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富を根こそぎ失った男
第二話
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「あの……あなたはいったい……?」
「ーーそんな事より早く席に着いて。せっかくの紅茶が冷めてしまうわ」
戸惑う彼に対し彼女は毅然とした態度で言う。
彼はそんな彼女の醸す空気に気圧され、仕方なく彼女の正面へそろそろと腰をおろした。
ティーカップから立ち昇る芳醇な紅茶の香りが鼻へと届いた。驚くほどに心地よい良い香りだ。
行った覚えの無い茶畑の風景が朧げではあるが浮かび上がってくるようだ。
「ーーさあ、まずは一口召し上がって? とても良い紅茶なのよ」
「は……はぁ……」
飲み慣れない紅茶のカップを手に取り恐る恐る口へと運ぶ。
「ーーーーっ⁉︎」
美味しい。
素直な感想を述べるのなら、その一言で十分だ。
美味しさが口内に流れ込み、一気に膨れ上がる。
これを美味しいと言わずに何と言う?
「ーーーーふふふっ。気に入ってくれたようね。良かったわ」
「あ……ええ、まあ」
あまりの紅茶の美味しさに彼は我を忘れていた。目の前に座る彼女が声をかけていなければ、もうしばらくは波打つ紅茶の表面を無心で眺めていたに違いない。
「それにーーーーずいぶんと色も戻ったわね。安心したわ」
「色……ですか?」
「じゃあ、そろそろあなたのお話、聞かせてもらおうかしら?」
彼はさらに困惑した。それは目の前の彼女が何の脈絡もなく突然に話を聞かせろと言ってきたからだ。
自分の話? 何だそれは? そんなもの知らない。まして見ず知らずの彼女に語って聞かせる話など自分には無い。
あるはずがない。
自分は今から死のうとしているのに。悪意に塗り固められた救いようのない我が人生に終止符を打つつもりなのに。そんな最中に語る話など……。
そもそも今はどういう状況なのだ? 人生に絶望し死に場所を探していたのに、見知らぬ女性に手招きされ、紅茶を飲んで、話を聞かせろ? 全く理解できない。それに、色が戻るとは何だ? 彼女は何を言っているんだ? そもそも、彼女自体いったい何者なのだ? こうして顔を突き合わせ話をしてみても、一向に誰だか分からない。知り合いなどでは決してない。考えてみれば全てが分からないではないか。この状況も、彼女も、彼女の発言の意図さえも。何もかもが分からない。
彼の頭の中ではそんな事がぐるぐると渦巻いていた。
「ーーーーあなたの身にいったい何が起こったの?」
ここでようやく彼女から理解できる内容の言葉が飛び出した。
自分の身にいったい何があったのか?
自分に何が襲いかかったのか?
その事により自分の生活が、これまで必死に積み上げてきた努力の成果が、どれほど凄惨に一変したか。
それを聞きたいと言っているのか? 彼女は。
「…………」
この女、他人の不幸話を収集するタチの悪い変人か? それともあるいはアイツの様な……。
彼の中で猜疑心が強く芽生え、目の前の女に対する異常なまでの警告音が耳の奥でけたたましく鳴り響いた。
この女の話など無視して今すぐこの場を立ち去るべきだーーーー彼は本能的にそう判断し腰を浮かしかけた。
だが、
いや……。この女が何者であれ自分には関係ない。たとえ詐欺師だろうと何だろうと、自分は今から死ぬのだからそんなこと知ったことではない。
まして死神ならば喜んで命を差し出そう。自殺する手間が省けるというものだ。
もはや極限状態であった彼はそう考えた。
俺の話が聞きたい。ふん、いいさ。いいだろう。聞きたいのなら聞かせてやる。気の済むまで語り尽くしてやる。これが、俺が俺の人生で語る正真正銘最後の話だ。
彼は椅子に深く腰を落ち着けると、硬く閉ざしていた口を開いた。
「ーーそんな事より早く席に着いて。せっかくの紅茶が冷めてしまうわ」
戸惑う彼に対し彼女は毅然とした態度で言う。
彼はそんな彼女の醸す空気に気圧され、仕方なく彼女の正面へそろそろと腰をおろした。
ティーカップから立ち昇る芳醇な紅茶の香りが鼻へと届いた。驚くほどに心地よい良い香りだ。
行った覚えの無い茶畑の風景が朧げではあるが浮かび上がってくるようだ。
「ーーさあ、まずは一口召し上がって? とても良い紅茶なのよ」
「は……はぁ……」
飲み慣れない紅茶のカップを手に取り恐る恐る口へと運ぶ。
「ーーーーっ⁉︎」
美味しい。
素直な感想を述べるのなら、その一言で十分だ。
美味しさが口内に流れ込み、一気に膨れ上がる。
これを美味しいと言わずに何と言う?
「ーーーーふふふっ。気に入ってくれたようね。良かったわ」
「あ……ええ、まあ」
あまりの紅茶の美味しさに彼は我を忘れていた。目の前に座る彼女が声をかけていなければ、もうしばらくは波打つ紅茶の表面を無心で眺めていたに違いない。
「それにーーーーずいぶんと色も戻ったわね。安心したわ」
「色……ですか?」
「じゃあ、そろそろあなたのお話、聞かせてもらおうかしら?」
彼はさらに困惑した。それは目の前の彼女が何の脈絡もなく突然に話を聞かせろと言ってきたからだ。
自分の話? 何だそれは? そんなもの知らない。まして見ず知らずの彼女に語って聞かせる話など自分には無い。
あるはずがない。
自分は今から死のうとしているのに。悪意に塗り固められた救いようのない我が人生に終止符を打つつもりなのに。そんな最中に語る話など……。
そもそも今はどういう状況なのだ? 人生に絶望し死に場所を探していたのに、見知らぬ女性に手招きされ、紅茶を飲んで、話を聞かせろ? 全く理解できない。それに、色が戻るとは何だ? 彼女は何を言っているんだ? そもそも、彼女自体いったい何者なのだ? こうして顔を突き合わせ話をしてみても、一向に誰だか分からない。知り合いなどでは決してない。考えてみれば全てが分からないではないか。この状況も、彼女も、彼女の発言の意図さえも。何もかもが分からない。
彼の頭の中ではそんな事がぐるぐると渦巻いていた。
「ーーーーあなたの身にいったい何が起こったの?」
ここでようやく彼女から理解できる内容の言葉が飛び出した。
自分の身にいったい何があったのか?
自分に何が襲いかかったのか?
その事により自分の生活が、これまで必死に積み上げてきた努力の成果が、どれほど凄惨に一変したか。
それを聞きたいと言っているのか? 彼女は。
「…………」
この女、他人の不幸話を収集するタチの悪い変人か? それともあるいはアイツの様な……。
彼の中で猜疑心が強く芽生え、目の前の女に対する異常なまでの警告音が耳の奥でけたたましく鳴り響いた。
この女の話など無視して今すぐこの場を立ち去るべきだーーーー彼は本能的にそう判断し腰を浮かしかけた。
だが、
いや……。この女が何者であれ自分には関係ない。たとえ詐欺師だろうと何だろうと、自分は今から死ぬのだからそんなこと知ったことではない。
まして死神ならば喜んで命を差し出そう。自殺する手間が省けるというものだ。
もはや極限状態であった彼はそう考えた。
俺の話が聞きたい。ふん、いいさ。いいだろう。聞きたいのなら聞かせてやる。気の済むまで語り尽くしてやる。これが、俺が俺の人生で語る正真正銘最後の話だ。
彼は椅子に深く腰を落ち着けると、硬く閉ざしていた口を開いた。
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