8 / 13
富を根こそぎ失った男
第八話
しおりを挟む
「こ……これは……」
777
777
777
小さなくじ券にいくつも並ぶ7の群れ。
縦横三マスにびっしりと敷き詰められた7はどこか異様な雰囲気を醸していた。
「えぇっ⁉︎ ちょっ、これ……これぇぇぇ! 上段っ⁉︎ 上段に7が三つ揃っているぅぅぅっ⁉︎」
人目も憚らず騒ぐ彼の姿を通りを行く人々が横目で眺めている。
彼はここでようやく理解した。そうーーーー彼は三等の大金貨五十枚に当選しているのだ。
血走った眼差しでくじ券を見つめる。
7が三つ綺麗に並んでいる。
まぶたを何度も擦り、目を細めて確認する。
7は変わらず堂々と三つ並んでいる。
天に掲げ矯めつ眇めつ確認する。
何度確認しても7は不動の様相を呈している。
「あ……あた……当たって……る? ほっ、本当に……当たっているのか……?」
彼はどうにも信じられないといった様子でその場に立ち尽くし、ただひたすらにくじ券を食い入るように見つめている。
大金貨五十枚。
あの日、祖母から託された大金貨、五十枚。
そのお金がーーーー祖母が自身のもとへと帰って来てくれたような、そんな気持ちだった。
祖母が、祖母が最後に贅沢させようとしてくれているのであろうか?
もしくは、このお金だけはと取り返してくれたとか?
予想だにしない急展開に彼の思考は全く追いつかず、今日が何月何日であったかや、今朝の占いははたして何位であったか、などどうでも良い事ばかりが脳内を駆け巡っていた。
「あぁ……あぁ……あぁ……」
しかし、大混乱状態だった彼の思考は徐々にではあるが冷静さを取り戻し始め、やがて当選金による贅沢三昧な光景が次々と浮かび始めていた。
霜降り肉の分厚いステーキ、新鮮な魚やアワビなどの魚介類、ヴィンテージもののワインやウイスキー、五つ星レストランのフルコースというのもいいかもしれない。
普段から馴染みのないそれらのご馳走を思い浮かべていると、今までどこに潜んでいたのかと呆れてしまうほどの生きる活力が沸々と湧き上がってきた。
心が躍り、胸が躍る。
これほど活力がみなぎるのは果たしていつぶりの事だろう。胸が躍るほどに嬉々としたのは果たしていつぶりの事だろう、と彼は考える。
記憶を巡った刹那、求めていたその答えに行き当たった。それはそう遠くない過去、ほんの一年前くらいの事であった。
これほどまでに歓喜したのは、そうーーーー目標の大金貨一千枚を見事、貯め終えたあの時以来だった。
歓喜する彼の脳裏に、あの日騙し取られた大金貨一千枚の記憶が影を落とす。
しかし、その辛い過去は今改めて向き合ってみると、わずかではあるが色彩に陰りをさしているように感じる。
人生を諦め、生きる事を放棄せざるを得なかったあの忌まわしい出来事が、数日前とは明らかに違って見えてしまう。
今、起こった事ではなくて。あくまでも過去に起こった事だと、そう認識してしまっている。
正確な表現では無いのかもしれないがーーーー彼は資金を騙し取られた事を許し、納得しようとしているようだ。
そしてその上で、未来への新たな一歩を踏み出そうともしている……。
彼は戸惑いを感じていた。夢の、努力の結晶を無慈悲に奪い去られ、未来を根こそぎ奪われた筈なのに、あろう事かそれを許し納得しようとしているだなんて……。
何をどう考えたって納得なんて出来やしない。誰かの努力を踏みにじる事なんて誰にも許されてはいないのだ。誰かの夢をぶち壊す権利なんて誰も持ってはいないのだ。
そんな理不尽な事、誰もして良い訳が無いんだ。
彼の感情が怒りへとシフトする。
けれど、轟々と燃え始めた怒りの業火はすぐに非常に小さな火種へと変わった。
許せるはずなんてないのだが、やはりその事を受け入れ納得してしまっている。
今の心の内は、騙し取られた無念さよりも高額当選した喜びの方が圧倒的に大きいのだ。
どれだけ辛い経験も痛みも、時が過ぎ去れば色褪せていく。
燃えたぎる怒りも輪郭がぼやけ薄れていく。
今、起こった出来事に対する感情はどこまでも鮮明で、色鮮やかで、ありありと目の前で輝き存在している。
高額当選した喜びは間違いなく今、ここにあるのだ。
今ある喜びを思う存分噛み締めよう。
彼は両手を高く掲げ、天を仰いだ。
「お婆ちゃん……」
777
777
777
小さなくじ券にいくつも並ぶ7の群れ。
縦横三マスにびっしりと敷き詰められた7はどこか異様な雰囲気を醸していた。
「えぇっ⁉︎ ちょっ、これ……これぇぇぇ! 上段っ⁉︎ 上段に7が三つ揃っているぅぅぅっ⁉︎」
人目も憚らず騒ぐ彼の姿を通りを行く人々が横目で眺めている。
彼はここでようやく理解した。そうーーーー彼は三等の大金貨五十枚に当選しているのだ。
血走った眼差しでくじ券を見つめる。
7が三つ綺麗に並んでいる。
まぶたを何度も擦り、目を細めて確認する。
7は変わらず堂々と三つ並んでいる。
天に掲げ矯めつ眇めつ確認する。
何度確認しても7は不動の様相を呈している。
「あ……あた……当たって……る? ほっ、本当に……当たっているのか……?」
彼はどうにも信じられないといった様子でその場に立ち尽くし、ただひたすらにくじ券を食い入るように見つめている。
大金貨五十枚。
あの日、祖母から託された大金貨、五十枚。
そのお金がーーーー祖母が自身のもとへと帰って来てくれたような、そんな気持ちだった。
祖母が、祖母が最後に贅沢させようとしてくれているのであろうか?
