鉄女である私を怒り狂わせた、あの男のスリーステップ

清水花

文字の大きさ
上 下
2 / 24
ワンステップ

アーリィ・アレストフ伯爵令嬢

しおりを挟む
 突然だが、私には夢がある。

 もちろん、その夢を夢のままで終わらせる気は少しもない。

 必ずーーーー必ず現実のものにしてみせる。

 私が夢の実現に対しこれほどの激情に駆られるようになったのは、あるひとりの男のおかげである。

 その男と知り合い親交を深めていった結果、私は自分でも信じられないほどの熱く、大きく、濃密な激情に駆られる事になった。

 今、この瞬間にも弾けてしまいそうなほど膨らんだリアルなこの感情。これは普通に生活していては到底手に入れる事はできなかったものだと思う。

 そう考えるとあの男は一種の恩人と言えなくもない。

 もともと感情の起伏にあまり変化のない私をこれほどまでに怒り狂わせた男ーーーーつまり、私の夫。

 そして私の夢とは、もちろんあの男との離縁である。

 離婚して法律上の婚姻関係を解消し、そしてその上で、残りの私の人生においてもう二度と、金輪際出会う事がないように私とあの男の縁という縁を全て断ち切りたいのだ。

 私はあの男と絶対的に対極の位置関係に在りたく、片時も側にいて欲しくない。

 願わくば時間軸さえ超越した別世界、あるいは別次元のような絶対的な距離感を永遠に保ち、なおも離れ続けたいと切に願っている。

 それほど私の全細胞はあの男を拒絶しているのだ。

 腹の底から噴き上げる熱き激情となって。

 では、なぜ私があの男に対しこれほどの怒りの念を抱く事になったのか。

 記憶を辿る事さえ、ましてこの場で語って聞かせる事など本来ならあり得ない事なのだが、そうは言っても語らずには何も始まるまい。

 記憶の奥底に沈めた忌々しい欠片を今一度、水面へと掬い上げるとしよう。

 


 あれは今から一年と少し前の事である。

 当時の私、アーリィ・アレストフは結婚を約三ヶ月後に控えている身だった。

 親同士が決めた縁談だったが、今まで特に恋愛などしたことのなかった私は結婚を単なる通過儀式のように、当たり前の事としてその縁談を受け入れていた。

 お相手の、オリバー・マカロフ公爵令息に対しても特に嫌な印象も抱かなかったので、何度か顔を会わせるうちに自然と打ち解ける事ができた。

 縁談は極めて順調に進んでいたのだ。

 時が経つにつれ私は完全にオリバーの事を信頼し、彼とこの先共に築くであろう家庭について思いを馳せたりした。

 目を凝らせば見えるような、すぐ先の未来。そこには一般的な仲睦まじい夫婦の姿があって、その傍らには子供の姿も。

 そんな想像をすると、まるで人生の第二幕が始まったような気さえして、柄にもなく心が浮き立つ思いだった。

 けれど、それから少しして私達の周辺が急に慌ただしくなったのだ。

 私達というより、オリバーの、と言った方が正解だろう。

 その日は私がオリバーの邸宅に赴く日で、私は馬車に乗りオリバーのもとへと向かった。

 オリバーの屋敷に到着し馬車を降りると、何やらテラスの辺りで騒いでいる数人の姿が目に止まった。

 何の騒ぎだろうと思いながらテラスに近づいて行くと、そこにはオリバーと三人の女性の姿があった。

 三人の女性は自身の身体をオリバーにぴったりと添わせ、不自然に顎を引き、口々に何やら訴えかけているようだった。

 対するオリバーは照れ笑いを浮かべつつも、一人一人の話を聞いては順に返事を繰り返す、という行動を繰り返していた。

 私が四人の傍らに立ってこの状況をどうしたものかと思案していると、三人の女性のうちの一人が私の存在を認めるなりなぜか睨みつけるようにしてこう言い放った。

「あなたは? まさか、私のオリバー様に何か御用かしら?」

 私はどう返事をしたものかと、思いを巡らせた。


 




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫と息子は私が守ります!〜呪いを受けた夫とワケあり義息子を守る転生令嬢の奮闘記〜

梵天丸
恋愛
グリーン侯爵家のシャーロットは、妾の子ということで本妻の子たちとは差別化され、不遇な扱いを受けていた。 そんなシャーロットにある日、いわくつきの公爵との結婚の話が舞い込む。 実はシャーロットはバツイチで元保育士の転生令嬢だった。そしてこの物語の舞台は、彼女が愛読していた小説の世界のものだ。原作の小説には4行ほどしか登場しないシャーロットは、公爵との結婚後すぐに離婚し、出戻っていた。しかしその後、シャーロットは30歳年上のやもめ子爵に嫁がされた挙げ句、愛人に殺されるという不遇な脇役だった。 悲惨な末路を避けるためには、何としても公爵との結婚を長続きさせるしかない。 しかし、嫁いだ先の公爵家は、極寒の北国にある上、夫である公爵は魔女の呪いを受けて目が見えない。さらに公爵を始め、公爵家の人たちはシャーロットに対してよそよそしく、いかにも早く出て行って欲しいという雰囲気だった。原作のシャーロットが耐えきれずに離婚した理由が分かる。しかし、実家に戻れば、悲惨な末路が待っている。シャーロットは図々しく居座る計画を立てる。 そんなある日、シャーロットは城の中で公爵にそっくりな子どもと出会う。その子どもは、公爵のことを「お父さん」と呼んだ。

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

すれ違ってしまった恋

秋風 爽籟
恋愛
別れてから何年も経って大切だと気が付いた… それでも、いつか戻れると思っていた… でも現実は厳しく、すれ違ってばかり…

それぞれのその後

京佳
恋愛
婚約者の裏切りから始まるそれぞれのその後のお話し。 ざまぁ ゆるゆる設定

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

望まれない結婚〜相手は前妻を忘れられない初恋の人でした

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【忘れるな、憎い君と結婚するのは亡き妻の遺言だということを】 男爵家令嬢、ジェニファーは薄幸な少女だった。両親を早くに亡くし、意地悪な叔母と叔父に育てられた彼女には忘れられない初恋があった。それは少女時代、病弱な従姉妹の話し相手として滞在した避暑地で偶然出会った少年。年が近かった2人は頻繁に会っては楽しい日々を過ごしているうちに、ジェニファーは少年に好意を抱くようになっていった。 少年に恋したジェニファーは今の生活が長く続くことを祈った。 けれど従姉妹の体調が悪化し、遠くの病院に入院することになり、ジェニファーの役目は終わった。 少年に別れを告げる事もできずに、元の生活に戻ることになってしまったのだ。 それから十数年の時が流れ、音信不通になっていた従姉妹が自分の初恋の男性と結婚したことを知る。その事実にショックを受けたものの、ジェニファーは2人の結婚を心から祝うことにした。 その2年後、従姉妹は病で亡くなってしまう。それから1年の歳月が流れ、突然彼から求婚状が届けられた。ずっと彼のことが忘れられなかったジェニファーは、喜んで後妻に入ることにしたのだが……。 そこには残酷な現実が待っていた―― *他サイトでも投稿中

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

処理中です...