婚約破棄された男爵令嬢〜盤面のラブゲーム

清水花

文字の大きさ
上 下
8 / 125
1章 婚約破棄

7 ワインの赤

しおりを挟む
 夕食の時間です。

 私とお父様は四人掛けのテーブルを贅沢に二人だけで囲みます。

 とは言っても当然、昔から二人きりだった訳ではありません。私がまだ幼い頃はお父様の隣にお母様がいらっしゃっていつも笑顔で今日私が何をしたのだとか、明日は一緒にどこに行こうだとか、そこで何をして遊びましょうだとか色々なことを話しながら楽しく食卓を囲んでいました。もちろんお話だけではなく正しく美しいテーブルマナーも教えて頂きました。

 そして後数ヶ月も経てば待望の弟か妹が産まれて、そのうち私の横の席に座るようになって、ポーンドット家の食卓は更に賑やかで楽しいものになる筈でした。

 ですが、当時多くの死者を出した流行り病のせいでお母様とお腹の子は命を失いました。

 それからですね。このテーブルを二人で囲むようになったのは。

「…………」

「…………」

 そんな広々とした寂しささえ感じてしまうテーブルの上には、給仕の方達が手際よく並べてくれたおかげで早くも美味しそうな料理がたくさんです。

 とはいえアヴァドニア公爵家で頂いたような豪華な食事と違って、一般的な家庭で出されるような普通の食事内容ですがどれもこれも良い香りが立ち込めていてついつい食欲が刺激されてしまいます。そこはやはりポーンドット家のコックさんであるランドさんの手腕が光りますね。

 それに豪華な食事も良いのですが食事に本当に必要なのは豪華さではなく、味と栄養ですからね。私はそう思います。

「…………」

「…………」

 さて、お茶会から戻って数時間経ちますがお父様の表情は未だ暗くやはり元気がありませんし会話は全く弾みません。

 ポーンドット家の食卓は普段からあまり賑やかなものではありませんが、今日の食卓ほど静まりかえってはいません。

 たいていお父様がどことどこの家が婚約を発表しただとか、私達よりも高位な貴族の令息が婚約相手を探しているだなんて話をしてくるので、今みたいにずっと無言で食べ進めるなんて事はまずありません。

 こんなにも静まりかえった食卓では、咀嚼するのもなんだか憚られてしまって食事もうまく喉を通りません。

 私が食卓を包む重苦しい空気感に苛まれていると、明らかに緊張した様子のアンナがお父様のワインを注ぎ足しにやってきました。

 私の真正面、顔の引きつったアンナが震える手でお父様のグラスにボトルを近づけます。

 すると、ボトルを早く傾けすぎたせいでワインが勢いよく流れ出し、飛び散った数滴の赤がテーブルクロスを鮮やかに染めました。

「ーーーーあっ」

 アンナは肩をビクつかせ凍り付いたように固まったまま、ワインが染めた赤を凝視しています。

 ですが次の瞬間、透明の液体が勢いよくテーブルに広がりその赤は次第に輪郭を歪め鮮やかな鮮紅色はもはや見る影もないくらいにぼんやりと薄れていきました。

 そう、私がついうっかりとお水の入ったグラスを倒してしまったのです。

「ーーーーあっ! ごめんなさい! 考え事をしていたので、ついうっかり……アンナ、ごめんなさいね。拭いてくださる?」

「あっ、えっ、はっ、はいっ! すぐに!」

 アンナは手際よく私の零したお水を処理してくれました。そしてその事で、なんとなくですがさっきまでの重苦しい空気感も払拭されたようで、その後はいつものようにリラックスして食事を続ける事が出来ました。

 食事を終えた私は自室へと戻ります。


 



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結160万pt】王太子妃に決定している公爵令嬢の婚約者はまだ決まっておりません。王位継承権放棄を狙う王子はついでに側近を叩き直したい

宇水涼麻
恋愛
 ピンク髪ピンク瞳の少女が王城の食堂で叫んだ。 「エーティル様っ! ラオルド様の自由にしてあげてくださいっ!」  呼び止められたエーティルは未来の王太子妃に決定している公爵令嬢である。  王太子と王太子妃となる令嬢の婚約は簡単に解消できるとは思えないが、エーティルはラオルドと婚姻しないことを軽く了承する。  その意味することとは?  慌てて現れたラオルド第一王子との関係は?  なぜこのような状況になったのだろうか?  ご指摘いただき一部変更いたしました。  みなさまのご指摘、誤字脱字修正で読みやすい小説になっていっております。 今後ともよろしくお願いします。 たくさんのお気に入り嬉しいです! 大変励みになります。 ありがとうございます。 おかげさまで160万pt達成! ↓これよりネタバレあらすじ 第一王子の婚約解消を高らかに願い出たピンクさんはムーガの部下であった。 親類から王太子になることを強要され辟易しているが非情になれないラオルドにエーティルとムーガが手を差し伸べて王太子権放棄をするために仕組んだのだ。 ただの作戦だと思っていたムーガであったがいつの間にかラオルドとピンクさんは心を通わせていた。

