アゲアゲ淑女のティータイム〜さあ、あなたのお話を聞かせてちょうだい

清水花

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富を根こそぎ失った男

第三話 

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「俺は……俺には夢があったんだ。幼い頃からの夢が。

 大人になったら絶対自分の店を建てるっていう夢がな。

 だから……いつか立派なカフェを始めるために、幼い頃から小遣いをコツコツと貯めたりしていたんだ。

 友達と遊びに行くのも我慢して、お菓子買うのも我慢してさ……。今思えば馬鹿げたちっぽけな努力だけどさ……それでも、ほんの僅かでも、それで夢が叶うのならそれでいいって子供ながらに思ったんだ。

 それから学校を卒業した俺は、料理の勉強も兼ねて色んな飲食店でがむしゃらに働いた。カフェのイメージとは合わないような料理も積極的に学んだ。色んな料理が俺の頭の中で混ざって、今まで見た事もないような全く新しいものが出来上がる事もあるだろうしさ。

 料理に関する知識は多いに越したことはないーーーー俺は絶対にそう思う。

 だから俺は料理に関する知識を深めるため、店を建てる資金作りのため、寝る間も惜しんで働いたんだ。そんな生活が約十年間続き、いつしか俺は自分の料理に自信が持てるようになった。
 
 資金の方も十分とは言えないが、それでもまあ何とかなる金額を貯めることが出来た。嬉しかった。子供の頃からの夢が、その第一歩が遂に踏み出せるんだから。ようやく俺の人生の第二幕が始まるんだって思うと、言いようのない感情が込み上げてきた。

 そこで俺は深く考えた。腕と資金の準備が整ったのなら開業から経営までの深い知識や経験も必要なのではないかと。そう思ったんだ。

 だが、俺は資金集めと腕を磨くことばかり考えていたから、そんな専門知識を持ち合わせてはいない。今後どうするべきなのか、経営について一から学ぶべきなのかどうか、頭を悩ませている時に一人の男と知り合ったんだ。

 なんでもその男は経営コンサルタントという仕事をしていて、俺のように自分の店を持ちたいと願う人々に助言するなどして、実際に開業するまでサポートしてくれる仕事をしていると言うのだ。俺はすぐさまその男の話を聞いて、全然イメージの湧かなかった開業から経営までの大まかな流れを掴むことが出来た。

 また、素人では知る由もない詳細な事柄まで教えてくれてまさに目から鱗だったよ。気付けば二時間近く話し込んでいて、辺りはすっかり暗くなっていた。

 俺は慌てて男に礼を言い、金を支払おうとした。だが男は言った。『今教えたのは、基本的な事ばかりなので礼はいらぬ。私に正式に仕事を依頼してくれるのなら私も本腰を入れてあなたをサポートする。あなたの夢を叶えるのに全力で協力する』と。だから俺はその場で正式な仕事の依頼をした。握手を交わし、明日から本格的に動いて行くことにしたんだ。

 翌日、男は俺の元へと現れ昨日と同じように日が暮れるまで話し込んだ。

 その後も何日も話し込み、店の外装や内装、テーブルの配置と従業員の雇用、メニューの内容にいたるまで事細かく確認しプランを練った。実際に店を建てる土地を見にも行った。駅の裏手に位置する大通りの一角には日当たりの良い空き地があって、今後行われる区画整理により駅の裏手が大きく作り替えられるって言うじゃないか。

 一昔前の古い建物が全て取り壊され綺麗さっぱり片付いた時、俺の店が大通りの一等地にオープンするって算段だ。

 加えて近くには立派な一軒家が立ち並ぶ住宅街もあり、家族連れや母親同士の集まりといった客層も集客出来そうだと二人で胸を躍らせた。物事が良い方へ良い方へと順調に転がっていく様は何だか誇らしくもあった。

 そして俺と男が出会って一ヶ月が過ぎようとしたある日のこと、男は突然俺の前から姿を消した。本当によく気が利く男だったから、土地や建物の事などを調べまわってくれているのだろうと思い、俺は俺の仕事を進めていた。

 だが、一週間経っても姿を見せないのでさすがに心配になった俺は周辺を探し回ったが、ついには男を見つけることは出来なかった。

 事故や事件に巻き込まれたのではないかとも思ったのだが、最近そういった物騒な話も聞かないのであの男の身に何か起きたとはどうしても考えにくかった。
 だからいつか忘れた頃に何気ない顔で戻ってくるだろうと思い、俺は建物の工事が始まるのを待った。

 だがーーーー工事が始まる予定日を過ぎても一向に工事が始まる気配すらなかった。
 変だと思った俺は工事業者に問い合わせたが、そんな依頼は受けていないと言われた。

 何度も何度も確認してもらったが、誰に聞いてもやはりそんな仕事は受けていないと言われ電話を切られた。

 俺は困惑した。

 あの男が用意した資料に建設会社の名前も住所も電話番号もきちんと書いてある。電話も実際に繋がった。しかし、仕事の話がまるで進んでいないという。

 酷く困惑した俺は土地の管理者に問い合わせたところ、電話口には若い男がでた。管理者の老人に代わって欲しいと頼んだがどうも会話が噛み合わない。電話口の男が言うには商談は若い社員が担当するのが普通で、社長自ら現地で商談することはまずあり得ないとのことだ。

 俺はついつい大声になりながら俺があの日会った老人の特徴を伝え、電話を代われと言った。しばらくして電話口から聴こえてきたのは、とても理解できる内容の言葉では無かった。さっきの若い男が言うには社長は約三ヶ月前から海外にいて今もこの街にはいないと言うのだ。そして社長以外に老人の社員はいないとも。俺は言葉を失いそのまま電話を切った。

 そしてーーーー俺は銀行へと向かいそこでようやく現実を目の当たりにした。俺の預金残高はーーーーゼロ。

 何ひとつ残ってはいなかった。夢を叶えるために幼い頃から必死に貯めていた資金が全て無くなっていたんだ。

 騙された。愚かにもそこでようやく現実を理解した。あの男は俺の金を奪うために俺に近寄り、嘘をつき続けてはずっとチャンスを伺っていたのだ。

 画面に表示されたゼロという数字を見つめていると、今までの苦労がひとつひとつ泡のように浮かんでは、跡形もなく消えていくようなそんな気がした。そしていくつ目かの泡が弾けた時、俺の脳裏にあの男の顔が浮かんだ。哀れな俺を見下しながら高笑いするあの男の顔が。

 殺してやりたかった。

 一片の肉片も残らないほどに砕いて、砕いて、砕ききって、この世からあの男の存在全てを消し去ってやりたいと思った。

 だが……身を焦すほどの激しい 怒りもそう長くは続かなかった。

 俺の怒りは頂点を通り越し、再び絶望の底へと沈んだ。

 たとえ男を見つけたとしても俺は人殺しになってしまうから……。そんな奴が建てた店に誰が来てくれるだろうか……。結局は騙された俺が悪い。俺が全て悪いんだ……。だから……悪者はさっさとこの世からおさらばしようと思ったのさ。あぁ……、ごめんな、こんな退屈な話を長々と聞かせてしまって……」

「…………」

 女はテーブルの一点を見つめたまま動かない。

 対して彼はすっかりと血行がよくなった顔で大変申し訳なさそうに言う。

「ここまで話すつもりはなかったんだが……なんでかな? あんたに話してると死んだはずの心に力がみなぎるっていうか、感情が抑えられなくなってしまった。自分でも不思議な感じなんだが……あんたにだけは俺の話をきちんと聞いて欲しかったのかもしれない……馬鹿な男の最後の物語を覚えていて欲しかったのかもしれない」

「…………」

 彼女は穏やかな眼差しのまま、いまだテーブルの一点を見つめたまま口を開こうとはしない。

「ーーーーとにかく、俺の話はこれで終わりだ。なぁ、あんた。これで満足してくれたかい?」

 彼は自身の話を語り終えすっかりと身が軽くなったようである。上気し太い血管が浮き出た額や首元は非常に生き生きとし、生に満ち満ちている。出会った頃の彼とは明らかに醸す雰囲気が違って見え、今ではまるで別人の様である。

「ーーーーええ、とても満足よ。ありがとう、一つたりとも包み隠さず全て話してくれて。辛かったわね……」

 彼女はゆっくりと正面に座る男の姿に視線を送ると、小さくそう呟き紅茶の入ったカップをソーサーの上に戻した。
 
















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