一歩足早に薔薇園の出口を目指します。
すると、
「ーーーーローレライ嬢!」
と、ベアトリック様に呼び止められてしまいました。
無意識に肩がビクつきます。これは絶対に気付かれましたね。でも仕方ありません、怖いんです。
恐る恐る後方を振り返るとそこには先ほどと変わらずの立ち位置で御三方が立っていて、とてもにこやかな表情でこちらを見ていました。
互いの距離感と浮かべられたその表情に安堵を覚えていると、ベアトリック様は信じられない言葉を口にしました。
「言い忘れていたわ、ローレライ。私が言ったんだったわ、アシュトレイ卿に」
「…………?」
「ローレライとの婚約を破棄しなさいって。さもないと、大変な事になっちゃうって……」
「…………」
私はその言葉に小さく会釈をし、出口へ向かって歩き出しました。
「ーーーーっ⁉︎」
その時、再び私は右腕に違和感を感じました。
恐る恐る自身の右腕を確認してみると、私の腕には大量の薔薇の蔓が蠢きながら巻き付いており、その蔓の一本一本がとても名残惜しそうに私の腕から剥がれ落ちていく映像がはっきりと見えました。
「ーーーーっ痛!」
そしてついに最後の一本の蔓が私の腕から剥がれ落ちる頃、チクリとした痛みを残して完全に私の腕から剥がれ落ちました。
解放された私の腕は先程よりもケガの具合が悪化したようにも見えます。
私は右手の傷を左手で隠すようにしてテラスの階段を上がり、登りきったところで最後にもう一度ベアトリック様達に会釈してからドアを潜り抜け薔薇園を後にしました。
メイドの方に案内して頂き、玄関先から外に出てネイブルさんが待つ馬車へと向かい歩を進めます。
私の存在に気付いたネイブルさんは御者台の上で居住まいを正し、被っていた帽子を取っていつもの優しい笑みを浮かべてこちらを見ています。
ネイブルさんのその優しい笑顔を見ると、途端に緊張の糸が切れ安心したのか私の目から涙が溢れ出して来ました。
どうしても溢れ出してくる涙をどうにかネイブルさんに悟られぬよう、うつむいて足早に馬車に乗り込もうとしますが御者台から降り、扉を開けて待ってくれているネイブルさんの視線を避ける事は出来る筈もありませんでした。
「ーーーーっ⁉︎ お嬢様……そのお姿はいったい……」
「転んでしまって……」
私は短くそう言って馬車に乗り込み、窓の外に視線を送ります。
「…………」
ネイブルさんは数秒の間を置いてから扉を静かに閉めました。
そして、ネイブルさんが御者台に乗った事で馬車が小さく揺れ、それに次いですぐに控えめな手綱の乾いた音が響きました。
木製の車輪がカラカラカラと、小気味のいい音を奏で始めました。
私の大好きな車輪の音。
赤ん坊の頃から大好きでどんなに機嫌が悪くて泣きじゃくっていても、この音を聞けば途端に泣き止んでいたらしい車輪の音。
でも、どういう訳かどれほど車輪の音に耳を澄ませても、今日の涙はいつまでもいつまでも止まる事はありませんでした。
2章 終わり
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