森に捨てられた令嬢、本当の幸せを見つけました。

玖保ひかる
恋愛
[完結] 北の大国ナバランドの貴族、ヴァンダーウォール伯爵家の令嬢アリステルは、継母に冷遇され一人別棟で生活していた。 ある日、継母から仲直りをしたいとお茶会に誘われ、勧められたお茶を口にしたところ意識を失ってしまう。 アリステルが目を覚ましたのは、魔の森と人々が恐れる深い森の中。 森に捨てられてしまったのだ。 南の隣国を目指して歩き出したアリステル。腕利きの冒険者レオンと出会い、新天地での新しい人生を始めるのだが…。 苦難を乗り越えて、愛する人と本当の幸せを見つける物語。 ※小説家になろうで公開した作品を改編した物です。 ※完結しました。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

[完]本好き元地味令嬢〜婚約破棄に浮かれていたら王太子妃になりました〜

桐生桜月姫
恋愛
 シャーロット侯爵令嬢は地味で大人しいが、勉強・魔法がパーフェクトでいつも1番、それが婚約破棄されるまでの彼女の周りからの評価だった。  だが、婚約破棄されて現れた本来の彼女は輝かんばかりの銀髪にアメジストの瞳を持つ超絶美人な行動過激派だった⁉︎  本が大好きな彼女は婚約破棄後に国立図書館の司書になるがそこで待っていたのは幼馴染である王太子からの溺愛⁉︎ 〜これはシャーロットの婚約破棄から始まる波瀾万丈の人生を綴った物語である〜 夕方6時に毎日予約更新です。 1話あたり超短いです。 毎日ちょこちょこ読みたい人向けです。

悪役令嬢エリザベート物語

kirara
ファンタジー
私の名前はエリザベート・ノイズ 公爵令嬢である。 前世の名前は横川禮子。大学を卒業して入った企業でOLをしていたが、ある日の帰宅時に赤信号を無視してスクランブル交差点に飛び込んできた大型トラックとぶつかりそうになって。それからどうなったのだろう。気が付いた時には私は別の世界に転生していた。 ここは乙女ゲームの世界だ。そして私は悪役令嬢に生まれかわった。そのことを5歳の誕生パーティーの夜に知るのだった。 父はアフレイド・ノイズ公爵。 ノイズ公爵家の家長であり王国の重鎮。 魔法騎士団の総団長でもある。 母はマーガレット。 隣国アミルダ王国の第2王女。隣国の聖女の娘でもある。 兄の名前はリアム。  前世の記憶にある「乙女ゲーム」の中のエリザベート・ノイズは、王都学園の卒業パーティで、ウィリアム王太子殿下に真実の愛を見つけたと婚約を破棄され、身に覚えのない罪をきせられて国外に追放される。 そして、国境の手前で何者かに事故にみせかけて殺害されてしまうのだ。 王太子と婚約なんてするものか。 国外追放になどなるものか。 乙女ゲームの中では一人ぼっちだったエリザベート。 私は人生をあきらめない。 エリザベート・ノイズの二回目の人生が始まった。 ⭐️第16回 ファンタジー小説大賞参加中です。応援してくれると嬉しいです

成り上がり令嬢暴走日記!

笹乃笹世
恋愛
 異世界転生キタコレー! と、テンションアゲアゲのリアーヌだったが、なんとその世界は乙女ゲームの舞台となった世界だった⁉︎  えっあの『ギフト』⁉︎  えっ物語のスタートは来年⁉︎  ……ってことはつまり、攻略対象たちと同じ学園ライフを送れる……⁉︎  これも全て、ある日突然、貴族になってくれた両親のおかげねっ!  ーー……でもあのゲームに『リアーヌ・ボスハウト』なんてキャラが出てた記憶ないから……きっとキャラデザも無いようなモブ令嬢なんだろうな……  これは、ある日突然、貴族の仲間入りを果たしてしまった元日本人が、大好きなゲームの世界で元日本人かつ庶民ムーブをぶちかまし、知らず知らずのうちに周りの人間も巻き込んで騒動を起こしていく物語であるーー  果たしてリアーヌはこの世界で幸せになれるのか?  周りの人間たちは無事でいられるのかーー⁉︎

婚約破棄された伯爵令嬢は錬金術師となり、ポーションを売って大金持ちになります〜今更よりを戻してくれと土下座したところでもう遅い〜

平山和人
恋愛
伯爵令嬢のフィーナは婚約者のラインハルトから真実の愛に目覚めたと婚約破棄される。そして、フィーナは家を出て王都からも追放される。 行く宛もなく途方に暮れていたところを錬金術師の女性に出会う。フィーナは事情を話し、自分の職業適性を調べてもらうとなんと魔法の才能があると判明する。 その才能を活かすため、錬金術師となりポーションを売ることに。次第にポーションが評判を呼んでいくと大金持ちになるのであった。 一方、ラインハルトはフィーナを婚約破棄したことで没落の道を歩んでいくことになる。

処理中です...