22 / 24
スリーステップ
激情の起こり
しおりを挟む
「広い広い、草原を、どこまで、行こう。小鳥の、さえずり、誘う、空へ、どこまで、行こう」
気が付けば私は椅子に腰掛け歌を歌っていた。
私がまだ幼い頃にお母様がよく歌ってくれていた子守唄。
「アッタタター!」
アリシアは元気にはしゃいでいて、ご機嫌のようである。
非常にぼんやりとした意識の中でぽつりぽつりと唄を呟く。
頭も心も空にして、自然と口から溢れるメロディーを口ずさむ。
そうしているうちにまるで走馬灯のように昔のことが脳裏に浮かび始めた。
昔、といってもせいぜい一年くらい前の出来事である。
次々と脳裏に浮かぶそれらの出来事、そのどこを切り取っても、私の可愛い可愛いアリシアの姿がそこにはあった。
産まれて最初の声を聞いたとき、初めて顔を見たとき、抱いたとき、お乳をあげたとき、オムツを変えたとき、私を見つめてくれたとき、私に何かを伝えようとしてくれたとき、微笑んでくれたとき、あなたの寝顔を見つめていたとき。
記憶のどこを覗いても、必ずあなたがそこにいた。
そんなあなたの異変に気付き、私は気付かない振りをしていた。
そんな訳はないと、事実を拒んでいた。
けれど、逃げちゃだめだと思った。
どんな問題だって家族が一緒なら乗り越えていけると思った。
家族と、一緒なら。
家族と。
けれど、一緒にはいられなかった。
想いは、ひとつじゃなかった。
家族は、ひとつじゃなかった。
私の考えは、ただの理想だったらしい。
私の夫は、
オリバーは、
あの男は、
アリシアを、
アリシアをーーーー、
その時、私のなかで何かが爆ぜた。
それはまるで限界まで張り詰めていた糸のようなものが、ついにその均衡を破り激しく空間を裂いたようなそんな感覚。
その際に生じた音と衝撃は私の中で呼応し合いながら次第に激しさを増していき、私の抑止も跳ね除けて手がつけられないほどに巨大なものへと変わっていった。
大爆発。
音と衝撃が限界まで成長し最大の力を持ってぶつかりあった時、大爆発を起こした。
爆発後、私の中には音も衝撃も何もかもが残されてはいなかった。
あるのは寂しささえ感じる深い静寂のみ。
そんな時、寂しげな空虚からひとつの黒い塊が顔を覗かせた。
それは宙にふわふわと舞い上がると、やがて私のもとへと訪れて静かに私の胸へと寄り添ってきた。
どくんっ、と。
私の身体が激しく波打った。
それが触れた箇所が異様に熱くなっていくように感じる。
その熱さは燃え盛る業火のように私の胸を焼いていった。
時間にしてわずか数秒。そのたった数秒の間に業火は私を燃やし尽くし、私の身体にその熱を与えた。
全身に燃え広がった業火はやがて帰るべき場所へと帰るように、とある一箇所へと収束していった。
業火が帰ったのは私の心臓だった。
どくん、どくんと、脈打つ私の心臓の中、決して消えることのない業火は静かに、そして激しく燃え続けた。
燃える心臓で温まった熱き血が全身を駆け巡り、身体の隅々まで熱を伝えていく。
私の身体を焼く業火は収束したはずなのに、体温がどんどんと上がっていく。
むしろ先ほどよりも一層激しく燃え上がっているように感じる。
身体の熱が極限にまで高まる。
まるで身体が融解するような何だか心地よい感覚。
そして、私の心にひとつの感情が芽生えた。
熱く、激しく、燃え上がる、危険なまでに荒々しい破壊的な感情。
こんな気分、産まれて初めてだ。
これが、
この感情がーーーー怒り、なのだろうか。
感情の起伏が極端に乏しい鉄女と呼ばれる私が初めて感じた感情、初めて手にした感情、それが、怒り。
そして、怒りの感情を手にした私は同時に夢を見つけた。
いや。夢というよりも、もっと現実的に願いと言った方が正確かもしれない。
私の願い。
それは、夫であるオリバーとの離縁だ。
私は、あの男と全ての物事において究極的に対極の位置関係にいたいのだ。
そしてーーーー物語は始まりへと還る。
気が付けば私は椅子に腰掛け歌を歌っていた。
私がまだ幼い頃にお母様がよく歌ってくれていた子守唄。
「アッタタター!」
アリシアは元気にはしゃいでいて、ご機嫌のようである。
非常にぼんやりとした意識の中でぽつりぽつりと唄を呟く。
頭も心も空にして、自然と口から溢れるメロディーを口ずさむ。
そうしているうちにまるで走馬灯のように昔のことが脳裏に浮かび始めた。
昔、といってもせいぜい一年くらい前の出来事である。
次々と脳裏に浮かぶそれらの出来事、そのどこを切り取っても、私の可愛い可愛いアリシアの姿がそこにはあった。
産まれて最初の声を聞いたとき、初めて顔を見たとき、抱いたとき、お乳をあげたとき、オムツを変えたとき、私を見つめてくれたとき、私に何かを伝えようとしてくれたとき、微笑んでくれたとき、あなたの寝顔を見つめていたとき。
記憶のどこを覗いても、必ずあなたがそこにいた。
そんなあなたの異変に気付き、私は気付かない振りをしていた。
そんな訳はないと、事実を拒んでいた。
けれど、逃げちゃだめだと思った。
どんな問題だって家族が一緒なら乗り越えていけると思った。
家族と、一緒なら。
家族と。
けれど、一緒にはいられなかった。
想いは、ひとつじゃなかった。
家族は、ひとつじゃなかった。
私の考えは、ただの理想だったらしい。
私の夫は、
オリバーは、
あの男は、
アリシアを、
アリシアをーーーー、
その時、私のなかで何かが爆ぜた。
それはまるで限界まで張り詰めていた糸のようなものが、ついにその均衡を破り激しく空間を裂いたようなそんな感覚。
その際に生じた音と衝撃は私の中で呼応し合いながら次第に激しさを増していき、私の抑止も跳ね除けて手がつけられないほどに巨大なものへと変わっていった。
大爆発。
音と衝撃が限界まで成長し最大の力を持ってぶつかりあった時、大爆発を起こした。
爆発後、私の中には音も衝撃も何もかもが残されてはいなかった。
あるのは寂しささえ感じる深い静寂のみ。
そんな時、寂しげな空虚からひとつの黒い塊が顔を覗かせた。
それは宙にふわふわと舞い上がると、やがて私のもとへと訪れて静かに私の胸へと寄り添ってきた。
どくんっ、と。
私の身体が激しく波打った。
それが触れた箇所が異様に熱くなっていくように感じる。
その熱さは燃え盛る業火のように私の胸を焼いていった。
時間にしてわずか数秒。そのたった数秒の間に業火は私を燃やし尽くし、私の身体にその熱を与えた。
全身に燃え広がった業火はやがて帰るべき場所へと帰るように、とある一箇所へと収束していった。
業火が帰ったのは私の心臓だった。
どくん、どくんと、脈打つ私の心臓の中、決して消えることのない業火は静かに、そして激しく燃え続けた。
燃える心臓で温まった熱き血が全身を駆け巡り、身体の隅々まで熱を伝えていく。
私の身体を焼く業火は収束したはずなのに、体温がどんどんと上がっていく。
むしろ先ほどよりも一層激しく燃え上がっているように感じる。
身体の熱が極限にまで高まる。
まるで身体が融解するような何だか心地よい感覚。
そして、私の心にひとつの感情が芽生えた。
熱く、激しく、燃え上がる、危険なまでに荒々しい破壊的な感情。
こんな気分、産まれて初めてだ。
これが、
この感情がーーーー怒り、なのだろうか。
感情の起伏が極端に乏しい鉄女と呼ばれる私が初めて感じた感情、初めて手にした感情、それが、怒り。
そして、怒りの感情を手にした私は同時に夢を見つけた。
いや。夢というよりも、もっと現実的に願いと言った方が正確かもしれない。
私の願い。
それは、夫であるオリバーとの離縁だ。
私は、あの男と全ての物事において究極的に対極の位置関係にいたいのだ。
そしてーーーー物語は始まりへと還る。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

今夜で忘れる。
豆狸
恋愛
「……今夜で忘れます」
そう言って、私はジョアキン殿下を見つめました。
黄金の髪に緑色の瞳、鼻筋の通った端正な顔を持つ、我がソアレス王国の第二王子。大陸最大の図書館がそびえる学術都市として名高いソアレスの王都にある大学を卒業するまでは、侯爵令嬢の私の婚約者だった方です。
今はお互いに別の方と婚約しています。
「忘れると誓います。ですから、幼いころからの想いに決着をつけるため、どうか私にジョアキン殿下との一夜をくださいませ」
なろう様でも公開中です。

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
天才外科医は仮初の妻を手放したくない
夢幻惠
恋愛
ホテルのフリントに勤務している澪(みお)は、ある日突然見知らぬ男性、陽斗(はると)に頼まれて結婚式に出ることになる。新婦が来るまでのピンチヒッターとして了承するも、新婦は現れなかった。陽斗に頼まれて仮初の夫婦となってしまうが、陽斗は天才と呼ばれる凄腕外科医だったのだ。しかし、澪を好きな男は他にもいたのだ。幼馴染の、前坂 理久(まえさか りく)は幼い頃から澪をずっと思い続けている。


愛すべきマリア
志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。
学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。
家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。
早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。
頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。
その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。
体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。
しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。
他サイトでも掲載しています。
表紙は写真ACより転載しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる