鉄女である私を怒り狂わせた、あの男のスリーステップ

清水花

文字の大きさ
上 下
20 / 24
スリーステップ

マカロフ家

しおりを挟む
 オリバーが邸に帰って来なくなって三日が過ぎた。

 その頃には邸の中はアリシアの事とオリバーの事で妙に重たい嫌な空気感が漂っていた。

 オリバーが行き先も告げずに邸を開けることなんて今まで一度もなかった事だから、私は内心とても心配していた。

 先日、アリシアの事を知った彼の顔には絶望の色がひどく浮かんでいたから、かなりのショックを受けたのだろうと思ってはいた。

 すぐに追いかけるべきだったのかもしれないけれど、悪いがオリバーの事を心配している余裕が私にはなかった。

 鉄女と言われる私らしくひどく冷たい対応だとは思ったけれど、今はひとりで耐えてもらうしかなかった。父親と母親である私達は事実を受け止めきちんと自分の足で立たなければいけない。

 アリシアを支えていく為には私達は自分ひとりで立ち続けなければならない。

 自分の足でしっかりと大地を踏みしめて、その上で私達が左右からアリシアの手を引いて支えてあげるべきなのだ。

 間違っても夫婦が弱々しく手を取り合っている場合ではないのだ。

 とはいえ、やはり心配にはなってしまう。オリバーはそれほど気の強い人間ではないからひどく落ち込んでいるかもしれない。

 さすがに現実に絶望して滅多な事はしでかさないとは思うけれど……。

 それでも変に悲観的になるところもあるから、気掛かりではある。

 早く帰ってきてほしいものだ。これからの事について色々と話したい事もあるのだから。いつまでも弱音は吐いていられないのだ。



 オリバーが邸を出て四日が経った正午過ぎ、ようやくオリバーが邸へと帰ってきた。

 四日ぶりに見たオリバーの頭髪と着衣は乱れ表情は疲れ切っているようだった。

 力なく肩を落とし丸まった背中からは生気は感じられない。

 ずいぶんと窶れてしまっている。まるで別人のようだ。

「オリバー、大丈夫?」

「…………」

 わずかに頷くような素振りを見せたけれどオリバーは何も喋ろうとはしなかった。

「どこにいっていたの? 平気?」

「……帰って、た……。来てる……ふたりとも……一緒に……」

 オリバーはそう、ぽつりとぽつりと呟いた。

「ふたり?」 

 何の事かと考えを巡らせていると、オリバーのご両親であるダグラス様とメアリー様が部屋へと入ってこられた。

 前公爵御夫妻はそそくさと私の横を通り過ぎ、息子のオリバーの側へと歩み寄った。夫妻はまるで幼い子供を抱くようにオリバーへと身を寄せ合うと、私に厳しい視線を向けた。

「ごきげんよう、アーリィさん」

 私はそんな厳しい視線を受け戸惑いながらも笑顔でご挨拶をかえした。

「お義父様、お義母様よくおいでくださいました」

「ッナー!」

 私の腕の中でアリシアはそんなふうに元気な声を上げた。

「先日はアリシアのために色々な物を送っていただき有難うございます。アリシアも大変気に入っているようです」

 お義母様は眉ひとつ動かさずに私の事を見つめている。

 先ほどからいったいどうしたというのだろう。普段のお義母様からは想像できない冷たい印象を受ける。

 オリバーといい、お義母様といいこれではまるで別人ではないか。

「そう、気に入ってくれたの、良かった。選んだ甲斐があったというものだわ」

 もう、どうでもいいことだけれど。と、お義母様は小さく呟いた。

「えっ……」

「アーリィさん、実は今日はお願いがあって来たのよ」

「あっ、はい。何でしょう?」

 お義母様は両手で弄んでいた扇子をパチンと閉じると、私にそれを突きつけるようにして言い放った。

「オリバーと、別れていただきたいのよ!」

 その言葉が私の脳内で激しく反響した。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

すれ違ってしまった恋

秋風 爽籟
恋愛
別れてから何年も経って大切だと気が付いた… それでも、いつか戻れると思っていた… でも現実は厳しく、すれ違ってばかり…

誰にも言えないあなたへ

天海月
恋愛
子爵令嬢のクリスティーナは心に決めた思い人がいたが、彼が平民だという理由で結ばれることを諦め、彼女の事を見初めたという騎士で伯爵のマリオンと婚姻を結ぶ。 マリオンは家格も高いうえに、優しく美しい男であったが、常に他人と一線を引き、妻であるクリスティーナにさえ、どこか壁があるようだった。 年齢が離れている彼にとって自分は子供にしか見えないのかもしれない、と落ち込む彼女だったが・・・マリオンには誰にも言えない秘密があって・・・。

それぞれのその後

京佳
恋愛
婚約者の裏切りから始まるそれぞれのその後のお話し。 ざまぁ ゆるゆる設定

愛すべきマリア

志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。 学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。 家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。 早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。 頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。 その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。 体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。 しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。 他サイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより転載しました。

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。

松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。 そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。 しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。

不能と噂される皇帝の後宮に放り込まれた姫は恩返しをする

矢野りと
恋愛
不能と噂される隣国の皇帝の後宮に、牛100頭と交換で送り込まれた貧乏小国の姫。 『なんでですか!せめて牛150頭と交換してほしかったですー』と叫んでいる。 『フンガァッ』と鼻息荒く女達の戦いの場に勢い込んで来てみれば、そこはまったりパラダイスだった…。 『なんか悪いですわね~♪』と三食昼寝付き生活を満喫する姫は自分の特技を活かして皇帝に恩返しすることに。 不能?な皇帝と勘違い姫の恋の行方はどうなるのか。 ※設定はゆるいです。 ※たくさん笑ってください♪ ※お気に入り登録、感想有り難うございます♪執筆の励みにしております!

処理中です...