婚約破棄された男爵令嬢〜盤面のラブゲーム

清水花

文字の大きさ
上 下
35 / 125
2章 お茶会

26 違和感

しおりを挟む
 向けられる視線。

 まるで値踏みでもするかのように私の身体を上から下へ、下から上へ眺めるベアトリック様。その目は全く笑っておらず、鋭く、い貫くようにして私の全身へと向けられます。

 また、その眼差しからは感情が全くと言っていいほど伝わってきませんーーーーいえ、違いますね。感情は伝わってきます。ただその感情がどのような感情なのか、うまく輪郭を掴む事が出来ません。

 朧げに伝わるこの感じは……怒り……もしくはただ単純な悪意とか……そんな感じでしょうか。

 でも、なぜ、ベアトリック様が、そんな風に、私を……。

 私の心は一瞬で恐怖に支配されてしまい、咄嗟にベアトリック様から視線を外しました。

 何が起こったんですか……いったい何がどうなったんですか? あそこに座っているのは本当にベアトリック様なのでしょうか。もし本物のベアトリック様だとしていったいどうされたんでしょう? 何をそんな……。

 言い知れぬ恐怖心から、私の目には自然と涙が溢れてきました。

 両手を胸の前でぎゅっと握りしめて、何とか気持ちを落ち着けようと試みますが身体の震えが両手へと伝わり落ち着くどころではありません。

 アレンビー様とルークレツィア様の方をちらりと見ると、お二人もさっきまでの和やかな雰囲気ではなくなっていてベアトリック様と同様、言い知れぬ重い空気感を放ちながら横目で私を見ています。

 本当に何なんですか、これ。いったい御三方はどうなされてしまったのですか。

 私が場の雰囲気に戸惑い今にも泣きそうになっていると、

「こっちへいらっしゃいよ、ローレライ」

 そう言って、ベアトリック様は不敵な笑みを浮かべながら私に手招きをしています。

 私は反射的にベアトリック様の方へ歩みよろうとしますが足がいうことを聞かず、ふらつきながら二、三歩前に進むのがやっとでした。

「あっ……足が……」

 まるで別の生き物のようになってしまった私の足は一向に動く気配さえなく、力さえまともに入りません。

 すると、その場から動く事が出来ない私を見かねたのかアレンビー様とルークレツィア様が私の方へ歩み寄って来て、お二人は私の両腕を掴み抱えるようにしてベアトリック様の所まで運んで下さいました。

「あ、ありがとうございます。アレンビー様、ルークレツィア様」

「…………」

「…………」

 お二人にお礼の言葉を述べましたが、お二人はうつむいたままで何も喋りません。

 そして、

「さあ、早く本当のお茶会を始めましょうよ。楽死んで逝ってちょうだいね。ねえ、ローレライ?」

 ベアトリック様は優雅に椅子に座って口元を扇子で隠し言います。しかし、そのお言葉からは今までにない特別な恐怖を感じます。なぜでしょう。

「ーーーーは、はい。ベアトリック様」

 私はベアトリック様が言う本当のお茶会という言葉の真意がよく分かりませんが、無視するわけにもいかないのでとりあえず返事だけする事にしました。

 私の両腕を掴んだままのアレンビー様とルークレツィア様は相変わらずうつむいたままでいて、やがて肩をわずかに揺らしながら笑い始めました。

 何が可笑しいのか私には理解出来ませんでしたが、そんなお二人の笑う姿に私は安堵しました。

 だって、怖い顔より笑顔の方がいいですよね。

「あの……ベアトリック様? 私はいったいどうすればよろしいでしょうか? あっ! 紅茶のお代わりをメイドの方にお願いしてーーーー」

「あっはははははははははははははは!」

 突然、ベアトリック様が大きな声で笑い始めました。すると、ベアトリック様に続くようにアレンビー様とルークレツィア様も笑い始め、重苦しかった薔薇園の雰囲気は一気に吹き飛んでしまいました。

「あ、はははは……」

 私は皆様が何が楽しいのか相変わらず理解出来ませんでしたが、重苦しい空気が吹き飛んだのが何だか嬉しくて一緒になって笑いました。

 そして、

「ーーーーははは。はぁ……ローレライ。あなた、今日は何しにここへ来たと思っているのかしら?」

「それは……お茶会に、ベアトリック様がお誘い下さった、この、素敵なお茶会に……」

「そうね……。でも、まさかあなた。本当に紅茶を飲んでお菓子を食べて、それで帰るつもりだったの?」

「えっ……?」

 ベアトリック様の言葉の真意が分かりません。紅茶にお菓子、それに楽しい会話。他に何があるんでしょうか。

「何か違和感が無いかしら……?」

「違和感、ですか……?」

「ええ、違和感。この場全体を考えて、ものすごく違和感があると思うのだけれど……何かしら? ねえ、アレンビー嬢。あなた分かる? 私が感じている、この違和感」

「ええ、もちろん。ずっと感じていたもの」

「ーーーーそう。あなたは? ルークレツィア嬢」

「お茶会が始まる前からずっと感じていました。正直、その事が気になって気になって落ち着きませんでしたし、内心腹立たしく感じていました」

「あら、私と全く同じね。良かったわ」

 ベアトリック様は私の方へちらり視線を送ると、私の答えを待っているような素振りを見せました。

「…………申し訳ありません。私には、分かりません」

 何度考えても、皆様の言う違和感の正体に気付けない私は視線を伏せベアトリック様に謝罪します。

 すると、ベアトリック様は扇子をぱたりと閉じ、閉じた扇子で私を指し示し言いました。

「貧乏男爵の娘風情がこの神聖な薔薇園にいるのが気にくわないって言っているのよ」






しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結160万pt】王太子妃に決定している公爵令嬢の婚約者はまだ決まっておりません。王位継承権放棄を狙う王子はついでに側近を叩き直したい

宇水涼麻
恋愛
 ピンク髪ピンク瞳の少女が王城の食堂で叫んだ。 「エーティル様っ! ラオルド様の自由にしてあげてくださいっ!」  呼び止められたエーティルは未来の王太子妃に決定している公爵令嬢である。  王太子と王太子妃となる令嬢の婚約は簡単に解消できるとは思えないが、エーティルはラオルドと婚姻しないことを軽く了承する。  その意味することとは?  慌てて現れたラオルド第一王子との関係は?  なぜこのような状況になったのだろうか?  ご指摘いただき一部変更いたしました。  みなさまのご指摘、誤字脱字修正で読みやすい小説になっていっております。 今後ともよろしくお願いします。 たくさんのお気に入り嬉しいです! 大変励みになります。 ありがとうございます。 おかげさまで160万pt達成! ↓これよりネタバレあらすじ 第一王子の婚約解消を高らかに願い出たピンクさんはムーガの部下であった。 親類から王太子になることを強要され辟易しているが非情になれないラオルドにエーティルとムーガが手を差し伸べて王太子権放棄をするために仕組んだのだ。 ただの作戦だと思っていたムーガであったがいつの間にかラオルドとピンクさんは心を通わせていた。

森に捨てられた令嬢、本当の幸せを見つけました。

玖保ひかる
恋愛
[完結] 北の大国ナバランドの貴族、ヴァンダーウォール伯爵家の令嬢アリステルは、継母に冷遇され一人別棟で生活していた。 ある日、継母から仲直りをしたいとお茶会に誘われ、勧められたお茶を口にしたところ意識を失ってしまう。 アリステルが目を覚ましたのは、魔の森と人々が恐れる深い森の中。 森に捨てられてしまったのだ。 南の隣国を目指して歩き出したアリステル。腕利きの冒険者レオンと出会い、新天地での新しい人生を始めるのだが…。 苦難を乗り越えて、愛する人と本当の幸せを見つける物語。 ※小説家になろうで公開した作品を改編した物です。 ※完結しました。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

[完]本好き元地味令嬢〜婚約破棄に浮かれていたら王太子妃になりました〜

桐生桜月姫
恋愛
 シャーロット侯爵令嬢は地味で大人しいが、勉強・魔法がパーフェクトでいつも1番、それが婚約破棄されるまでの彼女の周りからの評価だった。  だが、婚約破棄されて現れた本来の彼女は輝かんばかりの銀髪にアメジストの瞳を持つ超絶美人な行動過激派だった⁉︎  本が大好きな彼女は婚約破棄後に国立図書館の司書になるがそこで待っていたのは幼馴染である王太子からの溺愛⁉︎ 〜これはシャーロットの婚約破棄から始まる波瀾万丈の人生を綴った物語である〜 夕方6時に毎日予約更新です。 1話あたり超短いです。 毎日ちょこちょこ読みたい人向けです。

悪役令嬢エリザベート物語

kirara
ファンタジー
私の名前はエリザベート・ノイズ 公爵令嬢である。 前世の名前は横川禮子。大学を卒業して入った企業でOLをしていたが、ある日の帰宅時に赤信号を無視してスクランブル交差点に飛び込んできた大型トラックとぶつかりそうになって。それからどうなったのだろう。気が付いた時には私は別の世界に転生していた。 ここは乙女ゲームの世界だ。そして私は悪役令嬢に生まれかわった。そのことを5歳の誕生パーティーの夜に知るのだった。 父はアフレイド・ノイズ公爵。 ノイズ公爵家の家長であり王国の重鎮。 魔法騎士団の総団長でもある。 母はマーガレット。 隣国アミルダ王国の第2王女。隣国の聖女の娘でもある。 兄の名前はリアム。  前世の記憶にある「乙女ゲーム」の中のエリザベート・ノイズは、王都学園の卒業パーティで、ウィリアム王太子殿下に真実の愛を見つけたと婚約を破棄され、身に覚えのない罪をきせられて国外に追放される。 そして、国境の手前で何者かに事故にみせかけて殺害されてしまうのだ。 王太子と婚約なんてするものか。 国外追放になどなるものか。 乙女ゲームの中では一人ぼっちだったエリザベート。 私は人生をあきらめない。 エリザベート・ノイズの二回目の人生が始まった。 ⭐️第16回 ファンタジー小説大賞参加中です。応援してくれると嬉しいです

成り上がり令嬢暴走日記!

笹乃笹世
恋愛
 異世界転生キタコレー! と、テンションアゲアゲのリアーヌだったが、なんとその世界は乙女ゲームの舞台となった世界だった⁉︎  えっあの『ギフト』⁉︎  えっ物語のスタートは来年⁉︎  ……ってことはつまり、攻略対象たちと同じ学園ライフを送れる……⁉︎  これも全て、ある日突然、貴族になってくれた両親のおかげねっ!  ーー……でもあのゲームに『リアーヌ・ボスハウト』なんてキャラが出てた記憶ないから……きっとキャラデザも無いようなモブ令嬢なんだろうな……  これは、ある日突然、貴族の仲間入りを果たしてしまった元日本人が、大好きなゲームの世界で元日本人かつ庶民ムーブをぶちかまし、知らず知らずのうちに周りの人間も巻き込んで騒動を起こしていく物語であるーー  果たしてリアーヌはこの世界で幸せになれるのか?  周りの人間たちは無事でいられるのかーー⁉︎

婚約破棄された伯爵令嬢は錬金術師となり、ポーションを売って大金持ちになります〜今更よりを戻してくれと土下座したところでもう遅い〜

平山和人
恋愛
伯爵令嬢のフィーナは婚約者のラインハルトから真実の愛に目覚めたと婚約破棄される。そして、フィーナは家を出て王都からも追放される。 行く宛もなく途方に暮れていたところを錬金術師の女性に出会う。フィーナは事情を話し、自分の職業適性を調べてもらうとなんと魔法の才能があると判明する。 その才能を活かすため、錬金術師となりポーションを売ることに。次第にポーションが評判を呼んでいくと大金持ちになるのであった。 一方、ラインハルトはフィーナを婚約破棄したことで没落の道を歩んでいくことになる。

処理中です...