もしくは、このお金だけはと取り返してくれたとか?
予想だにしない急展開に彼の思考は全く追いつかず、今日が何月何日であったかや、今朝の占いははたして何位であったか、などどうでも良い事ばかりが脳内を駆け巡っていた。
「あぁ……あぁ……あぁ……」
しかし、大混乱状態だった彼の思考は徐々にではあるが冷静さを取り戻し始め、やがて当選金による贅沢三昧な光景が次々と浮かび始めていた。
霜降り肉の分厚いステーキ、新鮮な魚やアワビなどの魚介類、ヴィンテージもののワインやウイスキー、五つ星レストランのフルコースというのもいいかもしれない。
普段から馴染みのないそれらのご馳走を思い浮かべていると、今までどこに潜んでいたのかと呆れてしまうほどの生きる活力が沸々と湧き上がってきた。
心が躍り、胸が躍る。
これほど活力がみなぎるのは果たしていつぶりの事だろう。胸が躍るほどに嬉々としたのは果たしていつぶりの事だろう、と彼は考える。
記憶を巡った刹那、求めていたその答えに行き当たった。それはそう遠くない過去、ほんの一年前くらいの事であった。
これほどまでに歓喜したのは、そうーーーー目標の大金貨一千枚を見事、貯め終えたあの時以来だった。
歓喜する彼の脳裏に、あの日騙し取られた大金貨一千枚の記憶が影を落とす。
しかし、その辛い過去は今改めて向き合ってみると、わずかではあるが色彩に陰りをさしているように感じる。
人生を諦め、生きる事を放棄せざるを得なかったあの忌まわしい出来事が、数日前とは明らかに違って見えてしまう。
今、起こった事ではなくて。あくまでも過去に起こった事だと、そう認識してしまっている。
正確な表現では無いのかもしれないがーーーー彼は資金を騙し取られた事を許し、納得しようとしているようだ。
そしてその上で、未来への新たな一歩を踏み出そうともしている……。
彼は戸惑いを感じていた。夢の、努力の結晶を無慈悲に奪い去られ、未来を根こそぎ奪われた筈なのに、あろう事かそれを許し納得しようとしているだなんて……。
何をどう考えたって納得なんて出来やしない。誰かの努力を踏みにじる事なんて誰にも許されてはいないのだ。誰かの夢をぶち壊す権利なんて誰も持ってはいないのだ。
そんな理不尽な事、誰もして良い訳が無いんだ。
彼の感情が怒りへとシフトする。
けれど、轟々と燃え始めた怒りの業火はすぐに非常に小さな火種へと変わった。
許せるはずなんてないのだが、やはりその事を受け入れ納得してしまっている。
今の心の内は、騙し取られた無念さよりも高額当選した喜びの方が圧倒的に大きいのだ。
どれだけ辛い経験も痛みも、時が過ぎ去れば色褪せていく。
燃えたぎる怒りも輪郭がぼやけ薄れていく。
今、起こった出来事に対する感情はどこまでも鮮明で、色鮮やかで、ありありと目の前で輝き存在している。
高額当選した喜びは間違いなく今、ここにあるのだ。
今ある喜びを思う存分噛み締めよう。
彼は両手を高く掲げ、天を仰いだ。
「お婆ちゃん……」
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
(完結)貴方から解放してくださいー私はもう疲れました(全4話)
青空一夏
恋愛
私はローワン伯爵家の一人娘クララ。私には大好きな男性がいるの。それはイーサン・ドミニク。侯爵家の子息である彼と私は相思相愛だと信じていた。
だって、私のお誕生日には私の瞳色のジャボ(今のネクタイのようなもの)をして参加してくれて、別れ際にキスまでしてくれたから。
けれど、翌日「僕の手紙を君の親友ダーシィに渡してくれないか?」と、唐突に言われた。意味がわからない。愛されていると信じていたからだ。
「なぜですか?」
「うん、実のところ私が本当に愛しているのはダーシィなんだ」
イーサン様は私の心をかき乱す。なぜ、私はこれほどにふりまわすの?
これは大好きな男性に心をかき乱された女性が悩んで・・・・・・結果、幸せになったお話しです。(元さやではない)
因果応報的ざまぁ。主人公がなにかを仕掛けるわけではありません。中世ヨーロッパ風世界で、現代的表現や機器がでてくるかもしれない異世界のお話しです。ご都合主義です。タグ修正、追加の可能性あり。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る
家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。
しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。
仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。
そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる