アゲアゲ淑女のティータイム〜さあ、あなたのお話を聞かせてちょうだい

清水花

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富を根こそぎ失った男

第八話

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「こ……これは……」

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 小さなくじ券にいくつも並ぶ7の群れ。

 縦横三マスにびっしりと敷き詰められた7はどこか異様な雰囲気を醸していた。

「えぇっ⁉︎ ちょっ、これ……これぇぇぇ! 上段っ⁉︎ 上段に7が三つ揃っているぅぅぅっ⁉︎」

 人目も憚らず騒ぐ彼の姿を通りを行く人々が横目で眺めている。

 彼はここでようやく理解した。そうーーーー彼は三等の大金貨五十枚に当選しているのだ。

 血走った眼差しでくじ券を見つめる。

 7が三つ綺麗に並んでいる。

 まぶたを何度も擦り、目を細めて確認する。

 7は変わらず堂々と三つ並んでいる。

 天に掲げ矯めつ眇めつ確認する。

 何度確認しても7は不動の様相を呈している。

「あ……あた……当たって……る? ほっ、本当に……当たっているのか……?」

 彼はどうにも信じられないといった様子でその場に立ち尽くし、ただひたすらにくじ券を食い入るように見つめている。

 大金貨五十枚。

 あの日、祖母から託された大金貨、五十枚。

 そのお金がーーーー祖母が自身のもとへと帰って来てくれたような、そんな気持ちだった。

 祖母が、祖母が最後に贅沢させようとしてくれているのであろうか?

 もしくは、このお金だけはと取り返してくれたとか?

 予想だにしない急展開に彼の思考は全く追いつかず、今日が何月何日であったかや、今朝の占いははたして何位であったか、などどうでも良い事ばかりが脳内を駆け巡っていた。

「あぁ……あぁ……あぁ……」

 しかし、大混乱状態だった彼の思考は徐々にではあるが冷静さを取り戻し始め、やがて当選金による贅沢三昧な光景が次々と浮かび始めていた。

 霜降り肉の分厚いステーキ、新鮮な魚やアワビなどの魚介類、ヴィンテージもののワインやウイスキー、五つ星レストランのフルコースというのもいいかもしれない。

 普段から馴染みのないそれらのご馳走を思い浮かべていると、今までどこに潜んでいたのかと呆れてしまうほどの生きる活力が沸々と湧き上がってきた。

 心が躍り、胸が躍る。

 これほど活力がみなぎるのは果たしていつぶりの事だろう。胸が躍るほどに嬉々としたのは果たしていつぶりの事だろう、と彼は考える。

 記憶を巡った刹那、求めていたその答えに行き当たった。それはそう遠くない過去、ほんの一年前くらいの事であった。

 これほどまでに歓喜したのは、そうーーーー目標の大金貨一千枚を見事、貯め終えたあの時以来だった。

 歓喜する彼の脳裏に、あの日騙し取られた大金貨一千枚の記憶が影を落とす。

 しかし、その辛い過去は今改めて向き合ってみると、わずかではあるが色彩に陰りをさしているように感じる。

 人生を諦め、生きる事を放棄せざるを得なかったあの忌まわしい出来事が、数日前とは明らかに違って見えてしまう。

 今、起こった事ではなくて。あくまでも過去に起こった事だと、そう認識してしまっている。

 正確な表現では無いのかもしれないがーーーー彼は資金を騙し取られた事を許し、納得しようとしているようだ。

 そしてその上で、未来への新たな一歩を踏み出そうともしている……。

 彼は戸惑いを感じていた。夢の、努力の結晶を無慈悲に奪い去られ、未来を根こそぎ奪われた筈なのに、あろう事かそれを許し納得しようとしているだなんて……。

 何をどう考えたって納得なんて出来やしない。誰かの努力を踏みにじる事なんて誰にも許されてはいないのだ。誰かの夢をぶち壊す権利なんて誰も持ってはいないのだ。

 そんな理不尽な事、誰もして良い訳が無いんだ。

 彼の感情が怒りへとシフトする。

 けれど、轟々と燃え始めた怒りの業火はすぐに非常に小さな火種へと変わった。

 許せるはずなんてないのだが、やはりその事を受け入れ納得してしまっている。

 今の心の内は、騙し取られた無念さよりも高額当選した喜びの方が圧倒的に大きいのだ。

 どれだけ辛い経験も痛みも、時が過ぎ去れば色褪せていく。

 燃えたぎる怒りも輪郭がぼやけ薄れていく。

 今、起こった出来事に対する感情はどこまでも鮮明で、色鮮やかで、ありありと目の前で輝き存在している。

 高額当選した喜びは間違いなく今、ここにあるのだ。

 今ある喜びを思う存分噛み締めよう。

 彼は両手を高く掲げ、天を仰いだ。
 
「お婆ちゃん……」







 

 











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